36 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

ここまでか―――。
どうして彼を信用して、全て話してしまったのか。今更後悔してももう遅い。重たい足取りで道を歩いていると、港の近くにあるカフェから一人の女が姿を現す。

「(…彼女、今日は船を出られたのか…)」

ドフラミンゴの目の届く場所までしか自由に行動することの出来ない彼女ではあるが、それなりに男を利用して金を巻き上げているようだ。服を仕立てればそれだけ賃金が発生し、彼女のこなす家事にももちろん賃金が発生する。ドフラミンゴは律儀にそれを必ず月に一度まとめて支払っているようだが、奴にとっては端金なのだろう。

「あら、コラソン…またコート燃やしたわね…」

肩の部分がまた焦げていることに気が付き、彼女は呆れたような表情を浮かべる。

「―――サイレント」
「…わ、何、突然びっくりするじゃない」

もう、彼女とローを連れてここを離れるほかない。ロシナンテは能力を使い、防音壁を張る。とりあえずドフラミンゴには適当に言い訳を残しておこう。もう間もなく、海軍本部からおつる中将がドンキホーテファミリーを追ってやってくるだろうから、なんとかローを無理やり運び出し、ここを離れなくては。彼女ならきっとわかってくれるはずだ。

「ここをすぐに離れるぞ」
「え、どういうこと?」
「…ローに色々とばれた…ともかくここを離れる。ローを治療して、君をドフィの元から逃がす為に」

物陰に移動し、ロシナンテは呟く。

「“仲間”の所へ帰れば、君は安全に過ごせるんだろう?」
「…どうしてそれを…」
「すまない…夜聞こえてしまったんだ…」
「―――盗み聞きね…まぁいいわよ、それより、ローをどうやって連れ出すつもりなの?」
「話が早くて助かる」

それから、作戦は実行された。正直不安ではあったが、名前のナイスフォローのお陰で無事ローを連れ出し、名前と共に海へ出ることに成功した。カラスに変身した名前はロシナンテの船に乗り、あたりを警戒する。

「誘拐だ~~~!」

叫ぶローは縄でぐるぐる巻きにされており、身動きの取れない状況。魔法で縛り付けてあるので、名前がほどかない限りはほどけない。カラスの姿でローを見下ろしている彼女だが、先ほどから鳴り響く電伝虫の音に少々怯えている様子。

「おい!電伝虫!出ろよ!ドフラミンゴだろ!?俺が話す!!出ろよ!!」

ドフラミンゴ助けてくれと叫ぶローを無視して、ロシナンテはとある人物に連絡を取る。電伝虫が表情を変える様はいつ見ても面白い。名前は喚くローの上にぴょいと飛び乗った。

「おい魔女!この縄ほどけよ!おい聞いてんのか!?」
「カァー(ほどくわけないでしょ)」
「この…っ」

―――お・か・き~!!
電伝虫が叫ぶ。

「あられ…おれです」
「あぁロシナンテだな…」

“ロシナンテ”という名を聞き、名前は自分の相棒の姿を思い出した。コードネームなのか、彼の本名なのかはわからないが、不思議な縁だと思う。
彼は、世話になっている上司に連絡を入れていた。しばらく任務を離れることと、名前の事を伝える為に。

「あいつからは聞きましたか?“彼女”が見つかったと」
「あぁ聞いておる」

なんだか嫌な予感。名前は短くカァーと鳴いた。

「“彼女”は今こちらにいます、今訳あって、一緒に行動をしています」
「なんと…無事離れることが出来たのか…!」
「はい、なんとか。それに、“彼女”はどうやら、あいつの知り合いのようでして…」
「ふむ…それは聞いておる、“学友”だったとな」

まさか、例の“魔法使い”の事ではないだろうか。名前はロシナンテの頭に飛び乗り、羽をばたつかせる。

「いたたっ、ちょっとおとなしくしてくれよ」
「カァ、カァ」
「どうした?」
「いえ、ちょっとカラスが……」

電伝虫で会話をしている相手もその”魔法使い“を知っている様子。まさかこの男、海兵ではなかろうか。嫌な汗がにじむ。ローを連れて、姿くらましをするべきか。まだドフラミンゴはそこまで遠くには行っていないはず。
しかし、話の続きが気になって仕方がない。“学友”と電伝虫の向こう側の男は確かにそう言っていた。一体だれがその“魔法使い”なのか…学友も数百といるので、幾つかヒントが無いと答えにはたどり着けそうにない。

「今あいつは?」
「別件で仕事中だ」
「…そうでしたか、彼女は無事だと伝えておいてください、随分心配していましたから」
「わかった、伝えておこう」

一体、“誰”がこちらの世界に飛ばされてきてしまったのか。
心配をしてくれているという事は、交友関係があったうちの誰かにはなるが…。

「暫く任務を離れます」
「…“彼女”の救出か?」
「いえ、私用で…もちろん、“彼女”の救出もそうですが」
「この件はお前に預けてある、好きに動け…」

また報告を待つ。
ガチャリという声と共に、電伝虫は目を閉じる。

「おい―――今任務って言ったよな!?海兵かなんかじゃねぇだろうな!」

ローにとって、政府にかかわりのある人間は家族、そして故郷の仇だ。怒鳴り声をあげるが、彼はそれを否定する。絶対に海兵だ…と名前は内心確信していたが、あちら側にいる“魔法使い”が友人となれば話は別だ。いつ飛ばされたのかは知らないが、心細い気持ちは同じ筈。そこに、自分と同じ世界から来た友人がいることを知れば、なんとしてでも探し出したい気持ちはわからないことも無い。しかし…ロビンの件、そしてローの件も然り…政府にあまりいい印象を持っていない名前は悩んでいた。これは、罠ではないか、と。

「病院を廻るつもりね?」
「あぁ…そのために場所は記しておいてある」

新しい島にたどり着いた一行は、この島で一番大きな病院を目指し歩いていた。黒い羽のコートと、黒いローブを纏った女…外から見てとても目立っていたが、本人たちにその自覚はなかった。あの島を離れ、安全を確認してから名前は変身を解き元の姿に戻っている。彼の腕の中にはローがいて、逃げられないよう掴まれている。

「嫌だ!病院は嫌だ!!」
「普通のガキみてぇなこと言ってんじゃねぇ」

少し嫌な予感はしていた。フレバンス…どういう理由で消されたのか、医者たちが知らないはずが無いからだ。滅んで数百年経っていればそういう感情が薄れていてもおかしくはないが、フレバンスが滅んでからまだ数年しかたっていない…おまけに、かなり世間を騒がせたニュースだ。名前は袖の中に隠してある杖を確認し、覚悟を決める。もし、酷い暴言を吐かれるようだったら、こちらも反撃しなくては。

「やっぱりね…」
「君はこうなることを予想していたのか?」
「えぇ…」
「―――だから嫌だって言ったんだ…」

1件目の病院に入り、問診を受けるなり悲鳴を上げられた。仕方なく、名前はその医師と看護師に魔法をかけた。ローが珀鉛病で、フレバンスの出身と知るとすぐさま政府に連絡をしろ、と医者が叫んだからだ。

「あの魔法、解けるのかよ」
「解けないわね…」
「どんな魔法をかけたんだ?あいつら突然ぼーっとしたが…」
「あれは、忘却呪文よ…私たちの記憶を消したの」
「へぇ、便利だな…それをドフィにかけておけば逃げられたんじゃないのか?」
「全員に魔法をかけなくちゃいけないじゃない、それに、あの男なら避けてしまうわ…これ、慎重にかけないといろんな記憶も消してしまうから、相手がじっとしている時じゃないとかけられないのよ」

便利な魔法ではあるが、こちらの世界の人たちは元の世界の人たちとは筋力も何もかもが違うので、その分運動神経も並大抵ではない。魔法を正確に当て、さらに操作する能力が必要とされる。特に、ドフラミンゴのような怪物たちには魔法を当てることすら難しいだろう。悪魔の実の能力を併用されてしまえば、こちらが危険に立たされる。

「どうして…魔法をかけたんだ?」
「私が魔法をかけていなければ、あなたが手を出していたでしょう?」
「…あぁ、それは…確かにそうだ…」

酷い暴言を吐かれた。それでも医者なのかと、耳を疑ってしまう程だ。
その夜、魔法でローの容態を隠し、宿に泊まった。魔法のベールの向こう側に隠された白い皮膚を知らない宿の亭主は、心優しく3人を受け入れてくれた。

「臭い物に蓋をするとはこのことね」
「…」

真夜中、見張りとしてロシナンテがベランダに座っていると、背後から彼女の声が聞こえてきた。黒いローブを纏っており、いつでも逃げられる状態になっている。清潔なベッドの上でぐうすかと寝息を立てるローの布団をかけなおし、名前はベランダの扉を閉めた。

「サイレント」

何かを察し、ロシナンテは防音壁を張る。

「―――ローに黙っているつもりね?」
「…君は、もう気が付いているんだね」
「当たり前でしょ…どういうつもり、黙っているなんてローがかわいそうだわ」
「…だが、こうするしか…」
「えぇそうね、責めてごめんなさい……」

今は彼が何者であったとしても、ローの“味方”であることは間違いない。ローをあそこから連れ出すことも、名前一人では絶対にできなかっただろうし、海を渡ることもできなかったと思う。それに、何より彼は“ドフラミンゴの実の弟”―――あの男にとっての、最大の弱み。

「…ずっと聞きたかったことがある、その…以前、君が呟いていた“ロシナンテ”という者とは、どういう関係なんだ?」

彼女と出会ったばかりの頃、公園で彼女が“ロシナンテ”とつぶやいていたことが少し気になっていたので、聞いてみることにした。

「…ロシナンテ?あぁそういえば、あなたも“ロシナンテ”って呼ばれていたわね…コードネームか何か?」
「…本名さ」
「ふうん…そうなんだ…私が言っていたロシナンテは、私の相棒というか親友というか…メンフクロウのロシナンテの事よ」
「―――フクロウ、なのか?」
「えぇ、結構ドジでね…まさか同じ名前のあなたも、ドジだとは思わなかったわ」

それを聞き、少しショックを受けるロシナンテだったが、寂しそうにつぶやく名前の言葉に耳を傾ける。

「いつも私の傍にいてくれたの…こっちに来て心細かった時、彼がいたから私頑張れたの…だけど、こっちへ来た時に離れ離れになってしまった…嵐に巻き込まれてね…絶対に無事だと信じてるけど、未だに心配なの…」
「…そうか…」

でも、こっちにも“ロシナンテ”がいるなんて、なんだか不思議ね。そう笑う彼女は、とてもきれいで少しドキっとしたのはここだけの話。

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