28 愛憎ロマンス/秘密の部屋

試合の日の朝、名前は例の壁を眺めながら1人考え事をしていた。どうして、この時期に秘密の部屋が開かれたのか、そして何故、ミセス・ノリスが襲われたのか。スリザリンのみが操れる何か…。
いいや、今はクィディッチの試合が終わる事を祈ろう。寒々とした空の下、名前は独り言つ。それから相変わらず呑気なギルデロイのジョークをナチュラルにスルーし、軽く朝食を食べ終えた頃、名前は想定外の人物がそこにいる事に気が付いた。
人通りの少ないホグワーツの廊下を、コツ、コツと歩くその人物こそ、今日の理事会で最も厄介な相手となるルシウス・マルフォイその人だった。

「これはこれは、ナイトリー」
「…やぁ、ルシウス」

会いたくなかった…が、会ってしまった以上、挨拶はしなくてはならないだろう。

「どうやらホグワーツに不穏な動きがあると耳にしたが、一体なにをこそこそと隠しているのかね」
「隠している?いいや、別に何も隠してはいないよ」
「ならばなぜ、昨年の報告書が所々修正されている?わたしにはそれが不可解で仕方ならない」

報告書…とは、恐らく学期末の頃のものだろう。確かにあの時の報告書は…色々と手を加えている。クィリナスの件で、それは仕方のないことではあったが…そもそもこれはアルバスの指示だ。意味なくこんなことをしている訳ではない、深い、深い事情があるに決まっている。名前はいつもの笑みを浮かべ、その場を立ち去ろうとするが、ぐい、と片足で進行方向をルシウスに塞がれ、内心冷や汗が流れた。

「いつまでもここに居れるとは限らんぞ、名前・ナイトリー」

人外である貴様は、あの半巨人の男同様、ここ意外に居場所がないのだから。まるでそう言っているかのような冷たい瞳に名前は苦笑する。そうか、彼は私を追い出したいのか、ルビウス同様…。遠ざかる足音を聞きながら、深いため息が漏れる。
今日、秘密の部屋の件が理事会で話される。何事も無ければいいのだが…何事も無いはずが無く、その日の夜理事会が開催され、その中で秘密の部屋の件が話題に上がった。理事会中、名前は内心冷や汗をかきながらその話を記録していた。ちなみに、昼間のクィディッチの試合では熱心にも息子の試合を見るためにルシウスが教師の席で試合を観戦していたらしい。試合中、ブラッシャーが暴れ出しハリーが狙われた事件が起きてしまったが、その件には特に興味が無いようで、ルシウスの口からは一切その話題は出なかった。
理事会では案の定、昨年の話題が持ち上がり、アルバスはルシウスたちに散々責められた。そして、秘密の部屋の事件になり、当時在籍していた教師であるアルバス、名前たちに矛先が向かい、それはもう散々な時間を過ごした。
理事会も終わり、味の無い食事を終えた名前は1人部屋で大の字で眠っていた。が、不思議な気配を感じ飛び上がる。

「…おかしいな、誰かに見られていたような気がしたんだが…」

と、その時、視界がちかちかとし、次の瞬間、自分が地面に倒れていることに気が付いた。手足に力が入らず、息が荒くなる。心臓辺りから締め付けられるような痛みを感じ、額に脂汗が滲む。嫌な予感がする、自分はこの感覚を知っている…が、思い出せない、どうしてかそのことになると記憶が曖昧になる。それも実に不気味な事に、ミセス・ノリスが犠牲になった頃からだ……。

「(ダメだ…力が入らないし…瞼が…勝手に閉じる…)」

地面に倒れた衝撃でテーブルの角に頭をぶつけたのか、名前の額からは血がにじみ出ていた。意識を失った名前の傍で佇むその少年は、その整った唇を歪ませ、笑う。

「…名前先生、もうすぐだ、貴方のお蔭で僕は復活できる」

冷たい手が名前の額に触れる。そして、頬を伝う血をつつ、と人差し指で拭い、それを口に含む。

「―――大丈夫、貴方は殺さないよ、だって、今やとても貴重な存在だからね…ユニコーンの血を飲むよりも、賢者の石を手に入れるよりも、確実に、安全に力を手に入れる事ができるのだから…」

今は滅んだ魔蜘蛛の生贄。そう呟きながら、少年は名前の胸元に触れ、古くから伝わる呪いの言葉を唱える。
翌朝、名前は寒気で目覚めた。頭をテーブルにぶつけた為にそのまま意識を失ったのだろう…と、マダムの所へ頭痛薬を貰いに向かったが、そこには衝撃の光景が広がっていた。

「―――まさか、秘密の部屋の怪物がまた犠牲者を出したのですか」
「…えぇ、そのようです…ただ、幸いなことに石になっているだけなので、もう少しすればマンドレイク薬もできる―――ですが」

グリフィンドールの一年生、コリン・クリービーがカチカチに固まった状態でベッドに横たわっていた光景は、とてもショックだった。アーガスのネコだけではなく、人間にも被害が及んでしまった。これは、とんでもないことになってしまった、と名前は頭を抱える。ハリーがそこで話を聞いているとは知らず、名前はコリンのベッドの傍でマダムと共に深いため息を吐いた。

「早く犯人を突き止めなくては、生徒たちが安心してホグワーツで魔法を学べませんね…頭が痛いです」
「まったく、突然倒れたなんて、先生は歳なんだから気を付けてくださいよ」
「はい、肝に銘じておきます」

校長室へ向かうまでの足が重たい。アルバスはきっと、私に、何かを求めるだろう。それが何かは、まだわからないが…。そうこう悩んでいるうちに、あっという間に校長室にたどり着いてしまい、少しどもりながら合言葉を呟くと、校長室への入口が姿を現す。本当に足が重たい…何を言われるのか、それが恐ろしい。生徒たちの為早く解決しなければならないのに、何故私は秘密の部屋の事を問われる事に恐れを抱いているのか。重たい足取りで、名前は校長室の扉を開いた。

「―――アルバス、昨夜の件、マダムから聞きました…次は人間が襲われたと」
「あぁ…階段で1人倒れている所をミネルバが発見してくれたんじゃよ…しかし、何もできないのが辛い」

小さく唸り声を上げながら、アルバスは校長室の椅子に深く腰を下ろす。名前はいつものようにソファに腰を下ろし、少し離れた場所からアルバスの様子をうかがう。

「君に聞きたいことがある」

どきり、と心臓が脈打つ。アルバスの言葉に、名前は小さく唾を飲み込む。

「はい」

何を聞かれるのか、もうわかっている。あの件以外、無いだろう。

「―――50年以上前、秘密の部屋が開かれた時、君は意識を失って倒れていた、それも重傷で、暫くは動けんかった」

アルバスの言葉に、ぼんやりとした過去の記憶に少し靄が晴れたような気がした。言われて、そういえば…と思い出す。

「君の過去はとても辛いものじゃ、その体質の事を、他の者に知られるわけにはいかず、一部の者達だけに君の正体が知られておる……あの男が猛威を振るっておったあの暗黒の時代……君は常に狙われておった―――つまり、あの男たちは君の正体を知っているということじゃろう…違うかな」

名前が人ならざる者であることを知らせたのは、50年以上前当時の校長だったディペットと、アルバス、ミネルバ、元不死鳥の騎士団の仲間たち。そしてセブルスだ。元死喰い人であるルシウスがそれを知っているのは、主人に教えられたからだろう。しかし、あの男は部下の全員には名前の正体を知らせなかった。ほんの一部の、口の堅い者達だけにそれは知らされた。だが、何故そんなことをしたのかアルバスも、名前も未だにわからない。あの時代、わからない事ばかりで嘘の情報に散々翻弄された挙句、騙されてあの子の根城に監禁された時は覚悟をしたものだ。突然思い出した過去の話に、名前は頭を抱える。もっと、もっと重要な事を忘れている気がする。

「えぇ、恐らくあの子が知らせたのでしょう」
「そこでじゃよ名前、わしはあの時に君から聞いていなかった言葉がある」

君の正体、いつあの男に知られたのかね。
その言葉に、名前は心臓がぎゅっと締め付けられる痛みを感じた。口の中が乾き、視線が泳ぐ。まっすぐアルバスを見つめる事ができず、身体も不思議と震えてくる。私は一体、何をアルバスに隠しているのか。

「―――君に、呪いがかけられておる、それは、熟練の魔法使いでも気が付くことが難しい呪い…だから君は、この話をすると心が乱れるのじゃよ」

アルバスの言葉に、息が止まる。呼吸をするのも忘れ、見開かれた瞳が揺れた。うまく声も出せず、おまけに体は震えてくる。一体どうしてしまったのか…アルバスの言う通り、呪いをかけられているとしたら―――。そこで、名前は最悪な考えにたどり着いた。

「――――ま、まさか、私は…」
「君は、わしの予想だが…意図的に、記憶を抑え込まれておるのではないかな」

そう、例えば、トム・マールヴォロ・リドルに。
その名を聞き、名前はその場に崩れ落ちた。