35 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

コラソンは焦っていた。まさか彼が探していた“魔女”がこちらにいるとは。電伝虫を片手に、とある仲間の一人に連絡を取る。

「―――ロシナンテ、君、連絡なんて久しぶりじゃないか、任務の最中だろう?」
「…あぁ、まだ途中だ、元気にしていたか“マーク”」
「僕は相変わらずだよ」

センゴクさんのお陰で自由に過ごせているけれども、いつまで自由に過ごせるやら。電伝虫の向こう側で男は愚痴をこぼす。彼を“マーク”と彼は呼ぶが、正しくはその名ではない。本当の名を知る者は極一部。

「お前に知らせたいことがある…“名前”という魔女を知っているか?」
「―――!まさか…そんな…」
「その魔女が、今、こっちにいる」
「なんだって…!?」

ドフラミンゴたちが居ない事を確認し、コラソンもといロシナンテは言葉を続ける。

「…その人って、ロングボトムって名乗ってた?」
「あぁ、自分はロングボトムの仕立て屋だと言っていた…」

それは、間違いなく彼の知る“魔女”だった。ロングボトムというファミリーネームを久しぶりに耳にしたと思う。

「…そうか、彼女も、こっちに来てしまったんだね…」

という事は―――。
目の前に居ないのに、彼が向こう側で表情を曇らせているのがすぐに分かった。

「ロシナンテ、彼女は無事なんだね?」
「あぁ…だが、ドフィが彼女を捕らえた、逃げられないよう監視している」

ローがいるので、彼女はドフラミンゴの元を離れられずにいる。ならば、ローも一緒にファミリーから逃がしてやれば、一石二鳥だ。しかし、そんなタイミング、いつになれば訪れるのか。相変わらず兄ドフラミンゴは名前の行動に対して目を光らせているし、ローを自分の右腕に育て上げるつもりでいる。

「…そっか…元とはいえ、天竜人…やっぱりわかってしまうんだね…」
「…すまない、機を見計らって、少年と一緒に彼女を逃がすつもりだ」
「ああ、珀鉛病の少年だったね…わかった、おつるさんの軍艦に乗せてもらえるよう交渉するよ」

自由のない彼にとって、通常であれば難航するであろう交渉ではあったが“魔女”が見つかったとなれば話は別だろう。しかし、“魔女”が見つかったことはまだ秘密にしておくべきだ。まずは彼女を海軍籍に入れ、それなりの役職についてもらう。そうすればあの人たちだろうと無暗に引っこ抜くことはできない。そうすれば彼女をこちら側で守ることが出来る。

「彼女と少年をよろしく頼むよ…」
「あぁ、任せてくれ」

電伝虫の瞳が閉じたのを確認すると、ロシナンテは煙草に火をつける。煙が空に立ち上り、星空に消えていく。

「…まさか、伝説の存在が揃っちまうなんてな…あの言い伝えは、本当だったのか…?」

一部の天竜人達の間でおとぎ話のように伝わっていた話だ。この世界に突如現れた賢者をとある天竜人が助けた―――賢者は礼として、その一族と“ある契約”を交わし…恩恵をもたらした。その恩恵が何であるのか、契約とはそもそも何のことなのか、未だ謎は解明されていない。

「…ローの病気、どうやったら治るのかしら…」

船に戻ると、彼女の部屋から何やら独り言が聞こえてきた。盗み聞きしているようで悪い気もしたが、そっと耳をすませる。

「こんなとき…チョッパーがいたらなぁ…寂しいなぁ…みんなに会いたい…」

彼女の仲間、だろうか。寂しい、と漏らす彼女にロシナンテは胸が締め付けられた。無理やり連れられてきた名前は、今まで弱音も吐かず毎日を過ごしていた。弱っている姿を誰に見せるわけでもなく、ドンキホーテファミリーに監視されながらも、強かに生きている。彼女の支えが、ローであることは明確だ。彼がいるからこそ、彼女はここにいる。しかし、そのローもいつまで生きていられるかわからない。毎晩遅くまでローの治療方法を探している彼女だが、あちらも難航している様子。話せることがバレ、それ以来周りに人が居ない時は話しかけるようになった。ロシナンテもローを治療するために最近では名医がいると噂の病院を手探りで探し出し、いくつか地図に記しておいてある。医療の本も読んでみたが、地が無いのでさっぱりだ。それは彼女も同じのようで昼間ソファで医療の本とにらめっこしている姿をよく目にする。一時魔法薬と称した不思議な液体を毎晩作っていたが、その度に部屋が燃えたり、爆発したりしたのですぐさま部屋での鍋の使用が禁止されたのを思い出す。
月日というのはあっという間で、彼女とローがここにきて、もう2年になる。ドンキホーテファミリーの名は着実に広がっており、今となってはファミリーのボス、ドフラミンゴは政府にも一目置かれる存在となっていた。そのドフラミンゴの暴走を止める為に、ロシナンテは海兵であることを隠し、ファミリーに潜入している。
8歳の頃、兄に父を殺され、兄の元から逃げていた時、とある海兵の男に拾われた。その海兵の男に育てられ、今では立派な海兵となったロシナンテだが、ある懸念が頭から離れない。正直このままではローも名前もこの船で死んでしまうのではないかと恐れている。名前に対してまだそこまで手荒な真似こそはしていないが、あの男の性格からしてどうなるかまだ分からない。彼女の魔法はどれも便利で魅力的な能力。ドフラミンゴが欲しがらないはずが無い。名前をそういう目的で手を付ける…なんてこともありえなくはない話だ。
ファミリーへの潜入調査で、これから起こるであろう悲劇を止める為、様々な情報を得た。そろそろ行動に移してもおかしくはない。
しかし…二人の事が気がかりで、ロシナンテは任務を一時中断しようと考えていた。それが確かなものとなったのは、それから数日経ってからのこと。
2人はとある街の裏路地にいた。

「なんで!?いつからしゃべれるんだ…!?」
「ずっとだ」
「!?」

とんでもない事実を知り、ロシナンテは慌てて彼をここまで連れてきた。
それは、ローが、“神の天敵”、“Dの一族”だったということ。元天竜人である自分たちにとっては、Dの名を持つ者たちは敵と教えられてきた。そのDの名を持つローが、このままこのファミリーに、ドフラミンゴの元にいるべきではない。ドフラミンゴの為ではなく、これはローの命を守る為だ。遅かれ早かれ、いずれはわかってしまうこと。

「ずっと、ドフラミンゴをだましてたのか!?」
「喋れなくなったと説明したことはない、あっちが勝手に決めつけてるだけだ」

だから、そういうふうにしているだけ。名前に話せることを黙っていてもらっているのは、辻褄を合わせる為だ。

「そんなの…!騙してんのと一緒じゃねぇか!!」
「おいおいおい…―――サイレント」

声を荒げるローを前に、ロシナンテは能力を発動させる。

「え―――街の音が消えた!」
「人はしゃべってるはずなのに…何も聞こえねぇ…」
「お前が騒ぐから“壁”を張ったんだ」
「“防音壁”―――ここから外の音は聞こえねぇだろ?」

これが、彼の能力。
この能力が発動している間は、その範囲内において防音壁が張られ、中の音が外に漏れることは一切ない。とても地味な能力ではあるが、この能力があるおかげであらゆる任務も遂行することが出来た。今もこうして、ドンキホーテファミリーに潜入できているのだから。

「悪魔の実の能力者!?なんだよ嘘だらけじゃねぇか!じゃあまさか、いつも馬鹿みてぇにドジ踏んでるのも…!?」
「ふふ、あぁ…当然――――全部演技だ」
「嘘つけ!肩燃えてるよ!!」

付けた煙草の火が、いつものように肩に燃え移る。彼がこうして毎日コートを燃やすお陰で名前の仕立て料が増えていく。

「ドジは昔からだ、治らない。おれはドジっ子なんだ」
「うるせぇよ!一番信じられねぇとこが本当なのか!!」

そういえば、彼女は自分が正真正銘のドジであることを見抜いていた。というよりは、彼女の弟もまた相当なドジらしく、自分は弟に少し似ているらしい。

「なんで仲間たちにそれを隠してんだ!?」
「仲間と思ってねぇ」
「―――!!」

全てを話すべきではない―――しかし、ここまで話してしまった以上もう遅い。ドジ故に、話さなくてもいいことをロシナンテは彼に話してしまった。

「おれの目的は…弟として、兄ドフィの“暴走”を止める事だ、心優しい父と母から…なぜあんなバケモノが生まれたのかわからない―――あいつは、人間じゃない」

生まれながら、怯むことを知らない“悪”の性―――ドフラミンゴの真の凶暴性を知る者は、弟であるロシナンテと3人の幹部…そして先代“コラソン”のヴェルゴという男だけ。ヴェルゴはほかの幹部たちも知らない極秘任務の為、ファミリーを離れている。

「兄のようなバケモノになるな!彼女と一緒に出ていくんだ、ロー!」
「出ていくわけねぇだろ!?おれはそうなりてぇんだよ!!それに、あいつはドフラミンゴから逃げられるわけねぇだろ?」

表の世界には、あいつが絶対に会いたくない奴らがいるって聞いてるぞ。そいつらからドフラミンゴがあいつを守ってやってるんだろう?ローは叫ぶが、ロシナンテはそれを否定する。

「いいや、違う…それを理由に彼女を“利用している”だけだ…ここにいるよりは安全だ…」

そして、何故Dであるローがここから離れなくてはならないのか…ロシナンテは彼に説明を続ける。

「隠し名D…間違いない、お前は宿命の種族、“D”の一族だ…!!」
「…?」
「おれの故郷では子供はこう躾けられる、“行儀の悪い子は「ディー」に食われてしまうぞ”、とな。しばしば世間で名をあげる“D”の名を持つ者たちに対して、老人たちは眉をひそめてつぶやく―――」

“D”はまた 必ず嵐を呼ぶ―――、と。

「何なんだよ!!おれは怪物かなんかなのか!?」
「―――かもな、真相は誰も知らないが、世界各地の歴史の裏で脈々と受け継がれている名だ…!そしてある土地では、“D”の一族をこう呼ぶ者たちもいる」

“神の天敵”

Dの一族が神の天敵で、賢者の伝説に謳われる魔法使いと魔女は“神に恩恵を与える者”―――その“魔女”が連れてきた“D”の一族であるロー…一体、これはどういう意味なのだろうか。

「何言ってんのかわかんねぇよ!俺はどいつもこいつもぶち殺すためにこのファミリーに入ったんだ!お前の部下になったんじゃねぇ!!ドフラミンゴの部下になったんだ!!あと1年で死ぬのに、ここ出てどうしろってんだよ!!」
「ここを出て、治療法を探せ!」
「ねぇよ!!」

そして彼は、ロシナンテの秘密をドフラミンゴにすべて話してやるつもりでいる。にやりと笑みを浮かべ、走り去るローを止めようとするが、この2年で彼も強くなった。ロシナンテがいつものようにドジをして、その隙に彼はロシナンテの能力の外側へ逃げて行ってしまった。

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