33 愛憎ロマンス/秘密の部屋

駆け足で小屋にいるルビウスの元へ向かうと、誰かの話声が聞こえてきた。

「ルビウス、いいかな」
「―――ちょいとまっちょくれ!今片付ける!」
「…誰かいるのかい?」
「―――えーっと、ほい、片付いた、入っちょくれ」

何故か慌てた様子のルビウスに出迎えてもらい、小屋に入ったが明らかに誰かがいたような気がする。が、今はそれどころではないだろう。

「いいかい、落ち着いて聞いておくれ、間もなくファッジがやってくる…恐らくルシウスの手が回っているんだろうけれども…」
「なんだって?」

ファッジとルシウスの名を聞くなり、ルビウスはいきり立つ。

「―――今回の秘密の部屋の事件で、犯人が捕まらないものだから、ファッジは君を捕まえる事で事を終着させようとしている」
「なんで俺が!?俺がなんもやっちょらん!」
「わかっている、アルバスも私も…ただ、今回の件はルシウスが裏で手をまわしている事は間違いない、こんなタイミングで現れるのだから…」

他には誰もいない筈なのに、誰かの息を飲む音が聞こえたような気がしたので、あたりをきょろきょろと見回していると、窓からちらりと、アルバスの姿が見えた。その隣には…魔法省大臣、コーネリウス・ファッジその人がいて…。ルシウスはまだ来ていないようだ。そのことに安堵しつつも、これから話すであろう事柄を考え、深くため息を吐いた。

「こんばんわ、ハグリッド、それに…ナイトリー、君もここにいたのか」

細縞のスーツに真っ赤なネクタイ、そして黒い長いマントを着て先のとがった紫色のブーツをはいているファッジがルビウスと名前に軽く会釈する。彼は名前がここに居るのが意外だったようで、少し目を丸くさせて驚いていたが、すぐさまルビウスに視線が戻る。
彼らが現れるなり、蒼ざめながら汗をかくルビウス。名前はそっとルビウスの隣に立ち、彼の肩を抱く。

「状況はよくない、ハグリッド…すこぶるよくない」

ぶっきらぼうにファッジは続ける。

「すこぶるよくない…来ざるをえなかった、マグル出身が4人もやられた、もう始末に負えん。本省が何かしなくては」
「俺は、けっして」

ルビウスがすがるようにアルバスを見つめる。

「ダンブルドア先生さま、知ってなさってるでしょう、俺は、けっして―――」
「コーネリウス、これだけはわかってほしい、わしは、ハグリッドに全幅の信頼を置いておる」
「えぇ、ホグワーツの教師はみんな、ルビウスを信じています」
「―――しかしアルバス、ナイトリー、彼には不利な前科がある、それは、君たちも知っているだろう、魔法省としても、何とかしなければならん。学校の理事たちがうるさい」

恐らく、一番最後の一言が最も言いたかった言葉だろう。ルシウスに相当ゆすられたのだろう…と名前は内心ぼやく。

「コーネリウス、もう一度言う、ハグリッドを連れて行ったところで、何の役にも立たんじゃろう」

怒りに燃えるアルバスの青い瞳に一瞬動揺するファッジは、山高帽をもじもじいじりながら答える。

「プレッシャーをかけられておる、何か手を打ったという印象を与えないと、ハグリッドではないと分かれば、彼はここに戻り、何の咎めもない。ハグリッドは連行せねば、どうしても。私にも立場と言うものが―――」
「連行だなんて…」
「彼をどこへ連行するつもりなんですか」
「―――ほんの短い間だけだ、罰ではないハグリッド、むしろ念のためだ。ほかの誰かが捕まれば、君は十分な謝罪の上、釈放される」
「まさかアズカバンじゃ!?」

ファッジが答える前にまた激しく戸を叩く音がした。一番会いたくなかった、ルシウス・マルフォイが大股で小屋に入ってきた。一目で質のいいと分かる長い黒い旅行マントに身を包み、冷たくほくそ笑んでいる。小さく唸り声をあげるファングの頭をそっと撫で、彼を宥めさせる。君の気持はよくわかるよ、と。
ルシウスは小屋へやってくるなり、もう来ていたのかファッジと呟き、そして、名前の姿を見かけ意味深な笑みを浮かべる。ああ、この子はやっぱり苦手だ。無意識のうちに身体が縮みあがる。

「何の用があるんだ?俺の家から出て行け!」

激しい口調でルビウスが言い放つ。

「威勢がいいね、言われるまでも無い、君の―――あー…これを言えと呼ぶのかね?その中にいるのは私とて、まったく本意ではない」

せせら笑いながら狭い丸太小屋を見回し、隣にいる名前の元にずい、と近寄る。

「そういえば、どうして貴方がこちらに?ああ、それもそうか、彼の肩を持つのは当然のこと…貴方は、50年前のあの事件の日、その場にいた当事者なのだから」
「それは…」
「貴方の元教え子でもあるこの男を心配してここに来ているのか、それともなんらかの意思で来たのか…」

銀色の杖を突き出され、びくりと肩を揺らす。

「…当たり前じゃないか、彼は私の元教え子だ…それに、ホグワーツの仲間だ」
「仲間、ね」

意味ありげに笑うルシウスに、アルバスは鋭い眼光をむける。彼の登場で、もはやファッジは空気と化していたのは言うまでもない。

「ふ、わたしはただ学校に立ち寄っただけなのだが、校長がここだと聞いたものでね」

すると、ぐるりと向きを変え、今度はアルバスに向き直る。

「それでは、いったいわしに何の用があるというのかね?ルシウス―――」
「ひどいことだがね、ダンブルドア」

長い羊皮紙の巻紙を取り出しながら、物憂げに続ける。

「しかし理事たちは、あなたが退く時が来たと感じたようだ、ここに『停職命令』がある―――12人の理事が全員署名をしている。残念ながら、わたしども理事は、あなたが現状を掌握できていないと感じておりましてな」

これまで一体何回襲われたというのかね、この調子では、ホグワーツにはマグル出身者は1人もいなくなりますぞ。
冷たい笑みを浮かべながら、ルシウスは続ける。この時名前は、この事件の裏の犯人がこの男である事を確信した。アルバスの追放、そしてマグル出身者の排除―――これを望む男が、ルシウス以外のはずが無い。

「おお、ちょっと待ってくれ、ルシウス」

慌てたように口を挟むファッジの様子からして、アルバスの追放までは知らされていなかったようだ。

「ダンブルドアが停職…だめだめ、いまという時期に、それは絶対困る」
「校長の任命、それに停職も理事会の決定事項ですぞ、ファッジ」

よどみなく答えるルシウスに、ファッジは困惑の表情を浮かべる。

「それに、ダンブルドアは、今回の連続攻撃を食い止められなかったのであるから…」
「ルシウス、待ってくれ、ダンブルドアでさえ食い止められないなら―――つまり、他に誰ができる?」

それはやってみなければわからん。と、鼻の頭に汗をかきながらも訴えたファッジの言葉をばっさりと切り捨てた。

「しかし、12人の理事全員とは、一体何人脅したのかい、ルシウス」
「おや、威勢がいいじゃないかナイトリー…、この男を手助けするつもりか」
「君には色々と積もる話がある…とても気になる事があってね、君はそれを知っているはずだ」
「では、我々だけで話をしよう、では、そういう事だ」

ルシウスがいなくなった後、話がどう片付いたのか…。気がかりではあったが、今はルシウス・マルフォイからあの事を絞り上げなくてはならないだろう。不安げなルビウスと、強い光を宿したアルバスの青い瞳を見つめ、名前は小屋を立ち去った。
名前たちが立ち去った後、結局アルバスとルビウスは一時ホグワーツを去る事となってしまったが、二人はその場にいる筈のない誰かに言葉を残していった。
ホグワーツでは助けを求めるのには、必ずそれが与えられ―――そして、何かを見つけたら蜘蛛を追いかけろ、と。