年が明けてすぐ、店にここの元従業員であるレンくんが遊びにやってきた。ここ1年は特にほとんど会っていなかったので、少し背が高くなって若干驚いた。彼は今年12歳なので、私やイタチくんよりも4歳年上ということになる。彼の後ろには、彼のスリーマンセルの1人である少女が1人と、一番最後にイタチが並んで入店してきた。この中ではイタチが一番年下なので、背が小さくて当然ではあったが、なんだかすこし可愛いな、なんて思ってしまった。
「レンくんじゃない、お店に遊びに来るなんて珍しいね~」
「……ああ、お前か、まだここにいたんだな」
「当たり前じゃない、ダンゴさんに挨拶するでしょ?」
「ああ、お前らはそこらへんで座ってろよ」
まるで、自分の家みたいな言い方だ。まあ、私達にとっては家と言っても過言ではないので、彼の気持ちはわからなくもない。人の店なのに尊大な態度で席を指差すレンに向けて、スリーマンセルの少女は笑った。
「この店で働いているので、レンくんの後輩ってところかな?名前っていいます!」
「へえ~なんかすごいしっかりしてる子とねぇ~わたしはシンコ!よろしくとね!」
イタチくんがうちは一族以外の人と一緒にいる光景は、なんだかとてもめずらしい。もちろん、狭い世界で生きる私にとっては、だが。
2人を席に案内すると、温かいお茶を用意する。
「ほんと、ここは穴場とねぇ~」
「ほら、これがここの人気メニューだ」
そう言い、3色団子を持ってきたのはレンくん。どうやらダンゴさんに挨拶を終え、これを受け取ったようだ。
「ダンゴさんが元気になって本当によかったよ、これもレンくんや、2人のおかげだね」
「ふん」
「ツンデレさんめ……」
少し前、ダンゴさんが重たい病にかかって倒れてしまったときがあった。ダンゴさんを救うためには、薬がどうしても必要だった。その薬には特殊な材料が必要で、その治療に必要な忍猫のひげを手に入れるため、レンくんは必死になって頑張ってくれた。もちろん、レンくんだけではない、ここにいるシンコちゃんや、イタチくんもだ。ここにはいなかったが、彼らの班の隊長もそれには関わってくれている。
「みんな、改めて、あのときは本当にありがとう!」
「ふふ、元気になってほんとによかったとね!」
「ああ、本当に良かったと思うよ」
奥からダンゴさんとアンミツさんが姿を現した。アンミツさんの片手には、美味しそうなショートケーキがあった。どうやら今日来る事を知らされていたようで、昨夜焼いていたのはこのためか、とようやく納得した。最初は誰かの誕生日なのかと勘違いしていたが、3人にお礼をしたいために焼いてくれていたようだ。
「わあ!!美味しそうとね!!」
「アンミツさんの作るショートケーキは絶品だよ~!そしたら、ろうそく持ってこようかな!」
「ろうそく?誕生日じゃないのにどうして?」
「3人の生還祝い!」
「……ああ、なるほどね、素敵じゃない!ろうそくなら奥の棚に入っていたわ、確か」
3人は忍者なので、いつもいつ死ぬかも分からない。もちろんそれは生きているだけでいつ死ぬかわからないのは生き物として共通のことではあるが、忍者は特にそうだった。今、こうして過ごせている奇跡に感謝をしなくては。前世の記憶がある私にとって、何気ない毎日がどれだけ大切か。それは日頃からよく感じていた。前世では、魔女だった。ホグワーツ魔法魔術学校という場所に通っていて、卒業後は闇祓いとして働いていたっけ。今でもついこの間のように、かつての仲間たちの顔や、名前を思い出せる。私は、他の仲間たちと同様、闇の魔法使い……ヴォルデモートと戦って命を落としてしまったが、悔いはない。今ならよくわかる。彼らと過ごした、何気ない毎日がとても輝いていた、と。
こちらで生まれ変わったことに気がついたときは、孤児であることに絶望はしたし、前世を思い出して寂しくなることは、たまにはあるだろう。それでも、友達がいるからお陰様で今のところ健やかに過ごせている。
ショートケーキの炎を見つめながら、これからも友達が元気に過ごせますように、と静かに祈った。
いつまでも、平和なときが続く事を願っていた。しかし、その日は少し嫌な予感がした。珍しくレンくんが店を訪れ、土産にと植物の球根を持ってきた。先週の任務で、どうやらもらってきたらしい。
「ありがとう、これなんの球根?」
「わからねぇよ、とりあえず育てて見ればわかるだろ」
「それもそうだね、ありがとう!名前はなんてつけようかな、レンくん2号だな」
「やめろ、絶対その名前だけはやめろ」
思いっきり拒否されてしまった。植物の名前に自分の名前が流用されて不服の様子。
「しばらく護衛任務で里を離れる、ダンゴさんたちのこと、よろしく頼んだぞ」
「……もちろん!まあ、一般ピーポーな私には忍術も何も出来ないけれどもね!」
「別に戦えって訳じゃない、ダンゴさんもアンミツさんも年だから、心配してるんだ」
「ふふ、そうだね、でも、そんなこと本人たちに言ったら怒られちゃうよ」
「まだまだ現役……ダンゴさんの口癖だったよな」
珍しく、レンくんが笑っている。普段はツンケンしているが、とても心優しい少年なのだ。
任務の内容は流石に教えてもらえなかったが、しばらく里を離れると言っていることから、それなりの任務のようだ。
「あ、そういえば里を離れるのは私も同じだよ、奇遇だね~。今日からダンゴさんと一緒に小豆を仕入れに行くんだ」
小豆と言っても、ただの小豆ではない。農家から直接買いにいかないと手に入らないものなので、月に1回はそこへ仕入れに行っている。いつもはダンゴさんとその友人だけで仕入れに行くそうなのだが、今回は友人の方が怪我をしてしまったため、私が同行する事になったというわけだ。それなりの量を買うことになるので、台車で行く予定だ。荷造りはすでに終わり、後は出ていくというところでレンがやってきた。
「なんだ、そういうことだったのか」
任務がなければ、おれが手伝ってやってたけど……。レンくんの横顔には、そう書いてあった。
「ありがとう、気持ちだけは受け取っておくよ」
「は、はあ?まだ何も言ってないだろ」
「レンくんはわかりやすいからな~」
「うるせぇっ、ともかく、お前も気をつけていけよ」
「うん、ありがと!とりあえずレンくん2号から芽が出たら言うね!」
「だからやめろってその名前!」
わーわー喚くレンくんを見送ると、私は店の裏手に周り、ダンゴさんと一緒に里を後にした。一応、火の国の領土内ではあるのでそれなりに安全は保障されているが、木の葉の里より離れた場所にある農村地帯のため、やや不安はあった。
もしものときは、“あれ”を使うつもりでいる。“あれ”がその時に上手くいくかは分からないが、何もないよりはマシだ。
私は、忍術は使えなかったが、魔法は使える。使える、と言っても前世で使えていた魔法の半分以下ではあるが。姿くらましなどといった、前世で使えた便利な魔法もこちらでは使えない。まだ身体が子供だからなのかもしれないが、姿くらまし・姿あらわしは難しい魔法ではあるが、使えるととても便利な魔法の一つだ。その名の通り、好きな場所で姿をくらまし、あらわすことができる。しかし、使えるようになったとしても、こちらの世界でやるにはかなりのリスクがある。前世では姿くらましをしたとき、身体が“バラバラ”になってももとに戻してくれる人がいた。だが、こちらにはそんな人達は存在しない。自分でなんとかする必要がある。どうにもならない状態が“バラバラ”になったときだというのに、自分自身でなんとかしなくてはならないというのは、魔法を使うにあたってかなりのリスク。だから、こちらでは使わないつもりでいる。
「疲れたら台車に乗って構わないからな」
「こう見えても足腰は丈夫だからだいじょうぶです!」
「ははは、期待してるよ!」
台車を揺らすこと、半日。途中の茶屋で休んでいると、先程、火の国のおえらいさんがここを通った話を耳にした。そういえば、今朝、レンくんは護衛任務で里を離れると言っていたが……まさかね?
「どうした?疲れたか?」
「いや、足は確かにクタクタなんですけど、ちょっと気になる事があって……」
「昼寝をしてからここを出るから、しばらく休もう、この店の2階は休憩できるようになってるから便利なんだよな」
「へえ~!確かに里から離れた場所だから、休憩できると便利かも」
そう言うと、ダンゴさんは2階に上がっていった。ものの5分で大いびきが聞こえてきたので、思わず苦笑してしまった。
「……なんだか、ソワソワするな」
ダンゴさんが爆睡中、私は眠たくもなかったので特にやることなく店の外で空を眺めていると、嫌な予感がどんどん強くなってくるのを感じた。この感覚、前世の時を思い出す。悪い魔法使い……死喰い人たちがやってくる前のときのような……。
「お嬢ちゃん、危ないよ、店のすぐ近くは安全だけど、その先は何があるかわからないよ」
「……だいじょうぶ、向こう側を見てるだけなんで!」
「そうかい?何かあったら言うんだよ」
「はーい!」
森の向こう側をじっと見つめる。
うん、やはり嫌な予感がする。店のひとがいなくなるのを確認すると、私は森の中へと入っていった。嫌な予感と言うのもは当たるもので、前世もそれで何度か命拾いをした。第6勘というよりは、魔法を使う人特有のものかもしれない。
しばらく森を歩いていると、悲鳴のようなものが聞こえてきた。その中には、聞き覚えのある声があって……。無意識のうちに、声のする方へと走り出す。そして、そこには恐ろしい光景が広がっていた。
「―――シンコちゃん!?レンくん!?」
首を切られ、赤黒い血を流すシンコの姿がそこにはあった。そして、すぐ側ではレンも大量の血を流して倒れていた。一体、何があったというのだろうか。
「プロテゴ!!」
「っ、なんだこの娘は……」
何かが襲いかかってくる気配がしたので、防衛呪文を唱えてシンコちゃんとレンくんを守る。こちらの世界では、杖がなくても魔法が使えるので便利だ。まあ、まだ使えない魔法も多いが。
声のしたほうを見上げれば、変なお面をつけた黒い服の男が立っていた。周りには倒れている大人たちの姿……そして、その中で立ちつすく、赤い瞳の少年……イタチくんの姿が見えた。
「イタチくん!これ、どういうこと!?」
「っそれはこっちのセリフだよ!どうして名前ちゃんが!?」
「小豆を買いに来たんだけど、嫌な予感がして来てみたら……」
倒れている大人たちは、見たところ、息を引き取っていた。そして、後ろに立つこの変なお面の男からは、とても嫌な“気配”がした。
「ひどい……ヴァルネラ・サネントゥール!」
傷が治せるかわからなかった。それだけ、シンコちゃんの様態は悪かった。さらにレンくんにもかけようとするが、男によって遮られる。
「……医療忍術か?いいや、変な感覚だ……今まで見たことのない……」
「っ」
その場からすぐに逃げられれば良かったのだが、私はシンコちゃんが死にかけているのをなんとか止めたくて、彼女に治療魔法をかけた。傷はふさがったが、失った血が多すぎた。次にレンくんを助けようとしたとき、背後に立っていた男に首を捕まれてしまった。おいおい、めちゃくちゃ強い力で掴まれてるけど、このままじゃ首の骨折って死んでしまいそう。こんなに短い間に、また死を経験するなんて……。
と、その時、男を狙ってイタチくんが攻撃を仕掛けてきた。その御蔭でなんとか男の手から逃れることができたが、顔が真っ青で今にも死にそうなシンコちゃんとレンくんからは遠くなってしまった。
「どうしてこんなことに!?」
「……突然、あいつが襲いかかってきたんだ……!」
「ええ、そうなんでしょうけれども……イタチくん、あいつは何者?」
「……分からない」
「……」
早く、早くしないと2人が死んでしまう。せめて、2人は助けてあげたかった。前世で誰かを守って死んだように、今も、もしかしたら死んでしまうのかもしれない。それでも、2人を助けたい、そう思った。
ガチン、ガチンと武器がぶつかり合う音が聞こえてくる。どうやらイタチくんが彼に攻撃を仕掛けたようだ。イタチくんがやつの気を引いてくれている間、私は2人の治療を……そう思い、駆け出す。
「させるかっ」
「―――やめて!!」
イタチくんが勢いよく吹き飛ばされ、土煙舞う中、私は走った。このままでは、2人が……!と、焦ったその時、地面から勢いよく何かが飛び出してきて、仮面の男を襲った。地面から飛び出してきたものは男が飛び退いても勢いを増し、気がつけばあたりは真っ暗になってしまった。おそらく、前世のときにもあったが、魔力を爆発させてしまったのだろう。まだ幼い魔法使いや魔女にはよくあることだ。真っ暗になったのは、夜が来たからではない。巨大な壁が地面から生えてきたからだった。その壁と思われたそれは、巨大な幾つかの木で成り立ち、私達を包み込むようにして地面から生えてきたようだ。
「……名前ちゃん!!」
「……イタチくん、2人……を」
ありったけの魔力を込めて、治療魔法を行う。しかし、そのせいで魔力切れを起こし、気絶してしまった。木に穴をあけて抜け出せた頃には、もうあの男の姿はなく。イタチくんは、死にかけている仲間を抱えながら、身体を震わせた。
男は去る間際、めちゃくちゃになってしまった森を見て、つぶやく。あの娘、もしや……、と。
次に目覚めたとき、私は包帯ぐるぐる巻きで、それはもう身動きの取れない状態だった。そして、ダンゴさんやアンミツさんからは大泣きしながら抱きつかれた。このとき、自分が死にかけていたことに気が付いたのだった。
「……ええ!?2週間も寝てたんですか!?」
「そうだよ、君、全然起きなくてねぇ」
「そんなに……」
まさか、自分が2週間も寝続けていたとは。道理で身体のあちこちが痛い訳だ。
と、その時、ガラリ、と音を立てて部屋の扉が開いた。そこには黒髪の少年が立っていて、よく見ればそれはイタチくんの姿だった。髪の毛もボサボサで、その姿から慌ててここに来たことが伺える。
「……目覚めたって聞いたから!」
「イタチくん、久しぶり~」
「……もう、大丈夫なの?」
「うん、お陰様で……」
ふと、イタチくんの姿を見て思い出した事がある。あの2人はどうなってしまったのだろうか。
「ねえ、他の2人は!?」
「……」
それが、すべての答えだった。言葉には出さなかったけれども、2人がどうなったのか、彼の表情を見てすぐに悟った。
「……助けられなかった、ごめん」
「名前ちゃんには、命を助けてもらった、ふたりとも、里に運ばれてきたときはまだ生きていたんだ、だけど……」
「……そっか」
イタチくんの仲間が、同じ班の仲間が死んでしまった。上忍師も今回の戦いで亡くなってしまったようだ。上忍ですら敵わない相手に、下忍のイタチくんたちが敵うはずがない。それでも、彼だけでも生きて帰ってこれたのは、間違いなく“イレギュラー”が起きたおかげ。そのイレギュラーが、驚くべき力を発揮した。このことは、すぐさま里の上層部に伝わり、そのせいで私はこの病院にしばらく閉じ込められる事となってしまったのだが……。表向きは重症だから、という理由で入院していたが、実際はその力を測るためだったと知ったのは、随分後になってから。
あの日から、今まであったこともない、偉い人に気にかけてもらえるようになった。気にかけてもらえるというよりは、監視と言ったほうが正しいだろうか……。
「お見舞い、いつもありがとう、お見舞いに来てくれるのってさ、友達だとイタチくんしかいないからさ~」
「いや、当たり前の事をしてるだけだよ、それに、イズミもシスイもお見舞い行きたがってたよ」
今日はイタチくんが1人でお見舞いに来てくれた。片手には、アンミツさんが持たせてくれたアップルパイがある。あの事件依頼、この部屋に閉じ込められている訳なのだが、どういうわけだか面会できる人に制限をかけられているようだ。イタチくんは来れるというのに、イズミちゃんたちは来れない。大人たちの思惑はまだよくわからない。が、流石にそろそろここを出してもらってもいいだろう。入院してもう1ヶ月近くにもなるのだから。
「……あれは、木遁だって、話を聞いたけど……名前ちゃんは、忍術が使えたの?」
以前、忍術が使えないからアカデミーには入らなかったと説明したことがあったっけ。彼はその事を言っているのだろう。しかし、あれは忍術ではない。“魔法”を使えるお陰で、忍術が使えないのかもしれないが、どうやらこの世界に“魔法”という概念は無いようだ。だから、現在、私の能力について調べに調べ尽くされている。
「木遁??なにそれ??」
「木遁忍術……無意識のうちに発動したってこと?」
「無意識のうち?ああ、あの魔法のことね」
「……魔法?」
「そ!ここの人たちにずーっと説明してるんだけど、全然わかってもらえなくて困ってるんだよね……」
お陰で、すごい血を抜かれた。ぷんすかと文句を言うと、イタチくんは眉毛を困ったように下げた。
「いつお店に戻れるんだろ~……」
「こんなときでも仕事の心配なんだね」
「そりゃそうよ、あそこは私の居場所だもん」
「そうだね」
ぼくも、早く名前ちゃんがお仕事している姿をみたいな。そう、優しく微笑むイタチくんが天使に見えてきた。毎週お見舞いに来てくれる、良き友達を得られたことは、今生において何よりの宝だ。