私が攫われた事件が起きてから半年が経った頃、ようやく私の周りの監視の目が薄くなってきた。友達にも会う許可が降り、私がまず最初に会ったのはイズミちゃんだった。大泣きしながら再会を喜んだものだ。そして次はイタチくん。大泣きはしなかったものの、再会を喜んでくれた。シスイくんの話をしたかったのだが、セクハラジジイの目もあって、なかなか話すことが出来なかった。
「イタチくん、暗部の分隊長になるんだよね?」
「……なぜそれを?」
「テンゾウから聞いたよ」
テンゾウ、もともと根っていう組織にいたらしい。根っていうのがあのセクハラジジイの組織だってのは聞いている。イタチくんが、あのセクハラジジイの毒牙にかからなければいい、なんとなく、そう思った。
「私は一般人だから、監視の目を厳しくするって火影様からいわれたんだけどさ、そのせいで、ぜーんぜん友達と会わせてもらえなくて、暇で死ぬかと思ったよ」
あの期間中は、仕事に出ることも禁じられていた。いわば自宅軟禁状態。会って、ナルトくんか、テンゾウ、時々夕顔さん。安全のためとは言え、6ヶ月間の自宅軟禁は本当に地獄だった。
「あーあー、イタチくんが昇格したときのお知らせって、いつもイズミちゃんから聞くっていうのがセオリーだったのになぁ……」
「ふふ、そういえば、そうだったね」
と、笑うイズミちゃんに私の頬が緩むのを感じた。ほんとにこの子は私の癒やしだよ……。
「そうそう、2人にお守り作ったんだ」
お守り、というのだから手のひらサイズかとおもいきや、私からそれなりのサイズの、立派な木彫りのくま2体を手渡され、動揺を隠せない2人。
「こ、これって、お守り?」
「そう、お守り!強力なお守りがいいなーって思って、作ってたらこんな見た目になっちゃった!」
魚も口に加えている、屈強な木彫りのくまだ。これを掘るのに約5ヶ月かかったほどの超大作だ。
「……あ、ありがとう!」
「あ……ありがとう、名前ちゃん!」
流石にこのサイズだと普段の持ち歩きには不便か……。そう思い、私はその木彫りのくまを縮めることにした。
「レデュシオ!」
「わ!」
「……!」
2人が抱えていた木彫りのくまは、あっという間の手のひらに収まるサイズに変化した。これならば、いつでも持っておけるだろう。
「ほら、ここのキバのところ、糸通せるようになってるんだよね~はい!できた!」
「わぁ、すごい便利な術だね、ありがとう!」
「物を縮めることができる術なのか?」
「そうそう!何かと便利だよ、重たい買い物をしても、これで縮めれば手のひらサイズになるしね!まぁ、重さは変わらないんだけど……それが難点かな」
12歳といえば、ホグワーツに入学している年齢だ。学年で言えば1年生か2年生。この呪文は2年生のときに呪文学で習う呪文で、私も当時は死ぬほど練習した呪文の一つだ。
「名前ちゃんのオリジナルの術って、本当にすごいね、便利なものがおおくて」
「利便性に特化してるからね」
「しかも、それを無意識のうちにやってるんだから、すごいよな」
「ま~そんな褒めても何も出ません!」
その気になれば、それなりの忍者になれただろうな。アカデミーの入学試験を落とした人たちはさぞ悔しい思いをしただろうな。イタチくんにそういわれて、思いっきり顔をしかめる。
「忍者になりたくないんだろ?五大国一のケーキ屋さん、だったか?」
「そう!半年も休業しちゃったから、早く感覚取り戻さなくちゃ!15歳になったら成人扱いで1人でお店持ってもいいらしいから、あと3年頑張らなくちゃね!」
火の国では、15歳から書類上は成人扱いになる。よって、家のローンもできれば、店だって構えることができる。開業のためにお金をコツコツとためている私にとって、あと3年なんてあっという間だ。
「さーて!お店開くために、頑張らなくちゃね!」
「わたし、応援してるね!!」
「おれも…!」
お店をオープンしたら、この2人には最初のお客さんになってもらうつもりでいる。そして、ウエディングケーキも作るつもりでいた。2人のウエディングケーキは、どんなデザインがいいだろうか。自宅軟禁されていた間、2人のウエディングケーキの妄想をたくさんラフに描き起こしてあるので、すぐに結婚が決まっても提案できる自信があった。
秋に近づいてきた頃、イズミちゃんが体調不良で寝込んでしまった事を聞きつけ、私は身体に良さそうな物をかごに詰め込み、うちは自治区までやってきていた。壁を見れば、うちはのマークが幾つも描かれていて、ここを作ったときに、わざわざこれを描いて歩いていたのかなぁ、なんてどうでもいいことを考えながら道を進む。
「えーっと、イズミちゃんの家は……」
「もっと直接的に言ったらどうです、おれを疑っているってわけか……!」
「あぁそうだ、クソガキ」
「いいかイタチ、一族を裏切るような真似をしてみろ、ただじゃ済まさねぇぞ」
不穏な空気を感じて、ふと足を止める。
「イタチ……くん……」
「……一族、一族……そういうあんたらは、己の器の大きさを図り違え、おれの器の深さを知らぬから、今そこで這いつくばっている……」
そこには3人のうちは一族の男性が倒れていた。彼らのすぐ近くにはイタチくんがいて、赤い瞳で彼らを見下ろしている。
「やめろイタチ!どうしたと言うのだ、一体……!?」
うちはのマークに、クナイが投げ飛ばされる。そして、フガクさんはヒビの入った壁を静かに見つめた。
怒りのあまり、イタチくんはこちらに気がついていないようだ。あんなに怒りを顕にするイタチくんを見たのは、初めてのことかもしれない。慌てたように、彼の父親フガクさんがその場を収めようとするが、それを辛くて見ていられなかった。
イタチくんが、シスイくんを自殺に追い込んだとか、殺したとか、嫌な噂は耳にしていた。店の場所が場所だったのもあり、嫌でも聞こえてきた“噂話”だ。そんな訳ない……2人を知っているからこそ、私はそんな噂話をする人が入ってきたとき、店の奥に引っ込むようにしていた。聞いていたら、イライラして、お店がめちゃくちゃになってしまいそうだったからだ。
「イタチくんを悪く言うなー!!このおたんこなす共!!!」
「なっ」
「シスイくんとイタチくんのこと、なんにも知らないくせに!!」
怒りのあまり、手に持っていたお見舞いの品の一部をぶん投げてしまった。このとき、ようやく私が近くにいたことにイタチくんは気がついたようで、赤い瞳を丸くさせ、こちらを見つめてきた。
「一族以外のものが、うちはのことに口出しするな!この小娘、どこの者だ!」
「はぁ!?なにそれっ、超ムカつく……!」
「やめろ名前!!」
すると、突然誰かが私の身体を俵のように持ち上げた。まるで荷物みたいな扱いだ。
「なっ、暗部だと?」
「……すみません、この子はボクが連れて帰ります」
どこからともなく、暗部服姿のテンゾウが姿を現した。イタチくんはテンゾウの事をよく知っているので、彼を見るなり軽く会釈する。
「テンゾウ!?ちょっと、どういうこと!?私まだ何にもしてない!!」
「でもやろうとしてただろう!?君は自分の立場わかってる!?」
「うぐっ」
「ケーキ屋さんになるんでしょ、君は一般人だ、忍の世界のことに、首を突っ込んではいけない」
「でも!!友達が苦しんでる!」
「それでも……!君は巻き込まれてはならない、それは君の夢のため、わかるね?」
「―――っ!!!」
悔しかった。何も出来ない自分が。友達を、また、助けられないのか。こちらに来て、誰も助けることができないのだろうか。私は苦しかった、現状が。そして、無力な自分が悔しかった。
「……君やボクが使う力は、とても便利だけど、簡単に命を奪える力でもある……力を持っているということは、どういうことか、わかるよね」
何しろ、君は前世で、友達を守って死んだのだから。そう、テンゾウに諌められ、私は今までとても危険な橋を渡っていた事に気が付いた。それに気がついたとき、涙がボロボロと溢れてきた。いろんな感情が混じって、弾けた。
「……君が忍者なら、こんな苦しまなくてもよかったのに、と、ボクは時々そう思うよ」
私は、忍者ではない。それでも、力は持っている。だからこそ、この壁によくぶつかってしまうのだ。忍者は、自分の力に責任を持って、それを行使することができる。しかし、一般人である私には、それができない。自衛のためならまだしも、誰かを傷つけるために発動してしまったら……。今回はテンゾウが偶然側にいてくれたからよかったものの、彼がいなかったらどうなっていたことやら。木遁が炸裂して、あの3人を傷つけてしまっていたかもしれない。そうなれば、後に色々と厄介なことになる。イタチくんを守ろうとしたのに、逆に彼をさらに追い詰める事になってしまうからだ。何しろ“木遁”使いが居ることは、木の葉の里でも極秘事項……さらに、うちは一族にとって、木遁使いは特別な意味合いを持つ。
うちは一族と千手一族の話は、あのセクハラジジイが置いていった書物の中に記されていたので、頭の片隅には入っている。かつて、木の葉の里を築き上げた千手一族とうちは一族の間には、元は血なまぐさい争いが続いていたそうだ。それを打ち破って、平和に導いたのは初代火影の千手柱間とうちはマダラ。彼らが手を取り合ったからこそ、誕生したのが木の葉の里というわけ。千手柱間は木遁使いとして有名でもあり、木の葉の里では彼が亡くなった後も、彼の細胞を移植したりして木遁の研究が行われていたそうだ。ちなみに、この話もセクハラジジイから聞いたこと。だから、私はあの力が発現したとき、大蛇丸の実験体なのか、と疑われていた。
ある日の夜、妙な胸騒ぎがして、真夜中にもかかわらず目が覚めた。空には爛々と輝く満月が浮かんでおり、不気味にこちらを見下ろしていた。
「名前ちゃん、起きてる!?」
「夕顔さん?」
室内に、夕顔さんが現れた。最近は別の任務が忙しくて滅多に会うことはなかったが、今夜はこちらにいたようだ。真夜中にも関わらず、忍者の人たちって本当に大変だなぁ、なんて思う。
「……一緒にきて、火影様のところなら安全よ」
「え、安全って……?」
「……理由はあとで話してあげるわ」
すると、夕顔さんに抱きかかえられ、私は火影様のいる部屋へと連れていかれた。ただならぬ空気の中、私は毛布にくるまってソファに寝転がる。
「すまぬな、眠っていたというのに」
「いえ、起きてました、なんか、嫌な感じがして……」
「嫌な感じ?なにかを感じたのか?」
「はい、説明し辛いんですけど、背筋がゾッとするような感覚で……」
「ふむ……とりあえず、今夜はここで休みなさい、ナルトも後でこの部屋に来るだろう」
「……は、はい」
このあと眠くなるんだろうか、正直不安だったが、私は結構神経が図太いのか、その後、しっかりと眠ることができた。ナルトくんは私の15分後に連れられてやってきて、眠った状態だったので、そのまま一緒の毛布にくるんで仲良く寝た。おかげで朝はぽかぽかだった。
「あれ、ねえちゃん?ここは……じいちゃんの部屋?どうしてここにいるんだってばよ?」
「おはよーナルトくん……よくわからないけど、夜中にここに連れて来られたの」
「全然覚えてないってばよ……」
「ナルトくんは爆睡してたからねぇ~」
ナルトくんがまだ眠たいからと、二度寝を決め込んだ頃、私はぼーっとソファに座っていた。出されたお茶を飲み干し、火影様たちどこにいるんだろ、と考えていたとき、隣の部屋から大人たちの話し声が耳に入ってきた。
「生存者は……?」
「……子供が1人だけ」
「生き残った子は、うちはサスケ……奴の弟か」
「両親は殺されていた、それにやつと親しかったうちはイズミも……」
がたん、と音を立ててしまったので、隣の部屋にいた大人たちは私が聞き耳を立てていたことに気がついたようだ。
「あの、何が、あったんですか?」
「……君は例の木遁使いの子か……」
「待て、その話はわしからしよう」
「……火影様」
すると、どこからともなく現れた火影様が、昨夜起きた“悲劇”を説明してくれた。
「いいか……かなりショックを受けると思うが……いずれは知る事」
「……はい」
「うちはイタチがうちは一族を皆殺しにし、里抜けをした」
「……え?」
「生き残っていたのは、あやつの弟のサスケだけ……」
言葉が、頭の中に入っては抜けていく。火影様の言っている事に対して、あまりのショックに、上手く言葉を理解できなかった。
「えっ……まさか、はは、そんな……」
「お前が親しかった、うちはイズミも……亡骸で発見されておる」
「……う、うそだ」
「……木の葉病院におるそうだ、後でともに行こう」
「そ、そんな……あはは、なにかの冗談ですよね?」
「……冗談であれば、どれほど良かったか……」
頭の中が、真っ白になるとはこういう事だろうか。どうやら私はあの後、気絶してしまったようで、目覚めたら夕方になっていた。倒れたときに少しぶつけて腫れてしまったあたまのコブなど、もはやどうでもいい。火影様に連れられてやってきた木の葉病院で、残酷な真実を目の当たりにした。冷たくなって、もう二度と動かない、親友の姿だ。イズミちゃんのポーチからぶら下がってる木彫りのくまは無惨にも砕かれていた。
「うそ……うそ、うそ、うそだよ、イズミちゃん……イズミちゃん……!!」
また、友達を守れなかった。どうして、どうしてこんなことに。あまりの悲しみに、涙すら溢れてこない。
その後、よく覚えていないのだが、私の感情が高ぶったのもあり、木遁が木の葉病院で炸裂してしまったようだ。私を抑え、気絶させてくれたのはテンゾウらしく、珍しく冷や汗をかいたといわれてしまった。この力も、ちゃんと制御できるようにならないとそろそろまずいかもしれない、と火影様にいわれ、テンゾウが師となって、私は忍術を基礎から学ぶ事になった。このときは、忍者になることに対して、前向きだったというのもあるかもしれない。なにしろ、友達を“また”救えなかった自分が悔しくて……その時、一つの答えを絞り出した。ずっと、ずっと悩んでいたこと……今度こそ、友達を守ろう、と心に決めたのだった。だから、忍術を学んで……忍者になろう、と覚悟を決めた。ケーキ屋さんの夢は……また、今度考えればいい。