64 それこそが、真実/死の秘宝

まったく、とんでもないことをしでかしてくれたよ。
モティマーは主人にこの事をすべて報告するために主人のもとに参った。

ああ恐ろしや恐ろしや

「―――なんだと?小僧が逃げただと?」

「はい・・・蛇の印の気配を探ったのですが、あの小僧・・・何者かの強い魔力に包まれて所在が確認できません。闇の印も消し去ったと思われます」

「―――――――なんだと…!」

部屋に置いてある窓ガラスが勢いよく割れ、破片がモティマーの頬をかすめる。
ツーと赤い血が床にこぼれ堕ちた

「その強い魔力とは何者だ」

「―――卿がよく見知った男です、絶対にそうです。魔力の波長をうまい具合隠していますが僕にはわかります、絶対にあの男です!」

「それは確かか?違っていたら貴様とてタダでは済むと思うな…」

「分かっております…卿は僕を信用してくださっていないことは十分承知の上です、僕を信じてくださらなくても構いません――――ですが、僕の中に眠る、魂の憎しみだけは信じてください」

この身に眠る、魂の記憶、憎らしいあの男を殺す夢・・・悲しむ母の姿―――
ランプに照らされたモティマーの瞳は血のように赤い色をしていた。

「あの男と小僧を俺様のところへ連れて来い…無傷でだ!」

「あの男も――――無傷で?」

「ああ、あやつに話があるのでな、いいか、無傷で連れてくるのだ、いくらレーガン家関係の憎しみだとしても俺様の命令は絶対だ、わかっているな」

卿――――やはりあなたの中にはまだ残っているのですか、心が。
モティマーは部屋を去る間際にもう一度ヴォルデモートの後姿を見た。

フフフ、そんなはずないよね、卿。あなたの心はとっくに死んだんだ、さっきのあれは見間違いだったんだよね

「仕事が増えちゃったな――――フフフ、でもどのみち、あの男を殺すのは僕だ…」

頬を伝う血を指でぬぐい、唇に押し付ける。
魂の記憶が口の中に広がる。大昔の、憎しみの記憶が。
名前は屋敷僕にとある森まで連れられてきた。
久々に外の空気を吸うな、などとのんきなことを考えている余裕などはないのに、この開放感をしばらく味わっていたかった

今すぐにでも自分に保護呪文をかけなければこの脱走劇も無意味なものになってしまう。しかし先ほどの魔法で随分と魔力を削られた…保護呪文を使えるほどの魔力が残っているかが心配だ
左腕が痛むが、アドレナリンが多く分泌されているのかそれもあまり今は感じなかった。名前は杖を自分の心臓にあて、保護呪文を施した。こうしておけば逆探知はしばらくされずに済むだろう
この保護呪文は父親であるセブルスから教わったものでも母親から教わったのでもなく、自然に使えるようになった不思議な魔法の一つだ。
闇の印は先ほどの強硬手段で取り除くことはできたが、蛇の印は消えることはなかった。もう左側の胸にまで蛇の印が進んでいる・・・そろそろやばいな

ドラコたちは無事だろうか、何かされていないだろうか―――
あの残忍な男のことだ。僕を苦しめるためなら手段を選ばないだろうし、親友のドラコを大いに利用してくるに違いない。そう思うと残して行ってしまった彼ら一家が心配でならなかった。

「スティンギー、僕はしばらく身動きがとれないだろう、どこか隠れる宛があるのか?」

「騎士団でございます、坊ちゃん。彼らとここで合流することになっております」

「―――僕が行ったら迷惑にはならないだろうか」

なんたってこの保護呪文は完璧じゃない。ヴォルデモートからは逆探知されなくなったとしてもモティマーから逆探知される恐れは十分にある。
せっかく身を隠している彼らのもとに危険因子の僕が行ってしまっては彼らも危険な目にあうかもしれない。

「だいじょうぶでございます、スティンギーめがお守りいたします!」

そう強く頷くスティンギーは名前の手を強く握る。

「もうすぐハリー・ポッターとドビーがこちらに現れる予定です」

「そうか・・・無事逃げ出せていればいいけどな」

今日屋敷にモティマーがいなかったのは不幸中の幸いだった。あの男が立ちはだかってきたならばハリーですらどうなるかわからない
パチンと音がしたと思えば次の瞬間、信じられない光景が目に入った。

「名前!君も逃げだせたんだね!ドビー!名前も逃げだせたよ!」

「…ドビー!」

スティンギーはドビーの前で跪いた。

「ああこんなになってしまって!!」

ドビーの小さな体には銀色の剣が刺さっていた。ハリーもそれに気がついたのか、すぐさまドビーのもとに駆けつけドビーをそっと抱きあげた。

「ドビー…!」

「ハリー・ポッター…」

ドビーの瞳が星空を映したとき、パチンと再び音がした。
ハリーたちは悲しみのあまり警戒することも忘れ、突然現れた男から逃げることも忘れていた

「―――ハリーと名前か?」

「――――!」

その声は随分聞き覚えがあるもので、なんだかとっても懐かしかった。

「クライヴ…!」

「おう、そうだ。お二人さんお久しぶりだな――――それにしてもえらいことになったな」

クライヴはフードを脱ぎ、ドビーを抱きかかえるハリーに近づいた。ハリーはクライヴにすがりつくかのように大粒の涙を流しながら訴える

「クライヴお願い、ドビーを助けて!お願い!」

ドビーは今にも死にそうだった。

「―――この杖を今使うのは危険だけどそうも言ってられねえよな―――ハリー、ドビーをそこに下ろせ」

そう指示するとハリーはそっとドビーを芝生の上に下ろした。縋るようにクライヴを見つめ、ドビーを必死に見詰めた。
クライヴは胸ポケットから白い杖を取り出し、呪文を放った。名前にはその杖がローズの人骨で作ったレーガン家の杖だということがすぐにわかった。これが、ヴォルデモートが言っていた杖か…

「マグナ・カルテ!汝を死から守られたし!」

杖から放たれた強力な光はドビーをつつみ、剣が小さな音を立てて地面に落ちる。ドビーは光に包まれ宙に浮かぶ。
すると、傷口から黒い光が放たれ、傷口がみるみるうちになおってゆくではないか
こんな魔法を今まで見たことがない。恐らくクライヴオリジナルの魔法なのだろう…

傷口が完璧にふさがったドビーはゆっくりと地面に下ろされる。と、同時にハリーがドビーを抱きしめた

「ハリー・ポッター…ドビーめはもう死んだのかと思いました」

「嗚呼ドビー!!ドビー!!」

名前はクライヴが魔法を使ったあと、一瞬だが心臓を苦しそうに抑えていたのを見逃さなかった。それほどこの魔法を使うにあたって代償は大きく、クライヴを苦しめるものだったのだ。
杖からも異様な力を感じる。今これを使うのは危険だと言っていたが、この杖は使用者の命を削って魔法の威力を高めているのかもしれない。
名前はそっとクライヴに近づき、背中をさすった。

「―――ははは、よかったなハリー。お前をこれ以上苦しめさせる訳にはいかないからな、それに名前―――よく耐えたな」

手をぽんと頭にのせられたとき、思わず泣き出しそうになった。何故こんなにも安心するのだろうか、何故こんなにも心が温かいのだろうか
それはハリーも同じことを考えていた。つくづくクライヴは不思議な男だ。
ホグワーツで勉強していた日々がまるで嘘のようだな。名前は言う。
ハリーはまだ眠り続けるドビーの傍らで名前がそうつぶやくのを確かに聞いた。その言葉がどんな意味を含んでいるのか、ハリーにはよくわかっていた。
今にも崩れ落ちそうな背中を前に、声をかけてやる余裕もなかった。名前には悪いけど、僕も正直死にかけた。僕が声をかけたところでどうにも変りやしない…
ただ、左腕を無くし、不自由そうにココアを飲む名前の姿を見ていると、自分は本当に生きていられるだろうかと不安に駆られる。

左腕はヴォルデモートにつけられた印とともに消滅させたらしいから、腕は二度と戻らないそうだ。そうまでしてスティンギーはスネイプ家の一人息子を守りたかったのか。ハリーはドビーの介抱を続けるスネイプ家の屋敷僕、スティンギーに目をやった。

「君は君のご主人、セブルス・スネイプが今何をしているか知っているかい?」

「・・・旦那さまとはぱったりと連絡が取れなくなってしまいまして、これはよくないことが起こりそうだと思いました。その時にドビーが屋敷に現れたのです、マルフォイ家の屋敷に名前・スネイプ様とハリー・ポッター様達がいると知らせてくれたのです。」

「ありがとう、助かったよ。君たちがほかの子たちと一緒に姿くらまししていなければ今頃みんな・・・。ともかく、とても感謝しているよ」

「いいえ、とんでもありません・・・あなた様は屋敷僕である我らに変革をお与えくださいました!貴方様に頭を下げられては困ります・・・!」

スティンギーは地面に額をこすりつける。

「あぁ、そうだ、名前の血に流れてる・・・レーガン家ってどんな人たちなの?」

ハリーはこの際いろんな話を聞いてしまおうと考えていた。もしかしたらこの一族の中に死の秘宝についてのヒントがあるかもと思ったからだ。

「スティンギーめは、家のことは他者にけして話してはいけませんと申しつけられております・・・ですが、あなた様がいまなさろうとしていることはとても大 変なこと。いいでしょう、何でもお話いたしましょう・・・ぼっちゃまにも事前に言われております、もしハリーが家の秘密などを知りたがっていたら教えてあ げてほしい、と」

「・・・名前が?じゃぁ、話を聞いてもいいかな」

するとスティンギーは小さな声で話し始めた。事の始まりはレーガン家の初代当主が行った妻の蘇生魔法。魔法で死人を生き返らせることはできない、しかし魔力の強い彼にはできた。記憶も、心も無い、彼女の姿をした人形だったが・・・・
その人形はレーガンの者に死せる呪いを与えた。呪いは様々だった。故にレーガン家の者は短命で長く生きたものはごくわずか。
名前の祖父はレーガン家のポエフニー・レーガン、祖母はアラベラ・レーガン。祖母は名前の母、アリスが若かったころに呪いで無くなったそうだ。
サラザール・スリザリンの血を引く一部の一族には、稀にスリザリンの血を滅ぼす力を持つ子供が生まれるそうだ。本当かどうかは定かではないが、彼らには時を渡る力があり、彼らのことを別名「時渡り人」というのだという。
アリスの弟、アルベルトは幼いころ時渡り人であることが発覚し、家の者によって存在を隠された。レーガンではなく、グレイシア家の養子となり姿を完ぺきに隠した・・・と思っていた。
しかし、しばらくして何者かによってそれが暴かれ、彼はヴォルデモートに殺された。アリスがホグワーツを卒業して、セブルスと結婚をし、名前が生まれた。
一見困難を乗り越えて幸せそうな家庭に見えたが、次第にアリスの呪いは強まり、己の魔力と呪いによって殺された。レーガンの呪いを受けた者たちには共通して死よりも恐ろしい悪夢を呪いが強まるたびに見るのだとか。

名前が時々授業を休んだり、目の下のクマがすごかったりしたのはそのせいなのか・・・名前も、苦労していたんだなぁ。

「ぼっちゃまにはレーガン家の偉人の血が流れております…と言っても、クライヴ様程ではありませんが…」

「クライヴは一体どこへ行ったんだい?」

「それは順々に教えてゆきます、とりあえずぼっちゃまの秘密に関してお教えいたしましょう。ぼっちゃまには死を予知できる左目がございます…呪いの左目で ございます。その左目の呪いは悪夢が酷くなるにつれて濃くなってゆき、次第にぼっちゃまの両目の視力をすべて奪うでしょう――――ぼっちゃまの命ととも に」

ハリーは息をのんだ。名前が・・・なんだって?死ぬ・・・だって?そんなはずはない、こちらにいる限り名前は殺されないし、今だって新聞を読みながらコーヒーを飲んでる・・・。

「ぼっちゃまのお体が悪くなったのはホグワーツに通い始めてからです・・・1年の時、例のあの人に印をつけられたときです――――」

名前の左腕には不思議な印があったのを覚えている。一本の剣の周りに蛇がまきついているあの印は、ほかの死喰い人の印とは違ったからだ。

「あの印をつけたのは恐らくアルベルト様の情報を例のあの人に伝えた者が提案したものでしょう。その者がどんな者かは未だにわかっておりませんが・・・・」

「ねぇ、話を遮るようで悪いけど、なんで君はレーガン家のことを詳しく知っているの?ダンブルドアですら知らないことを・・・なぜ、君が?」

ふるふると小さく震えながら、スティンギーは話す。

「そ、それは・・・スティンギーめがレーガン家に代々仕えていた屋敷僕の一人だったからです。今はスネイプ家の屋敷僕ですが、アリス様の御母上がお亡くなりになる前、スティンギーめにアリス様のことを任されたのです。」

ならばスティンギーは何十年生きていることになるのだろうか・・・そもそも屋敷僕の寿命ってどれくらいなのだろう。ハリーは余計なことを一瞬考え、すぐに頭から振り払った。そうだ、今は名前の秘密について知らなくてはならないのだから。それにクライヴのことも、クライヴが使っていたあの杖のことも気がかりだ。

「では話を続けます、ぼっちゃまがあの印を付けられたには理由がございます、もしかしたらご存じかもしれませんが、例のあの人の妹を蘇らせるための人柱に するためなのです・・・。例のあの人の妹、キリク・M・リドルは初代当主様が蘇らせるのに失敗なされた、ローズ夫人の生まれ変わりなのです。少し前、クラ イヴ様がそのことをスティンギーめにお話ししてくださいました・・・。」

トム・リドルの妹がいたのは知っていたが、レーガン家の初代当主の妻の生まれ変わりだったとは。短い時間でいろいろな情報が頭の中を錯誤する。
名前は、ローズ夫人の魂の片割れを宿しているのだという。キリク・M・リドルを蘇らせるには最適の人柱なんだとか。しかしあの闇がそこまで大切に思う存在がいたなんて・・・。

「・・・そんなに大切だったんだね、キリクって人。じゃぁ、クライヴは?」

「―――クライヴ様は…」

魔法界は荒れ放題だな・・・これを、どう平和にもっていくのだろうか。
闇の帝王がいなくなれば、きっと平和になる。しかし右腕をどうにかしなくては同じことの繰り返し。あいつは手下たちを縛り上げ、拷問をしている頃だろうか。想像しただけで鳥肌が経つ。

飲んでいたコーヒーも無くなり、おかわりをしようと台所へ行こうとするが思うように足が動かない。それもそうだ、精一杯の魔力を使ったのだから。今では視界もせまく、瞳に射す光はごくわずか。転び落ちそうになったがどうにか右腕で体を支える。
左利きなのに左腕を無くすとは・・・。右で何もかもをこなせるように特訓をしなくては。

たとえ自分がもうじき死のうとも、彼らのために何かをして死にたい。無力な僕だけど、僕にできることはやりたい。

あの時、何故突然クライヴが僕らの所へ現れたのだろうか。あの杖は、もしかして――――モティマーに見せられた記憶の中に、あれと同じなのを見たことがある。
見間違えでなければあの杖は――――ローズの骨で作られた、杖。
ドビーを刺した剣がゴドリックグリフィンドールの剣で、レストレンジ家の金庫にある剣は偽物なのだという。ハリーはその中にしまわれている別のものに目星をつけたようだ。
話を聞いた時はあまりにも危険な話ばかりだったので驚いたものだが、何よりも彼らに目をつけられたウィーズリー家が心配だった。

「その・・・分霊箱のことはわからないが、闇の帝王がとある杖を探し求めているのは知っている。なんたって直接僕に聞きに来たからな」

「杖・・・やっぱり、ニワトコの杖だ!これで確信したよ、グリデンバルドがニワトコの杖を持っていた、そしてダンブルドアがグリデンバルドを打ち負かしたときに・・・」

話は詳しく聞いていなかったので、よくわからないがとりあえず答えにたどり着けて何よりだ。ヴォルデモートが求めている杖は現在、ホグワーツのダンブルドアの墓の中にある。しかし墓を暴くことなんてハリーにできるだろうか。

「名前は、向こうにいたとき何をしていたの?」

突然ハーマイオニーに話を振られた。正直思い出したくない思い出ばかりだが、話すしかないだろう。

「…あの屋敷で、蛇の模様が描かれた部屋に閉じ込められていた。まだ立ち上がれる元気があったときには時々庭まで出歩くことを許されていた…。モティマーという、闇の帝王の右腕から散々拷問を受けた。ひどい時には1日2回も磔の呪いをかけられた。」

あの男はもしかしたら闇の帝王よりも性質が悪いかもしれない、名前は続ける。

「あの男は認めたくはないが、僕と同じ血が流れている・・・モティマーはレーガン家の者なんだ。最近わかったことなんだが・・・とりあえずあいつは僕を一気に弱らせる魔法を扱える。そして最悪な提案は大体あいつが出している」

「僕、あいつの中で見たよ・・・その男。不気味なくらい顔が整っていて、青白い男・・・だよね」

「ああ、そいつだ。僕が闇の帝王の妹を蘇らせるのに最適な人柱である限り、殺されることはない。だが、レーガン家の呪いが大分進んでしまったのもあって今や魔力といえる魔力は無い・・・」

ともかく、僕にできることならば何でもやる、何でも言ってくれ。そうは言うが3人の視線の先には大体名前の失われた左腕。利き腕を無くした魔法使いは杖のない魔法使い同然だろう。
そんな僕にやれることなどないか・・・。

「ありがとう、名前の気持ちは嬉しいわ・・・・だけれども、もう少し体を休める必要があると思うの…磔の呪いを何度も受けたようですし」

おかげで肩や背中には水ぶくれがたくさんある。魔法による損傷は特殊な薬を使わなければ治らないのだ。
ただの魔法の傷ならば魔法薬で治るが、憎しみという負の感情があれば別の話だ。負の感情が強ければ強いほど、被験者の傷は治りにくくなる。あの男はそれほどまでに僕が憎いようだ。だが、もしかしたらレーガン家の血が憎いのかもしれない。

「あの屋敷で何度も絶望を味わった、絶望しか味わってないような気がする。あの男には気をつけろ・・・ハリーに対してはそこまで感情は無いだろうが、あの男は闇の帝王が闇の帝王として降り立ったときからの部下だ。それに頭もキレる」

「わかった・・・用心するよ」

ハリー達が再び作戦会議を始めたので名前は下に降りることにした。一階ではビルの奥さん、フラーが夕食を準備しているところだった。
名前が降りてきたのに気がついたのか、フライ返しを片手に駆け寄ってくる

『名前、久しぶりね。妹があなたからの手紙がぱったりと来なくなって心配しているわ』

『フラー、いいや・・・Mrs.フラー、ひさしぶり。また会えてうれしい』

『Mrs.だなんて呼ばないで、フラーでいいわ。』

夫であるビルはフランス語がわからないのか、二人の会話をただ不思議そうにみつめていた。

『ガブリエルか・・・彼女は今、何をしている?』

『ボーバトンに通ってるわ。あなたからの手紙が来なくなってからのガブリエルの落胆ぶりはすごかったわ』

『・・・僕は彼女にひどいことをしてしまったようだ、だが、連絡を取ってはかえって彼女の身が危険にさらされる、それに僕はもうじき死ぬだろう』

『―――なんてことを!た、確かに、私たちは例のあの人たちと戦っているわ、いつ死ぬかもわからない・・・だ、だけれどもそんなことを言うだなんて!』

オロオロと泣き出したフラーにビルが急いでかけつける。その目は何があった、と名前を睨んでいた。

『あの子の気持ちも知らないで!!あの子は、あの子は――――あなたのことが!』

「―――知っている、だから、だからこそだ。僕はもうじき死ぬ、呪いによって殺される。それは、変えようのない未来…」

「な、何だって?」

どうやらビルもなんとなくただ事ではないことを察したのか、目を見開く。

死ぬ人間に、そんな感情を抱いては苦しいだけだ。視界も随分とせまくなった、呪いもゆっくりになったとは言え、着実に名前を蝕んでいる。
いつか、すべてを忘れて好きなことに没頭できる日がやってくるだろうか。いつか、すべてを忘れて大切な人たちと過ごせる日々がやってくるだろうか。