手紙を書いている時、インクのストックが無くなってしまった事に気が付いた。寒空の下、名前は温かそうな濃紺のガウンを羽織りフィルチの元を訪ねようとした。だが、そこにフィルチはおらず、仕方なく廊下を歩き回っているとフィルチがセブルスの部屋まで包帯を運んでいる姿を見つけた。そういえば、セブルスがあの日、あの犬に足をひっかかれたという事をミネルバが話していたのを思い出す。足のケガでさらに機嫌が悪くなっているのだから、これは触れないほうがいいだろう。と、名前は彼の部屋の前でフィルチを暫く待つことにした。扉が少し開いているおかげで話は筒抜けだ。フィルチさん、どうも抜けてるんだよなぁ、こういうところが。セブルスも足の手当て中の為扉がほんのわずかに開いている事に気が付いていない。
中々フィルチが出てこない。名前は扉の横で立っていたが、ぼーっとしていたあまり、そこに丸眼鏡をかけた少年がやってきた事に暫く気付かなかった。
「…ん、君は…」
「ナイトリー先生、ですよね、初めまして」
少年は礼儀正しく挨拶をし、先生の事はハーマイオニーから聞いていました、とにこやかに答えた。笑い方は、なんとなくリリーの方に似ているような気がする。そういえば、初めてハリーと会話をしたな、と思っていると、突然扉の中からセブルスの怒号が聞こえてきた。
「ポッター!」
セブルスは怒りに顔を歪ませ、手当てをしていた足元をガウンで隠すと扉を勢いよく開き、ハリーをにらみつける。ハリーがセブルスの声に驚き、一歩後ろへ下がるのをちらりと見た。扉を勢いよく開いたその衝撃で、名前は扉に思いっきり頭をぶつけてしまい、小さな呻き声を出してしまった。絶対に、わざとだ。
「突然扉を開くなんて、酷いなぁセブルス」
ハリーは二人のやり取りをおどおどと見守っている。
「何の用だナイトリー、貴方と世間話をしている暇など無い」
まるで視界にすら入れたくもないかのように、くるりと名前の方へ向き直り、今年の中では最高ともいえる程の不機嫌そうな表情で此方をにらみつけてきたセブルスに、名前はおちゃらけたように笑う。
「フィルチさんに用があってね、ほら、私はインクをよく使うだろう、インクが無くなってしまって…」
「扉を開けっ放しにしたのは、貴方か」
ついにフィルチは自分が扉を開けっ放しにしていたことに気づき、セブルスの見えないところで縮み上がっている。なんというか、可愛そうな人である。
「あぁすまないね、声をかけるつもりでいたのだけれども、話に熱中しているようだから…寒さを感じれば、気付いてもらえるかなと空けておいたんだよ」
「…ほう、然様でしたか、その口先で今まで数えきれぬ程人々をだまし続けて来ただけはある、さっさとここを立ち去れ」
相変わらず言葉に棘のある男だ。やれやれ、と肩をあげて苦笑する。
そういえば、と、名前は何かを言いたそうなハリーに視線を向ける。
「君、スネイプ教授に用があったのだろう?」
「はい、本を返していただきたくて…」
突然話を振られたハリーは恐る恐る口を開き、セブルスを見上げる。その頃には部屋の中にいたはずのフィルチの姿は無く、相変わらずちゃっかりしているフィルチに名前は内心ため息を吐く。
「出て行け、失せろ!」
このままではグリフィンドールが減点されてしまう、と危機を感じたハリーは彼が次の言葉を言わないうちにその場から全速力で駆け戻っていく。名前はセブルスに何かを言おうとしたが、その前に扉をぴしゃりと鼻先で閉じられてしまったので少しイラッとしてしまった。どうして、彼はああいう性格なのだろうか。
翌朝、ついに寮対抗クィディッチの初戦が始まった。初日はグリフィンドール対スリザリンの戦いで、この日生徒たちは自分たちの寮を応援する横断幕などを用意したり、対戦相手の寮の生徒を見つけるなりいがみ合っていた。
いつになっても、魔法使いと魔女の心の拠り所はクィディッチなのだな、と名前は教員席で湧き立つ生徒を眺めながら微笑む。名前の少し離れた場所にクィリナスが座っており、最近のクィリナスは名前とろくに挨拶すらしない。おまけに、一方的に名前が避けられている状況がずっと続いていた。
「さぁみなさん、正々堂々戦いましょう!」
フーチが拡声魔法を使い、生徒たちに試合の始まりを宣言する。そして、選手が全員箒に跨り、決められた位置に着いた事を確認すると、彼女は銀の笛を鳴らした。これが、試合の始まりの音だ。試合の実況放送はグリフィンドールのリー・ジョーダンが行っているが、どうもグリフィンドール贔屓なそれにミネルバは度々声を上げる。彼の面白おかしな実況中継を耳にしながら、名前は生徒たちの戦いを静かに見守る。
試合が開始され、15分は過ぎた頃だろうか。胸がずきりと酷く痛みだし、名前は慌てて自室に戻る。よりによって、試合が最も面白くなる時間帯に席を空けなければならないとは。恐る恐るシャツの隙間から胸元を確認してみるが、特に変わった変化はなかった。だが、なんとなく、痛みとは別にじんわりと熱のようなものを感じるような。痛みが治まり始めた頃、名前はようやく教員席に戻るとそこにはなぜかローブに火がついているセブルス。誰かに火を放たれたのかは分からないが、魔法を使わず足で火を踏み消そうとしている姿が少し面白く、それを見ていると思いっきりセブルスに睨まれてしまった。別に笑ってはいなかった、が、その様子を私に見られた事が嫌だったのだろう。名前は視線をミネルバに向け、何があったのかを聞いた。
「一体何が?」
「先ほど、ポッターの箒におかしな魔法がかけられていたのですよ」
「…ハリーの箒に?」
箒に魔法をかけるなんて。そもそも、強力な闇の魔術でしか箒を誑かす事は出来ない。つまり、これまた内部の何者かが強力な闇の魔術を使い、ハリーを地面にたたき落そうとしたのだ。トロールを侵入させた犯人と同じだろうか。次の説明を受けようとした瞬間、ハリーは金色のスニッチを飲み込みグリフィンドールに勝利が告げられた。ミネルバからは、またあとで説明を聞くとしよう。今は、自分の寮が勝利したことに、さぞ喜んでいるだろうから。