20 ロングボトムの仕立て屋/シャボンディ諸島

どうしてこんなことに―――一人取り残された名前は絶望に暮れる。気が付けば、仲間の姿はどこにもなく…くまによって“どこか”に飛ばされてしまった。

「これは大問題だよぉ~?説明はあるんだよねぇ?」

殺気じみた声でつぶやく黄猿に、彼は相変わらずの無表情。

「“魔女”も逃がしちまうなんてねぇ~」
「…」

結果的に、麦わらの一味は全員取り逃がしてしまった。おまけに“魔女”も行方不明に―――天竜人をなだめるのは骨が折れそうだ、ボルサリーノは内心呟く。

ふと、疑問が頭に浮かぶ。もしかして、あの人はルフィたちを“逃がして”くれたのではないだろうか、と。ボルサリーノに捕まった時、無意識のうちに魔法を使っていたようだ。見知らぬ場所で目が覚めた。人間、死ぬ気になればなんとかなるものだ。魔力をコントロールできない魔法使いがよく魔力を爆発させ事故を起こしたりするが、それに似ているのかもしれない。命を守る為、なけなしの魔力を消費して発動された魔法は名前をシャボンディ諸島ではないどこかへ飛ばした。しかし、一体ここはどこなのだろうか。

「…頭…痛い…」

深刻な魔力不足で酷い頭痛に苛まされる。時刻はおそらく真夜中…ここに来て何も飲まず食わずだったが、何かを食べたいという食欲が一切湧き起らない。人気のない密林の奥にある小さな洞窟で、身を縮めて暖をとる。知らない世界、知らない場所で、彼らは確かに希望の光であり、彼女にとってのよりどころであった。今思うのは、ルフィたちの無事と、船に残してきたロシナンテの心配と、故郷で待つ弟の事。
ああ、駄目だ、もう意識を保ててない。でも、今眠ってしまっては…死んでしまうかもしれない。凍えるような寒さで、吐く息も白く、洞窟の地面は霜が張っている。異様な気怠さに抗おうとするが、意識とは反対に名前は闇の中に落ちていく。

『まぁ今年はすごいわね!』
『ね!でも危険なんでしょう?』

ホグワーツ魔法魔術学校、ダームストラング専門学校、ボーバトン魔法アカデミーの3校による三大魔法学校対抗試合(トライ・ウィザード・トーナメント)が約100年ぶりに開催されることとなった。それを高々と告げる校長、ダンブルドアの声に生徒たちは沸き立つ。

『年齢線か…僕らは大丈夫だけど、選手に候補するなんて命がいくらあっても足りないよ』
『あはは、間違いないね、でも双子のウィーズリーは何が何でも立候補するつもりみたいだ』

双子のウィーズリーとは、ホグワーツでも屈指の問題児…グリフィンドールの5年生。彼らには散々手を焼かされているここの用務員のフィルチの叫び声はもはや日常茶飯事。手を焼かされているのは彼らだけではない。彼らに負けず劣らずいたずら好きの、ポルターガイストのピーブスにも要注意だ。名前はここに入学して二日目、生臭いバケツの水をかけられたことがある。

『あの人たちは本当に相変わらずね…』
『でもかっこいいわよね』
『そうかなぁ?』

年頃の少女たちの話題と言えばだれがかっこいいだの、だれが付き合っているなどという恋愛話に尽きる。別に恋愛話にそこまで興味はなかったが、楽しそうに話をしているとどうしても聞き入ってしまう。だから、知らないうちに様々な噂話を耳にする。

『もう、名前はどんな人がタイプなの?』
『もういいよその話…』

付き合ってる人はいないの?と詰められるが今はそれどころではないので特に興味もなかった。将来、旅をして自分の店を作りたかった名前は服飾関係の勉強をしつつ、魔法を勉強している。センスを磨くためマグル雑誌を読み漁ったり、街に出てロンドンを行きかう人々のトレンドをキャッチしたりと、それはもう忙しい日々を過ごしている。ホグワーツにいる間は雑誌を開いては新しい服を作っていた。だからなのか、名前の元には女子生徒たちがいらない服をくれないか、とよく声を掛けてくる。

『あら、ジェシカ、知らないの?』
『え?何を?』
『名前だって、過去に付き合っていた人はいるのよ』
『ええ!?』
『もう、アン、やめてってば』

殆どの者は知らないが、一部の親しい者たちだけが知る秘密。動揺の色を滲ませる名前を見て心情を察したアンはいたずらっ子のように笑った。

『ふふ、教えてあげないわっ』
『えぇ~ずるいわよそんなの!ね!教えて名前!』
『言う訳ないでしょ…』
『そんなこと言わずに~!』

一部の人が知る、とても大きな秘密。どうして秘密にしていたか…それは、名前が恋愛においては極度の恥ずかしがり屋だったからだ。弟がドジなのもあり、しっかりとしたお姉さんという印象を与える名前だったが、恋愛話になったとたん恥ずかしくなり奥に引っ込んでしまう程。人前でキスを平然とできる人たちの気が知れない。

『姉さん、あのさ、ダンスパーティーどうしたらいいと思う…?』
『…行けばいいでしょう』

ダンスパーティが近づいてきたある日、広間で朝食を食べていると弟のネビルがハッフルパフの席までやってきた。
誘った子がいるのね?そういうと弟は頼りない声で、うん、と答える。

『ドレスローブ、直してあげるから明後日持ってきなさい』
『うん』
『いいなぁ~弟君は…わたしも名前にドレス作ってもらいたいなぁ~~』
『残念、もう予約は締め切り』

ちなみに先着2名だけが名前の仕立てたドレスを着ることができる。一人はグリフィンドールのハーマイオニー・グレンジャーで、もう一人はレイブンクローのルーナ・ラブグッドだ。彼女たちは名前が作ったドレスを着てくれる人を探していた時、偶然タイミングよく居合わせた後輩たち。波乱の世代…とも陰で呼ばれている、かの少年、ハリー・ポッターと同級生の少女たちだった。
ついでだからあんたもここで食べていきなさい。そういうとネビルはおずおずと席に腰をかける。

『食べこぼしているわよ、ほら』
『…やめてよ姉さん、恥ずかしいよ』
『零すのが悪いんでしょう?』

くすくすと笑い声が漏れる。
それを見逃さなかったのはスリザリンの席に座っているドラコ・マルフォイだった。彼は何かとネビルにいちゃもんを付けたがる、超過激派の純血主義者の少年で、父親も元死喰い人という曰く付きの人物だ。絶対今も死喰い人なんじゃないだろうか…と名前は疑っている。

『おいロングボトム、よかったなぁ“おねえちゃん”に面倒みてもらえて』
『ふふふ、やめてよドラコってば…ほんと、弟も弟なら、姉も姉よね~』

彼のファンクラブか何かはわからないが、彼を囲うようにして数人の男女がこちらにやってきた。スリザリン生がハッフルパフの席に来るなんて珍しいわね。などと見当違いな事を考えている名前に彼らの言葉が響くわけもなく。

『あら、どうしたの、ハッフルパフの席に何か用?』

そんなにたくさんの友達を引き連れて…一人じゃ席の移動もできないのね。さらりと毒を吐くアンにドラコ・マルフォイとその仲間たちは苦虫を潰したような表情を浮かべた。

『黙れ穢れた血め』
『ちょっと今の言葉聞き捨てならないわね、君はそんなことも親に教育されてないのね?』
『ふん、血を裏切るものに何を言われても響きゃしないね、おっとそうだった、君たちの親は―――頭がイ』

ぱりん、と勢いよくコップが割れる。ネビルが怒りで震えている。親を馬鹿にされただけではなく、直接的ではないが、その原因ともいえる関係者の血筋の者に言われたことが何よりも許せなかった。弟の気持ちは痛い程わかっていたし、彼に底知れぬ怒りすら感じた。だが彼は現時点で死喰い人でも何でもない…死喰い人の息子ではあるが、彼に当たるのはお門違い。

『マーカス!あなたのお誘い、お断りさせていただくわ!一人で勝手に踊っていなさい!』

ガチャン!今度はスリザリンの席から大きな音が響いてきた。声は広間に響き渡り、驚きを隠せずにいる弟を引き連れ彼女は広間を去っていく。衝撃が広がる大広間では、ひそひそと囃し立てる声がスリザリンのクィディッチチームのキャプテン、マーカス・フリントを更なる絶望に追い込んだのは言うまでもない。まさか冗談だろ、とはじめドラコも思っていたが、周りの事など忘れかなりのショックを受け、食事も喉を通らず上の空になっている彼の様子からして、先ほどの出来事が真実であり、彼がそれほどまでに彼女に対して“真剣”だったことが判明した。
まさか自分より年下のドラコ・マルフォイのせいで自分に飛び火するなど…。だが、今の彼にそんなことを考える冷静さなど無かった。

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