27 愛憎ロマンス/秘密の部屋

例の秘密の部屋事件は生徒たちに、着実に恐怖を与えていた。勿論、教師陣も生徒を守るため見回りを強化したりと色々と模索している。石化した者はハッフルパフ寮監兼薬草学の教授であるポモーナ・スプラウトが育てているマンドレイクがあれば解毒剤を作る事ができる。その魔法薬を作るのはもちろんセブルスが担当することとなるが、勇敢なのか馬鹿なのかは知らないがギルデロイが作りましょうと言い出していたようで、名前はその場にいたら吹き出す自信がある。

「名前、また秘密の部屋が開かれたようじゃ」

双子のウィーズリーの奇天烈なレポートの採点を終えた頃、真剣な表情でアルバスが名前の私室までやってきた。一見普段通りお茶目なジョークを言っている明るいアルバスに見えるが、長年の付き合いである名前には、彼が部屋入ってくるなり、かなり深刻な悩みを抱えている事をすぐに察した。アルバスはあまり態度と表情には出さないのだが、焦っていたり、深刻な悩みを抱えている時はほんのわずかだが、眉間にしわが寄っており、雰囲気が普段と若干異なる。アルバス・ダンブルドアは聡明な魔法使いであり、優しく穏やかな面と、酷く冷酷な面の二つの顔を持っている。特にハリーの件に関しては…いや、自分がとやかく言えた立場ではない。今だって、触れたくない話題から逃げているし、それをいつアルバスが切り出してくるのかビクビクしていた。そして、今、その話題に触れられ動揺を隠せずにいる。
紅茶の入ったカップをアルバスの座っているソファの前に差し出すと、彼はそれをゆっくりと、少し疲れた表情で一口飲む。そしてアルバスは、カップをテーブルに置き、はぁ、と短くため息を漏らした。

「―――君なら、この意味は分かるじゃろう、かつて…」
「……えぇ、そうでしたね、あの子が在籍していた頃―――それは起きた」
「そうじゃ、わしは、もしかしてあの男が裏で動いているのかと見ておる」

今から50年以上前の事、あの子がまだ学生としてここに在籍していた頃…そうだ、確か、彼が監督生の時に事件が起きた。

「あの時は…」
「うむ、悲しい事に一人の生徒が犠牲になってしまった……わしは未然にそれを防ぐことができんかった、ディペット校長も後悔しておる」

ルビウスの友人、アラゴグが女子生徒を殺害した犯人とホグワーツの正式な書類には残されている。故に、ルビウスは退学ならびに杖を折られてしまったという訳だが、アルバスは未だにそれを疑っているようで、犯人はあの子なのでは、と考えているのだ。確かに、あの子ならばそれをやりかねない…しかし、証拠が何も残されていない。
名前は短く唸りながら、窓の外を眺める。寒々とした空を見上げながら、過去に想いを馳せる。私はあの時、あの子に弱みを―――握られていた。だが、アルバスは…気が付いているだろう、しかし…私にはその話題に触れる勇気はない。できる事なら、一生閉じ込めておきたい話題でもあった。だから、過去の記憶が曖昧なのかもしれない。どうしてか、その時の記憶がぼやけているというか、不明確というか。

「……仮に、あの子が裏で動いていたとして……いや、そんな事、可能でしょうか」
「わからんよ…奴はあの時逃げおせた、あの状態で何かをできる訳でもない事はわしでもわかるよ、しかしわからんのだ…」

アルバスがわからない、と言っているのはおそらく、誰があの子を手引きした…という意味だろう。

「わしが思うに…いや、なんでもない、そういえば来週は理事会じゃ…名前、すまないがよろしく頼んだよ」
「はい、アルバス…私も、昔を思い出してみます…その…」
「ん?」

突然過去があまり思い出せなくなった…なんて相談したら、年なんだよ、と答えが返ってくるかもしれない。名前は言おうとした言葉をひっこめた。

「いいえ、すみませんなんでもありません」
「…そうか、何か思い出したら、わしに相談しておくれ」
「えぇ、そうします…では、私は来週の理事会という重たい会議の為に資料をまとめておきますね、何となく嫌な予感がします」
「奇遇だね、わしも同じことを考えておる」

ははは…だよなぁ。ルシウス・マルフォイがこの件を放っておくはずがないだろう。隙あらばアルバスの弱点を…という男だ。二人は見つめ合い、意味深な苦笑いを零した。

「ごきげんよう、名前!わたしの著書の感想はどうだね!」
「あぁ、相変わらず元気だねギルデロイは…ごめんよ、これから生徒と約束をしていてね…またの機会に話させていただくよ」
「そうでしたか…それは残念、いや、人気者はやはり違いますねぇ名前!どうやら我々はホグワーツでの女子生徒人気が高いようで、まぁもちろんトップはわたしですが、二位は貴方のようですよ、貴方も隅に置けませんねぇ」
「あはは、本当に朝から元気だね…じゃあね、ギルデロイ」
「ごきげんよう、名前!」

理事会を前日に控えた朝、資料まとめでグロッキー状態な名前を更に追い詰める男、ギルデロイ・ロックハートを慣れた動作でかわすと、名前は図書室へと向かった。授業で使う為の参考資料として、禁書の棚にある本が必要だった為だ。明日にはグリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合が行われるので、廊下を歩く生徒たちの話題は専らクィディッチの事だろう…と思っていたが、どうやら今の生徒たちの旬な話題は秘密の部屋の事だった。スリザリンの継承者がどうとかと生徒たちの話が耳に入ってくるたびに、耳を塞ぎたくなる気持ちを抑えながらも、よくわからない罪悪感に苛まれた。

「…おや、君たち、その本はちゃんと許可貰ったのかい?」

禁書の棚を歩いていると、思わぬ人物がそこにいた。ハリー、ロン、ハーマイオニーといういつもの仲良し3人組だが、ハーマイオニーの持っている本が問題だった。あれはたしか、禁じられている魔法薬の調合方法が記されている本ではなかっただろうか…。名前は眉を顰め、ハーマイオニー達に向かって話しかけたが、彼女の口から意外な人物の名が挙がり、名前は苦笑を漏らす。

「あー、名前先生…その、実はロックハート先生の本”グールお化けとのクールな散策”に出てくるゆっくり効く毒薬を理解するのにきっと役に立つと思ったので…勿論、ロックハート先生に許可を頂いています」

あのギルデロイの本を…そうか、彼女、彼のファンなのだろう。ギルデロイがサインをしたその紙を一度見せ、そしてそれをぎゅっと大切そうに持っているハーマイオニーの姿を見てそれを確信した。

「…そういう事だったんだね、まぁ、君は賢いからわかっているとは思うけれども、そこに記されてる魔法薬は禁薬が多い…参考として見る分には問題ないだろう」
「はい先生、参考として読むだけです」
「そうです先生、それに、僕たち魔法薬の調合があまり上手じゃないので…作ろうだなんて、無理ですよ」

念のために釘を刺しておいたが、ハーマイオニーの言葉にフォローを入れるハリーの様子が少し変だったので気になりはしたが、図書室のボスであるマダムが睨みを利かせ始めたので3人とはその場で別れ、自分の用事をさっさと済ませることにした。きっと、静かな図書室で音を立てるのが許せなかったのだろう。

翌日、ついにクィディッチの試合が始まろうとしていた頃、名前は胃の痛みと戦っていた。ここ最近続く身体の不調は胃腸にも影響が現れ、珍しく胃もたれをしてしまったという訳だ。ふらふらと医務室にやってくると、そこには先客がいて、マダムからちょうど薬を貰っている時だった。

「やあジニー、体調が悪いのかい」
「―――せ、先生…も?」

そこには、顔色の少し悪いジニー・ウィーズリーがいた。マダムから薬を受け取り、医務室を後にしようしたときに名前は彼女に声をかけた。

「あぁ、胃もたれでね…やっぱり歳なんだろうね」
「先生は、おいくつなんですか?お若く見えますけれども…」
「こう見えても結構おじいさんだよ」

魔法で若作りしてるだけだよ、と笑うとジニーもつられて笑う。胃もたれならそこの棚に薬があるから持って行っていいですよ、とマダムに言われ、ありがたくその薬を頂戴することにした。大広間に戻るまで名前とジニーは他愛のない話をしてそれぞれ席に着いたが、席につくなりジニーに女子生徒たちが先生と何を話していたの、ときゃっきゃとにぎわっていた。