2度目のホグズミードへ行く日がやってきた。名前は談話室に誰もいない事を確認し、その時間がやってくるまで暖炉の前で待っていた。ハリーは双子に秘密の抜け穴を教えてもらったようで、いつもの手段で外出中だ。
「……やぁ、久しぶり名前君」
「ヒトシおじさん……!よかった、忘れられてたらどうしようかと思いました」
暖炉の中からヒトシの顔が浮かんできた。これは、魔法界で言う電話のようなもので、どこにいても暖炉の場所さえ分かれば連絡をこうして交わすことが出来るとても便利なものだ。
「ははは、大丈夫忘れないって、で、手紙を見たけど……そうか、やっぱりマルフォイは察しづいているみたいだね、去年の騒動でホグワーツ理事会からつまみだされたし、相当根に持っているんだろうね」
「笑い事じゃないですよ……日本魔法省としてもまずいんじゃないんですか?」
「まずくはないよ、ただ、そっちの大臣は日本魔法省が干渉してきたことを快く思わないだろうね、なんたってゲンさんと大臣は犬猿の仲だから」
「……そうだったんですか」
「ファッジはね、ゲンさんの後輩なんだけれども……その時は時代が時代だったからね、ゲンさんもホグワーツで酷い差別に遭ったのさ、けれども有名な魔法族だったからねぇ……でも、きみのおじいさん、ケンイチさんとは違うよ。ケンイチさんはイギリス人とのハーフだから、ゲンさんよりはましだったみたい」
他国のことなんてどうでもいいと考えているあの祖父が、まさかその外国人とのハーフだったとは。
「ケンイチさんが議長だった頃は今よりはオープンだったよ。でも、ゲンさんは自分を差別した彼らが好きになれないようだね……ま、無理もない話なんだけど」
祖父が議長だったのは今から約30年程前の事だ。その時の話は詳しくは分からないが、周りが言うほど祖父とその兄の関係は悪くは無いような気がする。
「ココだけの話……これを名前君に教えたのがばれちゃったら首になっちゃうかもしれないけど、君の家族の事だから話しておくよ」
「……うん」
生唾を飲む音が大きく感じられる。
「ケンイチさんはね、先ほども言った通りイギリス人とのハーフなんだ。腹違いの子供で、ケンイチさんのお父さんが結婚する前に付き合っていた女性との子供……まぁ、悪い言い方をすれば愛人かな?ゲンさんは日本人の奥さんから生まれた子供なのさ。ケンイチさんの実のお母さん……彼女のファーストネームは分からないけど、ブラック家である事は確かだよ」
ブラック家だって?名前は目を丸くさせる。
「君の父親がブラックである事を、どうして言わないでいたか……もう分かるね」
「自分の事と重なるから……言いたくなかったんだ」
「多分そうだと思うよ、血統管理部が出来たのもケンイチさんのお父さんの浮気っていうのかな、それが原因で作られたようなものだからさ」
「……そうだったんだ」
「これは両家の極秘内容でもあって、多分そっちの魔法省の人間も知らないんじゃないかな」
「びっくり……しました」
「ははは、だろうね。もしこの事がばれたら、君はブラックに名を変えなくてはいけなくなるだろう」
「……え?」
「カザハヤは子供がまだまだいるからね、でも、ブラックはどうだい?」
「……シリウス・ブラックが」
「だが、彼は犯罪者だ。そっちの魔法省としてもブラック家は後世に残したい一族でもある……ブラックの血を色濃く引く君が、ブラックと名乗ってくれるのならばファッジは大歓迎してくれるだろうね」
自分の置かれた立場がようやく分かった。道理で祖父母は自分の両親の事を語ってくれなかった訳だ。特に、父親の方は。
「でも、どうしてヒトシおじさんがそんなことを?」
「一応、カザハヤの親戚だからね……でも、うんと昔だから血は薄まっちゃったし、その証拠に猫舌だろう?」
「うん……」
「私が言いたいのは、この事もマルフォイに知られていたら色々とまずいってことさ」
「……」
マルフォイは何処まで風早について調べがついているのだろうか。それが一番気がかりだ。
「日本魔法省が今回、間接的にホグワーツの事に関わった事は、まぁ後でどうにでも説明が出来る。ただ、今回それのおかげで君の存在が公に出てしまう事を、ケンイチさんは恐れているんだ。カザハヤとしても、他所に自分の血を与えるのは癪だろうからねぇ」
ヒトシの言う血とは、蛇舌という能力の事だ。日本の魔法族が守り続けてきた家宝のようなもので、それを異国の魔法族に与えるなどもってのほかだ。名前はいまいち理解できないが、昔から日本にいる魔法使いは違うのだろう。
「君の父親がブラックであることを知っているのはダンブルドアだけだ」
「……スネイプ先生も知ってました」
「へぇ、そうなんだ、どうして彼に話したんだろう……ともかく、目をつけられないようにね、在学中は大人しくすること」
「……うん、気をつける」
「マルフォイの息子は気に食わないだろうけれども、あまり刺激しないように、面倒な事にあの家にはブラックがいる」
あぁ、ドラコの母親のことか。名前はぼんやりとあの日の事を思い浮かべる。
「彼の母親が、その裏事情を知っていなければ何も問題は無いんだけれどもね、じゃぁ時間だから失礼するよ……また何かあったら連絡するね」
「ありがとう、ヒトシおじさん」
「いやいやなんのこれしき……今回の件は、こっちのせいでもあるからね……じゃぁまた」
気がついた頃にはヒトシの顔はそこにはなかった。
「ねぇ名前、今誰と話をしていたの?」
話しに熱中していたあまり、後ろに人がいたことに気がつかなかったようだ。だが、日本語で会話をしていたので内容を知られることはないだろう。
「やぁジニー、親戚のおじさんさ」
「そうなの、知らない言葉で話をしていたから……今のが日本語?」
「そうだよ」
「ふふ、私も日本語を勉強しようかしら」
「こっちと文法が違うから難しいかもしれない」
「そうなの?」
「うん……おれは、英語は初めから話せたけど、日本語を覚えるのは大変だったよ……家の人達が英語を話せたおかげでなんとか日本語も覚えられたけど……」
幼かったのであまりその時の事は覚えていないが、苦労したことに間違いはない。
ジニーとは去年の事件以来、とても仲良くなった。女子生徒の対応で困っていた時、救いの手を出してくれるのも彼女だ。そういった女の子の扱いは、ジニーやハーマイオニーのおかげで最近になってようやく分かってきたような気がする。それもあって軽くあしらえるようになったし、囲まれる事も減った。だが、この時名前は来年女子に囲まれ大変な目に遭うとは思いもしていなかった。
ハリー達が帰って来て、パブで聞いたブラックとハリーの両親の話を教えてくれた。ハリーが言うには、ブラックはピーター・ペティグリューを殺し、ポッター夫妻の居場所を例のあの人にばらしたそうだ。おまけに、ブラックは両親の友達で、ハリーの名付け親なのだという。おかげで父親の話が切り出せなくなってしまった。
休暇が終わり、ハリーはこの日から吸魂鬼対策のために守護霊の呪文をルーピン先生から学ぶこととなった。普通レベルのOWLを遙かに凌ぐ難易度の高い呪文だというのだが、きっとハリーなら出来るだろう。
クリスマス休暇の日、名前は家の人に色々と聞きたい事がつのっていたので、帰国が待ち遠しく感じた。列車に乗っていると、どや顔のマルフォイがやってきた。まったく、暇な奴だ。
「カザハヤ、君の家の力さえ借りれば、あのデカブツはどうにかなっただろうねぇ」
「……それで?」
お前の腕に噛みついてくれたバックビークのことか、出来る事なら腕ごと食いちぎってくれればよかったのにな……と言えないのがもどかしい。あまりマルフォイを刺激するなとヒトシに言われているので、こうして食いかかってきても名前は冷静な対応を取らざるをえないのだ。それにしても相変わらず、血色の悪い顔だ。
「家に帰ればわかるさ……今後、君の力はホグワーツでは適応されない、日本魔法省がこれ以上こっちの事に首をつっこませたくないと父上と大臣はお考えだ」
「ふうん」
「君の家族であるブラックが暴れてくれているおかげでね」
「っふ」
「何がおかしい」
「いや、別に……」
自分はまだ政治なんてものはよくわかっていないが、家の人達を見て育ったおかげで政治家と言うものがどういうものなのかを少なくともドラコよりは理解しているつもりだ。
「マルフォイ、おまえは政治家にでもなりたいの」
「このままだと、そうなるだろうねぇ」
「へぇ、まぁ頑張ってよ」
「ふうん、自分の立場がようやく分かってきたようだな、だが、今までのお前の態度は許しがたいものだ」
マルフォイを褒めたと勘違いしているようだ。
これ以上ここにいないでくれ、じゃないと笑いが抑えきれない。タイミングよく現れたスリザリンの女子がドラコを連れて行ってくれたのは幸いだろう。突然大笑いをする名前にネビルはぎょっとする。
「ど、どうしたの?」
「いやさ……あいつ、相変わらず馬鹿だなぁって思って」
「……マルフォイが政治家になる話?」
「うん、それもそうだけど……あいつ、色々こぼしてくれるから助かるよ」
「え?」
マルフォイが裏で何をしたのか、なんとなくわかった。ヒトシの予想は正しかったのだ。ネビルと別れ、名前は美香の迎えの元、日本に帰ってきた。美香ならば、祖父の事を知っているだろう、裏の事情まで。部屋につき、部屋着に着替えると早速美香を呼んだ。
「美香、聞きたいことがあるんだ、正直に話してね」
「……はい、可能な限りは」
「おじいさまとゲンさんが腹違いの子供だって本当?」
「……それを何処で」
「噂で聞いたんだよ、今年の正月におじさんたちが言ってたんだ……」
「正直に話すと約束してしまいましたから…話すしかないでしょう。名前様ももうそろそろ14になられます、ケンイチ様もお許しなさるでしょう」
ヒトシの聞いた話の通り、本当に2人は腹違いの兄弟のようだ。
「父親がブラックだってことも……」
「そこまで知っていましたか……これより先の話は、直接ケンイチ様からお聞きください、我々が口をはさんで良い事ではありませんから」
初めは祖父母と同じ無表情で怖い人間だと思っていた美香だが、去年や今のように話をすればしてくれる。もしかして、自分が勝手に壁を作っていただけなのではないだろうか。名前は美香に言われた通り、ケンイチのいる部屋へ向かった。リドルと祖父の関係も、色々聞いておきたかったので良い機会だろう。話してくれるかどうかは、分からないが。
「…何だ」
「おじいさま、お話があります。去年、おれは……トム・M・リドルと会いました…記憶でしたが」
「……そうか、奴と会ったか」
「おじいさまは、彼が記憶を日記帳に閉じ込めていたのは、ご存じだったんですね」
「あぁ、奴は私に直接話してきたからな……」
「では、秘密の部屋の怪物も、もしかして……」
「あぁ知っていた、奴が外界人の女子生徒を1人殺したのもな、だが昔の事だ、私にはどうでもいいこと」
祖父はそれを黙って見ていたという事か。
「何故黙っていたんですか」
「奴が外界人を殺そうとも私にはどうでもいいことだ、その時はもっと重要な事があったからな」
「…重要な事?」
「―――私の父が病に倒れていた、次の議長は私だと既に決まっていたからな……もし、私が卒業するまでに父がなくなれば、日本魔法省がどうなるかなどお前でも想像がつくだろう」
「……はい」
ここまで話をしてくれた祖父を見たのは生まれて初めてかもしれない。罪もない外界人の女子生徒が殺されたというのにどうでもいいという祖父は許せなかったが、名前は静かに祖父の次の言葉を待つ。
「奴は、何と言っていた」
「……おじいさまの事を、同族だと思っていたと言ってました」
「……ふん、赤子に負けたあいつと同族だと?」
「その赤子はおれの親友です」
少しむっときたので思わず口調が強くなってしまったが、祖父はあまり気にしていないようだ。
「お前も厄介な友を持ったものだな、奴が一昨年復活したと聞いたが、まちがいなく近々本格的に動き出すだろうな」
「……おじいさまは、なんとも思わないのですか」
「あぁ、なんとも思わない、外でやっていることなどどうでもよい」
「……魔法界が荒れるかもしれないっていうのに……」
「奴は此方には干渉してこない、此方の世界こそ、奴の望む世界なのだからな」
「……」
「私が奴に、日本の魔法界の事を話してしまったばかりに、あいつはそれに興味を持った……あいつが外界人殺しを始めたきっかけは私と言っても過言ではないな」
「……そのおかげで、親友は家族を奪われたというのに……!」
「親友だと?血のつながりの無い者が何になるというんだ、所詮他人だ……」
「あなたは、友達がいないんですか」
「―――あぁ、そのような下らない事、作る気も起きなかった」
「……失礼します」
これ以上祖父と話をしていると、怒りが爆発しそうだ。ぴしゃりと戸を閉め、名前はどかどかと音を立てながらその場を後にする。ジュンは、悪いひとじゃないから嫌いにならないでくれと言っていたが、あれのどこが悪い人でないというのか。リドルの悪事を黙って見ていただけではなく、それをみて何とも感じていないとは。
「……小太郎、おいで」
「ワン!」
他にも聞きたい事は山ほどあった。祖父の口から直接、聞きたかった事があったというのに。けれど、しばらくは口も顔も会わせたくもない。
正月、名前は嫌々ながらも恒例になっている挨拶周りに向かった。彩の家族は別に構わない。ヒトシが仕事の関係でどうしても出席できなかったのが悔やまれる。ジュンはカザハヤの門に入る事も許されていない身なので、仕方がないがやはり少しさびしかった。
「葵兄さん、おひさしぶりです」
「……名前か、異国の人間がいるのかと思ったよ」
名前と同じ黒髪ではあるが、名前よりも色が黒く顔も日本人らしい顔をしている。最近になって父親の血が色濃く表れ出したのか、名前は日本人ともいえない顔立ちになっていた。葵も名前の裏事情を知っているのか、名前の外見を早速皮肉ってきた。
「彩に下らない事を吹き込んだのもお前だろ」
「……彩姉さんがどうしたっていうんだ」
「あいつが影で何かやろうとしているのは知ってるんだ、あいつが毎日こそこそと誰かに手紙を書いているのも知ってる……」
「プライバシーの侵害じゃないのか」
「プライバシー?全てが監視されているこの日本魔法界でよくそんな事が言えたな、お前は何もわかっちゃいない、お前が次期議長?馬鹿げているね」
「待って……おれが、議長?」
「あぁ皆そう噂してるよ……ゲンじいさんが倒れたのは知ってるだろ」
「……あぁ」
「噂じゃ、お前が呪いをかけたとかなんとか?」
「おれは何もしてない」
「ふうん、どうだか……」
葵の厭味ったらしい顔は、ホグワーツのあいつと被って見える。名前はじゃぁ、と手身近に別れの挨拶をし彩の元へ向かう。あいつの家族は昔から名前の事を妬んでいた。正しくは、カザハヤ一族を妬んでいる訳だが。柊家が風早を妬むのには理由があったが、この時の名前が知る由もなかった。