傷だらけのハリーと見覚えのない黒髪の少年、その奥にはジニーが横たわっている。突然やってきた巨大な蛇にハリーは尻もちをついた。
「……何者だ」
『よう、貴様が奴を縛り付けている人間か……許せんな……』
蠎蛇は見覚えのないスリザリン生に噛みつこうとするがバジリスクがそれを遮る。
『どけ!』
『スリザリンの後継者を守らなくてはならない!どく訳にはいかない!』
ハリーにもこの声は聞こえているようで、まさか味方だとは思っていなかったようで呆然と口を開いている。
彼らの戦いは彼らに任せるしかない。人間が手を出すなと言ったのは彼なのだから。
「……君は確か、名前・カザハヤ……久しぶりだね」
「誰だ?」
「覚えていないのかい?あぁそうだった、記憶を消したんだっけ……でもこれで思い出すだろう」
リドルが杖を振ると、突然忘れていたあの日の事を思い出した。そうだ、自分はこの人物を見たことがある――――
「トム・M・リドル……」
「名前、どういうこと?」
「ハリー、おれが日記帳を持ってきただろう?あの時、こいつと会ったんだ…でも、どういうわけだか、記憶を消されてて……今思いだした」
「そうだよ、あの時も言ったけど、ジニーが君の話をたくさんするのでね、少し気になっただけだったんだけど……まさかこうしてめぐり合うとは、あのもう一匹のバジリスクを連れてきたのは君かい?」
「彼はバジリスクじゃない、蠎蛇だ―――そうか、お前が犯人だったのか、ジニーの魔力を吸い、ジニーを操っていたんだな……!」
「ご名答、流石はケンイチの孫だね……」
ハリーは2人の関係がよくわかっていないようで、忙しそうに2人を見つめている。
「おれのおじいさまと同級生だったと言っていたな……そうか、だからおじいさまは、頑なに話しをしようとしなかったんだ」
「っふ……そうか、彼はこの事を知っていたんだね、同じパーセルマウスだから、流石に気づくか……」
「名前……」
「ハリー、ジニーを……」
その時、壁が騒音を立てて崩れてきた。蠎蛇の姿は見えない。気がつくと目の前にはバジリスクの姿。ハリーはとっさに目をつぶる。
「カザハヤの孫、これで君もおしまいだね……いくらカザハヤの子でも、こいつの目を見れば即死だ……!」
しかし、名前が倒れることはなかった。杖を振り、リドルの杖を奪う。まさかの事態にリドルも焦りの声を挙げる。
「どうして死なない!バジリスクの目を見た者は即死のはずだ!」
「お前は何も知らないんだな、カザハヤはバジリスクの目を見ても死なないんだよ」
「そうか……その黄色い目!そのせいだな……!」
ヒトシが予想した通り、名前の魔力の波長はこのバジリスクと似ているようだ。黄色い瞳がぶつかり合い、しばらく沈黙が続く。
『バジリスク、彼はどうしたの?』
『奴は……』
『彼は一体、何者なんだ?』
バジリスクは名前の瞳を見て揺れ動いているようだ。自分を見て死なない生き物は同族、もしくは主人以外考えられないから。
「名前!こいつはトム・リドル……若い頃のヴォルデモートだ!」
「な、なんだって!?」
次の瞬間ドオン、と音を立てて反対側の壁が崩れ落ちてくる。蠎蛇だ。
奴がヴォルデモートだとしても何だとしても、早急に倒す必要がある。奴は確か記憶だ。あれぐらいに実体化できるということは、ジニーの命が危ないということ。名前は騒音と共にハリーに叫ぶ。
「ハリー!日記をよこして!」
「…うん!」
「許さないぞ…それを返せ!」
日記を受け取り、それを蠎蛇めがけて投げる。
『それを噛み砕いて!その牙で!』
『あぁ』
リドルはあっけなく消滅した。どうやら名前の推測は正しかったようだ。記憶の媒体でもある日記帳を魔力の帯びた武器(今回の場合は牙だが)によって破壊することによって、記憶のリドルは消滅した。そもそも、意思をもった魔法の品なんて闇の魔術が掛かっている以外考えられない。どうしてジニーは疑問に思わなかったのだろうか。
「ハリー…その傷……!」
「うん……ちょっと瓦礫に潰されちゃったみたい……」
ハリーの足は酷くえぐれていた。骨が見えるんじゃないかと思うほどだ。ハリーの横には古い組分け帽子と、血だらけの剣が置いてある。これでバジリスクに挑んだのだろう。当のバジリスクはかというと、ようやく長きにわたった呪縛から解放され、我に返ったようだ。
「……この声…」
「フォークス?」
突然現れた美しい鳥に目を奪われる。彼は不死鳥のフォークス、ダンブルドアの部屋にいたはずだ。
「……この組分け帽子も、フォークスが運んでくれたんだ……」
「そうか、不死鳥の涙…!」
「…え?」
ジニーが目覚めた頃にはハリーの足は、フォークスの涙によって完治していた。不死鳥の涙にはありとあらゆる怪我を治す効果がある。彼はそれを理解し、ハリーを治してくれたのだ。
「ハリー…名前……!わたしっ」
「大丈夫、事情はなんとなくわかってるから。あ~、でもこれで無事夏休みはロンの家に遊びに行けそうだな」
「え?どういうこと?」
名前はこれまでの経由を2人に説明した。
「そうだったんだ……」
「ごめんなさい……わたしのせいでっ……」
「気にしない方がいいよ、この日記帳をジニーのカバンに忍び込ませたルシウス・マルフォイが悪いんだから」
「え?ハリー、犯人知ってたの?」
「今さっき気がついたんだ、そう言えば、あの日…買い物をした日だけど、ルシウス・マルフォイがジニーのカバンにこっそりこれを入れるのを見たんだ」
「そうか、マルフォイが犯人だったか……こりゃ、痛い目見てもらわないとね」
久しぶりに心から笑ったような気がする。バジリスクの保護も、ジニーとハリーの無事も確認できた。おまけに素敵な夏休みまでついてくるのだから何も文句は無い。
「ところで……この、ウワバミだっけ?彼は?」
「あぁ、日本のバジリスクだよ、でも安心して、目をみても死なないし、毒はバジリスクほど強くは無いから」
だが、これほどの大きさならバジリスク並の毒は持っているかもしれない。そんな事をぼんやりと考えつつも、名前は早速彼にお礼を述べた。
『ありがとう、きみがいなかったら助からなかったよ』
『ふん、あいつに後で褒美をたくさん貰ってやる』
『あぁ……ジュンおじさんね、仲がいいんだね』
『あそこで俺達の言葉を理解出来るのはあいつしかいないからな、いたし方が無い、だが、あいつの料理はそこまで悪くは無い、うん』
なんだかんだで協力してくれる。彼は優しい蛇なのだ。
『……我は一体、何を……』
『あ、なるべくあっちは見ないでね、おれは君の目を見ても死なないけど、ハリー達は死んじゃうから』
『う、うむ……』
あんなに凶暴だったバジリスクが突然大人しくなったのには驚きを隠せなかったようでハリーは君ってすごいな、と声を漏らした。
『その……我のせいでお前に酷い怪我を負わせてしまったことは、謝罪させてくれ』
「あーうん、別にいいよ」
「ハリー、蛇語じゃないと伝わらないよ」
「あ、そうだった……でも、これ意識しないと駄目なんだね……『別に気にしなくていいよ』」
『申し訳ない……』
蛇と対話が出来るのは、この場ではハリーと名前しかいない。まるで蚊帳の外のジニーは少し怯えつつも、そんな2人と2匹のやり取りを静かに見守る。
ダンブルドアが戻り、3人は早速校長室へやってきた。ちなみにバジリスクと蠎蛇は縮小呪文を使って現在名前の両腕にまきついている。
「ジニー!」
「パパ!ママ!」
家族はジニーの無事に安堵し、ハリーと名前を思いっきり抱きしめた。ありがとうと泣きながら。
「あれほどパパが言っただろう!脳味噌を持っている道具は危険だと!」
「ごめんなさい!」
「まぁ……そのジニーが無事だったんだからいいんじゃないかな」
「ハリー、あなたもです!心配しましたよ……でも、ありがとう、そしてあなたも、名前……」
「ありがとう、私からも2人には例を言わせてくれ……本当に、ありがとう」
なんだか、こうして抱きしめられるのは初めてなので少し気恥ずかしくなる。モリーおばさんからは優しい太陽の匂いがした。
ロックハートは嘘がバレたために、ロン達に忘却術をかけようとしたそうだ。だが、奪ったロンの杖がどうなっているのか理解していなかったのが呪文が逆噴射をし、今に至る。彼は医務室でマダムに擦り傷を治療してもらっている頃だろう。ジニーは両親と共に医務室へ向かった。
2人はダンブルドアに事情を説明し、例の日記帳を手渡す。
「ほう……これか、これを破ってくれたのは君か、ありがとう」
間違えても左腕は出さないようにしなくては。バジリスクが眠っているのだから。随分長い間、重労働をさせられていたようで今では名前の左腕で死んだように眠っている。
『ありがとうだってよ』
『ふん!例はいいからさっさと我らを元の場所へ帰せ』
『ごめん、そうだったね……』
名前は校長室にハリーを残し、一足先に日本に帰ることにした。帰ったといっても、終業式に出るためにすぐにホグワーツに戻らなくてはならなかったのだが。見送りにはあの時のようにスネイプ先生がついている。
『もう二度と、ここには来たくない!空気はまずいし、ろくな餌もない!』
『それは仕方が無いよ……地下だったんだから』
『俺は寝る!ついたら知らせろ!』
『はいはい』
流石のスネイプも、隣で蛇語を話されると嫌なようで今まで以上に距離を取ってホグズミードに向かっている。
「お前の母も、時々こうして蛇と会話をしていた」
「え……?」
まさか、再びスネイプの口から母の話題が出ようとは。名前は目を丸くさせた。
「ずっと聞きたかったんですが、おれの父親をご存じなんですよね」
「……あぁ、同じ寮だったからな」
とういうことは、父はスリザリンか。
「父も……蛇舌だったんですか?」
「違うな」
「……そうですか」
「校長に言われている、父親の話題は時が来たら話せと。このようでは、まだお前の祖父母は父親について話しをしていないようだな」
「……はい、何も…ただ、外国人だって事ぐらいしか」
「……」
「え?」
ポートキーに身体が吸いこまれていく。ぐわんぐわんと目が回る。そして、最後にスネイプが教えてくれた名がぐるぐると頭を巡る。
日本にたどり着き、2匹を純に引き渡し名前は再びホグワーツに戻ってきた。ホグワーツの中はグリフィンドールが寮杯を取ったとお祭り騒ぎだった。どうやら終業式には間に合わなかったようだ。だが、ハーマイオニーが無事でなにより。この時、ホグワーツを救ったとしてロンとハリーにはホグワーツ特別功労賞が与えられたが、名前には与えられなかった。リドルを葬ったのは蠎蛇だが、それを頼んだのは名前だ。名前がいなければどうなっていたかもわからない。ハリーは終業式が終わってもそれが不満だったようで、どうして名前が功労賞をもらえなかったのかとぶーたら文句を述べていた。
「仕方ないんだよ、何しろ、日本の魔法省が直接今回の事で関わったとなれば、両国の関係が悪化するからね」
「どうしてだい?助けてくれたのに、どうして悪化するんだい?」
「ハリー、分かってないわね…」
「え?」
ハーマイオニーはすぐ理解したようだ。ロンはハリー同様訳が分からないようで首をかしげている。
「互いの領域に干渉するのはご法度なんだよ、特に相手が日本の魔法省だとね」
「……関係が悪いんだね」
「日本だけじゃないよ、これはどの国も同じ。だって、負の部分を見せてしまったら何かと都合が悪くなるだろう?」
結局ハリーとロンがこの事を理解することは無かった。ちなみにネビルもいまいち分かっていないようで、ずっと首をかしげていたとか。
今年も色々とあったが、去年とは違い誰ひとりとして死ぬことのない、ある意味平和な一年だったのかもしれない。彼の死は時々今でも思い出す事があるが、死んだ人は生き返らない。その代わりに、生きている人間が死んだ人間を忘れずにいれば、心の中で生き続けるだろう。名前は列車に揺られながら、クィリナスの顔を思い出す。
入学してすぐ、命を狙われたハリー。そして今年もハリーは命を危険に晒された。きっと、近いうちに例のあの人が復活するのだろう。その時こそ、日本の魔法省はどういう対応を取るのだろうか。暗黒の時代、日本の魔法省はそれらに干渉せず自国の魔法族のみを守り抜いた。
そうだ、家に帰れば嫌でも祖父母と顔を合わせなくてならない。嫌な祖父母だが、彼らを嫌いにならないでほしいと純に言われてしまったのだから仕方が無い。少し距離を縮めてみるのもいいかもしれない。そうすれば、あの2人の今まで見えなかった部分が見えてくるかもしれないから。
あの時、リドルが祖父に対して思っていた事を伝えようと思う。
そして聞くんだ、祖父はリドルをどう思っていたのかを。