39 愛憎ロマンス/アズカバンの囚人

今日の闇の魔術の防衛術の授業で、リーマスはまね妖怪を使うらしい。広間で朝食を食べていると、その話が耳に入ってきた。”ボガート”か…。確か、暗くて狭いところをすき好んでいる魔法生物で、ホグワーツにも何匹かいたはずだ。そのうちに一匹を捕まえてきたのだろう。ちなみに、名前の目の前にボガートが現れると風船のように飛んでいき、消えてしまう。アラクネの魔力の影響かはわからないが、多分そういう事なのだろう。何しろボガートと会話をかわしたことが無いのだから。本人たちに聞きたくとも、ボガートに避けられる体質なので仕方がない。そういえば、ハリーは一体ボガートを何に変身させるのだろうか。あの子…かもしれないし、もしかしたら列車で襲ってきた吸魂鬼かもしれない。どちらに変身するにせよ、大騒ぎになるだろう。
今年の授業は魔法を一切使わず、マグル式で行うことにしている。しかし、重たいものを運ぶときも魔法が一切使えないので少し不便さは感じてしまう。
今日は”電子レンジ”を含む、マグルが使う電化製品についての授業を行った。マグル出身の子は勿論これの便利さはわかっていたし、家庭に持っている子も多くいる。魔法使いの家の子は生まれて初めて見る”電子レンジ”に興味津々だった。しかし、残念なことにホグワーツにはコンセントも、電源も無い。魔法を使えれば動かせないことも無いが、マグルの製品なので出来る事なら正規のやり方で実践して見せたかったので、原理を黒板に書いて彼らに説明をした。正直、名前もここまでくるとよくわからない領域になってしまう。マグルの”化学”はとても進歩していて、魔法が無くとも便利に暮らせる世の中にしている―――マグルにとっての”魔法”のようなものだからだ。魔法だって、まだ全ての原理が解き明かされていない。世界にはまだまだ謎が多く存在する。だから、勉学とは楽しいものなのだ。

「え?セブルスが出てきたのかい?」
「あぁそうなんですよ…だから、彼は当分不機嫌になっているだろうなぁ」

リーマスと一緒に昼食を食べているとき、彼からぼそりと授業で起きた話を教えてくれた。どうやらネビル・ロングボトムがボガートでセブルスを出現させ、面白い格好にしたらしい。まぁ、ネルビを相当いびっているらしいので仕方のない事だと思う。

「それで、レイブンクローの子からは、先生が出てきましたよ」
「えっ!?」

まさかの自分の登場に動揺していると、予想だにしない姿で登場したことを知らされた。

「―――先生が”結婚している姿”をしたボガートでした…その女子生徒は泣き叫んで…宥めるのが大変でした」
「あはは…」

これには苦笑を漏らすしかない。嫌われるよりかはいいのだろうが、ここまでは行き過ぎのような気もする。

「先生は昔から女子生徒に人気でしたね、そういえば」
「年上の男性にあこがれる年頃だからね…」

頼りになる年上の男性にあこがれる年頃…女子ならば大抵の子が通る道だろう。それを経て、人を好きになるという事を知っていく。勿論これは人によって大きく異なるが、少なくとも名前が見てきた生徒たちはこういう傾向にある。

「そういえば、見回り大変じゃないですか?」
「そんなことも無いさ、運動もできて楽しいよ」

リーマスのいう通り、名前は現在毎晩ホグワーツの見回りを実施している。それはディメンターが近づいてこないようにするためであったりとか、様々な理由ではあるがホグワーツで生徒たちが安心して過ごせるようにするための努力は惜しまないつもりだ。この学校の存在によって救われる生徒たちも多い。名前も、リーマスもそのうちの一人だ。
それから、何事もなく平穏な日々が過ぎていった。平穏と言っても予断は許さない状況ではあるが、現時点でシリウス・ブラックがホグワーツに侵入してくることも、ディメンターが敷地内に入ってくることもなく、生徒たちが一番沸き立つクィディッチシーズンが訪れた。
ヒッポグリフの授業で大失敗をしたルビウスは、あの日から意気消沈してしまったようだ。ハーマイオニーから聞いたが、レタス食い虫をひたすら世話するという内容らしい。それはかなり退屈な授業だろう。しかし、授業の内容に口を挟むことはなるべくしないようにしてあげよう。ルビウスにもプライドがあるだろうから。

週末、生徒たちの浮き立つ声が聞こえてきて、なるほど、もうそんな時期か、と思い出す。ホグワーツでは、3年生から休暇の日にホグズミード村へ遊びに行くことが出来る。しかし、それは親のサインがあるものだけ。今期に入って第一回目のホグズミード休暇は10月31日、ハロウィンの日だ。去年のハロウィンはあの子に魔力を搾り取られ続けていたので、折角楽しみにしていたかぼちゃジュースも楽しむことなく終わってしまったので、今年こそはと思う。
ハロウィンのかぼちゃジュースを楽しめる余裕が出来たのは、悪夢に魘されることが無くなり、平穏な日々が続いていたお陰だ。しかし、名前にとっての平穏はほんの一瞬でしかなかった。

ハロウィンの当日、ディメンターたちがホグワーツに侵入しようとしていたのであちこち飛び回っていると、その間にシリウス・ブラックが校内に侵入したという知らせがやってきた。ああそうか、だからディメンターたちは騒いでいたのか、とこの時理由が判明したが、セブルスに冷ややかな目を向けられたのは言うまでもない。何のためにホグワーツを見回っているんだこの無能、という彼の心の声が確かに聞こえてくるようだった。夜、生徒たちを広間に集めると、それぞれの寮監たちが寮に残っている生徒が居ないか見回りを開始し始めた。名前はローブを羽織ると足早に医務室を後にする。慌てて避難したためにけがをしてしまった生徒を医務室まで運んだ帰り道、校長室へと向かう。

「アルバス…侵入を許してしまって申し訳ない」
「君の責任ではない、誰かが合言葉を書いたメモを落としてしまったようじゃの」
「…ラッキーでしたね、彼も」
「ふむ、だが、本当にハリーを殺すつもりで来たのかね」

その青い瞳でのぞき込まれると、名前は静かに言葉を続ける。

「―――本当に殺すつもりならば、こんなタイミングでやってきますかね?もしですよ…”他の何かを狙っていた”としたら?」
「わしも同じ事を考えておる」

あのシリウス・ブラックがジェームズ・ポッターたちを裏切ったなどと、当時の彼らをよく知る人たちは思わないだろう。あの二人は特に仲が良かった…純血の一族の代表的なブラック家出身のシリウスは、自分の家が大嫌いだった。1年生の時二人は知り合い、以降親友となった。2人のほかに、今ホグワーツで防衛術を教えているリーマスも親友の1人だ。あとは…よく3人の一番後ろを歩いていた、ピーター・ペティグリューという少年。彼は裏切ったシリウス・ブラックによって殺された…と言われているが、彼の身体は指一本しか見つかっていないので、真実はわからない。ただ言えることは、人の弱みにつけこむことが得意で、その者を恐怖で掌握することの出来る男…トム・リドルが元凶であることは間違いない。行方不明になった今でも、あの男に囚われたままの人は少なくはない…自分だって、その一人だ。

「―――彼に聞かねばならんのう、真実を」
「…うまくいくでしょうか?」
「わからん…だが、真実は明らかになるべきじゃ」
「…森にいる友人たちにも聞いてみます」
「それを任せられるのは君しかいないからね」

アルバスが考えている事はこういうことだ。まず、シリウス・ブラックをこちら側で捕らえる。真実を聞き出し、彼の無実を証明する―――。ハリーには味方が必要だ。不吉の兆しが見えている今、考えうる最悪の未来を想定して動かなければならない。ハリーとヴォルデモート卿は魂を共有している。それは、あの子がハリーを殺しに行ったあの日、意図せず自身の魂の一部を注ぎ込んでしまった事が原因だ。それを裏付けたのは、ハリーがパーセルマウスであることが判明した昨年。ギルデロイ・ロックハートの愉快な決闘クラブにて、ドラコが出した蛇にパーセルタングで語りかけたことはホグワーツ中の誰しもが知ること。

「では」
「頼んだよ」

校長室を慌ただしく出ていく名前を見送ると、アルバスは独り言つ。

「…忙しくなるのう…」

歴代最悪の闇の魔法使い…トム・マールヴォロ・リドル―――もとい、ヴォルデモート卿を倒すことは、年老いたアルバスにとっての一仕事だ。全ては、当時孤児院にいたトム・マールヴォロ・リドルと出会ったときから始まる。あの時止めていれば、こんなことにはならずに済んだ。あの時ああしていれば、こうしていれば…という長年の後悔が彼を突き動かしていた。全てを終わらせる為、アルバスは立ち止まる訳にはいかなかった。しかし、それはハリーにとって残酷な未来を突き付けているも同じ。ハリーがすべてを終わらせる者であるのならば、名前はその鍵。何故なら、アルバスだけではこの悲劇を終わらせることが出来ないからだ。実際に動くのはハリーであって、自分ではない。あの男が選んだハリーでしか、幕を閉じることが出来ない。そして、終焉までの道しるべを自分がつくりだし、導く。この世界で唯一トム・マールヴォロ・リドルが”特別な感情”を抱いた名前という人物が鍵となり、ハリーはこれから困難に立ち向かう事となるだろう。
まだあの男がホグワーツにいた頃、名前に向けている感情が”何”であるのかアルバスは察していた。あの男は上手に隠していたが、アルバスにはお見通しだ。何故なら、彼が昔の自分に”似ている”から―――。生まれも育ちも異なるが、アルバスはトム・マールヴォロ・リドルを入学当初から警戒していた。彼を見ていると、野心に溢れていた自分自身の若いころを思い出す様で目をそらしたくなったこともある。

身体を動かす事につかれたアルバスは、ソファに腰を下ろし暫しの休憩をとることにした。少し休んだら広間に戻って、生徒たちの様子を見に行こう。きっと、不安で眠れない子たちも多いだろうから。そして、彼は静かに瞼を閉じた。