31 愛憎ロマンス/秘密の部屋

クリスマス休暇も終わり、気が付けばカレンダーは2月に変わっていた。相変わらず寝不足だった名前ではあるが、チャリティのお蔭で授業は問題なく行われているので、安心して裏方に回る事ができた。裏方というのは、主に授業に使う為の教材準備や、マンドレイク薬に使う為のマンドレイクの世話だ。無理のない程度には動いているが、やはり夕方ごろになると魔力が減っているのか立眩みを感じてしまう。こんな状態では教師もまともにできない…それでは、ここに居る意味がない。早く、この状況をなんとかせねば。

「ミネルバ、もう厄介なことはないと思いますよ!今度こそ部屋は、永久に閉ざされましたよ、犯人はわたしに捕まるのは時間の問題だと観念したのでしょう!わたしにコテンパンにやられる前にやめたとは、なかなか利口ですな!」

春になるとおかしな人が増えるというが、彼の場合は元々おかしな人なのでそれには該当しない。しかし、ここまで来るともう…。
ここ数か月、秘密の部屋の怪物は息を潜めているのか何なのかはわからなかったが、特に事件も起きずにいつものホグワーツの日常を取り戻していた。
しかし、まるで自分が秘密の部屋の怪物を黙らせた、とギルデロイは考えているようだ。正直言って、彼にそんな力は感じないし、怪物を操っている者が次のタイミングを見計らっているのだろう、と名前は思う。
ギルデロイに絡まれ、冷たい視線を彼に向けるミネルバに同情しつつ、名前は温室へ向かう為その場を立ち去った。

2月14日の朝、悲劇は起こった。久しぶりに調子が良かったので朝食をとるべく大広間へ向かうと、そこにはとんでもない光景が広がっていた。一瞬、部屋を間違えたのだろうかと勘違いした程、大広間は見事に変貌を遂げていた…壁という壁には、けばけばしい大きなピンクの花、そして淡いブルーの天井からはハート形の紙吹雪が舞っていた。ここはホグワーツではなく、異世界なのかもしれない。吐き気を催しそうな表情を浮かべる男子生徒たちを眺め、名前はため息を吐いた。こんなことをやる人物は1人しかいない…。奥のテーブルから、ギルデロイのご機嫌な声が聞こえ、名前はその場を立ち去ろうと決心する。

「バレンタインおめでとう!いままでのところ46人の皆さんがわたしにカードをくださいました。ありがとう!そうです、皆さんをちょっと驚かせようと、わたしがこのようにさせていただきました。しかも、これがすべてではありませんよ!」

テーブルを眺めると、そこには人を殺しそうな目をしているセブルスを見つけた。ギルデロイがポンと手を叩くと、玄関ホールに続くドアから不愛想な小人が12人ぞろぞろ入ってきた。それもただの小人ではない…全員に金色の翼が付けられており、ハープを持たされていた。小人は名前に虚しい視線を送る。

「…君たちに同情するよ…」
「…」

これ以上ここにいるとよくない事が起きそうだ。長年の勘で、名前はその後起こるであろう悲劇を想定し、大広間から静かに立ち去った。

「―――頼むから、もう、いいから、君たち、職務放棄して構わないから、ね?」
「名前・ナイトリー、あなたにお渡ししたいメッセージがあります」

朝、大広間で見かけた小人たちはメッセージを届けるべくホグワーツを駆け回っていた。そして、名前の元にもそれは訪れ…誰かからの愛のメッセージや感謝のメッセージなど色々なメッセージを受け取ったが、これが授業中でなくて本当に良かったと思う。ちなみに授業中だろうと構わずメッセージを言いにやってくる小人たちに生徒だけではなく、教師も散々うんざりさせられた。
その夜…名前は久しぶりに魔力を大量に奪われた為、勢いよく床に倒れ込んでしまった。いつ倒れても平気なように床にふわふわのマットをひいたのでケガはしなかったが、全身麻酔を受けるときのように、目を閉じた瞬間意識を手放した。
そして、気が付けば再び夢を見ていた―――。

「どうしましたか、名前先生」
「…いや、なんでもないよトム」

椅子に腰を下ろし、名前の手伝いをしているのはトム・マールヴォロ・リドル。彼はスリザリンの監督生であり、現在在籍しているホグワーツの生徒たちの中で最も成績が良く、優秀な生徒だ。どの生徒も、どの教師も彼の事を信頼し、誇りに思っている。ただ、アルバス・ダンブルドア1人を除いて。
どうしてだろう、アルバスはトムとどこか距離を置いているような気がする。確か、トムを迎えに行ったのはアルバスだ…一体何があったのだろう。名前は鼻筋の通ったハンサムな横顔をちらりと見て考える。アルバス・ダンブルドアがトム・マールヴォロ・リドルと距離を置いていることを。

「いつも手伝ってくれてありがとう」
「いえ、当然の事です、先生にはお世話になっていますから」
「はは、監督生は言う事が違うね」
「からかわないでください、先生」

模範的な答えに、名前はくすりと笑う。

「今年のクリスマスは…ホグワーツにいれないと、言われました」
「そうか…例の事件のせいだね…早く犯人が捕まればいいのだけれどもね…」

このとき、ホグワーツで最初に秘密の部屋が開かれ、女子生徒が1人犠牲になったばかりだった。犯人の手がかりは一切なく、校長やアルバスも何もできない事に苛立ちを感じている。

「少し休みませんか?」
「そうだね、少し休もうか」

ソファに腰を下ろしたその時、突然部屋にバーボンのボトルを持ったホラスがやってきた。ホラスはトムの存在に気が付くなりおぉ!と喜びの声を上げる。

「名前、いいバーボンが手に入ったんだ、是非飲んでみてくれ!」
「あぁ、ありがとうホラス」
「いやぁ、トムは相変わらず気が利いているねぇ、手伝いかい?」
「いえ、僕がやりたいだけなので」
「ははは!流石だねトム!我がスリザリン寮の誇りだよ、君は!」

ばん、とトムの背中を叩き豪快に笑いながら去っていくホラスを見送ると、テーブルに置かれたバーボンの瓶に目が行った。

「―――70度!?消毒にでも使うのかいこれ…」

お酒はけして飲めないという訳ではなかったが、あまり得意ではなかった。ゆっくりと、ちびちび飲むバーボンは好きだが、そのちびちびでも十分に酔っぱらってしまう名前は翌日が休みの日ではない限り飲まないようにしていた。

「…先生、明日感想を聞かせてくれ、って言ってましたね」
「言っていたね…はぁ、ホラス、明日が休みだからって…」

どうせ飲むのならば一緒に飲んでいけばいいのに、とも考えたがホラスはこれからアルバスと用事があるようで、足早に去っていった。

「仕方がない、一杯だけ飲むしかないか…多分あの様子だと感想を聞きたいんだろうなぁ」
「ふふ、スラグホーン先生は本当にお酒が好きですね」
「そうだね…程々にしてくださいよ、とは何度も言っているんだけどね」

何度も酒を交わしたことがあるが、大体名前が先につぶれて気が付いたら朝になっているパターンがほとんどで、名前が酔いつぶれている間もホラスはぐびぐびと酒を飲み続けているらしい。彼は酒にとても強く、どれだけ飲んでも二日酔いの彼を名前は見たことがなかった。

「君は紅茶だね」

まだ未成年なので、とりあえずトムには紅茶を出し、名前は棚からグラスを引っ張り出すとそこに大粒の氷を入れ、バーボンの入ったボトルを傾けちびちびとそこに注いだ。口に近づけるとバーボン特有の芳醇な香りを感じ、すぅとその香りを吸い込み楽しむ。

「…僕もお酒を飲めるようになったら、先生と飲みたいです」
「そうだね、君が卒業をしたらお祝いをしようか」

きっと、ホラスも一緒にお祝いをしてくれると思うから、と笑う。ちびちびと飲みながらトムと会話をしていると、いつの間にかに酔っぱらってしまったようでふにゃりと笑っていると、彼がじっと名前を見つめていることに気が付いた。

「―――そういえば、先生は魔法で実年齢よりも若く見繕っていると仰っていましたが…どんな魔法を使っているのですか?」
「へ?変身術みたいなもの…かな?アルバスの方が詳しいと思うよ、私はあまりその魔法が得意じゃなくて…やっと身に着けたんだけど…でも、どうしてだい?」

いえ、とくには…。と意味深に呟くトムに名前はただふにゃりと笑った。ここまで酔っぱらうと、色々な事がどうでもよくなってしまう。

「ところで…えーっと、もう夜も遅いから、帰った方がいいと思うよ」
「いえまだ消灯時間じゃないです、さっきから15分ぐらいしか経っていませんよ」
「へ?そうだっけ…まぁいいや…ちょーっと横になっていいかな?ぐらぐらしてきた」

実際には2時間程経っており、消灯まであと1時間しかなかったが、この時トムはあえて嘘をついた。このチャンスを逃すわけにはいかなかったからだ。
ソファで呑気に横になる名前に近づくと、ぎしり、とソファが音を立てる。突然トムが名前の上に跨り、うとうとと夢心地の名前を正面に向かせ、そっと頬を撫でた。扉には鍵をかけてあるので誰かが入ってくる事はないだろう…。酔っぱらっている名前は状況を理解できず、ただぼーっとトムを見つめているだけ。そして、唇に何か当たったかな、と考えているうちに深く、深く口づけをされる。酔っぱらっているので特に抵抗もせず、舌をねじりこまれ、舌の裏側を舌先で撫でられ、思わずびくりと肩を揺らす。淫猥な音が静かな部屋に響き、まるで耳を犯されているかのようだった。

「ん……っ」

息が苦しいと、息苦しさを感じたと同時に強い脱力感に襲われる。この感覚は、とても懐かしい。懐かしくて、悲しくて―――。

「んんっ……」
「―――やっぱり、文献にあった通りだ」

ようやく舌に解放され、胸を上下に息を荒げていると、トムが冷たい声色でそう呟いたのを耳にした。声をかけようとしたが、トムが名前の手のひらを指先でいやらしくツツ、と撫で上げる。じんわりと沸き起こる性的な熱に、ぶるりと震える。このままだと、まずい…と、僅かに残った理性で抵抗を試みるものの、酒で力の入らない腕を強く押さえつけてくるトムに敵う訳がなく。シャツのボタンをはずされ、胸元に冷たい空気が入ってくるのを感じた。

「トム、きみは、一体なにを」
「何をする?ああ先生、酔っぱらっているから、わからないんですね」

それとも、ワザとなんでしょうかね?
クスリと笑うトムに、今度こそ危機感を感じ名前は声をあげようとした―――が、舌を絡めとられ、空気を奪われる。口づけの度に感じる性的な熱と、脱力感にようやく彼がやろうとしていることに気が付いた。何よりも、彼がそれを知っている事に戦慄する。
―――いつ、ばれたのだろうか。