37 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

コラソンが名前と共にローの病気を治す為、二人を連れ船を降りた。それを知った時、ドフラミンゴは弟に怒りすら感じたが、何となく、弟のロシナンテがあの“魔女”に対して少し特別な感情を抱いていることは察していた。
“魔女”をどうやって掌握するかはいつも考えてはいたが、まさかこんなことになるとは。彼女の性格からして、無理やり手籠めにするやり方はどうしても避けるべきだったし、彼女が“そういう対象”になる訳がない。心から従わなければ意味がない…無理やり付き従えたとしても、必ず大きな問題が発生する。それだけ“魔女”の力は強い。悪魔の実の能力とは異なる、未知の力―――未だ彼女が力を隠していることぐらい、ドフラミンゴにはわかっている。ローを人質に取ったとしても、いずれは自分の元からローを連れて逃げていただろう。そんな心労は自分の覇道の妨げとなる。あの“魔女”が心を開く誰かが居れば、それを利用すればいいだけの事。そう思っていたが、まさかその相手が自分の弟だとは。
血の繋がりのある、確かな血筋の存在―――その弟は今、自分の手中にある。あの“魔女”も少なからずとも、弟に対して心を開いている節がある。“魔女”の弱みを二つも手中に収めることが出来るとは…自分も運がいい。

「んねーんねー、ドフィ、あいつらもしかして駆け落ちしたんじゃな~い~?」
「フッフッフ…そりゃラッキーだな…、頑なにファミリーに入りたがらなかった奴が、“正式”にファミリーになるんだ…こんなに喜ばしい事はねぇよ…!」
「ねぇ若様、カケオチって何?」
「子供が気にする話じゃねぇよ…フッフッフ…」

ロシナンテたちが船を降りた後、いつものように海軍本部のおつる中将がドンキホーテファミリーの船を襲撃した。なんとか逃げ切ることが出来たが、今回ばかりは少々ヒヤリとさせられた。ドフラミンゴはベビー5から酒を受け取ると、それをぐいと飲み干す。

「結婚式はいつじゃ…!?ご祝儀を渡さなくては…ご祝儀のG!!」
「そりゃあ楽しみだイーン」

勝手に話を進める幹部たちに、ドフラミンゴは待ったをかける。

「おいおい待て、まだそうと決まったわけじゃねぇ」

もしも…ロシナンテが“敵”だったら…?
海軍本部のおつるがピンポイントでこちらを狙ってくるようになったのは、ロシナンテが2代目コラソンになった時から。奴が情報を裏で流していたとすれば、全てつじつまが合う。しかし、これはドフラミンゴにとって最悪のシナリオ。できる事なら、もう二度と“家族”に手をかけたくはないが―――。

「フフフ…まぁ、どちらに転がるにせよ、奴はお人よしだ…勝算は見えてる」
「んねーんねー、ドフィ?あいつら放っておいていいの~?」
「あぁ別に構いやしねぇさ…」

今暫くは自由にさせてやろうと決めている。まずは海軍に潜入している“ヴェルゴ”の情報を待たなくては。噂によると、オペオペの実をどこぞの海賊が手に入れたらしい。絶対に取引があるはず…その線をヴェルゴに探らせていた。さらに、ヴェルゴにはもう1件探らせていることがあった。それは海軍本部大将センゴクの元にいる、“魔法使い”の事。彼の名は不明らしく、何らかの名前で呼ばれているのだとか。ドフラミンゴはほかの幹部たちを下がらせ、一人部屋で電伝虫をかける。相手はもちろん、潜入中のヴェルゴだ。

「―――よう、久しぶりだな、元気にしていたか」
「ドフィ…あぁ、問題ない」
「例の“魔法使い”の件はどうなっている?」
「…しっぽを掴めない、奴は常に将校と行動をしている…わかっているのは、奴が中々に強かなことぐらいだ―――」

そりゃそうだろう、強かでなければ、あんな奴ら相手に生きてはいけない。

「それと、無事G-5に異動することが出来た」
「そうか…面倒かけるが、引き続き頼んだぞ…」
「任せてくれ」

電伝虫の目が静かに閉じられていく。
部屋で一人、ドフラミンゴは先月の出来事を思い出していた。それは、大型顧客との取引をするため、ある島に上陸したときのこと。最近名を馳せてきた関係でそれなりに強い同業者と戦う機会が増えていたので、船に魔女一人を残しておくのは危険だった。もちろん安全な場所に隠してはいるが、これの存在に気が付かれると厄介なことになるのはわかっていたので、大型顧客との取引があるときは必ず魔女の周りに目を光らせていた。
しかし…運悪く、面倒な同業者と遭遇してしまう。完全にドフラミンゴの油断が生んだ悲劇だった。

「コラソン…奴から離れるなよ」
「(…!)」

ロシナンテは名前を隠すようにして立つ。
今回、同業者はドフラミンゴが大切に匿っている女がいることを知った。その女を殺せば、ドフラミンゴは絶対にこちらにやってくる…おびき寄せるつもりでいた。しかし、その男が攫った女性は名前とは違う女だった。この島に来て、店で親しく話をしている姿を見て男が勝手に勘違いをして、さらにその情報を得て、その相手が“匿っている大切な女”であると更なる勘違いをしたため、今回の悲劇が起きた。
その女は、ドフラミンゴに何かと手を貸してくれた、“イイ女”だった…貧しい環境に生まれ育ち、地獄も見てきた彼女だからこそ、ドフラミンゴは気を許していた部分があった。

「ディアマンテ!いるか!」
「あぁいるぜドフィ…奴ら、しぶといな…」
「若様!血が…!」

あちこちに死体が転がり、血の匂いが充満している。その同業者たちはファミリー相手でも何かと苦戦を強いられてきた相手…さらに、船長の男にとって、ドフラミンゴは親の仇―――何としてでもドフラミンゴを殺したかったのだろう。この建物の中は、奴が罠を張っていた場所…不利なのは当然のこと。しかし、そんなことで負けるドフラミンゴではなかった。

「―――あいつは、絶対に許さねぇ…俺を怒らせたらどうなるか…わからせてやる…」

青筋を浮かべ、ドフラミンゴが怒り声をあげる。覇王色の覇気を持つドフラミンゴにかかれば、彼が睨みつけただけで並大抵の者たちは気絶し、倒れる。しかし、例の男はそれなりに実力を持つ者…苦戦は強いられた。

「お前が殺したあの女…あいつはいい奴だった……」
「こいつらどうする?」

ピンクにそう問われ、ドフラミンゴは感情の読めない声で返事をする。

「…焼き払う」

激戦の末、ドフラミンゴが勝利を収めた。彼の足元には殺された女の亡骸と、目玉や内臓が飛び出ても尚、生かされ続け、長い生き地獄を味わった末、苦しみながら死んだ今回の事件の首謀者の姿。拷問を受け、あまりの惨たらしい光景に気絶をしてしまった名前は今ロシナンテの腕の中にいる。
ドンキホーテファミリーには入らないが、影からそっと支えてくれていた彼女の死は大きい。ドフラミンゴは横たわる女の頬にそっと触れ、瞳を閉じる。

その悲劇から2日後の夜、なかなか寝付けずマストの上で寝転がっていると、魔女が誰も居ない甲板に姿を現した。気絶をした後、目覚めた時には大分心が乱れていたが、今は落ち着いている様子。すると後ろから小さな影が付いてくることに気が付く…ローだ。

「おい、体調も大丈夫なのかよ」
「…うん、お陰様でね」
「―――お前、つらかったんだろ」
「……うん」

よくローは平気だったね…そういうと少年は別に平気じゃなかったと短く答える。

「見ていて…気持ちのいいもんじゃねぇよ…」
「そうだよね……いつか言っていたと思うけど、私、両親を…拷問されて…それ以来、そういう光景を見るのがダメなの―――思い出してしまったの…その時の事を」

まだ幼かった名前はその日、両親と一緒にいた。ちなみに、弟のネビルは家で祖母と過ごしていた。家族3人でとある場所に向かっていた時、死喰い人に急襲される。失脚したヴォルデモートの行方が分からなくなり、その行方を探るべく忠実なる部下の一人だったベラトリックス・レストレンジらに襲われてしまったのだ。

「今でも時々夢に見るわ…それぐらい、苦手なの…」
「―――…」

幼いとは言え、両親を目の前で拷問された。発見された時、二人は虫の息だったという。名前は荷物に隠れていたので無事だったが、あの時表に出ていたら間違いなく殺されていたかもしれない。

「そんなことがあったのか」
「―――!」

ドフラミンゴがマストから降りてくると、そこに男がいるとは予想しておらず、二人とも少し驚いた表情を浮かべた。
「盗み聞きとはいい趣味ね…どうしたのよ、そんなところで」
「フッフッフ…お前にもそういう過去があったのは意外だったからな…」
「…あなたは強いから、そういう目にあったことがないでしょ?」
「いいや、そうでもねぇ……」

ドフラミンゴ兄弟の壮絶な過去…できれば思い出したくはない忌々しい過去ではあったが、それがあるからこそ、今のドフラミンゴが在る。彼も名前同様、時々過去の夢で魘されることがある。だから今回の話を聞いて、彼女をドフラミンゴは少し“見直した”。ただの女ではない、と。

「んだよその目は」
「ふうん…一応、”痛みを知る者“なのね…」
「馬鹿にしてんのか?あぁ?」

ローは少し怯えていたが、彼女は別に何とも感じていないようで手をひらひらとさせながらローと二人部屋に戻っていく。去っていく間際、彼女は小さな声でつぶやいた。

「―――私、あの人の事忘れないわ、絶対に―――素敵な人だった…」
「―――」

勘違いで攫われてしまった、今回の被害者の女性は、結果的に、ドフラミンゴにとって“特別な女性”であったことは間違いない。一人取り残されたドフラミンゴは眉間にしわを寄せ、少し間抜けな表情をしていた。

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