19 愛憎ロマンス/賢者の石

ユニコーンの血を飲んでいたのは、間違いなくヴォルデモート。それだけ、彼も切羽詰った状況なのだろう。セブルスが言うには、クィリナスは彼に加担をしている。信じたくは無かった、心の片隅に、押しやっていた事実。名前も伊達に年を重ねてはいない。彼の挙動不審な行動に、なんの疑問も抱いていなかったわけではない。だが、どこかでそれを否定してしまう自分がいた。クィリナスは、誰かに縋って生きるような、弱い人間ではなかったはずだ。そんな彼を変えてしまったのは、ヴォルデモートの他ならない。どういう手段で、彼とつながっているのかは不明だが今年に入り、彼からは良からぬ何かを感じるようになった。
それに確信を持てたのは、あの夜の出来事。記憶が曖昧ではあるが、ぼんやりと彼以外の誰かの声を聞いたような気がする。しかし、そのことをアルバスにも、誰にも語るつもりはない。こんなこと、誰にも話すことができない。しかし、アルバスは勘がいい。彼は、クィリナスの変化と、名前の体調の変化に気が付いているはずだ。それをあえて触れないのは、アルバスの性格からくるものだろう。いつもの、何かを探るような青い瞳で見つめられ、名前はただ苦笑をする。

「クィリナスは、彼と繋がりがある、とセブルスは考えているんだね」
「それ以外説明が付かないでしょう、奴の不審な行動の数々」
「…トロールも、クィリナスの得意分野だったね…」
「で、それを知っていて、貴方は普段通り生活をしている、と」
「いいや、名前が今まで通りに過ごしてくれていることは、とても重要な事じゃ」
「…と、申しますと?」

相変わらず不満そうな目で名前をにらみつけるセブルス。

「…いいや、長年の勘だよ、クィリナスが今まで暴走しなかったのは、名前がいるからじゃよ」
「アルバス」
「もはや、それは今までの事であってこれからは違う…行動せねばならん時が来た」
「……」

校長室は、しんと静まり返り壁に飾られた歴代校長たちも固唾をのんで見守っている。バクバク、と心音が外に漏れているのではないか、と心配になる程名前は動揺していた。逃げて、逃げて、逃げ続けて来た人生に、今、まさに終止符が打たれようとしている。

「もう、わかっておるじゃろう、名前、君が彼を止められなかったら、もはや、最悪の手段しか残っておらん」
「…それは」
「名前、もう逃げ道などない、覚悟を決めるのだ」

いつも、中途半端な足場に立っていたが、それがガラガラと崩れていくようで。アルバスの言葉に、名前は息をのむ。こうなる日は、いつかやってくると、わかってはいた。頭の中で、ちゃんと考えてはいた。

「死ぬことは、恐ろしくはありません、死こそ、私の安らぎですから…ですが、私は、悲しく思います」

この役目が、あの子だなんて。名前は悲しげに顔をうつむかせる。あの子が生まれた時から、あの子の運命は決められていた。どちらの子を選ぶにせよ、どちらの子も辛く、苦しい未来が待っている事を。自分を殺すのは、あの子以外いない。そして、あの子もまた。

「クィリナスを、説得してみます」
「…頼んだよ、君の言葉は、彼にとって何よりの脅威だ」
「ならば、何故早く行動しなかったのか!貴方は昔から変わらない…!」

セブルスが怒りで声を荒げる。じんじん、と目頭が痛む。今、自分はまともに呼吸が出来ているのだろうか。名前は怒りをあらわにするセブルスを見つめ、手のひらをぎゅっと握った。

「事が大きくなってからでは、遅いというのに!」

あの時、貴方が動いていれば、彼女は。セブルスの悲痛な叫びにビリビリと刺すような痛みが胸の中に広がり、手が震える。彼の言う通りだ、いつも、いつも、行動が遅く、気が付けば取り返しのつかない事になっている。自分可愛さで、生きてきた。

「君の怒りは、よく理解できるよ、確かに…私は、クィリナスを呼び止めておけばよかったんだ、そうすれば、彼が道を逸れる事もなかったかもしれない」

あの時だって、そうだ。自分可愛さで、城に閉じこもっていた。あの子が恐ろしくて、過去の過ちに触れたくなくて。

「アルバス、時間をください」

喉が、カラカラだ。紅茶を飲んだというのに。

「…ふむ、そうだろうと思い明日はマグル学は休講にしておいたから安心なさい」

なんだ、すべてお見通しだったか。名前は二人に振り返ることなく、静かに校長室を後にする。名前が去った後、セブルスは未だに名前がいた場所をにらみつけており、アルバスはやれやれ、といった表情で彼に椅子をすすめる。

「彼は、しっかりと自分の義務をわかっているつもりじゃ、だが…これだけは分かっておくれ、老いると、心が弱くなるものなのじゃよ…名前は、呪いの為に不老ではあるが、精神は老いておる、わしと、同じく」
「…もし、失敗したらどうするおつもりですか」

あえてアルバスの言葉をスルーし、セブルスが続ける。

「失敗などないよ、クィリナスは、彼を愛しておる」
「…またご冗談を」
「セブルス、君も気が付いていたはずだ、クィリナスが彼に想いを寄せていたことを」
「仮にそうだとしましょう、それで、あの男を愛しているからあの男には手をかけない、そう申したいのでしょうか」

あの男だけなら、そうでしょうな。と冷たく言い放つセブルスにアルバスは苦笑する。

「君も身をもって経験をしている筈じゃ、愛は時に悲劇を起こすが、愛によって心変わりすることもある」

アルバスは何でも知っている。セブルス・スネイプが今は亡き彼女を、愛し続けていることも。そして、彼女の存在があったからこそ、彼はここにいる事を。そこを付かれ、セブルスは苦虫を潰したような表情を浮かべる。

「どういう結果にせよ…クィリナスは、名前を手にかけることはおろか、ハリーに指一本触れられぬじゃろう」

彼は、愛によって、殺されるのだから。セブルスはアルバスの言葉に耳を疑う。この口ぶりからして、彼は元々……。
なんと末恐ろしい男だろうか。部屋を去った後、セブルスは誰もいない廊下で独り言つ。アルバス・ダンブルドアのあんなに冷たい眼差しを見たのは、セブルスが校長室の扉を叩いた日以来だ。どんな利害が一致して名前・ナイトリーがここへ居続けるのかは分からないが、あの男は気が付いているのだろうか。自分が利用されていることに。
セブルスは1人、ほの暗い廊下を進む。この先、どんな事があろうとも。