33 ロングボトムの仕立て屋/一人旅

仕立て屋として仕事をしつつ、副業の家事をしつつこの船で暮らしていると、仲間たちと見ていた世界とは異なる世界が見えてきた。ここの船長は残虐で横暴なろくでもない男ではあるが、“ファミリー”に対しては特別だった。彼らをとても大切にしているんだなぁと最近はよく感じる。

「…で、どうしてあなたと一緒にいなくちゃならないわけ?」
「(見張るようにいわれた)」

外に出ると危険だからと、何かと船に閉じ込められている名前だが今日は3週間ぶりに街へ上陸することが出来た。しかし、一人で出歩かせてもらえるはずもなくお目付け役としてコラソンが後ろを歩いている。彼が怪しい風貌と格好をしているので(名前も実は十分怪しい格好をしているが)行きかう人々は二人をなるべく避けて歩いていく。
深くかぶったローブの隙間から街を眺めていると、魔女のスープという看板が目に入る。見たところ飲食店で人気はあまりなさそうだ。赤いレンガの壁にツタが生い茂り、入り口はツタを避けなくては中に入ることが出来ない。

「…昼食はあそこにしようかしら…」

怪しげな店を選ぶのは、魔法族の性かもしれない。マグルの世界とは異なり、魔女や魔法使い達の営む飲食店というのは、入り口だけはマグルの世界にうまく紛れているが、中に入ればいかにも、な店内の様子になっている。室内はマグルの店のように電球で照らされておらず、照明は魔法の火が灯されたランプが主流。マグルの人たちにとっては化学が進歩しておらず、かなりアナログな世界に見えるだろう。

本当であれば一人で買い物を楽しみたかったが、一人にさせてもらえないのでここはこの男を利用してやろう。ふと、背後で彼が転びそうになるのを感じ、転ばないようにそっと魔法をかけてやる。彼が転ぶたびに視線を集めるのでそれが嫌だったからだ。だが、コラソンはこれを彼女の優しさだと勘違いするようになる。
かなり大げさに転ぶのではじめはわざとじゃないだろうかと勘繰ったものだが、彼が正真正銘ドジであることを短い間ではあるが知ったので、あれは演技ではないと確信した。

「えーっと、糸を1000ロールと針を100本と…型紙用の紙に…ちょっと、ウロウロしないで、転ぶわよ、特にそっち側歩いたら頭をぶつけるわよ」

店に入り、仕事道具を大量に買い込んでいると、少し離れた場所をふらふらと歩く彼の姿が目に入る。絶対に転ぶだろう。そう確信した。さらに近くの棚に頭をぶつけて鼻血を出すところまで何となく想像ができた。

「―――っ!!」

すると、その直後彼は名前が想像した通りの姿になった。店主が居ないのを確認して倒れた商品を杖で一振りし、元の棚に戻す。

「(どうして俺がころぶとわかったんだ)」
「…さぁ、何故かしら、カン?」
「(すごいな)」
「…あなたがそれだけドジという事よ」

そう云い放つと、少しショックを受けたような表情を浮かべるコラソンだが、名前は気にせず買い物を続ける。

「毎度あり!」
「(たくさん買ったな)」
「あなたみたいな大男がたくさんいるから、その分材料もかかるのよ」

布だけでもざっと30kgは超えている。それに加えてそのほかの細かい材料もあわせれば、全てざっと60kg以上はあるだろう。魔法をかけて運ぼうとしたが、自分が運ぶとコラソンが言い出したので試しに持ってもらうことにした。重さ自体は苦ではないようで、綿菓子を持つように軽々と持ち上げているが布がかなりかさばるので荷物を持つと正面が見えなくなってしまう。これでは歩くこともできない。

「…駄目ね、不安だわ…ディミヌエンド」
「―――!?」

縮小の魔法をかけ、荷物をうんと小さくする。突然持っていた荷物のサイズが小さくなり、彼が地面に転げ落ちそうになったのは言うまでもない。ちなみに、荷物が汚れたら大変なので、念のため彼が転ばないよう魔法をかけておいて正解だったと思う。
縮めた荷物を鞄にしまうと、未だに驚きの表情を浮かべているコラソンと目が合う。

「…そんなに驚くこともないでしょう、船で何回も私が魔法を使っているの、見ているでしょ」
「(いつ見ても驚く)」
「…私は悪魔の実の能力の方が驚きだわ…」

こちらの世界で一番驚かされたのは、悪魔の実とその能力だ。ブルックはヨミヨミの実で蘇り、ルフィはゴム人間…海軍の大将にはピカピカやマグマグだの怪物たちばかりだ。その事を言っていたつもりだったのだが、何を勘違いしたのか目の前の彼は今までにない程動揺し、額に汗を滲ませていた。

「―――サイレント」
「…!」

話せないはずの彼が、言葉を発する。その瞬間あたりの音が一切聞こえなくなってしまった。
一体何が起きたのか、きょろきょろしているとコラソンに肩を掴まれた。

「どうして…俺が、悪魔の実の能力者だとわかったんだ…!?」
「―――そうなの!?」
「―――え!?」
「―――え!?」

妙な沈黙が続く―――そして彼の顔には、“しまった!”と書いてあった…。事情はどうであれ、自ら秘密をばらしてしまうなんてとてもドジな人だと思う。少し弟に似ているような気がした。

「まぁ…仕方がねぇ、バレてしまったもんは…君だから言うが、俺は訳あって口がきけないことに“している”…これも能力の一つだ…俺はナギナギの実の沈黙人間…だから音を自在に消すことができる」
「そうだったのね…」
「君に頼みたいことがある、その―――」

彼の言いたいことはわかっている。言葉を待たず、名前は口を開く。

「黙っててくれってことでしょう?」
「…あぁ」
「えぇ、いいわよ」
「ほ、本当か!?」

先ほどまでの焦った姿はどこへやら。メイクでよくわからなかったが、意外に表情豊かなのかもしれない。

「えぇ、その代わり…」

ローの病気を治す方法を、一緒に探してちょうだい。そういうと、彼はもちろんだと名前の手を握り頷いた。

「あの子は、珀鉛病…このままでは死んでしまう、あとどれぐらい時間が残されているのかわからないけれども…あの子の病気は“絶対に治る”―――でも、私だけでは、見つけられないような気がする…だから」
「…あぁ、ローの治療方法、俺も探してみるよ!」

いつも転んだり、コーヒーを零したり、たばこの火が燃え移ったりとドジばかりの彼だが、この時はとても頼もしく見えたし、彼という人を受け入れた瞬間でもあった。

「―――君も、いつしか絶対にあいつから逃がしてやる」
「…無茶しなくていいわよ、ともかく、私はローが治療できればそれでいいの…」

でも、ありがとう。
素直に伝えると、彼は少し気恥ずかしそうに笑った。

「んねーんねー、遅かったね~~」
「デートは楽しかったかコラソン」
「!?」

昼食を食べ終え船に戻ると、トレーボルとディアマンテが先に戻ってきていた。ちなみにドフラミンゴは取引とその他諸々をここで済ます為、数日は船に戻らない。

「お土産よ、ロー」

2人におちょくられ、何故か動揺しているコラソンを無視し、ソファで本を読むローの隣に腰をかける。

「うわっ、本の山じゃねぇか」
「ただの本じゃないわよ…面白そうだから、買ってきたの」
様々な色をした背表紙の本たちを指さす。

「なんだよこれ…」
「薬の作り方があるから、今度作ってみようかなと思って」
「その薬、だれに飲ますつもりなんだ…?」
「もちろん、ローよ」
「やめろ!俺で人体実験するな!」
「何よ失礼ね!た、確かに魔法薬は苦手だけど…料理みたいなもんでしょう!」
「料理感覚で薬をつくろうとするんじゃねぇよ!ちゃんとした知識がないと危ないだろ!」

怪しい占いの本から医療の本まで。役立ちそうなものは片っ端からとってきた。すべて試してみるつもりだが、ローは乗り気ではない様子。

「魔法薬、ちゃんと練習するから!」
「何だよ魔法薬って!?普通の薬じゃねぇのかよ!?」
「普通の薬も作ってみるわ…魔法薬は魔法薬よ…元気爆発薬なら、私ちゃんと作れるわ」

名前にとって、それは唯一きちんと作れる魔法薬と言っても過言ではない。ほかは教科書が無ければ作れないし、効能も正直不安だ。ロングボトム姉弟はそろって魔法薬学が苦手だった。まぁ、名前の場合はネビル程でもないが…。

「何だよその訳わからねぇ名前の薬はっ」
「私たちが体調悪い時とか…そうね、風邪引いたときとかによく医務室からもらってたわ…懐かしいなぁ」
「風邪薬が効くわけねぇだろっ」

効かないかもしれないが、飲んでみなければわからない。
その日から名前は学生の頃学んだ魔法薬を思い出す為、本業を減らし、部屋に閉じこもって魔法薬を作ることにした。しかし、その日から部屋の中で頻繁に爆発を起こすようになり、魔法薬を煎じる事を禁止されるまでそう時間はかからなかった。

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