45 ロングボトムの仕立て屋/麦わらの一味

ついにこの日がやってきた。修行を終えた名前は、カラスの姿で空を舞う。
今日はロシナンテや、ローと再会するためにとある島まで来ていた。明日からはシャボンディ諸島へ向けての長旅が始まるので、名前にとっては特別な日だった。

(久しぶりに会うから楽しみ……!)

約束の場所に到着すると、人がいないことを確認してアニメーガスを解く。
今日という日のために、色々と準備をしてきた。ずっと会いたかったロシナンテ、そしてこの時代のローに再び会うことができる、素晴らしい日だ。今やそんなローは、あの王下七武海の一人。あんなに小さかったのに、立派になって……。彼らに会うのが楽しみ過ぎて前日あまり熟睡できていないのはここだけの話。

「ああ、お土産これで足りるかな……背も高くなってたからシャツもこのサイズで仕立てて大丈夫だったかな……あれ持ってきてたっけ……あ、あったあった、しろくまのパジャマ~~~~きゃ~~~~可愛くできたな~~~~これ、ローが着てる姿見るの楽しみだな~~~~!!」

魔法のバッグから巨大な袋を取り出すと、ガサゴソと中身を確認し始める。これはローとロシナンテへの手土産だ。待ち合わせは、街の少し外れにある公園の噴水前。まるでデートの時に使うような待ち合わせ場所だと思う。ただでさえ常に暑苦しそうな黒いローブを纏って、絵本の中の魔女みたいな格好をしている名前だったが、彼らに会うことがあまりにも楽しみすぎて、大きな声で独り言を言うその姿は、どこからどう見ても怪しさ100%だった。

「あと梟のおやつと、保湿クリームでしょ、羽のお手入れ用のブラシに、爪切りと」
「……どんだけ持ってきてるんだよ」
「だって久しぶりなんだよ~~~~きゃ~~~~~」
「……あんた、そんなテンションの人だったか……?」

彼女のことはすぐに見つけることができた。こんなに大きな声で独り言を言っていれば、誰でもわかるかもしれないが。異様にテンションの高い名前に若干呆れつつも、元気そうなその姿をみてローは安堵する。正直、姿を確認できるまでは安心できなかったからだ。二年ほど前、彼は洞窟で倒れていた名前を見つけ出し、壊死しかけていた足を治療した。その足で地面を飛び跳ねる姿を見て、術後は安定して、無事完治できたことが改めてわかった。

「わ!!ロー!!久しぶり!!」

飛びつかれて彼は勢いよく吹っ飛ぶ。このひとはこんなキャラだっただろうか。いや、本来はこういう人物なのかもしれない。思い出すのは、そして、懐かしい声も聞こえてきた。

「キィーキィーキィ!!!」
「ロシナンテも久しぶり!!」

一人と一羽をまとめて抱きしめる。ああ、なんて幸せなんだろう。あの時のことを思い出して泣いていた日々は、今日でさよならだ。

「うわああああん、ローってば、こんなに大きくなってぇええええええ」
「ようやく”わかった”んだな」
「うわああああん、もう泣かないって思ってたのに涙止まらないよ~~~~!!」

あふれる涙をこらえることができなかった。まるで幼子のように泣きはらす名前を優しく抱きしめるロー。その横でロシナンテも嬉しそうに鳴いている。名前を抱きしめるローからは、ほんのりと消毒液の香りがした。

泣きつかれた名前をベンチに座らせると、その隣にローは腰を下ろす。ロシナンテのふわふわの羽に顔をうずめながら、名前は彼にずっと聞きたかったことを話し始めた。

「ロシナンテは、ローのふくろうなの?」
「いや、違う」
「ローのふくろうじゃないんだ……」

ウォーターセブンで、ローの手配書を見て騒いでいたのは偶然だったのだろうか。しかし、彼がロシナンテに向ける視線はとても優しかった。名前が”ロシナンテ”だからだろうか。ローにとって”コラさん”は命の恩人であり、兄のような存在……彼のおかげで今のローが在る。

「……だが、こいつをどこかで知っているような気がする」
「うん、私もそう……」

あの時感じなかった、なにかを感じるのは気の所為だろうか。でも、そのなにかが何なのかはわからない。きっと、ローも同じことを感じているのだろう。

「ーーーー俺は、ドフラミンゴを倒す」

彼の口から放たれた、重たいその名前に、名前は小さく息を呑む。ドフラミンゴといえば、あの男だ。名前が過去の世界で出会った男の一人で、今は亡きあの人の兄弟。王下七武海として君臨しているあの男からは、今もろくな噂が流れてこない。元天竜人の血筋であり、天夜叉という異名を持つ。過去の世界では無理やり連れ回された挙げ句、最後はあの人をあいつに殺され……名前にとっては深い恨みを持つ相手でも在る。あの男を絶対に許すことはできない。しかし、海賊と海兵という立場で言うならば、別におかしくはない結末だったのかもしれない。ただそれを名前はすべて受け入れることができなかったが。

「コラさんのためにも……自分自身のためにも」
「……ロー」
「あんたを見つけるまでは、正直不安だった……再び会えるかどうか、でも信じて探し続けた」

あのときはまだローと出会っていなかったからわからなかった。でも、今ならわかる。シャボンディ諸島で出会った時の言葉の意味が。あんなに小さかったローの手がこんなに大きくなって。あのときには感じなかった感情が胸を締め付ける。本当に、本当にローが無事で良かった。出会えた幸運に感謝しよう。
再び涙腺が緩みそうになるのを我慢して、強い眼差しでローを見つめる。

「その時は声をかけてね、私も……あいつを一発ぶん殴ってやらなきゃ気がすまないわ!」

そう言うと、ローは小さく笑った。流石にあんたでもそれは無理だろ、と。

「あのイトイトの実の能力ってやつは、厄介だものね……」
「あぁ、だから念入りに作戦を組む必要がありそうだ」

ドフラミンゴとやりあえば、ローだってどうなるかわからない。すきを突くだけではあの男には勝てない。ならば、足場から崩す必要がある。ローはすでに作戦を練ってあるようで、明日からはその作戦とやらのためにとある場所へ向かうそうだ。

「ロー、無茶しないでね、あなたはあの人が生かした大切な子なの、だから」
「ーー!」

両頬に手を当て、額にキスを落とす。挨拶でキスをする文化である名前にとって、親愛を込めた”弟”に対するキスだったが、ローは少し違う認識のようだ。顔を真赤にさせ、口をぱくぱくとさせている。

「っぷ」
「何がおかしいんだよ!」
「あはは、ごめんね、ローってば意外とシャイなんだな~って」
「……あのなぁ、突然されたら誰だって驚くだろ、俺はもう大人なんだぞ」
「そうだったね、ごめんねまだ私にとっては年の離れた弟みたいな感じだからさ」

頭をぽんぽん、となでたら彼は子供扱いするな、と再び顔を赤らめて怒る。そういうところがかわいいんだな、なんて思いつつもこれ以上やるとかわいそうなのでいじるのはやめておいた。

「あれ、なんだかロシナンテが不機嫌だけどどうしたんだろ」
「……」

向こう側の木で羽を休めていたロシナンテだったが、なぜか不機嫌そうにこちらを見ていた。もしかして、ローと仲良くしているのが羨ましいのだろうか。

「そういえば、あいつはオスなのか?」
「えぇ、多分だけど……」
「おまけにドジとは、不思議な縁だな」
「ふふ、そうだね……あの”ロシナンテ”に似てるよね」

彼がドジであることは、ロシナンテの世話を少ししてくれていたローはよくわかっていた。まっすぐ降りるだけのところですら絶対に何かにぶつかって転げ落ちる。窓ガラスがあることを忘れてそのまま突っ込んできたりと、まぁ色々と見てきた。

思い出話に花を咲かせていると、あっという間に時間はやってきてしまった。夕方までにはこの島周辺の海域から出る必要があるため、午後には立つこととなっていた。ロシナンテに渡すはずだったお土産は、結局彼がローの梟ではないことが判明したので、魔法のかばんの中に戻した。ロシナンテとのお別れも覚悟でいたので、まだ彼と冒険が続けられるなんて、本当に嬉しい。彼も嬉しそうに名前の肩の上で鳴いている。
ローへのお土産(大量の服など)を手渡したあと(あまりの量に苦笑されてしまったが)、ローに呼び止められる。

「名前、待て、あんたに渡したいものがある」
「何?」
「これを持っていってくれ」
「これは……」

紙切れのようなものを渡された。これの正体を名前は知っている。これは、爪を入れて作った紙で、その爪の持ち主の場所(方角)がわかるという代物だ。さらに、これは爪の持ち主が命の危機に陥ればその状態をこの紙が教えてくれる。ルフィの兄であるエースは、自分自身のビブルカードをルフィに持たせていた。エースの危機を知ったのは、そのビブルカードのおかげだ。

「これ、ローの?」
「あぁ」
「ありがとう、私のも作っておけばよかったかな……」

ビブルカードを作る機会は今までで何度かあったが、結局作らなかったのを今更ながらに後悔する。しかし、その後悔も一瞬で終わる。

「安心しろ、あんたのはもう持ってる」
「え!?」
「あんたを治療してるとき、爪をもらった。それで作らせてもらった」
「えええぇ!?いつの間に!?」

ちょっとまって、ロー。それは怖いよ!?そういう名前に平然とした表情でローは続ける。

「当たり前だろ、またあんたの行方がわからなくなったら困る」

やっと見つけたんだからな。その言葉に名前は、はっとする。ローにとっては、かなり長い年月だったはずだ。どこにいるのかもわからない自分を探し続けてくれていたのだから。

「あんたには……俺がなすことを、見ていてほしい」
「……ロー」

だから、麦わらの一味を抜けて俺のところに来い。真剣な顔でそんなことを言うものだから、名前は苦笑するしかなかった。

「またね、ロー、多分だけど案外すぐ再会するかも」
「魔女の勘、か?」
「まあ、そんなところ!」

島の裏側にやってくると、そこには小さな潜水艇が一隻泊まっていた。どうやらローはこれで移動しているらしい。仲間たちとは一旦離れて行動をしていると教えてくれたが、ローは炊事洗濯も一人でこなしてるのかな、などとどうでもいいことを名前は考えた。

「ふっ、だといいけど……じゃあな、シャボンディ諸島まで気をつけろよ」
「ありがとう、ローもあんまり無茶しすぎないようにね」
「それは俺のセリフだ……もう怪我するんじゃねぇぞ」
「もちろん」

さて、自分も頑張らねば。ローの潜水艇が遠のいていくのを確認すると、名前はアニメーガスの姿で再び空を舞う。今度は一人ではない。相棒のロシナンテと一緒に。

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