炎のゴブレット

09

第一の課題は強烈なものだった。母親ドラゴンから卵を盗むという荒業をしなくてはならないのだという。これは自殺行為そのものだ

課題中、あちこちで息をのむ音が聞こえた。はハリーを見て意味深な笑みを浮かべるムーディを眼中にいれつつ、ハリーを見守った。そして最速記録で第一の課題をクリアしたハリーへ盛大なる拍手を送るとすぐさまムーディの表情とカルカロフの表情をうかがった


――――カルカロフは悔しさのあまり、憎しみの炎をギラギラさせている…ムーディは満足したといった表情を浮かべ………一瞬目があったような気がしたのは気のせいだろうか


あの男の何かを秘めたような眼が大嫌いだった。
極力避けようとするのだが、向こうからこちらにかかわってくるのだ。でもここまで人間を嫌いになったのは初めてかもしれない。これも闇の印のせい…か

憎々しげに左腕にぎりりと爪を食い込ませた














「糞ったれポッティーめ!」

ドラコは相変わらず…といったところだ。ハリーが課題をクリアしてしまったせいで、ドラコの苛立ちはピークに達していた。はスリザリン生がぶー垂れる中、一人で本を読みあさっていた。最近はやることが多すぎてなかなかゴブルディック語を勉強できずにいたのだ。それを今できる限り頭に叩き込んでいた

12月が、風と霙を連れてやってきた。冬になるとホグワーツ城はたしかに隙間風だらけだった。なのでマフラーは必須アイテムだ

そして相変わらず魔法生物飼育学は楽しいもの、とはいいがたいものだった。その上にスクリュートはすくすくと巨大に成長していき、不気味な風貌をしていた

途中で気分が悪くなったは再び医務室のお世話になることとなった。どうやらまだ完璧に体調が整ったわけではなかったのだ。ホグワーツに来てから、何度ここの世話になったものか―――…はため息ついた


…ひさしぶり」

急にクラムに声をかけられた。びっくりして振り返ると周りには女子たちがうじゃうじゃといることに気づいた。を見つけると数人の女の子たちは顔を赤らめさせ、黄色い声を上げた。

…?

何がなんだかわからないは首をかしげた


「あの、クルクル頭の女の子と親しいだろ?あの子の名前を教えてほしい」

「―――クルクル…あぁ、ハーマイオニーか」


クラムは小声で彼女が気になっているのだと教えてくれた。ダンスには彼女を誘うんだとか。後ろの女子生徒には聞こえないくらい小さな声で教えてくれた



「ふーん…そうか、僕はまぁ頑張れとしか言いようがない」


「君ヴぁ…ハーミーオゥンの事好きじゃないの?」

「?あぁ、友としてか??」









「―――…何でヴぉないよ、忘れて。じゃあね


ビクトール・クラム

が超鈍感だということを思い知らされた冬の出来事だった。
超鈍感もとい、超無頓着なに女子たちが告白をしてきた。何故だか分らないが、女の子にはクリスマス前になると恋人を必ず作り出す性質がった。無頓着なには全くと言ってわからない言動だったが、今こうしてその女子たちの告白の手から逃げようと必死になっていた。


…何故僕なんだ?


図書室のお気に入りの席の下に隠れているは周りに聞こえないぐらいの小さな声でつぶやいた。何故自分がかくれんぼの鬼から逃げるようなことをしなくてはならないのか、何故そんなにも異性と共にいたいのか、その他女の子の言動の全てがには理解できなかった。



「…お前も大変だな」

「!!」

急に背後から気配がしたので驚いた。周りを確認してテーブルの下から出てくると、目の前にはムーディが不思議な顔をしてこちらを見ていた


―――さすが元闇払い、気配も全然しなかった…

「この時期の女子生徒とはそういうものだ……男ならばここは堂々と断らなくてはならない、いいな?」


「は…はい……(何故こいつにアドバイスされているんだ…?)」


ムーディは頷いたに満足したのか、コツコツと音をたてて図書室を後にした。は今だにムーディがにアドバイスした理由がわからなかった。とりあえずここはムーディに言われた通りに断るしかないのだろう…
は勇気を振り絞って廊下に足を踏み入れた。


――――よかった、生徒はいないようだ


どこかほっとした表情で歩いていると、途中会いたくない人物その2と出会った。(その1は無論ムーディのことである)



「…おお!これは……!」


いつからこの男は僕をファーストネームで呼ぶようになったんだ?


馴れ馴れしく肩をぽんぽん叩いてくるのもなんとも不快なものだった。表情が表に出ないようにとはいつも気をつけているが、この男を目の前にするとどうしても顔に出てしまいそうで怖い。ああその黄ばんだ歯をしまってくれ。間にゴミが挟まっているぞ……


「セブルスを見なかったかね?」

「……教授なら地下室にいると思いますが」

「ちゃんと君は父親と教師を切り替えているんだね?素晴らしい!」

「は、はぁ…」

ここで用事があるので、と逃げてくればよかったと後々後悔した。広間へ来ても馴れ馴れしく肩に手を置き、ずっとに話しかけていた。他愛のない話だが、スネイプ親子の何かを探ろうとしているのは一目瞭然だった。
だから極力家のことは曖昧にしておいたし、受け流したりした。それよりもこの男、父上に用事があったのではないのか…?



カルカロフと一緒にいるホグワーツ生のを広間の生徒が不思議そうにじろじろ見ていたりしたが、教師の息子だから当たり前か、という暗黙の承知があるようだ。


「寮に戻るので…では」


最後は無理やり話を強制終了させ、急ぎ足で寮へと駆け込んだ。この薄暗くて肌寒い地下の温度が今は何よりもを安心させるものだった。

!一体どこへ行っていたんだ?」


「…ドラコ、僕は疲れた。夕食の時間になったら教えてくれ」

「あぁ……あ、そうだ、もう女子たちに悩む必要はないぞ。親衛隊がお前から目を離すことはもうないだろう……」


「…何故だ?」

「クリスマスが近いからさ。もそろそろ踊る相手ぐらい目星をつけておいたほうがいいんじゃないか?まぁ君ならいやでもすぐ見つかるだろうから」


――――憂鬱だな。

は部屋のベッドに腰をかけながら呟いた。女の子の気持ちとは不思議なものだ。ダンスは小さい頃から教え込まれていたし、パーティーにも出席したことがあった。なのでダンスに関して唯一、悩むべき点はパートナー。


……できれば踊りたくない


こんなにもクリスマスが憂鬱だなんて、きっとホグワーツに入ってから初めての経験だろう。



「…しまった、そのまま寝てしまったか――――」


目覚めたら深夜3時だった。夕食のときに起こしてほしいとドラコに頼んだのだが、どうやら自分はそれでも目を覚まさなかったらしい。机の上にはそんなに気を使ってか、魔法で保温状態になっているチキン2本とスープが置いてあった。隣にはの大好きなシーザーサラダがたっぷり入った皿と、かぼちゃジュースが置かれていた。



「―――ありがとう、ドラコ」

夕食を食べてない育ち盛りのは、空腹の余り頭がおかしくなりそうだった。チキンもあっという間になくなってしまったが、の胃を完全に満たすものではなかった。最近ものすごくお腹が空くのだ。その栄養がすべての身長をぐんぐんと伸ばしているのなら納得がつく。今やドラコより10センチ身長が高いのだ。

ぐぅ〜

お腹の虫が収まらないのでこっそりと寮を抜け出し、厨房へ向かった。の左目は暗がりになると力を発揮し、昼間並に明るく周りを見渡せた。これも闇の力が働くものなのだろうか


厨房へ足を踏み入れると、一匹の屋敷僕が眠たそうな顔をごしごしとこすり、こちらに気がついたのか近くまでやってきた。


「……何かパンとジャム、ついでにスープはあるか…?」

「はい!ございます!」

屋敷僕がパンとジャム、そしてスープがどっさりと入ったバスケットを持ってきてくれた。小さくありがとうとつぶやくと屋敷僕は嬉しそうに瞳を輝かせた



「―――お前、もしかしてウィンキーか?」

「はい!そうでございます!坊ちゃま!」

ウィンキーはクラウチの屋敷僕だ。は幼いころ、魔法省のパーティーに行った時にウィンキーを見たことがあった。

「覚えていらっしゃっておられるなんて光栄でございます!」

キーキー声が響き渡る

「いや、まさかな…と思ったんだ。でも何故ここへ……?Mr.クラウチは……」

これが禁句だったのかもしれない。ウィンキーはいつものキーキー声よりも高い声でキーキー泣き始めた。涙はとどまることを知らず、気づけばウィンキーの足元に水たまりを作っていた。


「ぐずっ……坊ちゃま………坊ちゃまはお優しい方……ぐずっ」

いつまでもここにいるわけにもいかず、大泣きするウィンキーを後にし厨房を出た。
ダンスパーティーは刻々と近づいてきていた。それに最近運がいいことに左腕の印が一層濃くなってきていた。ダンスパーティーの日が満月なのもあって、あの美味しいとは言い難い薬を飲み続けていた。もしかしたらこれを理由にダンスパーティーをさぼれるかもしれない。の頭の中はそれでいっぱいだった


今日は久々にシリウスから手紙がきた。内容はハリーの様子がどうとか…相変わらずこの人は親ばかなんだな、とつくづく思う

「―――親はみんな、子供の事になると親ばかなのかもな…」

なんとなくそう思った。きっと自分に子どもができた時もそうなるのだろう




「ちょといーですか?」

ボーバトンの女子生徒に声をかけられた。
その少女はだいたいと同じ学年だろうか、背はと同じくらいの美しい少女だった。なんとなく、ヴィーラの血が入っているなと思ってしまうのは気のせいなのだろうか


「…なんだ?」

「ダンスパーティーのパートナーになってくれまーすか?」


「…あぁ」

何故ここでYESと答えたのかは自分でもわからなかったが、彼女ならばいいだろう。心の中でそう思ったからだった

「わたーしの名前はガブリエル・デラクールでーす。あなたのことは遠くからずっとみてまーした」

「…Ms.デラクール、パーティーの時はよろしく頼む」

「ガブリエルと呼んでくださーい」

ガブリエルは強い眼差しをに向ける

「…わかった。僕のことはで構わない」



この一言が、の人生に今後関わってくるとは知らず―――――
ガブリエルと別れた後、彼女があのフラー・デラクールの妹であることに気づいた。ドラコにそれを言うとものすごい勢いで羨ましがられた。確かに彼女はホグワーツの生徒にない美しさを持っていた…が、そこまでうらやましがるほどでもないだろう
ちなみにドラコはパンジーと行くそうだ。ハリー達はパンジーのことをパグみたいな顔だというが、そうではないとは思う。パンジーは美人なほうだ。短い黒髪の美しい少女だとは思っている。



ダンスパーティー当日、はシリウスからもらった高級なドレスローブを身にまとっていた。あのぶかぶかだったローブも今やちょうどいいサイズに変わっていた。
メガネも外し、いつものではないが鏡の目の前にいた。視力は一日だけ目が良くなる薬でどうにかしていた。流石にパーティーの時にあの赤いメガネは似合わないだろうから

ドラコもさすが貴族の家の子、といったところか。ドレスローブを完璧に着こなし、背筋をぴんと伸ばし、紳士のような態度。

「…まぁ、素敵だわ」

パンジーがとドラコに惚れぼれしていると、にパートナーはどうなったの?と聞いてきた

「…ガブリエルと踊ることとなった」

「ガブリエルって……え!あのフラー・デラクールの妹の!?」

パンジーと周りの女子生徒はショックを隠しきれないといった表情だ。パンジーもきっとドラコと踊り終わったらと踊るつもりだったのだろう。周りの女子生徒は外人に我らのプリンスが奪われて、悔しさや妬ましさでいっぱいだ


広間へ向かうと、さらにざわめきは強くなった。なんせあの・スネイプが眼鏡をはずしている姿なんてめったに見れるものじゃない。いつもとは違った、英国紳士を思わせるようなに女子生徒たちはメロメロだ。隣のパートナーは認めざる真実に唇をかんだ


「君って――――!?」

「あぁ。パーティーの時はいつも眼鏡をはずしているんだ」

「そうなんだ…だからなんか雰囲気が違ったんだね。君のパートナーは?」

「ガブリエル・デラクールだ」


そう言うとロンたちは口をあんぐりとあけて驚いた


「「ええー!?君ってすごいや!」」

「…は?」

「まさかフラーの妹と君だなんて……確かに、お似合いだけど」

ロンは複雑そうに顔をしかめた。
一体フラーと何があったというのだろうか…


「まぁ!素敵なローブね!」

パーバティが声を上げる

「…ありがとう。それよりガブリエルを知らないか?」

ちょうどがそう言った時だった。階段の上からガブリエルが美しいドレスを身にまとい現れた。は癖なのか、階段のほうへと近寄るとガブリエルの手を引き階段の下までおろしてあげた。これは頻繁にパーティーに呼ばれる純血魔法使い家の男子の習慣というべきものだろうか。そんなの紳士な行動にガブリエルはにっこりと満足げにほほ笑んだ。それを遠くから男子生徒はうっとりと(ガブリエルを)見て、また女子生徒はうっとりと(を)見つめた。これほどお似合いなカップルはないだろう――――誰しもがそう思ったに違いない

ロンはそんな完璧なと自分を見比べてものすごく惨めになった。


「今日はあなたとたくーさんおはなーしがしたいでーす」

「…僕も是非フランスの話を聞きたい」


しばらく話をしているとついに代表選手たちが広間へ入ってきた。ハーマイオニーの変化にはかなり驚いたが、女の子とはそういう生き物なのだろう、そう自分 に言い聞かせておいた。途中クラムと目があったので、フランス語で「よかったな」と呟いてやればクラムも嬉しそうに笑顔を見せた


食事は従来とは違う方法で、テーブルの上にあるメニューから選ぶというものだった。はついでにフォークやナイフを余分に頼んでおいた。社交界モードになるとどうしても貴族の血が色濃く出てしまうのだった

そんなにガブリエルはさらに満足げに微笑む。ふと目が合うと今更ながら、彼女の美しさには気付かされた。あの時よりもずっと輝いて見えるのは気のせいだろうか。それにガブリエルだけではない。ハーマイオニーもいつもよりずっと輝いているように見えたし他の女子生徒たちもそうだった。


…女の子とは不思議な生き物だ

ガブリエルの美しいブルーの瞳を見ながらそう思った。
ついにダンスの時がやってきた。妖女シスターズが軽快な曲を奏でている。
は足をかがめ、ガブリエルに一曲踊ってくれませんか?と言うと、の手を取り、えぇと頬を赤らめて答えた



がガブリエルをリードしているのは無論のことだが、この二人の周りには人が寄ってこないのはきっと自分たちが敗者だということを知っているからだ。
紳士らしく、完璧にガブリエルをリードしているとそれにしっかりとついてきて、優雅に踊るガブリエルの隣にいるのはどうしても居たたまれないのだろう

数曲踊った後、少し休憩するためにガブリエルがお手洗いへ向かった時である。ふと、の視線の先で、ロンとハーマイオニーが言い合いをしていた


「…ロン、一体どうしたんだ」


「―――っわ、…あれ、君ガブリエルは…?」

「化粧直しだ。女性は忙しい」

「ふーん…」

!あなた、すごかったわ……少し遠くから見ていたけど、完璧に彼女をリードしていて………まるで紳士のようだったわ!」

クラムの次にはを絶賛するハーマイオニーが気に入らないのか、ロンはいろいろとぶーたれていた

「クラムの次にはかい?君もさぞ満足だろうね―――」

「まぁ!そんな言い方ってないわ!!」


そんな中、ガブリエルがを探しているのを見つけた。レディーを待たせるのは失礼にあたるので、はガブリエルのほうへと行こうとした時にロンへ一言残していった。

「ロン……男の嫉妬ほど醜いものはない」

ハリー一同、のそんな一言に唖然となった。ロンは間抜けに口をあけたまま、が去っていたほうを見ていた

「―――のほうが貴方なんかよりもずっと大人ね!」

ハーマイオニーが人ごみの中消える際に残していった言葉だ。これは認めざる負えない真実――――ロンは恥ずかしさを誤魔化すかのように、飲み物をぐびっと飲み干した。






「こんどフランスへ遊びにきてくださーい」

『…あぁ、是非そうしよう。フランスの魔法も少し気になっていたんだ』

フランス語で答えるとガブリエルは驚いた表情をした

「あなたって…フランス語ができたの?」

『あぁ…黙っていて申し訳ない。せっかくイギリスへきたのだから、きれいな英語を覚えてもらいたいと思ってな……だから今まで黙っていた。』

「まぁそうだったの…!わたし、あなたのことがさらに好きになったわ」

『僕も博学なガブリエルのことが好きだ』

きっとは純粋に好き、と答えているのだろうけど―――――女の子から取れば告白のようなものだ。しかし相手がガブリエルだったからよかったのかもし れない。彼女は女性としての気品をきちんと持ち合わせており、すぐ相手に惚れこんでしまうような女性ではなかった。パーティーが終わった後も、お互い連絡 を取り合いたいとのことで、住所などを聞いておいた。そうすればいつでも手紙を出せるから、だ。

「今日は楽しかったわ、

『僕も久々にダンスが楽しいと思った。また連絡を入れる。今日はパートナーになってくれてありがとう』

膝をかがめ、ガブリエルの手の甲にキスを落とすと周りからきゃーという黄色い声が聞こえてきた。