ホグワーツ特急での悪夢。あの日の出来事を一言で言い表すとしたらこうだろう。小太郎がなんとか追い払ってくれたが、小太郎がいなかったらまちがいなく自分は吸魂鬼にキスをされていただろう。その日、名前はネビルと2人でコンパートメントの中にいたのだが、突然列車が止まり明りが消えた。身の毛もよだつ寒さに窓ガラスは氷結し、恐ろしい影がコンパートメントの前を横切ろうとした。目を合わせてしまったのが悪かったのか、吸魂鬼はコンパートメントを開き、名前へ近づこうとした。だが、小太郎が勇敢にも立ち向かい、彼らは小太郎を恐れ逃げて行ってしまった。小太郎にそんな力があったとは。名前は改めて小太郎の存在に感謝した。
新学期早々、マルフォイは自分の事は棚に上げ、ハリーがその時失神した事をそこらじゅうに吹聴しあざ笑った。まったく、暇な奴だ。校長の話によると、今年起きたシリウス・ブラック脱獄の事件のために、彼を捕えるべく魔法省が吸魂鬼を派遣したそうだ。後で聞いた話だが、ハリー曰く自分の両親を例のあの人に売った張本人なんだとか。だからハリーの命を守るために吸魂鬼が派遣されたのだ。だが、その吸魂鬼がハリーを襲ったと言う事実は、魔法省に伝わる事は無いだろう。真面目な政治家は違うが、大半の政治家というものはそういうものだ。ご都合主義の塊で、そうでもなければ権力の椅子に座っていられないだろう。
「今回の闇の魔術の防衛術の先生はまともそうだね」
「ほんとによかったよ」
ハーマイオニーの視線を背中に感じる。
「それにしてもハグリッドがまさかなぁ」
「何だよ、名前は不満なのか?」
「ううん……いやぁ、教科書が教科書だったからさ」
「あー……それは、えぇ、そうね、でも大丈夫よ」
あの怪物的な教科書、対処法を知らなかったら大変なことになっていた。危うく靴を引きちぎられる所だったのだから。
「じゃあ、みんなまたあとでね」
「あれ、名前は占い学とってないの?」
「他所の根も葉もない予言は信じないんだってさ、うちの家は。これから古代ルーン文字学だよ」
ハーマイオニーが奥の手を使っていくつも授業を選択しているのは前々から教えて貰っていたので、驚くことではないがハリー達にはその奥の手を知らせていないようだ。
最初、ハリー達と同じく占い学を選択しようとしたが、数占い学にしろときつく言われてしまったので仕方なくそれを選択したのだ。おかげで授業中は見知らぬ女子生徒に挟まれて大変な目に遭った。だが、昼になりハリー達から占い学の話を聞くと、あぁ選択しなくてよかったなと実感した。確かあの先生は毎年誰かが死ぬ予言を出しているが、未だにそれは成就された試しが無い。
午後の授業では例の授業が行われる。正直、ハグリッドの授業なんてどんな生き物が出されるやら。
「教科書を開け」
「どうやって?」
「背中を撫ぜりゃーいいんだ、何だ分からんかったのか?」
名前ですら、美香に開き方を教えてもらった程なのだから、周りの生徒がそれを知らなくても無理はない話だ。
「あぁそうか、撫ぜりゃーよかったんだ」
マルフォイの耳障りな声が聞こえてくるが、去年の教訓を生かしわざわざ反応するのも労力の無駄だと考え、無視し続けることにした。名前は怪物的な本の背表紙を撫で指定されたページを開く。ちなみに、ネビルは開き方を間違えたおかげで既にローブはボロボロだ。
「まったく、父上が知ったらさぞお嘆くだろう、こんな人が教師だなんてね」
「黙れマルフォイ」
あーあー、無視をすればいいのに。ハグリッドには悪いがこれが一番平和的に授業ができる手段だった。にも関わらずハリーは思わずマルフォイの嫌みを返してしまったのだ。しばらくにらみ合いが続き、ディメンターが現れたなど戯言まで吐く始末。ハーマイオニーがすかさず間に入ってくれたのでなんとかなったが、彼女が入らなかったら杖を向き合っていた頃だろう。
ハグリッドの授業は斬新で、危険魔法生物ランクではAランクに属するヒッポグリフを皆に見せた。ヒッポグリフは身体が馬で背中には猛禽類のような巨大な翼と、鷹のような頭をしている。そう言えば彩の家は鷹舌だったっけ、と思いつつも目の前のヒッポグリフに目を向ける。
「こいつらは、とても気位が高い、失礼な態度をとってみろ、気がついたら頭がなくなっとるかもしれん」
どうしてそんな危険な生物を授業に出したのだろうか。確かに、良い勉強にはなりそうだが。ヒトシがこれを見たら卒倒するかもしれない。それから、ハグリッドはハリーに見本になってもらい、全員が安心したところで1人1人ヒッポグリフに対面させた。名前は勿論難なくこなしたが、マルフォイのおかげで全てがぶち壊しになった。
「もう、散々だよ!」
「あいつ馬鹿なんだな、やっぱり」
「あれはマルフォイがいけないのよ」
ヒッポグリフの諸注意は聞いていたはずだ。魔法生物と接するときは、何が起こるか分からないのでそれなりの覚悟で接する必要があるのだ。家が名家だからと鼻高々なマルフォイだがそれを知らなかったようで、案の定ヒッポグリフに腕を噛まれ医務室送りとなった。
「でも、相手が悪いよなぁ……」
「そうね……ねぇ名前、なんとかならないかしら」
「うーん……」
確かに、マルフォイと対峙できるだけの力を持つ家と言うと、名前の家くらいだろうか。だが、外国の事には無頓着だし、大嫌いなマルフォイの息子が怪我をしたところで祖父は何とも思わないだろうし、ハグリッドの事をかばってくれるような人物でない事ぐらい分かっている。
「何かあったら、ヒトシおじさんに相談してみるよ…」
「お願い、多分こういうのは名前にしか頼れないと思うの」
「僕からもお願いするよ」
3人にお願いされたのでは引き下がるわけにはいかない。まさかの事態が起こらなければいいのだが。
マルフォイが怪我をしてからというもの、授業中ハリーやロンをこき使ったり(これは魔法薬学限定だが)意味もなくうーうー呻いたり、父上がどーたらこーたらといつも以上に面倒なことになってしまった。名前にもマルフォイの嫌がらせはやってきた。この日の魔法薬学中、突然腕が痛いので芋虫を切れと言ってきた。しかも、わざわざ本人のご指名で、だ。ハリー達の場合、スネイプが指定していたというに。
「ということだ、カザハヤ、マルフォイのを手伝ってやれ」
「……分かりました」
スリザリンの席につくなり女子生徒がそわそわと騒ぎ出す。もう慣れたことだが、名前はグリフィンドールなのにスリザリンの女子生徒にとても人気があるのだ。きっと、蛇舌な上に古い魔法使いの家系だからというのもあるのだろう。
「えっと、名前……私のナイフを使って?」
「うん、ありがとう」
正直、マルフォイのべたべた触ったナイフなんて触りたくなかったので後ろの席にいる女子生徒からナイフを受け取り、丁寧に切ってやった。女子に人気のある名前が妬ましいのかマルフォイは更に名前に色々と文句をつけてくる。
「切り方がへたくそだな」
「おまえよりは上手い自信はあるよ」
「あぁそうだね、なんたってあのデカブツの怪物に襲われたんだからね、今も傷が痛むよ……」
「そのまま死んでしまえばよかったんじゃないのか?あの時おまえ、なんて言った?死んじゃうだっけか?」
「カザハヤ、無駄口をたたくな、グリフィンドール10点減点」
10点減点されようが構わない。とりあえずこいつに文句を言えたのだから。何をしても動じない名前にちょっかいを出すのが飽きたのか、次の標的へと移動していった。そんなこんなで、マルフォイの演技は随分と長引いた。
マルフォイの話は置いておいて、問題はシリウス・ブラックがつい最近ホグワーツの近くで目撃されたというニュースだ。吸魂鬼の目をかいくぐる方法などあるのだろうか。土曜日、名前は小太郎を連れハグリッドの小屋近くまでやってきた。そろそろ小太郎にもノミ取りシャンプーをしなくてはならなかったので、小屋の近くの井戸を借りることにした。
「ワン!ワン!」
「おい小太郎…!」
「ワンワン!」
突然走りだす小太郎。流石に犬の速度には人間は追いつけない。ぜえぜえ息切れしながらもあとを追うと、そこには一匹の黒い犬がいた。野良犬だろうか、随分とやせ細って見える。犬は小太郎と匂いを嗅ぎ合い、仲良くしている。
「まったく……いきなり走るなよなぁ」
主人の言葉をちゃんと聞いているのだろうか。尻尾を振って黒い犬と会話をしているようにも見える。すると、黒い犬は突然名前の方を振り返り、一歩後ろに飛びのいた。
「お前、野良犬か……ここで会ったのも何かの縁だ、一緒に洗ってやるよ」
「……」
黒い犬は一歩一歩と引き下がり、結局森の奥へ逃げて行ってしまった。
「……逃げちゃったんなら仕方ない、お前だけ洗うか」
「ワン!」
「それにしても、皮膚が随分とただれてたなぁ……早く洗ってケアしなくちゃ」
その日から、その犬のために名前は定期的に森の前までやってくるようになった。だが、見かけても此方を見てすぐに逃げてしまう。小太郎に至っては城から出すなり突然走りだし、その犬を追いかけて行ってしまう始末。犬同士、積もる話もあるのだろう。
闇の魔術の防衛術では、真似妖怪ボガートを使った授業が行われた。ロックハートとは全く違う、授業らしい授業だ。ロックハートがおかしいだけだったのかもだけど。
真似妖怪は日本にもいるが、確か我が家にも一匹いたような気がする。物置きにいて、何も知らなかった当時の名前は突然現れた祖父に怯え驚き、一目散に逃げた程だ。だから、もしかすると今日、皆に祖父の姿をお披露目する羽目になるかもしれない。
生徒たちは一列に並び、まず初めにネビルが見本となった。ネビルの恐怖の対象はスネイプ先生で、リディクラス!と唱えた瞬間ネビルの祖母がきているような服をまとったスネイプが現れた。これには一同も大爆笑だ。名前も息が苦しくなるまで笑った。ロンの順番になり、次は巨大な大蜘蛛。大蜘蛛がローラースケートをはいてつるつると滑る姿は見ものだが、それはそれで不気味だ。次々に生徒が真似妖怪を誑かし、後ろの方になり名前の順番がやってきた。
「……っ」
あまりの出来事に言葉も出ない。まさか、どうして。
「……名前!」
「あ……」
「……リディクラス!」
代わりに後ろにいたハーマイオニーが真似妖怪を消してくれた。この時、名前が出した真似妖怪の姿を見てルーピンが小さく名前を呟いた事は、誰も知らない。ハリーの順番が来そうになった時、ルーピンは突然授業を終わりにした。丁度終業のベルも鳴ったのでタイミングは良かったのだが、どうしてハリーが真似妖怪と対峙させてもらえなかったのだろうか。教室を出る時、突然ルーピンに名前は呼び止められた。
「君は、アカネの子かい?」
「えっと……」
「さっきのには驚いたよ、まさか、友達が出てくるとは思わなかったから」
名前が出した真似妖怪は、写真でしか見たことのない母、アカネ・カザハヤの姿だった。絶対に祖父が出てくるなと思っていたのだが、まさか母が出てこようとは。自分は、心の奥底で母を恐れているのだろうか。
「……先生も母と知り合いなんですね」
「ん?も、というと……スネイプ先生から聞いたのかな」
「はい、でもあまり教えてくれなくて」
「……そうか、君の家の事情はアカネ自身から色々聞いていたよ、言いづらいけど……彼女は今どこに?」
それが分かれば苦労はしない。名前は小さく首を振る。
「そうか……ごめんね、嫌な事を聞いてしまって」
「いえ……じゃぁ、失礼します」
「……わかった、呼び止めてすまないね」
ルーピン先生とは初めて話したが、興味本意ではなく純粋に名前の身を按じているようにも見えた。学友だったと聞いたが、もしかしてスネイプ先生と彼は同学年だったのではないだろうか。
「ねぇ名前、聞きにくいんだけどさ……あの時、変身したのって……」
「あぁ、おれの母親だよ……写真でしか、見たことがないけどね」
あの時現れた黒髪の少女を思い出す。長い黒髪に、黒い瞳、細身の体に正装である黒い着物を身に纏った少女を。
ネビルは小さくごめん、と呟く。
「いいんだ、別に気にしてないよ」
気にしてないのなんて嘘だ。それから、毎晩あの少女が夢に出てくるようになった。見た目で言うと12歳くらいだろうか。名前は母の幼い頃の写真しか見たことが無いので、大人になった母を見たことが無いのだ。家じゅうを探しても写真は見つからないし、彩の母親が言うには両親が命じて全て写真を焼き払ったのだとか。だが、奇跡的にも一枚だけ残っていた。それは祖父から譲り受けた変身術の参考書の中に入っていた。普段失敗のない祖父だが、そこだけは見落としてしまったようだ。裏には名前が書いてあったので、まちがいないだろう。
ホグズミードの日、名前はハリーと一緒にホグワーツに残った。理由は簡単、名前とホグズミードに行きたがる女子生徒が面倒だったからだ。しっかりサインは貰っているのに、何故行かないのかとハリーは疑問に感じていたが、理由を聞いて納得してくれた。ハリーは親からサインを貰えなかったのでホグズミードには行けない。だから、こうして残ってくれる名前の存在が有難かった。
「ホグズミードってどんなところ?」
「魔法使いだけしかいない村だよ、まぁ……日本の魔法族は皆そうして固まって生活しているから、今さらなんだよなぁ……」
「そうなんだ、でも行きたかったなぁ」
「今度こっそり連れて行ってあげるよ」
こっそり先生から教えてもらった秘密の抜け穴がホグワーツにはいくつかある。実際、名前が10月31日とクリスマス休暇に日本に帰る時はそこを使ってホグズミードに移動している。
それを聞いたハリーは自分にもホグズミードへ行ける、という希望が湧いたのか先ほどとは打って変わって表情が明るくなった気がした。2人は色々と聞きたいこともあったので、ルーピン先生のいる部屋へと向かうことにした。部屋に来るなり不思議な飲み物を持ったスネイプ先生が現れ、何かを伝え足早に去っていく。一瞬名前と目があったが、すぐにそらされてしまった。
「ハリー、ちょっと用事を思い出した」
「え?うん分かった」
「またあとでね」
スネイプの所へ行く、なんて言えるはずが無い。ハリーがどんな顔をするかなんて容易く想像できる。スネイプの後を追い、名前はじめっとした地下室までやってきた。
「……何だ」
「すみません、先生にどうしてもお尋ねしたい事があって」
「……ルーピンから話は聞いている、アカネを見たのだな」
「……はい、あの、母の話はいいんです」
今になって、自分が何に怯えていたのか気がついた。母に愛されていなかったら、どうしよう。その不安が胸一杯に広がる。だから、母の話は聞きたくなかった。
「…父の話を、今……騒ぎになっているので」
「お前も困った家族を持ったものだな」
「……いえ、でも……父の事は、聞いておきたいんです、顔も、何も分からないから」
分かっているのは、名前だけ。
「昔のあいつにお前はそっくりだ……瓜二つと言っても過言ではない、それほどまでにお前達親子はそっくりだ」
「……父に、おれは似ているんですね……」
「それにはルーピンも驚いていた」
「……ありがとうございます、それだけで、十分です」
礼を述べ、名前は森に向かい走った。まさかとは思っていたが、そこまで自分は父親と姿が似ていたとは。ともかく今は1人になりたかった。