どうしてこんな時だけ、お前は大人しく出てきてくれるんだよ。ブラシも何も持ってきていないというのに。
「……はぁ、お前は犬だから、相談してもどうにもならないよなぁ……」
「ワン」
少し距離を置かれてはいるが、これまで近付けたのは初めての事だ。黒い犬は尻尾を揺らしながらくんくんと匂いを嗅いでくる。何度も会っているので慣れてきたのだろうか。
「まぁいいや、聞いてくれよ……いまさ、シリウス・ブラックが脱獄したってニュースになってるだろ」
シリウス・ブラックという名に犬はピクリと耳を立てた。
「……おれさ、友達に言おうか悩んでるんだ、この事実を知ったのは去年だったし、脱獄さえなければ話す予定でいたんだよ……」
流石に今、この話をするのは気まずいんだ、と続ける名前。犬は大人しく名前の話しに耳を傾けている。
「ハリーは親友だからさ、親友を裏切るようなことはしたくないんだ……けど、これを聞いたらハリーはおれのこと、嫌うかもしれない」
ハリーの名に犬は小さく反応した、が今の名前には犬の姿は目に入っていない。
「でもさ、親友だからこそ話さなくちゃいけないこともあるだろ……でもさ、流石に重たくて……シリウス・ブラックは例のあの人の僕だって言うじゃないか……」
「ワン!ワン!」
何が不満なのか、突然吠えだす黒い犬。まるで否定しているようだ。
「犬のお前がどう思おうとも、世間体ではシリウス・ブラックは悪者なんだよ……いて、噛むなよ」
「ワン!ワン!」
「まったく、お前は変わった奴だなぁ、逃げると思いきや逃げなかったり、突然噛んできたり……まったく……はぁ、おれおかしいのかな、野良犬に相談だなんて、お前本当に身体汚いなぁ……」
名前は犬の身体を触ろうとしたが、気に食わないのか再びガブリと噛まれた。犬にかまれるのは慣れていたが、こいつはもう少し手加減と言うものをするべきだ。
「う……」
「……!」
痛みで涙が流れた訳じゃない。
「クゥン………」
噛んだかと思えば、突然優しくしてくる黒い犬。ぺろりと涙を拭われる。
「……おれさ、どうしたらいいんだろう……父親がブラック家だって、どうやって説明したらいいんだよ……」
「……!」
一瞬、人間のように驚いた表情をした犬だが、気のせいだったのだろう。犬らしくベロを出し、尻尾を振っている。
「ハリー、絶対に傷つくよなぁ……絶交されるかも……いや、されるよね、絶対」
ぽろぽろと涙が落ちてくる。こんなに泣いたのは初めてだ。黒い犬は名前を労わるように近くに腰をおろし、ぺろぺろと名前の手を舐める。
「はぁ……男のくせに泣くなんて、馬鹿らしいよな……」
黒い犬は静かに名前の膝に頭を乗せる。どうやら名前の気の済むまで付き合ってくれるようだ。
「お前って不思議な奴だな……ありがとう、なんかすっきりしたよ……とりあえず、いつかはハリーに話さなくちゃいけないよな、うん、決めた…これで絶交されても、いいよ…悲しいけど、ハリーはそれだけの目に遭ったんだから」
「クウン……」
「はは、くすぐったいよ……そうだなぁ、お前に名前を付けてやるよ、コジロウっていうのはどう?」
「ワン!」
「そっか、気に入ったか。今度はコタロウを連れてきてやるよ、じゃあね」
次会った時は、身体を洗ってやろう。あの犬のおかげで随分とすっきりした。だが、目元が腫れているとハリーに指摘されどきりとしたのは此処だけの話。
ホグズミードから生徒たちが帰ってきた日の夜、グリフィンドールの入り口の番をしている太ったマダムの絵がシリウス・ブラックによって引き裂かれた。幸いなことにマダム以外被害者は出なかった。それからホグワーツはいつシリウス・ブラックが現れるかもしれないという恐怖におびえるようになったし、身内であるブラック家が親友を狙っている事実に再び心が痛んだ。
秋も深まり、そろそろ肌寒い季節となってきた。名前は北国育ちなので寒さには慣れていたが、寒い事には変わりない。
「お、来たなコジロウ、こっちおいで」
「ワン!」
シリウス・ブラックの襲撃事件以来、ホグワーツ内は去年のような緊張感で包まれていた。こうして外に出歩くのは久しぶりだ。名前はコジロウのために屋敷僕に頼んで山もりのチキンと飲み水をバケットに詰めてもらい、ノミ取りの薬を片手にいつもの場所までやってきた。今回は小太郎も一緒だ。
「こらコタロウ、待て」
「ワン!ワン!」
「コジロウもだ、お座り!」
「ワン!」
野良犬のくせにお座りは分かるようだ。もしかすると、どこかの家で飼育されていて途中で捨てられた犬なのだろうか。そう思うとコジロウには同情せずにはいられない。祖父が許してくれるかは分からないが、正月に犬を増やしてもいいかどうか聞いてみよう。
「こらコタロウ、お前はいつもたらふく食べてるだろう?こっちはコジロウのために持って来たんだから」
「ワン!ワン!」
「はいはい……一個だけだぞ」
群がる白と黒の犬に名前はチキンを渡す。するとそれらはものの10分であっという間に完食されてしまった。小次郎に至っては相当腹が減っていたのか、食べた後しばらく動けなかったようだ。小太郎は食べ足りないのか、もっとくれとせがんできたがこれ以上食べると肥満で寿命を縮めかねないので我慢させる。
「コジロウ、じっとしてろよ……」
へっへと舌を出しながら尻尾を振る小次郎に思わず名前は苦笑する。人間が大好きなんだなぁ、と。
「ほらできた……次はコタロウ、お前だよ」
「ワン!」
2匹のトリミングを終えた頃には抜け毛でもう一匹犬が出来そうなぐらいまで溜まった。それらを魔法で消し、ポケットの中から黒い首輪を取り出し嫌がる小次郎に巻く。
「ったく大人しくしてろって、別に変なもんじゃないよ、ノミ取り首輪だってば……これ付けてれば、どんな虫も寄り付かなくなるし痒くなったりしないんだからな」
それに、首輪をつけておけば誰かに飼われている犬だと思われるに違いない。それからしばらくして、名前は毎日小次郎に餌を与える事を忘れなかったし、定期的にトリミングもしてやった。そのおかげか今では上等な毛並みの立派な犬にしか見えない。
「394ページを開きたまえ」
今日の防衛術はスネイプが見るようだ。名前は指示された通りページを開くが、ロンとハリー、その他のグリフィンドール生は不服のようですぐにページを開いたのはスリザリン生と名前だけだ。ロンが別のページを見ていることに、どうして気がついたのだろう。後ろにでも目がついているんじゃないだろうか。
「狼人間……って」
まさかの授業内容に思わず声を挙げるロン。
「先生、夜行性動物はまだやっていません」
「口を慎みたまえグレンジャー」
相変わらず、彼のグリフィンドール生に対する風当たりはきつい。名前は夏休みに3年生の範囲を一通り勉強していたので仮に質問されたとしても答えられる自信はあったが、まさか手を挙げていない自分が指名されるとは思ってもみなかった。
「さて、アニメーガスと人狼の見分け方はなんだ、誰か分かる者は」
ハーマイオニーがぴんと手を挙げているが、相変わらずのスルースキル。どうして認めてくれないんだろうか。
「カザハヤ、答えたまえ」
ハーマイオニーに視線を向けるが、悲しそうにそっぽを向けられてしまった。ハーマイオニーにも悲しいが、手を挙げていないのに指されたおれも悲しいよ、まったく。この分野もまた、美香に教えられているので難なく答えられた。完璧に答えたが、相変わらずグリフィンドールには加点してくれる兆しは見えない。
「カザハヤならば知っていて当然のことだな、では聞くがカザハヤ、日本の魔法界では人狼はどのような扱いになっている」
「……狼語を操る一族に全て管理されています……立場は、イギリス程悪くはありません」
「君は人狼をその目で見たことがあるのかね」
「……はい、確かに凶暴ですが、狼語を操る一族がいれば危険ではありません」
人狼は一度だけ、別の集落に行った時に見たことがある。満月の夜になると狼に変身し、誰それ構わず噛みついてくる凶暴な存在だが、彼らを唯一操れる(少なくとも日本の場合は)一族がいて、人狼になった者たちは全て彼らに管理されている。人狼である彼らにもきちんと人間での生活も用意されている。だが、行動はいくらか制限されているようだ。名前は一通り説明を終えるとスネイプは満足したのか、授業にとりかかった。授業が終わり、席を立つと何故かマルフォイに絡まれた。
「カザハヤ、人狼は闇の生物なんだぞ、お前達日本はそんな物騒な奴らを抱えて平然と暮らしてるのか」
「おまえに関係ないだろ」
「あるね……僕は知っているぞ、お前の秘密を―――だからお前は、そういうのに詳しいんだ」
「……秘密って、何の事だ」
「ここじゃ不味いだろう、ついてこい」
マルフォイが何を掴んだのかは分からないが、少し気になるので渋々ついていくことにした。4人にはなんとか言い訳をし、その場を後にする。
クラッブとゴイルのいないマルフォイは新鮮だ。マルフォイがやってきたのは地下の空き教室。椅子に腰をかけ、自分の部屋でもないのに席を進めてくるマルフォイ。お前はどこかの王族か。
「……一体おれに何の用だ、この死に損ない」
「軽口を叩けるのも今のうちだぞ、この事を皆にばらせば、お前はここにいられなくなる……お友達のポッターは君と絶交するだろうねぇ」
体温が下がって行くのを感じる。マルフォイは、まさかあの事を掴んだと言うのだろうか。でも、何故。
「父上から聞いた話だが、お前の父親……ブラックなんだろ」
「……へぇ、おまえの父親は人のプライバシーにずかずかと足を踏み込んでくる教養のない大人なんだね」
「カザハヤ、あまり僕を怒らせないほうがいい」
「別にばらせばいい、いつかは話すつもりでいる……例えハリーに嫌われたとしても、ハリーはそれだけの痛みを味わったんだ」
「……ふん、随分自信があるようだね」
「自信だと」
「まぁいいさ……一応忠告しておくよ、君がブラック家の子供でも、僕は君を見捨てたりしないだろうねぇ、なんたって親戚なんだからな」
「……親戚?おまえと?反吐が出るよ」
「勝手に吐けばいい、僕の母上はブラック家出身だ……何か困ったことがあったら、頼ってくれても構わないよ、あー、でも君の家はそれ以上に有名だったっけ?バジリスクを飼いならす程だもんねぇ」
それもどこで得た情報なんだろうか。つくづくルシウス・マルフォイという男は抜け目のない男だ。
「日本の魔法省がこそこそと裏で働いている事ぐらい、父上にはお見通しだ」
「……だったらどうするんだ」
「君の家の立場が悪くならないうちに、名前をブラックに変えたほうがいいんじゃないかな、と忠告しているだけさ」
「……何を馬鹿なことを」
相変わらず嫌みな奴だ。だが、重要な情報を教えてくれたのは確かだ。あいつはやはり、馬鹿だった。
「ねぇ名前、マルフォイになんて言われたんだい?」
その日の夜、部屋でヒトシ宛てに手紙を書いている時、ネビルに声をかけられた。
「あー、どうってことないよ、家の悪口。それと、日本魔法省が裏でこそこそ動いてるのが気に食わないみたいだよ、こっちは父親のほうだけど」
「去年のアレだね……」
「バジリスクって、結局どうなったの?」
そう言えば、この事をまだ説明していなかったっけ。バジリスクは去年、リドルに操られ生徒たちを石にした張本人だ。ジュンの案で日本で保護することになったのだが、此方の魔法省はそれを知ったらどう思うだろうか。
「あー……ジュンおじさんが絶滅危惧種であるバジリスクを保護しようって言いだして……それで、日本の蠎蛇と突然一緒にさせるのは危険だから、うちが面倒みることになったんだ」
「え?まさかとは思うがあんなでかいのが家にいるの!?目を見たら死ぬんだろ!?」
「あぁ……カザハヤの人間はバジリスクの目を見ても死なないんだよ」
「へぇ……君の家って本当にすごいよね、色んな意味で」
「ありがと。でも…家にはいないよ、カザハヤの所有する山に住んでるよ」
「暴れたりしないのか?」
「大丈夫、どうやらあの日からおれがかれの主人らしいから、それに蛇舌の人間の言う事は絶対に聞くらしいから」
襲われた身であるハリーは少し複雑そうな表情をしていたが、バジリスクもリドルの被害者。全ては主人に委ねられているのだ。
「ハリーは……あんまりいい気持ちがしないだろうけれども、彼は日本に来てのびのびと過ごしているよ」
「…うん、そりゃそうだよね、何百年もホグワーツに閉じ込められていたんだから……僕はもう気にしてないよ」
「ありがとうハリー」
さて、バジリスクの話もした事だし、自分の父親についても説明しなくては。事が大きくなる前に……。
「あのさ…ハリーは、ブラックの事、どう思う?」
「どうしたんだい突然、そりゃ……許せないよ、ヴォルデモートの僕だなんて」
「そう……だよな、おれもそう思う」
「あいつ、ここらへんをうろついてるんだろ?ハリーの命を狙うために……」
「怖いなぁ」
やっぱり、この日も言えなかった。結局話せないまま月日は流れ、クィディッチの試合日がやってきてしまった。
この日は最悪で、ハリーは吸魂鬼に襲われ30メートル上空から落下し、医務室送りになった。幸いにも先生が助けてくれたおかげで大きな怪我は無くすぐ退院できたが、ハリーの箒は無事で済まされなかった。家に頼めば箒の1本や2本くらい買ってもらえるが、ハリーは受け取ってくれなさそうだ。