01 キミガタメ/賢者の石

異国の列車に揺られ、黒髪の少年はぼーっと手元にある本を眺める。自分を引き取ってくれた祖父と祖母は正真正銘、血の繋がった家族だが、心の繋がりというものは一切ない。お前はカザハヤの跡取りなのだから、しっかりと勉強し、その名に恥じないよう努めろと言われてはきたが。いまいち実感がわかないのも事実。

少年、カザハヤ・名前はある日突然、日本人の老夫婦に引き取られた。それまでアメリカの孤児院で育っていた名前は、自分は日系アメリカ人だと施設の人達から言われていた為、そう信じて疑わなかった。故郷に帰れるんだ、よかったな、と皆は喜んだが気持ちは複雑だった。そうして日本人としての国籍を得た名前は会って間もない老夫婦、カザハヤの名を授かった。彼らが言うには、元々彼はカザハヤ家の子供で、彼の母親がカザハヤ家の1人娘だったんだとか。どうやって調べたかは不明だが、母が家を飛び出したのもなんとなく、わからない事もない。この家の子供になってそれを実感させられたのだった。血の通わない会話、そっけない家族。日本ではこれが当たり前なのだと思った。むしろ、自分を引き取ってくれたのだから感謝しなくてはならないのだろうが、よりによってどうしてこの家に引き取られてしまったのだろうか。

生活は今までよりもうんと裕福で、不自由な暮らしではなかったがこの家にいると、今まで以上に孤独を感じてしまう。孤児院だったら、同じ境遇の子供たちがいて楽しかった。真の幸福とは、一体何なのだろうか。まだ11歳だと言うのに、名前は育った環境もあってか普通の子供より大人しく、考え方も違った。

いつかこの家を出て、1人で暮らそう。そうすれば、きっと何か分かるはずだ。この家には自分の求める幸福は無い。贅沢な悩みかもしれないが、今こうして家を離れられて名前は内心ほっとしていた。あの冷たい黒の瞳で見つめられていると、なんだかいたたまれなくなってしまう。そう言えば、最後に会話を交わしたのは何カ月前だろうか。

「ねぇ、ネビルのヒキガエル見なかった?私達ずっと探しているの」

突然コンパートメントに現れた少女に驚きながらも、名前は小さな声で答える。

「…見なかったよ」

「……そう」

学校というものに通うのは生まれて初めてだ。今までは孤児院で学んでいたし、引き取られてからはずっと家庭教師が付きっきりだった。日本では義務教育というものがあって、中学生までは必ず教育を受けなくてはならない義務があったが、カザハヤ家の権力を行使し、今までそうやって過ごしてきた。だから、同い年の子たちと触れ合うのも久しぶりだったし、何を話せばいいか正直分からなかった。だからこうして1人ぽつんとコンパートメントにいるのだ。

「あなた、1人?」

「…うん」

「私はハーマイオニー、あなたは?」

「……カザハヤ・名前」

「外国人?」

「……うん、日本人だよ、一応」

「そう、私、一度でいいから日本には遊びに行ってみたかったのよね…じゃぁ、またね」

そう言い、少女は足早に去って行った。名前の心臓は小鳥のようにとくんとくんと鼓動を走らせる。折角友達になれそうだったのに、まともに口もきけなかった。本当はもっと色んな話をしてみたかった。何処から来たの、とか、何が好きなの、とか。今の名前には難しいかもしれないが。

2時間が過ぎて、列車はようやく目的地に到着した。ホグワーツ魔法魔術学校、祖父母、そして自分の母が通っていた由緒正しい学校だ。自分が魔法使いだということは、祖父母に引き取られてから知った事実なのだが、おとぎ話だけだと思っていた事が実際にあるなんて、流石の名前も驚いたものだ。カザハヤ家は代々純血の魔法使いや魔女を輩出していて、祖父母は日本の魔法使いの家系で最も有名な家の者だった。自分もそれに当たるのだが、いまいち実感がわかない。そもそも、父は一体誰なのだろうか。

「イッチ年生はこっちだ!お前さんもだろ?さ、こっち並べや」

「…はい」

なんて大きな人だろう。殴られたら、痛そうだ。

名前は大男、ハグリッドに怯えつつも一年生の列に並ぶ。既に友人関係が出来上がっているのか周りの子供たちは楽しそうにホグワーツの事について語っている。こう言うのは久しぶりで、そもそも集団生活は苦手なほうだ。孤児院の場合は同じ境遇の子供たちばかりだったから、気兼ねなく話ができたが人見知りが激しいおかげで孤児院の中でも友人は数少ない。そんな名前がホグワーツという集団生活の中でやっていけるのか、心配するような祖父母たちではないのは言うまでもない。

「君はどの寮に入ると思う?」

船に乗っていると、突然隣に座っていた青白い肌をした少年に声をかけられた。

「えっと……分からないです」

「ふうん、君は純血かい?」

「……」

これは、どういう意味で聞いているのだろうか。外国人なのか、魔法使いなのか。ぐるぐると考えを巡らせていると向こう側が痺れを切らしたのか、少々苛立ちながら聞きなおしてきた。

「魔法使いの家系か?」

なんだ、そういう意味か。祖父母も随分そういうのは気にしている人達だったが、ここにもそういう人はいるものなんだな。名前は小さな声でうん、と答えるとその返答に満足したのか青白い肌をした少年が自己紹介をする。

「僕はドラコ・マルフォイだ、こいつはクラッブ、で、ゴイルだ」

「―――名前・カザハヤだよ」

「カザハヤ?へぇ、君、カザハヤ家なんだ……変わった家に生まれたね」

孤児院にいた話は伏せておくべきだろうか。祖父母からはカザハヤの名を汚すな、ときつく言われているので此方の分が悪そうな話はやめておこう。

「そう、なんだ…あまり考えた事もなかったけど」

「カザハヤは変人ばかりだと父上たちから聞いているよ、純血の家のくせにパーティにも出席しない、日本に閉じこもってばかりだってね」

確かに他所に出かけたり、などという話は聞いたことが無いかもしれない。日本にも魔法使いの家系がいくつかあって、その一部の人達とだけ交流を持ち、閉じこもっているのも事実だ。

「でも、カザハヤって…一応古い家なんだろ」

ぽちゃんとした体型の少年、クラッブが口をはさむ。

「ふうん、お前馬鹿なくせにそれくらいは分かるんだな」

この少年、結構人の事貶しているような気がするが。もしかしておれも貶されているんだろうか。

「カザハヤと言えば、アジアでは一番古い魔法使いの家系だろうね…でも、僕の家に比べたらまだまだだけどね……名前、君は家族になんて言われてここに来たんだい?」

「…家の名を、汚すようなことはするなって…」

「ふん、そうだろうね……カザハヤ家は東洋人のくせに見栄っ張りなところがあるからな…君も一応名家なんだから、友達は選んだほうがいいよ…そうだな、僕が友達になってあげよう、そうすれば君の家族も大喜びだろうねぇ」

その笑みから感じられる、微かな侮蔑の色。名前がこの少年を苦手になった瞬間でもあった。だが、マルフォイ家といえば有名な家だ、付き合って損はない…いや、どうして愛情も感じられないあの家の為に、自分は無理をしなくてはならないのだろうか。

タイミングよく船は陸に到着し、マクゴナガルの指導の元生徒たちは名前順に並ぶことになった。先ほどまで普通にドラコと話をしていたが、内心心臓が爆発するんじゃないかと思うくらい緊張していた。

あの子は苦手だ、なんだか、とても嫌な感じがする。名前は運よく答えを出すタイミングから外れたので、このまま有耶無耶で過ごすことにした。組分けが順調に行われ、Kの順番が来て名前の名が呼ばれる。

「カザハヤ・名前」

こんなに大勢の人達から視線を浴びるなんて、二度とごめんだ。心臓はばくばく悲鳴を上げるが、なんとか平常心を保ち帽子をかぶる。突然帽子から声が聞こえてきたのには驚きのあまり飛びのきそうになったが、そんなことをしてみろ。変な噂を流され、仕舞にはホグワーツで浮いてしまう。それだけは何としてでも避けたかった。

『ほう、君はカザハヤ家の子だね、君の家は代々レイブンクローなんだが…君は、そうだなぁ……』

グリフィンドール、の掛け声に名前は思わずびくりとする。ああどうしよう、祖父母は必ずレイブンクローに入れと言っていた。必ず結果は手紙を書くように、と言われているのでどう足掻いたとしても叱られる事には変わりないだろう。

「ようこそグリフィンドールへ!」

監督生に迎え入れられ、名前は席に着く。来る途中、そりゃあもう多くの視線を感じて今すぐにでもどこか人気のない場所に閉じこもりたいぐらいだ。そんな名前を無視し生徒たちは次々に声をかけてくる。もう、そっとしておいてくれよ。

名前の頭の中ではどうやって祖父母に言い訳をしようかとそれでいっぱいだった。だから魔法界でとても有名なあの人が同じグリフィンドールに組分けされたこともしばらくしてから知った。夕食の記憶なんて一切ない。祖父母から届いた一通の手紙に名前の頭は支配されていた。寮の部屋に案内され、同じ部屋のクラスメイトが楽しげに話していても、名前は加わろうとはせず机を前に小さくため息を吐く。

問題はこの白い紙に、グリフィンドールに組分けされましたと書く事だ。あの時、レイブンクローにしてくださいと帽子に頼むべきだった。どうしてそれをしなかったのだろうか。祖父は滅多に感情を表に出さないが、あの人が怒り声を上げる姿を思い出すと身の竦む思いだ。それだけ、祖父は怒らせてはいけない人物でもある。祖母もまた祖母で、感情をあらわにするような人ではなかったが怒った姿はどんな人物でも縮こまってしまう程。過去に一度だけ2人を怒らせてしまったことがあったが、もう二度とあの2人を怒らすまいと決意したほどだ。

仕来りなどに厳しく、常に厳格な祖父母。欲しい玩具も利用価値が無ければ与えてくれない。あの2人にとっては、この世の玩具という玩具は無駄な物でしかないのかもしれない。ただ、本だけは好きなだけ買い与えてくれた。年頃の子どもたちが読む漫画は言うまでもない。

「…えっと、君、カザハヤ…だよね?」

「そう、だけど…」

突然声をかけられ、名前はようやくこの部屋に自分以外の人が3人いることに気がついた。丸眼鏡をかけた少年と、赤毛の少年、そして自分に声をかけてきた背の高い少しぽっちゃりした少年だ。

「同じ部屋になったんだ、その、よろしくね…ぼく、ネビル・ロングボトム」

「…うん、よろしく」

「カザハヤって、日本の魔法使いの家系だろ?パパが言ってた、あの家は謎だらけだって」

赤毛の少年は夕食を食べた後だと言うのに、チョコパイを頬張りながら口を開く。名前も甘い物は好きだったが、流石に食後にそれはない。甘い匂いに咽そうになりながらも、その少年を見つめる。

「あ、僕ロン・ウィーズリー、よろしくね」

「…よろしく」

「僕は…」

「ハリー・ポッターだろう?おじいさまから話は聞いているよ……」

「そう…よろしく」

見た感じ、ドラコのような嫌な感じはしない。きっと彼らなら、仲良くしてくれそうだ。名前は酷い人見知りだったが、気が合うと分かればすぐに心を開くほうだった。それから色々話をしたが、心臓がばくばくすることはなかった。という事は、彼らとは無事、友達になれると言う事だ。まさか部屋の住人が魔法界でそれなりに有名人ばかりだとは思わなかった。利用するのは少し悪い気もしたが、祖父母にこれも伝えればなんとか許してもらえそうだ。

「君のペットは、犬かい?犬は持ち込んでよかったっけ?」

「…多分、おじいさまがいつものアレを使ったんじゃないかな…」

小屋の中で白い犬が一匹寝息を立てている。彼は名前の唯一心を開ける家族で、名前は小太郎。あの家の中で小太郎だけが名前の癒しでもあった。秋田犬の小太郎はその種類の通り身体はずっしり重く、ふさふさの白い毛が特徴の犬だ。飼い主に忠実で、名前の心の隙間を何度埋めてくれたことやら。小太郎のお腹を枕にして寝る事が好きなのだが、時期によっては抜け毛が酷いのでトリミングも定期的に行う必要がある。名前にとっては実の兄弟のような存在で、彼なしでは名前の人生は語れない程だ。

「コタロウっていうんだ」

「へぇ…まるっこくてカッコイイね、名前もなんだか日本って感じがしていいね」

「ありがとう…」

「それに比べてうちのペットはさ…スキャバーズっていうんだ、こいつ、ほんとデブ鼠だよな」

ロンがクッキーのかけらを頬張っているスキャバーズを持ち上げ苦笑する。確かに太っているのかもしれない。祖父母がスキャバーズを見たら悲鳴を上げるかもな。そんな2人の姿を想像して名前は小さく笑う。

「君笑うんだね…」

「ロン、君失礼じゃないか?」

「だってそうだろネビル、名前…グリフィンドールに組分けされてから全然笑ったりしなかったからさ……」

彼らになら、うちの事情を話しても問題はないだろうか。いや待て、家の名を汚すなときつく言われているではないか。だが、誰でもいい、この悩みを誰かに打ち明けたい。

「家が厳しいんじゃないかな…カザハヤ家って、代々レイブンクローなんだろう?だからじゃないかな…」

流石はロングボトム家だ。此方側の事情もそれなりに知っているようで名前の肩の荷が少し下りた気がした。

「あ~、パパがそんな事言ってたきがする」

「ねぇ、どうしてそんなに他所の家の事について2人は詳しいの?」

と、ハリーが疑問の声を上げる。

「ハリーはマグルの家で育ったから知らないだろうけれども、純血の家ってそんなに多くないんだよ、だから何かと血は繋がっているんだ…多分、すんごくさかのぼればあのマルフォイとだって繋がってるかも知れないほどだからね」

「だから、名前の家くらい有名な家なら分かるんだよ……でも、名前の家はマルフォイ家みたいに嫌みな家じゃないから、ぼくは好きだよ」

自分の家が褒められているのに、素直に喜べないのはどうしてだろうか。名前は苦笑する。

「例のあの人がいた時代、純血の家で例のあの人に手を貸したのもマルフォイ家だって言うしね……それに、あいつの周りの奴らはみんなそうさ、クラッブにゴイルも…パパ、魔法省で働いているからそこのところは詳しいんだ……でも、カザハヤ家は外国の魔法使いだからって、声はかからなかったんだって……」

名前は例のあの人について、そこまで知識は無かったが多くのマグルを殺し、暗黒の時代の中心人物であった事は知っている。祖父母はあの人の話をする時、とても嫌そうな顔をするのでなんとなく、あちら側じゃないんだなということは分かっていたが、公ではそういうことになっていたのか。

本を棚に戻そうとした時、一枚の写真が床に落ちた。それを拾ったハリーは名前を見つめ、再び写真に視線を戻す。

「あ、それは…」

「ねぇ名前、これ、きみのご両親かい?」

「……おじいさまとおばあさまだよ」

「え!?昔の写真かい?」

何を隠そう、あの人達は日本の秘術とやらを使っているおかげで外見が20代そこそこととても若々しい。日本の魔法使いは結構これを使っている為、マグルに怪しまれないようにどの家も山奥に住んでいる。純血の魔法使いしか住む事が許されない集落がいくつかあって、名前の家もそこにある。マグル避けの魔法がかけられていて、日本政府は彼らの存在を黙認している。勿論、此方のように日本にだって魔法省はあるが、日本政府とは似ても似つかないものだ。

「ばあちゃんから聞いたことがあるよ…日本の魔法使いは、日本の魔法使いだけが知っている秘術を使って、見た目の若さを保ってるんだって……」

「へぇ…すごいなぁ、同じ魔法使いでもこうも違うんだね…!」

魔法使いは異様に長生きをしているような気がしていたが、確かに普通の人から見たら異様なのかもしれない。特に、日本の魔法使いは。なんとなく日本の魔法使いが閉じこもっている理由が分かったような気がした。秘術を外に知られたくないんだろうな…。

「でも、外見だけだよ…若くいられるのは、だから、中身はそのまま年をとるんだって…おじいさまが言ってたよ……」

「ダンブルドアは見た目かなり年よりだけど、中身は若そうだよね、じゃなきゃ校長なんてやってられないよな」

確かにダンブルドアは長生きなのかもしれない。祖父母がホグワーツに通っていた頃から教師としてここにいた程だ。魔法界の住人になって、寿命という概念が分からなくなったのは言うまでもない。

「じゃぁ、名前もその秘術って言うのを学んだのかい?」

「……いいや、それは絶対にないよ…おじいさま達は、おれに全部は話してくれないから」

肝心の所だけ、いつもはぶらかされる。と言っても、口を聞いたりという事がそもそも滅多にない事なのだが。

「どうして?家族なんだろう?」

「……ロン、どの家族がウィーズリー家のようにあったかいものばかりとは限らないよ、そうだろう、名前」

ハリーはマグルの家で相当苦労をしているらしく、名前の心境をなんとなく察してくれた。

「そうだよね…悪い事聞いてごめんね」

「ううん、気にしなくていいよ……とりあえず、ここを卒業したら1人暮らしする、それですべて解決さ」

あの2人が自分を自由にさせてくれるとは到底思えなかったが、想うだけはタダだ。そうでもしないとこの先やっていけないような気がする。

夜も更け、話し疲れた名前達はぐっすり眠った。勿論、翌朝名前は言われた通り祖父母に手紙を出した。大丈夫、新しく出来た友人達は付き合って損は無い人達ばかりだから、と言い訳をつけたしておいて。