22 ロングボトムの仕立て屋/頂上決戦

―――心拍、ようやく安定しました。
ふう…問題はこっちか…
生きているのが奇跡だな…

手術室から男たちの声が聞こえてくる。魔力欠乏症に陥った名前は、できる限りのことをしようと思い薬を煎じるのを手伝っているが、正直魔法薬はあまり得意ではなかったので、効能には不安がある。しかし、この部屋の向こう側には瀕死のルフィと、彼を助けたジンベエがいる。兄エースを失い、そのショックもありルフィには今生きる力も希望の感じれなかった。
マリンフォードで起こった出来事、それは、生ける伝説であったあの男…白ひげ“エドワード・ニューゲート”が死んだこと。さらに、“ゴール・D・ロジャーの血を引くエースが大将赤犬“サカズキ”に殺されたこと。彼らの死は、瞬く間に世界へ衝撃を走らせるだろう。黒ひげ“マーシャル・D・ティーチが大暴れしたのち、なんと、あの赤髪…四皇の一人である”シャンクス“たちが現れ、戦争は何とか終焉を迎えた。むしろ、この戦争は一人の勇敢なる若い海兵の勇気ある一言によって終わったと言っても過言ではないだろう。その若者こそ、ルフィの友達…コビーだった。縁とは不思議なもので、予想外の所で繋がっていたりもする。何一つ無駄なことは無く、すべてにおいて意味がある。

「―――その薬草染みるよね?変わろうか?」
「ううん、大丈夫よ…ごめんね…」

ルフィのお兄さんを助けてあげることができなかった。むしろ、自分がいたところで足手まといだったかもしれないが…それでも、何の役にも立てなかった。兄弟を失う悲しみ…その絶望は、計り知れない。虚しさと、無力さと、悲しさと、寂しさと、すべてが混ざってぐちゃぐちゃになって、心の底にずしりとのしかかってくる。弟がいるから、ルフィの気持ちを考えると胸が張り裂けそうになる。
夜になり、容態が安定したのか何人かの船員たちが手術室から出てきた。その中にローの姿があり、名前の姿を見るや否や駆け寄ってきた。

「―――あいつに同情して泣いていたのか」
「…え、な、泣いてないよ」

強がってはみるが、腫れぼったい彼女の目がそれを物語っている。ローは冷蔵庫から冷やした濡れタオルを持ってきて、それを名前の目元に充ててやった。

「…どうして、そんなにやさしくしてくれるの」
「―――さぁ、なんでだろうな」
「…」

あいつは無事だ。ローの言葉を聞き安心したのか椅子から倒れそうになってしまう。しかしそこはローが支えてくれたので倒れずに済んだが、彼がどうしてここまでやさしくしてくれるのかがわからなかった。自分を助けてくれただけではなく、ルフィも助けてくれた。

「もう寝ろ…寝ずに薬を煎じてたんだからな」
「…あなた達だって休むべきよ」
「…そうだな、休むとするか」

すると、近くのソファに腰を下ろし、彼はそのまま横になる。

「今すぐ寝ろ、いいな?医者の命令は絶対だ」
「―――わ、わかったわ」

正直瞼が重たくていつ気絶しても不思議ではない程、名前は疲れ切っていた。魔力欠乏症なのもあり、まだ身体が高熱を出した時のようなふわふわした感覚の状態だった。長い間泣いていたので瞼も重たい。今日になってやっとベッドから立ち上がれるようになったのだから無理もない。

すぅ、すぅと規則正しい寝息を立てる彼女を横目に、ローはようやく目を閉じた。
翌朝、潜水艦であるポーラータング号は浮上した。するとそこには一隻の軍艦があり、王下七武海の一人、ルフィの協力者であるボア・ハンコックと革命家エンポリオ・イワンコフたちがそこにはいた。どうやら海軍の軍艦を乗っ取りこちらの後を追ってきたようだ。何故彼女がここへきたのか…それはルフィを暫く政府から隠すため、女ヶ島に匿うため。とりあえずそれが最も安全な方法だろう、ということで一行は女だけの島―――女ヶ島に行くこととなった。

女ヶ島に到着したはよかったが、突如衝撃音で名前はたたき起こされた。目覚めるとローの姿はなく―――たくさんの本の山に埋もれ、おぼれていた。どうやら目覚めた“ある人物”が暴れて船を滅茶苦茶にしてくれたようだ。彼を追い、未だ傷の癒えぬジンベエは走り出す。あのまま放っておけば、折角縫合した傷口も開き―――出血死は免れない。動けているのは、強靭な肉体のお陰…普通の人ならばとっくに死んでいる。

「いたた…ルフィを追いかけなくちゃ…」

松葉杖を取り出し、船を出る。するとそこにはローが立っていて、ルフィが消えた先を顎先で剃らせてくれた。

「…あんたは、あいつの仲間なんだろう」
「えぇ、だから迎えに行く」
「―――おとなしくしていろよ」
「え、何、うわっ!うわーーーーっちょちょちょちょっと何してるの!?」
「静かにしてろ」

なんて色気のない声だろうか。ローによって横抱きされた名前の声を聞いて彼はため息が漏れそうになった。仲間“ルフィ”の元へ向かおうとしていることぐらいすぐに分かった。しかし、足が壊死寸前だったのでしばらくは満足に右足を動かすことはできない。片足だけでこんな猛獣のいる森に一人放っておくことはできない。さらに、彼女は今魔法を使えない…ならば、自分がこうして運ぶほかないだろう。彼によって突如横抱きにされた名前はあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にさせたり、突然動いたので貧血気味になり真っ青になったりと慌ただしく表情を変える。

「―――仲間がいるよ」

森の奥から、ルフィの、心の叫びが聞こえてきた。
兄を失った…けれども、ルフィには、仲間がいる。彼はようやく、それをジンベエによって思い出したのだった。

「すぐ…会いてぇ…あいつらに――――!!」

そう叫ぶルフィに、名前は自然と体が動いていた。ローに下ろしてもらい、松葉杖を受け取る。そして―――

「ここにいるわよ!そのうちの一人が!」

精一杯の声で、彼に届くように叫ぶ。今ルフィを支えるのは自分だ、仲間である自分にしかできない。突然仲間に迎え入れてくれたルフィ…私に、この世界での居場所を、家を与えてくれたルフィ。今、その彼に少しでも恩返しができれば。

「―――えっ……おまえ…名前……っ!!」
「ふふ、私、ローに助けてもらっていたのよ…お兄さんの事は聞いたわ…」

私も、弟がいるから、あなたのきもち、よくわかるよ。早くみんなに会いたいね。名前はやさしくルフィを抱きしめた。

「うぅうっ…えっぐ……よがっだ……おで…みんな…いなくなっでよぉ…」
「うん…私も心配したよ……ルフィ、無事でよかった…!!」

涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。

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