07 キミガタメ/秘密の部屋

新学期、名前にはコンパートメントに押し掛けてくる女子を軽くあしらう作業が待っていた。相変わらず名前の女子人気は高く、同世代の女の子達にとってはハリーとはまた違う、憧れ的な存在だった。ロンはそんな名前の迷惑そうな顔を隣で笑いながら見ている。

「じゃあね、Mr.カザハヤ」

「さようなら、ホグワーツでね!」

「…う、うん」

少女たちがいなくなるのを確認すると、名前は今も尚笑い声をあげるロンをぎろりと睨んだ。

「……おれは全然楽しくないんだけど」

「君、無自覚なのにも程があるよ……なんかさ、最初は女子たちにモテモテでむかつくなーって思ったんだけど、何か毎日うるさそうで今じゃ全然羨ましくなんか思えないよ」

確かに去年も名前の周りは何かとうるさかったような気がする。なんせ、静かに1人で本を読んでいようものなら隣に腰掛けられトークが勝手に始められてしまう。

「煩くてわるかったね、でも、おれのせいじゃないからね」

「そろそろ誰か女の子作ってみたら?そうしたら静かになるんじゃないかな、別に好きじゃなくてもさ、彼女がいれば近寄りにくくなるかもしれないじゃないか」

全女の子を敵に回すような意見を述べるロンを見かねて、ハーマイオニーはロンの足をガン、と踏みつける。

「いったっ、何するんだよハーマイオニー!」

「女の子を道具としか見ていないみたいね、だからあなた、女の子にモテないのよ」

「言ったな……!じゃぁ、君はどうなんだい!?」

「どうしてここで私の話しになる訳!?」

あーあー、始まったよ2人の言い争いが。

と、その時誰かが突然頭を殴った。

「いったッ」

「ふふ、気持ちよさそうに寝てたわよ名前」

コンパートメントの窓際に肘をたてて寝ていたところ、肘が外れそのまま頭を強打してしまった。つまり、先ほどまでの光景は夢だ。どうしてあんなリアルな夢をみたんだろうか。夢から覚めてもしばらくは夢という実感が無く、隣にロンがいるような錯覚に陥った。

「夢、だったのか……」

「どんな夢を見ていたの?」

ハーマイオニーは分厚い参考書を片手に聞いてくる。

「ハリーとロンが同じコンパートメントにいた、あと、ハーマイオニーがロンの足を踏みつけてた」

「そうね……ありえない事ではないわ。でも、あの2人は何処に行ったのかしら、コンパートメント探しても見つからないし……」

列車に乗ってからというもの、ハリーとロンの姿を見ていない。これに乗り遅れるということは大変なことだったが、まさかあの2人が遅れてくるだろうか?他のウィーズリー家は確かに後ろにロンとハリーがいたと言っていたが……

「もしかして、壁の中に入れなかったんじゃ」

「でも何故かしら」

「…さぁ」

結局、ハリーとロンは大遅刻をした挙句、空飛ぶ車を運転してそのまま暴れ柳に突っ込んだ。暴れ柳が怪我をしてしまい、おまけに数人のマグルにその姿を見られてしまったのだ。まだ授業が開始されていない時だったので減点は免れたが、先生にきつく叱られ、2人は罰則を与えられた。自業自得だとハーマイオニーは言うが、名前はそんな2人に同情した。何故、壁が閉じたのだろうか。

翌朝になってハーマイオニーの機嫌は治らず、名前は4人の板挟み状態になり思わずため息を吐いた。どうやら2人のここまで到着した手段が許せないようだ。

「あれ、梟じゃないのが来た……あ、あれって君のじゃないか」

ネビルが指さした方向には、日本の魔法族の集落で利用される鳶が緑色の巻物を抱え、此方に向かってきている姿が見えた。

「ワーオ、ニンジャみたいだね!それ!」

「…忍者、はは…たしかにそうかも」

確かに見た目は忍者の使う巻物にそっくりだが、これは日本の魔法族が物を運ぶ時によく使う手段だ。生物以外は巻物に閉じ込める事ができるので、とても便利な代物だ。だが、時々大きな物が入っていたりもするので名前はそれを部屋で開くことにした。

と、次の瞬間ロンの家の梟、エロールが机に飛び込んできた。危うくオートミールの皿をぶちまけるところだった。

「……君の家の梟、大丈夫なの?」

「まずいぞ……これはやばい」

エロールは机の上の食べ物を軽く突っつき、すぐ飛び去った。ロンの手には赤い手紙が握られている。これは話で聞いたことがあるが、外国の魔法使いが使う電話のようなものだ。手紙を開くとその人物の声が再生され、すぐ開かないと大変なことになるそうだ。ロンは震える手でそれを開く。

「車を盗み出すなんて、退校処分になってもあたりまえです。首を洗って待ってらっしゃい。承知しませんからね。車がなくなっているのを見て、わたしとお父さんがどんなおもいだったか、おまえはちょっとでも考えたんですか―――」

爆発したのかと思うくらい、それはもう爆音でモリー・ウィーズリーの声がしんとした広間に響き渡る。ロンは間違いなく、あと1つでも規則を破ればMes,モリーの言うとおり家に引っ張り帰されてしまうだろう。名前は未だに呆然とするロンの肩をそっとたたいてやることしかできなかった。ハリーも流石にまずいな、と何やら考え事をしていた。吠えメールの一件で、ハーマイオニーは十分罰を受けただろうと思ったようで以前のように親しく2人に接するようになり、名前はほっと溜息を吐く。

最初の授業は薬草学だ。薬草学のスプラウト先生はぽっちゃりと優しそうな女性で、頭にはつぎはぎだらけの帽子をかぶっている。名前は去年の成績が祖父の機嫌を損ねてしまったのもあって薬草学も散々夏に勉強した。恐らく、2年生の範囲は完全に出来るはずだ。実際に薬草学でよく利用されるニガヨモギなどといった植物も育ててみた。まさに日本の夏休みの小学生が朝顔を育てる宿題をこなすかのように、毎日きちんと絵日記まで付けたのだから褒めていただきたい。

「やぁ、みなさん!」

金色に輝くブロンドの髪に、真っ白に磨かれた歯、金色の縁取りがされているトルコ石色のローブをなびかせ、颯爽に現れるギルデロイ・ロックハート。彼は一応ホグワーツの教員で、前年度にクィレル先生が勤めていた闇の魔術の防衛術の後任の先生だ。彼の執筆したとされる本は一応全て読んだが(軽い読書にはもってこいな感じだったから)どれも本人の功績なのやら……ハーマイオニーは本人の体験談だと言い切るが、名前は彼の妄想話を書きまとめた同人誌のようなものだと思っている。

そんなことはさて置き、教室に入る前に名前はこれから習いそうな場所をまとめたノートを開き1分ばかりの予習時間に入った。ハリーが前のほうでロックハートに絡まれていたとは知らず。

「さて、みなさん今日はマンドレイクの植え替えを行ってもらいます」

ふうん、マンドレイクか…と名前はページを開く。誰かマンドレイクの特徴を知っている子は、という質問ではすかさずハーマイオニーが手を挙げた。本に書いてある通り正確に述べるとスプラウト先生は満足したのか、グリフィンドールに10点を与えた。それが不服なのか対面にいるスリザリン生はぶつぶつと文句を呟いたのを名前は聞き逃さなかった。

「おや、Mr.カザハヤ読書ですか?」

「え…あ、すいません」

「ではMr.カザハヤにはもっとマンドレイクについて詳しく述べていただきましょうか」

早くノートをしまうべきだった、と今さら後悔しても遅い。スプラウト先生と他の生徒の視線が一か所に集まる。あまりの恥ずかしさに爆発しそうだったが、なんとか名前は答える。

「……魔法界のマンドレイクは根に毒はありませんが、マグル界の人達が言うマンドレイクは根茎が幾枝にも分かれ、個体によっては人型に似ていたりもします。幻覚、幻聴を伴い時には死に至る神経毒が根に含まれています。毒性が強いために、マグル界では薬用にされることが殆どないそうです。マグルの人達の言う『伝説のマンドラゴラの叫び』というのは、この強い毒性のために脳が麻痺し………」

「はいはいもう結構です、少し意地悪な質問をしたつもりでいたんですが……いいでしょう、グリフィンドールに10点!」

魔法界のマンドレイクと、マグル界のマンドレイクは似ているようで違う個体なのだ。名前はそれを説明しようとしたのだが、どうやら説明が思ったよりも長かったようで止められてしまった。この数分間でグリフィンドールは既に20点を獲得したのだから、スリザリンの機嫌がよろしくないのは言うまでもないだろう。

隣にいるネビルはすごいね名前、と感嘆の声を上げる。

「さて……Ms.グレンジャーが言った通りマンドレイクの泣き声は直接聞くと危険です、そのために皆さんには事前に配っておいた耳当てをして、作業に当たってもらいます」

スプラウト先生は耳当てを持ちジェスチャーをすると、生徒達に耳当てをつけさせた。別に作業自体は楽なのだが、本体の見た目がなんとも言えない。祖母の温室にはいくつかのマンドレイクの苗が植わっているが、この時期になると名前もマンドレイクの植え替えを手伝わされていたのでこんなもの朝飯前だ。作業が始まると、温室中にマンドレイクの泣き声というか、喚き声が鳴り響く。何故耳当てをしているネビルが倒れたのかは未だに謎である。きっと彼は聴覚が人一倍良いのだろう、そういう事にしておこう。

授業が終わり、教室を出ると早速マルフォイに呼び止められる。彼は未だに名前がパーティの件を断った事が気に食わないようだ。

「カザハヤ、お前の友達は大変だな、耳当てをしてるっていうのに……今あいつはどこだ?医務室か?」

「あら、ネビルのことがそんなに心配なのね」

「……お前には聞いてない!この……」

なんとなく、マルフォイが嫌な事を言いそうな気がしたので名前はすかさず言葉を遮る。

「マルフォイ、君はおれに用があったんじゃないの?それだけならこのまま教室に移動するけど」

「…あぁそうさ、君はマグルの事についても詳しいみたいだから……君の家ではマグルの事なんかを学ぶのかい?」

なんかを、とはどういう意味だ。名前はむっとする。

「君の所とは事情が違うんでね、じゃあ失礼するよ」

これ以上マルフォイの下らない話しに付き合っている暇はない。次の授業は変身術だ。変身術は名前が最も苦手とする分野で、去年の成績もこれが原因で足を引っ張ってしまった。祖父は全ての学問においてOを取らなければ今後一切、外へ遊びに行かせてくれないだろう。

「ねぇ、名前が見ていたノートは何なの?」

「あぁ……ハーマイオニーにはまだうちの事情を話してなかったよね……」

祖父から言われた事や、夏休みの拷問とも言える特訓をハーマイオニーに伝えるとまぁ、と顔をしかめた。彼女からは同情の視線を感じる。

「……そんな事になっていたのね、でも、そうね…あなたの家族がそういうんだから、もしかしたら学年3位に入らないと自由な夏休みは過ごせそうになさそうね……勉強を進めるのは良い事だわ、でも、少し…あなたの家は、なんというか……悪く言うつもりはないのだけれども……」

ハーマイオニーが言いたい事は分かる。

「理想が高すぎ?」

「えぇ、そうね…その通りよ……ハードルが高すぎるわ、私は1年生の時の成績、2人は喜んでくれたわ…」

「ハーマイオニーはおれよりも成績が上だっただろ……あたりまえさ」

「いいえそういう事じゃないの、私が言いたいのは、いくら頑張ってもあなたを認めてくれない家族が、少し、変だってことよ」

「……ありがとう、そう言ってくれたのはハーマイオニーが初めてだよ」

これから先、祖父や祖母が自分の心を覗き見ようとする事があったとしても、今の名前には閉心術がある。ホグワーツで何を言おうが構わないだろう。閉心術の授業は初め、なんでこんなにも辛い思いをしなくてはならないんだと嘆いたものだが、会得してみればとても便利なものだと気がついた。あの祖母には少し感謝しなくては。

「でも、ここの先生方はしっかりとあなたを評価してくれているはずよ、私だってあなたの事は勉強面の良きライバルとしても、とても評価しているわ……2人よりもちゃんと勉強しているし、そういう事って素敵だと思うの。だからその、あまり落ち込まないでね」

彼女の言う2人というのは、ハリーとロンの事だ。2人もハーマイオニーがしつこく言うので嫌々ながらも成績はしっかりととっている方だ。だが、彼女はまだまだ勉強面において不真面目な態度の2人が気に食わないようだ。

「名前のレポート、私は好きよ、だって物語を読んでいるみたいですらすら読めるし、とても分かりやすいの…」

「いや、そんな褒められても……嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかな」

「ふふ…名前のそういうところが、女の子にモテる人気なのよ」

「……そ、そうなの?」

「流石の無自覚具合ね。まぁ、今後追いかけまわされて困ったような事があれば、誰かに落ちついちゃってっていう手段もない事もないわよ」

まさか、ハーマイオニーがその手の手段を言いだす人だったとは。そう言えば新学期そんなような夢を見たような……。

「あら、冗談に決まってるじゃない」

「…びっくりしたよ」

「でも、毎年あれに追いかけまわされてたら疲れるでしょ?まぁ、それは最終手段ね」

「……最終手段って」

「でも今年は、女の子たちの目がロックハート先生に向かってるから平和に過ごせるんじゃないかしら……私としては複雑なんだけれども」

ハーマイオニーが彼を好いていることは知っている。彼の授業の日はそこをハートで囲っている程だ。

「はは……確かに今年は比較的静かかも…」

と行っても、新学期は始まったばかりなのでこれから先どうなるかは不明だ。名前はハーマイオニーと変身術の教室に入った。今日の授業はコガネムシをボタンに変えるというものだったのだが、ロンの杖が先の事故によりまともに使えなかった。おかげで杖を振る度に濃い灰色の煙がロンを包み、辺りは腐った卵の匂いで充満する。この時ばかりはロンとハリーの席から離れていて良かった、と思ったのは此処だけの話。