43 ロングボトムの仕立て屋/思い出のその後

暖炉の薪がパチパチと音を立てる。季節は冬―――トライ・ウィザード・トーナメントが行われているホグワーツでは、クリスマスの夜を華やかに彩るドレスが舞う。
3つの魔法学校が集まり、それぞれ代表選手を一人立て競い合う大会…それがトライ・ウィザード・トーナメントだ。ダームストラングからはクィディッチの代表選手でもある体格のいいビクトール・クラム、そしてボーバトンからは息を飲むほどの美しさを誇るフラー・デラクール、さらに我らがホグワーツからは非の打ちどころのない優等生セドリック・ディゴリーになんと今回は何かの手違いで、かの有名なハリー・ポッターが代表選手に選ばれている。今日はそれのクリスマスのダンスパーティが行われており、代表選手はメインとして一番最初に広間で踊ることになっている。

『セドリックかっこい!やっぱりうちのエースは違うわね!』

代表選手がそれぞれ会場に入ってくると、まずアンがセドリックのペアを発見した。セドリックとチョウのペアはどこかエキゾチックで素敵な雰囲気がある。二人が付き合っているという話はとても有名な事なので、ダンスのペアなのはむしろ当然と言えるだろう。

『うっそー!?驚き!あれってハーマイオニー!?あんなにあの子美人だったかしら!?』

ビクトールはなんとハリーの親友、ハーマイオニー・グレンジャーを連れている。“なんと”と言っても名前は彼女から直接知らされていたので別に今更驚きもしなかったが、ほとんどの女子生徒がそれを見て口をあんぐりとさせている。道理で彼から誘われなかった訳だ…と理解した様子。男らしくて女子生徒の人気が高かった彼を、ハーマイオニーがゲットしたと周りの女子生徒は勘違いしていそうだが、これには色々と複雑な事情があった。
次にハリーとパーバティのペアが現れる。彼女の民族衣装もとてもすてきだ。ボディにフィットしているタイプのドレスなので、彼女のプロポーションの良さが引き立つ印象的なドレスだった。対してハリーはどこか緊張しており表情がこわばっているようにも見える。

『パーバティかわいい!あのドレス素敵ね!』
『パーバティ小柄だから…うらやましい…』
『いいじゃない、あなたは立派な胸があるんだから』
『やめてよアン…本当に恥ずかしいから…』

周りに男子がいてもお構いなしに言い放つアンに、名前は顔を赤面させる。アンはいい子だが、こういうところが玉に瑕だ。二人のペアの男子生徒も何となく気まずそうに視線を泳がせたのは言うまでもない。

最後に、フラーとロジャーのペアが現れる。なんとフラーは最初セドリックを誘ったらしいが、彼がチョウと付き合っている事をフラーが知るはずもなく…当たり障りのない感じに断られたようだ。自分の美しさを十分に理解しているフラーはややナルシスト傾向にあり、自分を引き立ててくれる“ハンサム”であればだれでもよかった。だから、レイブンクローのクィディッチチームのキャプテン、ロジャー・デイビースに誘われてすぐにOKを出したらしい。彼もセドリックに負けないぐらいハンサムで女子生徒人気が高い。

『…あら、あなたの弟じゃない?あれ』
『え?あぁ、そういえば女の子を誘えたって言ってたっけ…』

代表選手が躍り終え、名前たちもそれぞれペアと踊り終えた頃、ふとアンの指さす方向を見ると弟のネビルが女の子と踊っていた。意外にダンスは上手にできていて、ほっとする。

弟のネビルが、まさか一人前に女の子を誘ってパーティに参加できるとは姉ながら思いもせず。パートナーに誘った女の子は、ウィーズリー家の末っ子、ジニー・ウィーズリーだった。そういえばジニーはハリーの事が好きで、ハリーはチョウの事が気になっていると女子の間では有名な話だ。パートナーのパーバティもハリーがチョウに好意を向けていることはわかっていたが、彼女もまたハリーに好意を抱いている。とても“フクザツ”な関係に、考えるだけでも疲れてくる。

『あの子、ジニー・ウィーズリーだっけ?』
『例の双子の妹ちゃんよね?最初はお転婆なのかなって思ったけど、上のお兄さんたちがああだから大人しいのかしら』

例の双子と言えば、フレッドとジョージ。ウィーズリー家の問題児たちだ。彼らは1週間に一度は必ずフィルチさんに追いかけまわされている。
賑やかなクリスマスパーティも時間が経てばそれぞれ談話室に戻る生徒や、カップルでこっそり抜け出したりと皆自由な時間を楽しんだ。楽しいクリスマス休暇もあっという間に終わり、気が付けばトーナメントも最終戦。敷き詰められた動く迷路の中にあるカップを一番最初に手に入れた者が優勝となる訳だが、それを手にしたばかりに、まさか悲劇が起ころうとは…そんなこと、だれもが予想していなかった。

次々と選手が脱落していき…最後はハリーとセドリックを残すのみとなった。しかし、広間に現れたのは、例のあの人の名を叫び、その人が蘇ったと叫ぶハリー。その傍らには、冷たくなってもう動くことのないセドリックの姿があった。会場は騒然となり、混乱の中、大会は幕を閉じる。だが、セドリックの死は序曲に過ぎず―――。
その頃から再び魔法界はいつかの時代のように、恐怖に包まれた。例のあの人…ヴォルデモート卿がついに復活し、翌年には“不死鳥の騎士団”が再び設立された。

セドリックの死後、一人ふらりと彼の墓参りに来ていた時、駅で泣いているチョウとすれ違った。声を掛けることが出来ず、彼女が居なくなった先をただ眺める事しかできなかったが、彼女がどんな気持ちだったか―――今なら、よくわかる。

ここにきて1週間が過ぎたが、未だにうまく身体を動かすことが出来ない。
“こちら”に戻って来た時に、どうやら骨を折ったらしく右腕にはがっちりとギブスがはめられている。1週間前、ここの島の海岸に打ち上げられているところを助けられ、今は入院生活をしている。

「死にかけのあんたを見つけた時は、肝がヒヤッとしたもんだ…」
「助かりました…ありがとうございます」

そういいながら、包帯を巻いてくれるこの男はこの村の医者、ダンケル。
ここは、グランドラインにあるパッチワーク諸島のキルト村。気絶した状態でタイム・ターナーが発動し、運よくここへ流れ着いたのは不幸中の幸いというよりは、持っている“運”によるものかもしれない。さらに幸運なことに、ここは当初目指していたパッチワーク諸島で、レイリーの知人“レディ・ソーイング”がいる村でもある。こういった“運”は何かと持っているのよね、と名前はベッドに横になりながら思う。

「ソーイングさんは多分来週には会えるよ」
「お忙しいんですね」
「そりゃそうさ、彼の手に掛ればどんな布だってハイセンスな服に変わっちまう」

男の言葉に、名前はふと疑問が浮かぶ。名前からして勝手に女性だと思っていたが…男性なのだろうか。

「―――あれ、女性では…?」
「そう聞いてたのかい?」
「…いえ…」

確かにレイリーは、レディ・ソーイングの性別については一切触れていなかったような気がする。名前は一体どんな男性なのだろう、と想像力を働かせるがレディとついている関係で頭の中では勝手に中性的な姿が映し出されていた。

「どんな方なんですか?」
「男らしいよ、そりゃあ、この村一の男さ…それにソーイングさんの経歴はすごいぞ…かつて某王国の王宮で数々のドレスを仕立てていたそうさ―――彼に新たに仕事の依頼をするには、あと50年後と言われている程までにその卓越したセンス、技術は世に知れ渡っている」

そんな、とんでもない人がこの世界にはいるのか。そんな人と繋がりが持てるなんてまさにラッキー。おまけに覇気の修行までつけてくれるらしいので、レイリーには頭が上がらない。
ダンケルが居なくなり、一人になった病室で考えるのは彼の事ばかり。助けることはできなかったのか―――あの時、自分にもっと力があれば…。

力が無ければ、大切な人を守ることが出来ない―――。
もっと、もっと、強くならなくちゃ。今は、守るべき仲間がいる―――もう、二度と、大切な人と死に別れるなんてこと味わいたくない。

「―――もう、過去に戻ることはできないのね…」

過去に戻って、ロシナンテを助けたかった。砕け散ったタイムターナーを抱きしめる。あの声も、温もりも、もう無い。彼は過去の時代の人間で―――そうわかってはいても、彼を思い出すたびに悲しみは降り積もってゆく。

「―――ロシナンテ…」

寂しいよ、ロシナンテ。
会いたいよ―――とても。

微睡みの中で、懐かしいあの声が聞こえたような気がした。

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