21 愛憎ロマンス/秘密の部屋

いくら閉心術が人のそれよりも優れたものだったとしても、いずれ、すべて暴かれるのだから。そうとは知らず、彼は生徒たちのいない、静かな日々を穏やかに過ごしていた。
クィリナスの死後、事後処理が大変だった。何しろ、ホグワーツの教員ともあろう人物が闇側の人間だったのだから。とりあえず彼の件は事故死、として処理を進めるために各部署へ提出する書類を仕上げ、まとめ上げる作業は名前に任せられていたが、教職に復帰した関係で中々事務作業に時間を割くことができず、元教え子の1人でもあるリーマス・J・ルーピンに手伝ってもらっていた。ちなみに、リーマス・J・ルーピンは人狼ゆえに子供の頃から苦労が絶えず、彼の苦しみは同じ人外である名前もよく理解している。彼のお蔭で予想していた時期よりも1週間早く仕事を切り上げることができ、名前の元にようやく夏休みが訪れたという訳だ。
完全とは言えないが、ヴォルデモートの姿を確認できた今、やるべき事は山のようにあり、それをいかに効率的に処理をするかが今後のカギとなっている。アルバスはハリーの周辺により警戒を張るようになった為、夏の間ホグワーツを空ける事が多くなった。おまけに今年は新任の防衛術教師がアレなので、更に多忙となるだろう。彼が何も問題を起こさなければいいが。リーマスに淹れて貰った紅茶を飲みながら、名前は窓辺から見える青空を眺める。

「本当に静かだなぁ、生徒のいないホグワーツは」
「とても快適だよ」
「そうなんだろうなぁ…そうだ、先生、これ頼まれていた物です」
「ありがとうリーマス」

色あせた皮のバッグから名前が彼におつかいを頼んだ品々が現れる。リーマスは人狼ゆえに職も安定せず最近までマグルの店で働いていたようだ。マグルの店での稼ぎだけで生活することはとても難しく、名前はそんな彼にこうして度々おつかいや自分の手の回らない事を頼み、そこそこの賃金を渡している。だというのに、リーマスは相変わらずボロボロのバッグ、そして草臥れたローブを纏っていた。このバッグは彼の父親からもらったものなので、彼が肌身離さず持ち歩いていることぐらいは理解しているが、ローブに関しては貧乏性故に、そこら中に穴が空くまで買い換えないつもりらしく、いくら新しいローブをプレゼントしても一度着た姿を見せてはくれるが、結局もったいないからと翌日にはいつものよれよれのローブに変わっている。これも、彼の性格だから仕方がないだろう。

「…アルバスは一体何を考えているやら」
「どうしたんですか?」
「…今年の防衛術の教師だよ…そこの棚に本があるんだけれども、是非読んでみてほしい」
「えっ…」

引き攣った笑みを浮かべるリーマスに、名前は素敵なフィクション小説だから、と付け加えて微笑み返す。

「読んだんですね…」
「まあね…先週ここに手紙と一緒に送り付けられてきたそうだから」

彼のサインがぎらぎらとまぶしいその本を片手に現れたアルバスが新しい先生の教科書じゃよ、とお茶目にウィンクしてきた姿を思い出し名前は苦笑する。
流石のミネルバも、当初は何度もアルバスに考え直してもらおうと頼み込んでいたよ、と伝えると、やはり、とリーマスは苦笑いする。セブルス・スネイプの反応は、言うまでも無いだろう。

「そういえば魔女に人気だってアルバスが言っていたっけ…彼の本」
「女性はよくわからないですね」

リーマスがそう言うのも無理はない。すべて彼が体験をしてきた物語とは思えなかったからだ。フィクション、と考えたほうが無難そうではあるが、防衛術は魔法使い、魔女として生きるために必要不可欠な授業なので、正直、名前、リーマスも彼がちゃんとした授業をこなしてくれるとは思っていない。

「なんだか、一昨年よりやつれましたね」
「そうかもしれないね、去年は多忙だったから…教職に復帰できて、嬉しくは思うよ、自分の姿で生徒たちの目の前に立って、自分の好きな分野を教える事が出来るからね」
「もう代理授業は行っていないようですね、その感じだと」
「あぁ、流石にもう、体力的に限界かな」
「僕なんかよりも、うんと年上なんだもんなぁ、名前先生は…気にしていないと、忘れがちになってしまうけれども」

ホグワーツの裏方として働いていた頃、いくつかの授業は教師がどうしても出られないときにはその教師に変身し、授業の代行をしてきたが、現在はマグル学の教師として復職しているので他の授業の代行はもう出来ないだろう。代行をしていた時代が懐かしい。あの時は、現実から目を背けるためにもあえて自身を多忙へ追いやり、余裕のない人生を歩んでいたな、とリーマスの言葉でふと思い出す。
名前としては、防衛術の教師はリーマスが適任だと思っているのだが、人狼が教職、ましてや子供の前に立つ事は現状からしてとても難しい。同じくヒトならざる者である名前は、その存在が殆ど世に知られていないが故にホグワーツの教員を務める事が出来たが、リーマスの場合は異なる。仮に名前がどんな生き物であるのかを知られたとしても、リーマスのように満月の夜、理性を失いだれそれ構わず噛みついたり、誰かを傷つける心配も無いので問題はないが、それでもやはり、大昔から続く魔法界の法律のお蔭で、人ならざる者にとってとても住みにくい世の中であることは間違いない。近年では昔と比べいくらかは、ヒト以外の生き物に対しての考慮が為されるようになったが、根本的なところはどの時代も変わらず。

「じゃあ、次の仕事に行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい、また連絡するね」
「はい」

フルーパウダー特有のにおいを感じながら、名前は暖炉に向かって手を振る。
穏やかな夏休みが、いつまでも続くわけではない。ローブを新調する為、ダイアゴン横丁へ向かう必要があったのだが、去年の出来事を思い出し、中々重たい腰を持ち上げる事ができなかった。マダム・マルキンがホグワーツに来てくれればいいのだが、新学期前の彼女のお店は多忙で昔からの付き合いだったとしても来てくれ、だなんてお願いできるはずが無い。リーマスはアルバスの頼み事がある為、夏休み中はこれ以上彼におつかいを頼めそうにない。という事は、己の足で外に出なければならないという事だ。

「…嫌だなぁ、こういう時に限って、嫌な予感って的中させてしまうんだよね…」

フルーパウダーを握りながら、名前は独り言つ。
どうか、アレ関係の人たちに出会いませんように。
しかし、その願いも1時間後、空しく打ち砕かれる事となる。