30 愛憎ロマンス/秘密の部屋

ハリーがパーセルマウスだった。そのことを知らされたのは、アルバスたちと秘密の部屋の件で話をした翌日の昼頃だ。ハリーはスリザリンの血を引いているのだろうか、と考えたがアルバスの言葉で納得した。あの男がハリーを殺そうとした際に、自分の能力の一部が移ってしまったのだ。だから、ハリーはパーセルタングを話すことができ、ギルデロイ開催の決闘クラブで蛇にいう事を聞かせることができた。だが、そのお蔭で廊下ではハリーが秘密の部屋の継承者なのでは…と噂されるようになってしまった。実に可哀相だとは思うが、それだけ生徒たちの神経も不安でピリピリしているという事だ。
アルバスに暫く授業は休んでおきなさいと言われていたので、名前は私室に閉じこもりベッドに横になり、窓から曇り空を見上げた。暫く授業は名前の元教え子でもあるチャリティ・バーベッジという女性が臨時講師としてマグル学の教鞭を執る事となったので、心置きなく休むことができる。しかし、穏やかな日々は訪れなかった。
ゾクリ、と恐ろしい程の寒気を感じ、名前は肩を震わせる。何か恐ろしい者がホグワーツの中を蠢いている、と本能で察した。震える身体を抱き、深呼吸をして呼吸を整えようとするが、うまく息ができない。そして次の瞬間、内側から魔力を抜き取られる時のような脱力感を感じ、どさりとその場に倒れてしまった。

「な…なんだ…まさか、また…」

一体、どうやって魔力を奪っているか。こうも魔力を大量に抜き取られると、ケガが増えて仕方がない。先ほどの衝撃で再び頭をぶつけた名前は、震える手で額に手を当てると、手のひらは真っ赤に染まった。どうやら前回よりもさらに打ち付けた場所が悪かったようで、思ったよりも出血しまっていた。

「まずいな…目が霞んできたな……」

このまま出血し続けたら流石の名前でもどうなるか…。そのまま意識を失い、気が付いた頃には夜で医務室のベッドで目が覚めた。マダムに聞くと、ルビウスが発見してくれたようで、ここまで彼が運んでくれたようだ。後でルビウスには礼をのべておかなければ。

「歳なんですから、気を付けてくださいよ」
「はい…」

もう、何度目だろうこの感じ。医務室のベッドに腰を下ろし、マダムに礼を述べる。この魔力の減り具合からして、またしても怪物が騒動を起こしたことを察した。案の定、それからすぐに医務室のベッドに横たわる生徒の存在に気が付き、名前は深いため息を漏らす。

「怪物か…どうしたら奴を止める事ができるのだろうか…」
「これで生徒の被害は二人目です…ここはもう安全な場所では無いのかもしれません」

背後から声が聞こえ、振り返ると悲しい表情を浮かべるミネルバと目が合う。どこかやつれた様子のミネルバは、石にされてしまったグリフィンドール生の手に優しく触れる。

「幸いなことに、死者が出ていないのは何よりですが…これからどうなるか」
「そうだね…昔を思い出すよ…あの子が、裏で手を引いているのかもしれない」
「まさか、あの男ですか?」
「……アルバスも言っていた、私が考えるに…もし、生徒が操られていたとしたら?」

まさか、と息を飲むミネルバを横目に名前は話を続けた。

「……あくまでも、憶測にすぎませんが…あの、襲われた者達の近くで、蜘蛛が逃げている様子はありましたか?」
「蜘蛛ですか?いいえ見てませんね…」
「そうですか…いえ、憶測にすぎないのですが、怪物は操られていて、怪物を操っている人物もさらに操られていて……実際の犯人は―――トム・マールヴォロ・リドルでは、ないかと」
「…しかし、どうやって生徒を操るのでしょうか?」
「さぁ…そこが分からないんだ…多分、アルバスもこの考えに行きついている筈さ……私が、肝心な記憶を掘り起こせないから、中々答えにたどり着く事が出来ないんだよ」

どうやら、私は魔法で記憶を封じられているようでね。アルバスに言われたことを、ミネルバに伝えると彼女は小さくまさか、と答えた。

「そんな事をやろうと思う人間はただ1人だよ…過去に、答えがあるからこそ、きっと…私はその答えを知っているんだ」

だからこそ、記憶を封じられたのだろう。犯人は過去に埋もれた真実を暴かれるのを恐れ、先手を打った。真実薬は効かないし、魔蜘蛛に開心術が効く筈もなく、埋もれた記憶を掘り起こすには元凶である呪いを放った者に解いてもらうしかない。または、その者を滅ぼすか……。どちらにせよ、犯人が出てくるのを待つしかない。きっと、綻びは生まれる…その綻びを見つけるには、ハリーがカギになってくるだろう。あの男が狙う相手…名前は別として、彼が最も命を奪おうと考える相手はハリーなのだから。
それから月日は流れ、とうとう学期末が訪れた。クリスマス休暇には必ず友人や家族の墓参りへ行っていた名前だったが、今年は念のためホグワーツに残ってほしい、とアルバスに頼まれ仕方なく今年はホグワーツに居残る事となった。
そんなクリスマスの朝、ホグワーツには真っ白な雪が降り積もり、幻想的な銀世界が広がっていた。今年もハリーたちはホグワーツに残っているようで、元気そうな3人組と大広間で出会った。

「おはよう、相変わらず元気そうだね」
「先生おはようございます!プレゼントありがとうございました!」
「僕も、ありがとうございました、今から食べるのが楽しみです!」
「あれってロンドンの人気店の…ですよね?僕テレビで見た事がある」

3人にはロンドンの人気店で買ったアップルパイをプレゼントした。ちなみに、双子のウィーズリーにはマグルのマジック用品を贈っている。

「3人ともありがとうね、寝不足が続いていたから是非活用させていただくね」

ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人からはそれぞれ安眠グッズが贈られ、添えられていた手紙にはどれも体調を心配する内容が書かれていた。
どうやら、ロンが兄のフレッド達に事情を聞いたらしく、話を聞くまではギルデロイ・ロックハートの自慢話を聞かされすぎて疲れてしまったのではないか、と思っていたようだ。まぁ、それも一理あった。
明るく元気なロンの様子からして、おそらく今朝の日刊予言者新聞の記事を知らないのだろう。だが、嫌でも目にすることになるだろう。まぁ、あれはアーサーも悪いからなぁ…。名前は3人に別れを告げると、ローブのポケットに入っていた予言者新聞を広げ、申し訳なさそうな表情を浮かべるアーサーと、それとは対照的にどこか優越感を感じさせる冷たい笑みを浮かべたルシウス・マルフォイを見る。
【魔法省での尋問】というタイトルの記事にはこう書かれている。
マグル製品不正使用取締局、局長アーサー・ウィーズリー氏は、マグルの自動車に魔法をかけた廉で、本日金貨50ガリオンの罰金を言い渡された。ホグワーツ魔法魔術学校の理事の1人、ルシウス・マルフォイ氏は本日、ウィーズリー氏の辞任を要求した。なお、問題の車は先ごろ前述の学校に墜落した。『ウィーズリーは魔法省の評判を貶めた』マルフォイ氏は当社の記者にこう語った。『氏は我々の法律を制定するにふさわしくないことは明らかで、彼の手になる馬鹿馬鹿しい【マグル保護法】はただちに廃棄すべきである、と。実にルシウスらしい言い分ではある。

しかし、マグルの車に魔法をかけてそれをマグルに見られてしまったのは事実であり、法律違反だ。罰金は仕方ないにせよ、マグル保護法は廃棄すべきではないと名前は考えている。あれがあるからこそ、魔法界とマグル界は衝突せずに済んでいるのだから。

クリスマスが過ぎ、12月31日が訪れる。その日の晩、名前は懐かしい夢の中にいた。
今から50年以上昔、名前は今と同じくマグル学の教師だった。今とあまり姿の変わらない名前は、少しくたびれたコートを片手に抱え、ホグワーツの廊下を歩いていた。ロンドンから戻ってきた名前はそのまま自室に戻らず、足早に地下へと向かう。季節は冬で、吐く息も白く、冷たい廊下を暫く進むとようやく目的の扉が姿を現す。重たい扉にノックをすると、グリーンのニットのセーターを着た男が姿を現した。小柄で、小太りで、人の好さそうな笑みを浮かべるこの男は、当時の、魔法薬学の教師、ホラス・スラグホーンだ。ちなみに、彼はアルバス・ダンブルドアと歳が近いので、名前にとっては職場の先輩と言える。

「ホラス、すみません、アレ、まだありますか?」
「どうしたんだね慌てた様子で」
「いえ…ちょっと、渇きが酷くて…」
「成程な、じゃぁ、暫くそこで待っていなさい、これから調合しよう」
「ありがとうございます、ホラス」
「何、気にする事は無い、これは少し調合がややこしい代物だからね」

ホラスに煎じてもらうのは、名前がずっと飲んでいる赤い魔法薬で、羊の血とニガヨモギとその他いろいろなものを使って調合される、名前にとっては必要不可欠なもの。それを飲まなければ、酷い渇きに苦しむことになる。魔蜘蛛としての欲求を満たすための魔法薬で、簡単に言ってしまえば食事のようなものだ。
この魔法薬を調合するのはとても難しく、尚且つ調合者には事前に魔法省への申請が必要なため、どうしてもこればかりはあらゆる魔法薬を調合する資格を持つ魔法薬学の教師に頼む他無かった。

「ホラス…その…いつもすみません」
「ははは、何、気にする事は無いよ、同じホグワーツの教師だ、助け合いは大切だよ」
「本当にホラスには頭があがりませんよ…あ、そういえば噂で聞きましたよ、あの子、またすごいレポートを提出したそうですね」

名前のその言葉に、ホラスは魔法薬を調合していた手を止め、ぱっと顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

「そうなんだよ!いやぁ、彼はすごいね!」
「ホラスの一番のお気に入りですからね、あの子は」
「彼は我々教師をいつも素晴らしく驚かせてくれるよ!成績もよく、人望も厚い…!まさに完璧なスリザリン生だよ」
「確かに彼は優秀のようですね」

当時、マグル学は選択式ではなく必須科目だったので1週間にマグル学の授業が今よりももっと入っていた。ホラスの一番のお気に入りである、トム・マールヴォロ・リドルもまたマグル学を学ぶ生徒の1人であり、名前にとっても優秀な教え子の1人だった。

「そこに彼のレポートがあるよ」
「ちょっと拝見しますね…―――うわ、すごいなぁ、この量」

羊皮紙の枚数もそうだが、何よりも内容が濃厚で生徒が書き上げたレポートとは思えない程完成度の高いものだった。レポートを読み終わった頃、薬も無事調合出来たようで名前はそれを受け取り、とりあえずこの渇きを癒すためにマグカップに注がれたそれをぐびぐびと勢いよく飲み乾した。満たされる感覚にはぁ~、と思わず気の抜けた声が漏れる。

「多めに作っておいたから、1週間はもつだろう、だが、無くなりそうだったらまた教えておくれ」
「ありがとうございます、ホラス…本当に、助かりました」
「渇きが酷いとは、そういう周期なのだろうかね?」
「さぁわかりません……何しろ、人ではありませんから」

名前は自嘲気味に笑いながらつぶやいた。

「…不思議だよね、どこからどう見ても人にしか見えないのにね、君は…君も苦労するね、よりによってあのアラクネに…まぁ、この話はここでは止しておこう」

生徒に聞かれるとまずいからね。とお茶目にウィンクしてみせたホラスに名前もつられて笑う。

「えぇ、そうですね…あ、そうだ、美味しいバーボンが手に入ったので、今度一緒に飲みましょう」
「ほほーう!それは楽しみだ!」

バーボンが大好きなホラスが喜びそうなものを選んできたので、きっと大喜びするに違いない。いつもお世話になっているのだから、こういう事で返していかなければ。ホラスと別れた名前は調合してもらった魔法薬を片手に階段を昇る。来週が楽しみだなぁ、と微笑みながら。
―――先ほどの会話が、とある生徒に聞かれていたことも知らずに。