16 キミガタメ/アズカバンの囚人

あの頑固な祖父も、この功績ばかりは認めてくれたようだ。夏休み、ロンの家に遊びに行く事を許可してもらえた。それだけではない、秘密の部屋の騒動のおかげで試験がなくなってしまったので成績でとやかく言われる事が無かった。少し残念には思うが、来年こそ頑張ればいいだけ。ここでいい成績を取っておけば色んな事を祖父母に頼みやすくなるからだ。

「あの、美香……ありがとう、やっぱりバジリスクだったよ」

「そうでしたか、お役に立てて光栄です」

「で……バジリスクがその後、どうなったか知ってる?」

「はい、もうじき家に来る頃でしょう」

「え?」

「この家にはカザハヤの血を引く者しかいませんから、バジリスクの目を見ても安全ですし、バジリスクは日本の蠎蛇とは違い、どんな環境でも生きていけますから。健一さまがお決めになった事です」

ホグワーツを襲ったバジリスクが我が家に来るなんて。少し複雑な心境だ。だが、彼は長きにわたる呪縛から解き放たれ、ようやく自由に生きられるようになったのだからそこは喜ばねば。だが、小太郎がバジリスクを見れば確実に死んでしまうだろう。何故バジリスクを我が家で保護することになったんだろうか。

「ねぇ、小太郎が危ないんじゃないかな」

「そうでしょうね、ですがご安心を。バジリスクにはカザハヤが所持する野山で過ごしてもらいます。そこには餌も豊富ですし、カザハヤに服従を誓いましたから名前様が命じればいつでも来てくれますよ」

「……そ、そうなんだ……」

「瞳を交わした時から、名前様が新たな主人だそうです」

「……まいったなぁ」

まさか、バジリスクの新しい主人になろうとは。ハリー達が聞いたらなんて思うだろうか……特に、犠牲者のハーマイオニーは嫌がるだろうな。もしかして、家に友達を呼びこませないようにするためにそんな手を打ったのだろうか、祖父は。

「でも、バジリスクは貴重なんだろう?種の保護は?」

「その事なら心配はありません、既に種は採取してあります。日本の蠎蛇と交配させ、繁殖させるとのことです」

うわぁ、そりゃあ……すごいことになりそうだな。このままだと家が蛇まみれになるんじゃないか。

夏休みに入り、約束通りロンの家へ遊びに行こうとしたが現在ウィーズリー一家はエジプトに旅行中な為、彩と2人で新学期の買い物に向かうことにした。日本にも魔法使いの為の店が連なった商店街はあるが、日本国内では少々事情の悪い話もするため、2人はダイアゴン横町までやってきた。

「…あの飛行機って乗り物、あんまり好きじゃないな……」

「そうね、人生で一度は乗ってみたいと思ってたから、乗ってみて正解ね。よくあんなものを外界人は乗れるわよね」

彼らからしたら箒に乗ってる事こそおかしいのだろうが、ここは割愛しよう。

「とりあえず、あそこのパーラーに行きましょう」

「うん」

彩が名前にしか相談の出来ない事は、あの事しかない。2人はカップルと勘違いされたのか、特別席に用意された。個室になっており、照明がそういうムードになっている。

「あー……個室は良かったけど、なんか落ち着かないなぁ……」

「そうね、恋人同士と勘違いされたみたい」

「年が離れすぎだろう」

「まぁ、大人になったら3歳の差なんてそう対して関係無いわ……」

確かにそうだろうけれども、自分たちはまだ10代だ。名前は落ち着かない空気の中、そわそわしながらアイスを待った。

「……あのね、名前に話したいことがあるの、去年…あ、今年だったかしら?話したでしょう?あの事よ……」

「外界の男と、駆け落ちするんだろう?」

「しーっ!」

「……大丈夫だよ、日本の魔法使いは滅多にここに来ないんだから、少なくとも、学生以外はね」

外国の物が欲しい時は、日本魔法省経由で特別な通販方法が用意されている。なので、わざわざ遠出をする必要もないのだ。

「その事なんだけれども……やっぱり、止めようと思うの」

「……え?」

「お父さんとお母さんに迷惑がかかると思って……あの時は、勢いがあったから…好きになったばかりだし……学校の友達に相談したら、恋なんて一瞬なんだから勢いに任せちゃだめよって言われたの……」

色恋沙汰は名前にとって分かりかねない話題だったが、従姉が真剣に相談してきているのだから此方も親身になってそれを受け止めなくては。彩は大人っぽくコーヒーをかきまわしながら重たい口を開く。

「……それでね、彼に会いに行こうとしたの、もちろんばれたら大変なことになるわ、特に、従兄の葵にばれたら、なんて馬鹿にされるやら……」

「……あぁ、葵兄さんね……」

柊葵は、彩の父親の実の弟の息子で、分家の身もあってか彩に強く当たる節がある。彼は彩と同い年で、現在ダームストラング専門学校に通っている。名前にとっては正月に会うか会わないかの人物だが、彼の両親があの日、部屋で話していた事を聞くには自分をよく思っていない事はすぐに分かった。名前としても別にどうでもいい人物だったし、母方のいとこと言えども親戚の親戚だ。家系図を遡ればカザハヤとも血の繋がりはない事もないのだろうが……。

「会いに行こうとしたの、でもね……葵に、彼と交わしている手紙を見られたかもしれないの」

「え?」

「彼と出会ったのは去年の正月よ……私、早めに帰ったでしょう?いい成績をとったから、好きな所に遊びに行ってもいいって言われて、それで興味本位で外界に遊びに出かけたの。お母さんとお父さんの仕事の役に立つかもしれないと思って、それで行っただけなんだけど……その、電車の乗り方とかあまりよくわからなくて、困ってた時に助けてくれたのが彼だったの……」

そこで、意気投合し此方側の事情は何も伝えず、お付き合いを始めたそうだ。お付き合いと言えども頻繁に会える訳ではないし、遠距離恋愛なのもあって親に隠れて手紙を交わすぐらいなのだが。流行には敏感で今風の女の子ではあるが、そういう面はやはり生活してきた世界の違いが現れるのだろう。心の底から愛しているという外界の男の事を一通り語り終えた頃には3杯目のコーヒーが届けられた。ちなみに名前は2個目のパフェに取り掛かっている。

「……うぅっ」

「え……彩姉さん……?」

「うっぐ……ふう……」

突然嗚咽を漏らす彩に名前は動揺する。女の子の涙に男は弱いというが、まさにそんな感じだ。ホグワーツで告白してきた女の子に名前は丁寧に断った事があったが、その時も女の子に泣かれてしまった思い出がある。まさか、自分は何か悪い事でもしてしまったのだろうか、おろおろと名前は目を泳がせた。

「あ、えっと……はい、ハンカチ」

「うん……ありがとう……」

「……まさか、それくらい思い詰めてたの?」

「うん、誰にも相談出来ないから……名前に手紙を送ろうかなって、何度も考えたんだけれども……やっぱり、直接会って話したかったから……いざ手紙を書こうとしても、言葉が………まとまらないの……」

「彩姉さん……」

2人は日本語で会話をしているので、相手が日本語を知らない限り会話を盗み聞きされる事は無いだろう。

「手紙を……見られていたら、どうしよう……私がうっかり、手紙をニワトリ小屋に置いたままにしていたから……あの時、葵がニワトリ小屋から出てきたのを見たの……手紙、絶対に見られちゃったよね……だから、私、あなたには会えませんって……一年に一回だけのデートだったのに……断っちゃったの………」

「……」

こういう時、どうしてあげればよいのだろうか。いくら勉強しても、こればかりは分からない。結局名前は彩の言葉を一言一言逃さず、ただ聞き黙っているしかなかった。彩の目の腫れが収まるまでパーラーに居座り、2人は店を後にした。店員には女の子を泣かせた男の子として何とも言えない目で見つめられたが、向こうは事情を知らないのだからどう思われようが構わない。

「あのさ、話は変わるんだけど……新聞、見た?」

買い物を終えても尚長い沈黙が続く。それに耐えきれず名前は話題を変えよう、と今朝見た新聞の話題を出した。

「……え?えぇ見たわ……シリウス・ブラックが脱獄でしょう?アズカバンって言えば、日本の鬼獄よりも恐ろしい場所なんでしょう?」

彩の言う鬼獄とは、日本版アズカバンみたいな場所だ。その名の通り鬼が悪事を働いた魔法族を見張り、治安管理部の役人の元で刑を執行したり、閉じ込めておく牢獄の事だ。日本の魔法族は他の魔法族とは違い大人しいのか、あまり収容されていないが極稀に外国の魔法使いが悪さをし、そこに収容される事がある。基本的にその国の刑務所に送り届けられるのだが、時々受け取りを拒否される事がある。そういう場合は、その国がその魔法使いを見捨て、好き勝手にしてくれという合図でもあるのでそのまま死を迎える事がある。アズカバンにはディメンターという幸福と言う幸福を吸い取る悪夢のような吸魂鬼がいて、囚人たちは彼らに嬲られ死にたくても死ねないような状況に陥る。日本の鬼とは随分と違うのだ。ちなみに日本の鬼は一見人間に見えるが額には大きな角が2本生えている。牙は鋭く、噛まれるとそこから菌が入りその箇所が壊死する。よく絵本で描かれている強面の顔ではなく、日本の魔法界の鬼はとても美しく、とても長生きなのだと言う。まだ実際に見た事は無いが、出来る事ならご対面したくないものだ。

「その事なんだけどさ、実は……」

『あら、アヤ、久しぶりね!』

『フラー!まぁ、どうしてここへ?』

『ふふ、旅行に来たのよ……』

大切な話をしようとしたが、突然の彩の学友の登場にそれは延期されることとなった。彼女の名はフラー・デラクール。名前に挨拶をしてきたが、フランス語は分からないのでフランス訛りの英語で挨拶をした。

「アー、あなたはアヤの彼氏ですね?」

「え、ち、違いますよ、従弟なんです、名前・カザハヤです」

「そうでーしたか、わたし、遠くからみていてそうだとおもってまーした」

「……ははは」

『ふふ、フラー、ところで今空いてる?洋服買いに行きましょう!』

『いいわね!彼もいっしょにどう?可愛らしい従弟じゃないの』

『ふふ、そうでしょう?ホグワーツだとモテモテでしょうね……』

「なぁアヤ姉さん、なんて言ってるの?」

「名前もフランス語を勉強しなさい、中国語よりは簡単よ」

「……う、うん…」

「あなたも一緒に買い物にどうって言ってるのよ、行く?」

「いや……おばあさまに買い物を頼まれてるから……」

「そう…じゃぁ、夕方になったら落ちあいましょう」

「うん」

祖母のお使いなんて嘘だ。だが、小太郎のトリミング用シャンプーを丁度切らしていたところなのでペットショップに行くことにした。正直、女の子に挟まれて男1人で買い物なんてなんとなく嫌だったからだ。

小太郎がしっぽを振りながら彩について行こうとしたが、指笛を鳴らして小太郎を呼び戻す。一瞬残念そうな顔をしたが、一人ぼっちになるのはまっぴらごめんだ。

とりあえず、漏れ鍋へ行こう。甘いものばかり食べたので、今度はちゃんとした食事を取りたかった。

「ワン!ワン!」

「まぁコタロウ、久しぶりね……ということは、名前が来ているのね」

勝手に漏れ鍋に入ったかと思えば、そこには猫を抱えたハーマイオニーが立っていた。ウィーズリー一家も旅行を終え、買い物をしにやってきたようだ。勿論ハリーもそこにはいる。

「久しぶり、みんな」

「おい見ろよ、グリフィンドールの王子様の登場だぜ」

「本当だ、おい名前、去年はラブレター何通貰ったんだ?」

フレッドとジョージはロンの兄で、このネタで度々名前をいじってくるのだから困りものだ。

「まぁ、名前、ひさしぶりねぇ元気にしてた?いつもお茶菓子ありがとうね」

「いえ…」

「でも、どうしてクリスマス以外にも送り物をするんだ?」

「はは、日本の伝統行事かな?君たちがクリスマスを大切にしているのと同じで、日本にもある時期が来たら世話になっている人に贈り物をする決まりになっているんだよ」

「へぇ……でも、お返しはいつもいらないって言ってるけどさ、なんか申し訳ないんだよなぁ」

「迷惑……だった?」

「ううん全然!日本のお菓子は甘すぎなくて美味しいし最高だよ!」

ウィーズリー一家とグレンジャー一家、そしてロングボトム一家には毎年お歳暮とお中元を名前は送っているのだ。勿論ハリーにも渡そうとはしたが、あの家族に受け取られるのが嫌なのか会った時に直接渡すことにしている。

「まあまあ、まだ若いのにしっかりとした子ねぇ、名前は……それに比べてうちの子たちときたら……」

「大丈夫さママ、今年はエジプトの土産がある!」

「そうさ!ほれ名前、お前にだけ特別奮発して買ってきたぞ!もちろんコタロウにだってある!」

双子は名前に大きな袋を手渡した。

「中を空けて爆発なんかしないよね?」

「大丈夫だって、今回は違う…」

今回は、を聞きつけモリーは双子をじっと睨みつける。

「うわあ…すごいや」

「だろ?」

「何を貰ったの?」

ハリーとハーマイオニーにも見せてやると、名前と同じ言葉がかえってきた。

「まぁ素敵!エジプトの壁画ね?」

「あぁ、名前が喜びそうなものって全然思い浮かばなくてさ、エジプトの壁画のレプリカなんだけど、これを壁に飾るとその部屋の壁がその壁画になるんだぜ」

「わぁ…ありがとう!」

あえて言わないでおいたが、自分の部屋は和室だということ彼らは知らないだろう。和室にエジプトの壁紙、なんとも言えない組み合わせだ。だが、折角貰った物なので活用させていただかなければ。

「名前ってなんだか最近、更にカッコよくなったわね……」

「そうか?あんまり変わらないんじゃないの?」

「はは、流石はうちのロニー坊やだ」

「その名前はやめろって言ってるだろ」

ハーマイオニーが顔をまじまじと見つめてくるので、なんだか気恥ずかしくなってきた。

「おい名前、さっき外で女の子たちと話をしてたけどあれって名前のガールフレンドか?」

「フレッドは見てたんだね、あれは従姉のアヤ姉さんだよ、で、もう一人はアヤ姉さんの友達」

「2人ともすごい美女だったよなぁ、フレッド」

「あぁそうだともジョージ、是非とも彼女になっていただきたいね」

フラーはどうかわからないが、彩には既に思いを決めた人物がいる。まぁ、その話は少し複雑なので言わないでおこう。

「君の所の従姉って何歳なの?」

「今年で16歳になったよ、3つ上なんだ」

「へ~……去年見たけど、アジアンビューティーって感じがしたよ」

「はは、アヤ姉さんが聞いたら喜ぶと思うよ…ロンがそう言ってたって伝えておくね」

「いや、べ、べつに伝えなくてもいいよ……!」

「おいロニー坊や、なんで顔真っ赤にさせてるんだ~?」

「おいまさか好きなのか?」

「やめろってば!」

つくづくこの家族は見ていて飽きない。自分の家も、これぐらい愉快だったらよかったのだが。モリーおばさんのおごりで名前はシチューを頼むことにした。食事を待っている間、物陰でアーサーおじさんとハリーが何やら話をしている。きっと大切な話しなんだろう。

「シリウス・ブラックの記事、見た?」

「うん見たよハーマイオニー。その事なんだけどさ……」

「なあに?」

「……ううん、やっぱいいや」

「何よ気になるじゃない」

「そうだよ話せよ王子様」

「はぁ……だから話したくないんだよ」

「……そうね、学校で聞くわ、あの2人がいない時にでも」

「おいどうして俺達をぬけものにするんだよ」

「そうだ、酷いぞ」

だから言いたくないんだ。この双子なら、口が軽くてあっという間に広がってしまうだろう。今年こそは静かに過ごしたいのだから。夕方になり、一家と別れを告げ名前は彩との待ち合わせ場所へと急ぐ。トリミングシャンプーはギリギリ買えたが、1年もつか持たないかぐらいしか在庫が残っていなかった。

「女の子を待たすなんて」

「ご、ごめん……」

「ふふ、ありがとう、女の子同士で色々爆発させてきたわ……だから、もううじうじするのは止め!」

「……そう、2人っきりにして正解だったね」

「あら、名前は分かってそうしてくれたの?だとしたら罪深い男ね……」

「え?」

「ふふ、なんでもない……」

確かに、彩の表情は随分と軽くなった気がする。勿論荷物持ちは名前の仕事だが、今日ばかりは多めに見てやろう。

「諦めるわ、彼も大切だけど、やっぱりお父さんとお母さんも大切だから……天秤にかけて分かったの、お父さんとお母さんに勝る者はないって」

「……彩姉さんは、それでいいの」

「えぇ、もう決めたわ、女に2言は無くてよ」

それを言うなら男に二言は無い、だろうが……まぁ、彩が幸せならそれでいい。

「手をつないでもいい?」

「うん、いいけど」

「ふふ……私、名前だったらお嫁さんになってもいいわよ」

「乗り換えが早いなぁ……」

「ごめん」

「えっ……いや、その……ごめん」

微妙な空気が流れる。しまったな、と思ったがもう遅い。この時、彩が苦難の末、決意していた事に名前は気づかなかった。