その夜、ハリーとロンはハグリッドから貰ったヒントを元に、アラゴグを探しに森に出た。名前は小太郎を残してはおけなかったので、部屋に残り2人の帰りを待った。
「名前!大変だったよ!」
「……うん、そうだろうね……枝とか葉っぱとか色々ついてるよ……」
「そんなことはどうでもいいんだ!」
小太郎はマントを脱ぎ、ぜえぜえと息を切らすハリーの手をぺろぺろと舐める。それを少し煩わしそうに手でどけながら、ハリーはどさりとベッドに身を下ろす。
「……ロン、顔が青白いけどどうしたの?」
「どうしたって!?もう二度とごめんだよ!巨大グモの群れに突っ込むなんて!」
2人の息が落ち着くまでに15分がかかった。アラゴグという大蜘蛛が50年前、ハグリッドに森に逃がしてもらったそうなのだが、秘密の部屋の怪物は彼ではないようだ。彼らはその怪物を酷く恐れていたとロンは言う。
「で、その時亡くなった女の子っていうのは?」
「多分嘆きのマートルでまちがいないと思うんだ」
「え?誰?」
「あぁ、名前は知らないよなぁ……3階の女子トイレにいるゴーストだよ」
どうしてそんなことをハリー達が知っているんだろうか。
「まさか、入った事あるの?」
「仕方ないだろう、そこしか安心してポリジュース薬を作れる場所が無かったんだから」
2人は女子トイレに入ったのか。理由がどうであれ、その事実は変わらない。流石に名前でも緊急事態に女子トイレに入ろうとは思わない。文化の違いなのだろうか。
その日の変身術の授業の時に、試験は何がなんでも行われる事が発表され名前は安堵の息を漏らす。たかが怪物によって自分の夏休みの自由を奪われる筋合いはない。折角勉強もたくさんしているというのに。名前は喜んだが、ハリーとその他の生徒は多くがその事実に嘆き悲しんだ。
嬉しい知らせはそれだけではない。今夜ダンブルドアが戻ってくるそうだ。マンドレイクも収穫し、今夜石になった人達を元に戻せるのだという。ハーマイオニーは無事、試験を受けられそうだ。グリフィンドールからは歓声が上がったが、マルフォイは不服そうな顔をしている。それを見て名前は思わずにやりと笑った。
「おい見ろよ、マルフォイの顔」
「あぁ、本当に悔しそうだな……!」
ロンと名前は肩を組んでマルフォイの顔を馬鹿にする。それが聞こえているのか、今にも此方に呪いをかけそうな勢いで睨んできた。それ見たことか、お前の父親がどうこうしたところで、ダンブルドアはホグワーツの校長なんだ!久しぶりに気持ちが晴れ渡ったような気がする。
「え…ヒトシおじさんから手紙だ……」
前の手紙は事故で届かなかったようだが、今回は無事配達された。早速それを開くと日本語で『ダンブルドアには説明してある、この手紙を読んだらすぐ私のオフィスに来る事』とだけ書いてあった。
「ヒトシおじさんって、マルフォイの父親がいたときにいた…?」
「そう、日本の魔法省の人だよ、でも一体なんだろう……もしかして、もう一度調査するのかな……」
「なんて書いてあるんだい?」
「あぁ、ダンブルドアには説明してあるからこの手紙を読んだらすぐ日本に来いってさ」
「突然だなぁ……」
「そうだよね、一体何があるんだろう。ともかく先生に言ってくるね」
きっと、マクゴナガル先生はこの事情を知っているはずだ。名前は夕食を食べ終え、マクゴナガルの部屋へと向かう。日本とは9時間の時差があるので21時であるイギリスから日本へ戻るとなると、丁度朝の6時だろうか。
「先生、日本の魔法省から手紙が来たんですが……日本へ帰って来いと」
「その話ですね、校長から直接窺っております。もう、ここにきたり帰ったりと忙しいですねあなたは」
「ははは……そうですね」
「見送りはスネイプ先生にまかせてあります、ホグズミードからポートキーで移動することになるでしょう」
まさかスネイプ先生だとは。名前は思わずぎょっとする。手荷物はいらないと言われているので、名前はローブをまとい廊下を歩くスネイプの後を進む。会話などあるものか。
「ここの瓶に触れたまえ、これがポートキーになっている。君が触れ、用事を済ませればこのポートキーはただの瓶になる。急ぎたまえ」
「はい」
両親の事を聞こうかな、と思ったが雰囲気がそれどころではなかったので名前は渋々瓶に触れた。どうしてもこの感覚はいつ味わってもなれる事が無い。ふらふらとなりながらも立ち上がると、朝日の照らす日本魔法省の本部が目に入る。標高の高い所にあるのもあり、酷い時には霧が立ち込める場所だが、外界人を避けるには最適な場所なのだ。日本の魔法族は基本、山の奥深くに集落を作っているので基本的に外界人がやってくる事は無いが、時折登山中に迷った人がひょっこり現れる事もある。彼らが来た場合、まず結界を通る事ができないので永久的に山で迷うことになってしまう。それを防ぐためにも治安管理部の人が少なくとも二人、各集落の入り口で番をしている。治安管理部の人達はそういった外界人にまず下に降りる方法を教え、最終的には忘却術をかけて集落の場所を忘れて貰うのだ。
「君は……あぁ、カザハヤの子だね」
「はい、えっとヒトシさんは……」
「あの人ならもう起きてる頃だよ、多分休憩室にいるよ」
「ありがとうございます」
古いお寺のような見た目だが、中はとても入り組んでいる。何度かここに足を運んだものでも時々迷うほどだ。受付で杖を預けると、中に入るためのカードキーを受け取った。この中では杖での魔法を禁止しているので、入るには杖を受付で預ける必要がある。名前は魔法省の人に案内され、ヒトシの待つ部屋にやってきた。
「おお、名前君……おはよう」
「もうそろそろ寝る所でしたよ……」
「そうだったね、時差があるもんね……ははは、じゃぁ、こっちに来てくれるかい」
案内の人間と別れ、ヒトシと名前は魔法動植物管理部の者しか入ることが許されない農園を通り抜け、厳重な守りの呪文をかけられた温室の扉を開く。
「っわ……こ、これって…」
「な?すごいだろう?ここには貴重な蠎蛇が保護されているのさ。群れで生活出来なくなった、身体の大きい蠎蛇をね」
温室の大きさはホグワーツの比ではない。カザハヤ邸がすっぽりと入りそうな広大な温室の中には、3匹の蠎蛇がいた。確かにこの大きさでは群れで生活するのは難しいかもしれない。日本の蠎蛇は、蛇にしては珍しく群れで生活する習慣があるのだ。身体が大きければ大きいほど、食事量が増えるので食料戦争になる。日本の魔法省が保護活動を始めてからはそれが減ったが、人間が手を加えてしまったことによって個体の小さい種類が殆どになってしまった。こうして大きな蠎蛇を見るのは生まれて初めてだったので思わず名前は感嘆の声を漏らす。
「……あ、名前君?久しぶりだね……」
「純おじさん?」
カザハヤは日本の魔法界でも珍しい蛇舌の一族だ。風早純は名前の母、アカネの兄だったが無血者(スクイブ)の為、カザハヤの家にいることを許されない身でもある。彼の父の計らいで、無血者だが蛇舌の為か特別この役職を与えられているのだった。名前が彼と会う事を祖父母は嫌がったが、ヒトシが必死に頼み込んだのだろう。
「純おじさん、お久しぶりです」
「あぁ、君と会ったのは君が4歳の頃だったからね、日本に来て間もない頃だったから……覚えていてくれてたんだ、嬉しいよ」
「あたりまえですよ、純おじさんは母のお兄さんですよ」
「はは…そう思ってくれてるのはカザハヤだと君だけだよ、僕はここを空けられないから、君に手を貸してもらおうと思ってね。実はこのアイディア、僕が考えた事なんだ」
「そうなんですか…でも、一体おれは何をしたらいいんです?」
白髪交じりの髪をとかしながら純はすぐ隣にいる蠎蛇に話しかける。
『彼が僕の甥っ子、名前っていうんだ』
『ふうん、小さなガキだな』
『ははは、そりゃあまだ学生だからね、イギリスにあるホグワーツ魔法魔術学校に通っているんだよ』
『イギリスか……話でしか聞いたことが無いな、ここから遠いのだろう』
『あぁそうだよ、とってもね。時間で言うと9時間の時差があるんだ……あ、名前君、言葉は分かるよね?』
『勿論』
2人と一匹のやり取りにヒトシは羨ましそうな声を上げる。
「いいなぁ、うちが蛇舌だったらなぁ」
「猫舌も立派な能力だと思いますよ、ヒトシ先輩」
皆馬鹿にしてくるけどね、と苦笑するヒトシ。
『よろしく…』
『あぁ……ところでガキ、この俺になにをさせるつもりなんだ?』
『いや……おれはまだ聞いてないから……』
『あぁ、ごめんね説明するよ。これから名前君は彼と一緒にホグワーツに行って、誰かに操られているバジリスクを保護してもらいに行く』
『え!?』
『っふ、異国の仲間か……』
まさか、そんな大仕事を任されるとは。それ以前に秘密の部屋の襲撃者はバジリスクだと、いつ特定したんだろうか。
「いやぁ、どこまで話ししているかは分からないけどあの日ホグワーツを見て思ったんだよ、絶対にバジリスクだってね」
「名前君と一緒にホグワーツを見回った彼に色々話を聞いたんだけど、最初は教えてくれなくてさ……ご褒美を倍にするって言ったら、白状してくれたよ」
「……で、バジリスクだと?」
「そうなんだ、なんでも彼、突然異国の地に連れてこられて不機嫌だったから……」
確かのあの時、不機嫌だったかもしれない。名前はじっとヒトシを見つめる。この人の事だ、きっと彼の話も聞かず無理やり連れてきたのだろう。まぁ、猫舌の彼が蛇語を理解できるはずもないか。
「ホグワーツは未知なる領域だからね……ここみたいに古い魔法がたくさんかかっている。だから、バジリスクの存在を隠せるぐらいの空間はあるんじゃないかとみているんだ。ハリー君も蛇舌だって言ってたよね?彼しか聞こえない声なんだろう?名前君はその時、彼の傍にいたかい?」
そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。ハリーが声を聞いた時、自分はその場にはいなかった。
「瞳が黄色くなったのも、バジリスクのせいじゃないかなと見ている」
「え?」
「カザハヤは……まぁ、無血者の僕は違うけど、大概は魔力の成長期に瞳が黄色くなる。同じ魔力の波長をもつ者が、人間だけとは限らないんだよ。バジリスクぐらいの長寿な魔法生物だと、人間並みに魔力を持っている事があるんだ。だから、名前君はバジリスクが動き出し、何かしたときに瞳が変化したんじゃないのかなって考えたのさ」
「……すごいですね、なんか納得しちゃいました」
「ははは、だろう?うちのチームはなんたって魔法動植物のプロフェッショナルだからな!」
純が言う事には妙に信憑性があった。あの時、美香は正解を言っていたのだ。まだ実物を見ていないので分からないが、2人が言うのだから確かだろう。
「でもおじさん、彼はどうやって連れて行くの?突然ホグズミードに現れたらびっくりしちゃうよ……」
「そこのところは大丈夫、純、よろしく」
「はい…」
突然床に巻物を置いたかと思えば、蠎蛇をそこに誘導させる。ボン、と音を立てて蠎蛇が10センチ程のサイズになった。
「僕は無血者だから、魔法は使えないけどこういう道具は使い慣れてるんだ、これは便利だよ、ここの部の為に発明されたものなんだ……というか、僕のために母が作ってくれたものなんだけどね」
「……おばあさまが?」
「そうだよ、確かにいつも無表情で怖い人だけど、悪い人じゃないんだ…名前君は不便しているだろうけど、そこのところは分かってあげてね」
まぁ、悪い人じゃないんだろうが良い人が無理やり椅子に縛りつけ、閉心術の特訓をさせるだろうか。まぁいい。秘密の部屋の怪物もといバジリスクを保護すれば全て解決だ。彼を腕に巻き、ヒトシに連れられポートキーの所までやってくる。勿論杖を受け取るのを忘れず。
「さて行こうか、出来れば純に来てほしかったんだけど……我々が出来るのはここまで、保護活動は君と彼で行ってもらうよ」
「え!?おれたちだけで!?」
『なんだ、こいつはなんと言っている』
『…おれたち2人で頑張れってさ』
『聞いてないぞそんな話!』
シューシューと怒り声をあげる蠎蛇にヒトシは苦笑を洩らす。
「ごめんよ、一応向こうの魔法省の役人たちには伝えてあるんだけど、ルシウス・マルフォイとかいう魔法使いが色々口をはさんできてね、我々日本魔法省が直接手を下すことは許さないって言われちゃったから、名前君に間接的に頼むしかないんだよ……」
「そんなぁ……」
「大丈夫、無事保護できたら君が夏休み自由に過ごせるようにって君のおじいさんたちには言ってあるから」
「本当に…!?」
「あぁそうだよ、なかなか納得してくれなかったけどね、若いうちから功績を挙げられるんだからそれぐらいは許してあげないとってどうにか頼みこんだよ」
とんでもない危険な仕事だったが、見返りは十分だ。名前は気を引き締め、ポートキーに触れ裏道を使ってホグワーツに戻った。本当はスネイプ先生が待っているはずなのだが、どういう訳だか彼の姿はそこに無く。仕方なく名前は1人でホグワーツに戻った。
ホグワーツ内は騒然となっており、同じ寮の生徒から聞く話しによれば秘密の部屋の後継者がついに動き出し、ジニーを人質にとったそうだ。純に聞いた場所にたどり着くとそこは3階の女子トイレで、嘆きのマートルらしき人物がふよふよと浮いていた。
「あんた、誰?」
「あー、名前。今さっき人がここに来なかった?」
「来たわよ、ハリーに赤毛の男の子、それと……趣味の悪い格好をした男かしら」
趣味の悪い格好をした男という事は、ハリー達はロックハートを連れて秘密の部屋へ向かったのだろうか。どうしてそんな頼りない教師を、と思ったが時間は刻一刻と争う。
『ねぇ、どこに入り口があると思う?』
『さぁ……とりあえず、蛇舌の奴が造った部屋なのだろう?だったらそのまま開けゴマなり………』
その時、ゴゴゴゴと音を立てて手洗い場から入り口が現れた。合言葉は開けゴマでよかったのだろうか。入り口はそのまま地下に続き、足元には無数の動物の骨が広がっている。きっと、バジリスクが食べたんだろう。
『……音がするぞ、小僧、あいつは近い』
『あいつって?』
『ここに我々の仲間がいる……小僧はカザハヤの人間だったな』
『うん、そうだよ』
『だったら安心だな……奴の目を見ても死にはしないだろう』
バジリスクの目を見た物は即死すると聞いたが、カザハヤは例外なのだろうか。いや、今はとやかく言っている暇はない。しばらく道なりに進むと瓦礫の上でロックハートとロンが立っていた。まさかの人物にロンは声をあげ、ロックハートは妙な鼻歌を歌っていた。
「名前!大変なんだ!ハリーがこの先に行って……」
「わかった、ロックハートの事は後で聞くよ」
「まって、どうして君がココに?事情を知っているのかい?」
「あぁ、日本の魔法省に呼び出されてさ、正しくはヒトシおじさんになんだけど。襲撃犯はバジリスクだって言ってたよ。それを彼と一緒に保護してこいだってさ」
「か、彼?」
『よう、小僧……』
「う、うわああああ~~~~!」
腕に巻きついている蠎蛇を見て腰を抜かすロン。
「き、きみ、そ、それで何をするつもりなの?」
「バジリスクはこの蠎蛇の仲間なんだ、だから彼に交渉してもらうのさ……ジュンおじさん、あ、おれの伯父さんだけどおじさんが言うには、バジリスクは誰かに操られているんじゃないかって」
「……い、一体誰に?」
「おれいがいの、蛇舌を使う人物にさ……いいかいロン、バジリスクは蛇舌の人間以外には従わない」
「……で、でもそれでハリーとジニーは助かるんだよね?」
「そうだと思う、もう薬は出来ている頃だろうし、彼を保護すれば全て解決さ。あ、でも犯人をどうにかしなくちゃなんだけどね……」
名前は腕から蠎蛇を下ろす。すると見る見るうちに元のサイズに戻って行く。それを見てロンとロックハートは泡を吹いて倒れた。彼らには悪いが、しばらくはここで眠ってもらった方がよさそうだ。
『小僧、時間ギリギリだったな……もう少し遅かったら貴様は俺に押しつぶされていたところだ』
『どうやらそのようだね……じゃぁ、よろしくね、君の仲間をなるべく傷つけたくはないから』
『ふん、人間の力など借りなくともなんとなかるわい。許せないのは奴を操っている人物だ……我々は相当な事が無い限り、操られたりはせん。恐らく強力な魔法を使って奴の精神を縛り付けているに違いない……』
蠎蛇の全長は20メートルはあるだろうか。瓦礫の山を崩し、器用に道を作って行く。最後の門にたどり着き、門を開くとそこには蛇の像がそびえたつ広間が広がっていた。