ホグワーツの出だしに少しばかり恥ずかしい思いをしたが、今はどうにか自分の寮のベッドで横になりながら本を読んでいた。
後でジェームズに聞いてわかったが、どうやら父さんが持っていたこのクイディッチの本は、魔法界のポピュラーな競技を紹介している本らしく、いかにクイディッチが素晴らしいかを力説されてしまいちょっと疲れてしまった
部屋の割り振りは、ケビンとダニエル・ブライトの3人部屋だった。一番端の部屋らしく、ほかの部屋と違い少し狭くなっていたが、何も問題はない。
ダニエルという少年は、先ほどからずっと何か独り言をつぶやきながら、羊皮紙とにらめっこしていた。彼に一体何があったかは知らないが、表情からして相当深刻なことなのだろう。
ケビンはかというと、両親に寮を知らせるべく手紙を書いていた。そうだ、おれもリチャード兄さんやマリーに手紙を送らなくては。
「確かたくさん便箋を買い込んだはずなんだけど・・・どこにいれてたかな・・・」
大きなトランクを開き、事前に買い込んであったそれを探した。
「ねえ名前、明日の最初の授業ってなんだったっけ」
「え?確か魔法薬学じゃなかったっけ?スリザリンと合同の・・・」
スリザリン、その言葉にダニエルはびくりと肩を揺らし、羽ペンを落とした。
「・・・おい、大丈夫か?」
「・・・うん、平気だよ・・・僕はいたって平気だよ・・・」
これのどこを平気だというのだろうか。名前たちは深く問うのをやめ、別の話に切り替えた。
「名前の家ってさっき話してくれたけど、兄貴の仕事で生計を立ててるのか?」
「そうだよ。リチャード兄さんは葬儀屋なんだ。最近物騒だから仕事が多いんだって愚痴ってたよ」
「そうだよな・・・不可思議な失踪や殺人事件が多いよな」
世の中が物騒になればなるほど、家には金が入ってくる。随分皮肉なものだ。だが、そうでなくてはこうして兄弟3人で生活はできなかった。おまけにホグワーツの授業料はほかの学校に比べて高い。父さんや母さんが残してくれた財産があったとしても、やはりそれだけでは生計を立てていくのは難しいだろう。
「じゃあ、名前の就職先は決まってるからあとは卒業するだけなんだな」
「そうだね・・・卒業したらリチャード兄さんの手伝いをするんだろうな。」
将来のことなんて、考えたこともなかった。葬儀屋以外、考えられなかったし、ほかの職業に就くということを考えたこともなかった。
7年間ここにいれば気持が変わるのかもしれない。でも、変わったとしても結局自分は兄の手伝いをするに違いない。
手元にある真っ白の便箋に今日の出来事を綴りながらぼんやりと考えた。
「ダニエルは?」
「・・・・何、だい」
「将来のことさ。」
ダニエルはケビンの質問に答えず、ただ目を泳がしていた。一体彼に何があったというのだろうか。この質問は禁句だったのかもしれない。
「ケビンは何に就きたいと思ってるんだ?」
ここで名前は話をケビンのところへ戻した。相変わらずダニエルはぶつくさと独り言をつぶやいている。
「あ~俺はね・・・魔法にかかわった仕事をしたいと思ってるんだ」
「それってかなり大まかだよね・・・たとえば、どんな?」
「う~ん、魔法省に入れたら、いいなあって思ってる」
それはすごいことだよ、ケビン。
名前はすでに大きな夢を抱いている友人を遠い目で見つめた。もしかしたらケビンはおれと全く正反対の人間なのかもしれない。
希望にあふれた友人を名前は少し羨ましく思った。自分も、いつしかこんな風に夢を語れるようになるのだろうか。
夜は更け、朝がやってくる。ほかの生徒たちが寝静まっている早朝に、名前は手紙を携えて梟小屋へとやってきていた。
思えば部屋にはダニエルの姿が見えなかった。彼はもう起きているのだろうか。そんなことを考えながら外に出ると、ひんやりとした空気が顔にあたるのを感じた。
空は晴れており、とても心地よい天気だった。
「あ・・・ダニエル、君も手紙を出しに来たんだね」
ローブをはおったダニエルが黒い梟に手紙をくくりつけているところだった。
「おはよう、レパード・・・君も、手紙を?」
「そうだよ。それより、おれのことは名前でいいから」
「・・・ごめん、ファミリーネーム呼びのほうが慣れてるんだ・・・」
「そうか・・・なら、別にいいや。呼び名なんて関係ないしね。それより、昨晩どうしてあんなに動揺していたんだ?」
「あぁ・・・あれね・・・たぶん、今日の朝食の時間になったらわかるよ・・・じゃあ、先に戻ってるよ」
すぐさまその場を離れるダニエルは、まるで名前を避けているかのようにも感じられた。
初めから仲良くなれるなんて、難しいだろうしな。名前はそのことを深く考えないようにした。気を取り直して手近な梟の足に手紙をくくりつけ、自分も寮に戻ることにした。
寮に帰る最中、またもや友人と遭遇した。ああ、集団生活ってこういうことなんだなぁ。名前は新しいこの生活環境に少しなじんできたような気がした。
「名前じゃないか、おはよう。君も手紙を?」
「そうだよ。おはよう、ジェームズ、シリウス」
「おはよう。お前寝ぐせでぼさぼさじゃないか」
「これは寝ぐせじゃなくて癖っ毛って呼んでほしいな・・・」
確かに名前は寝ぐせのような癖っ毛をしていた。短い髪がぴょんぴょんと揺れる。
ジェームズたちを軽くあしらい(そうでなければ朝食を食べ損ねてしまうからだ)、急いで寮に戻った。すでに広場へ向かっている生徒たちも少なくはない。その中に友人の姿はないかときょろきょろしていると、早速ケビンの姿を発見した。どうやらケビンも名前のことを探していたらしく、お互い一瞬目が合い笑ってしまった。
「まったく、名前は朝早いなぁ」
「手紙を出してただけだって。あれ、ダニエルは?」
「あー、ダニエルは先に一人で広間へ行ったよ。といっても、無理やり連れて行かれた感じがしたけどな・・・」
「無理やり?」
話を聞くところによると、ダニエルが寮を出るときにケビンが朝食を一緒に取ろうと誘ったそうだ。だが、断られたようだ。
寮の入り口にはルシウス・マルフォイが立っていたらしく、ダニエルは彼に連行される罪人のように連れ去られていったそうだ。
ここにきてまだ一日しかたっていないが、スリザリンのルシウス・マルフォイの噂は一年生の耳にも届いている。彼は確か純血でしかも旧家だ。ダニエルは自分の家のことを一切語ろうとはしなかったが、なんとなく、それが物語っているような気がする。
「彼も、いろいろ大変なんだな・・・」
「そうみたいだな・・・なんていうか、魔法使いの家にも色々あるんだなって実感した」
お互い不思議な気分のまま、大広間にやってきた。席についたがハッフルパフ側にはダニエルの姿が見当たらなかった。しばらく食事をしていると、突然ケビンが肘でつついてきた。
「何?」
「ほら、あそこにいたぞダニエル。あんなところにいたんじゃ気付かないよな・・・ほら」
指さされたほうを見ると、そこにはルシウス・マルフォイの隣で縮こまって食事をするダニエルの姿があった。周りにはマルフォイお気に入りの生徒たちなどで埋め尽くされており、随分と居心地が悪そうな顔をしている。
それに、一人だけハッフルパフのネクタイなので、そこでは随分と目立っているようにも見える。
二人は彼に深く同情した。