18 愛憎ロマンス/賢者の石

ハリーがみぞの鏡の虜になっていたという、アルバスの知らせには仰天させられた。そもそも、何故あんな危険なものを生徒の立ち入れる場所に置いておいたのか。クリスマス休暇が終わると、あっという間に時が流れていった。クィディッチの試合も、アルバスの監視の元行われたお蔭か何事も無く終わり、再びグリフィンドールは勝利した。
そんなある朝、名前は校長室に来ていた。

「ユニコーンが、何者かによって襲われた?」
「…君なら、わかるだろう、あのユニコーンを襲う意味を」
「……」

朝から、暗い話で申し訳ないね、と言うアルバスに名前は苦笑を漏らす。

「森にいる友人に、聞いてみましょう」
「あぁ、頼んだよ」

ついでに、ハリーたちの罰則は今夜執り行われるようで、その為にも古い知人に説明をしておかなければならないだろう。なぜなら、今夜の罰則は禁じられた森で、傷だらけのユニコーンを探す事になっているからだ。
今日は偶然午後から授業が無かったので、名前は1人、禁じられた森に入る。奥へ、奥へ進むと昼間なのに、まるで夜のような薄暗さに包まれた冷たい空気が漂う場所へとたどり着く。カサカサ、と多くの生き物が動く音が聞こえ、振り返るとそこには古い知り合いの子供たちがいた。

「やぁ、君らの長はどこだい」
「長は、あちら」
「でも最近、元気が無いの」
「そうだったのか…」

よく考えれば、彼もかなりの年だ。アクロマンチュラの寿命を考えれば、彼はかなり長生きをしているほう。こうして、古い友人たちはみんな死に、自分だけが取り残されていくのか、と改めて寂しさを感じる。
カサカサ、と小刻みに動く沢山の足は、名前をさらに森の奥へ奥へと誘う。ここは、同族のみしか入れない領域、彼ら、アクロマンチュラの住処だ。名前がここに入ってこられるのは、彼がもはや、人間ではないから。人間であった頃の記憶は殆どなく、人生の殆どを人ならざる者として過ごしてきた名前にとって、彼らの存在は心の助けであり、家族とも言える。

「…アラゴグ、元気、じゃないみたいだね」
「あぁ、アラクネの子か……見ての通り、わしはもうじき、死ぬだろう」
「…そんな事を言わないでおくれよ」

巨大なクモ、特別な魔力を持ったアクロマンチュラのアラゴグは、ルビウスと共にここへやってきた。当時は赤ん坊だったアラゴグも見る見るうちに大きくなり、今では体長5メートル以上はある立派なアクロマンチュラだ。アクロマンチュラは元々ボルネオ島に生息していたが、今はその数を減らし、それらの原因は魔法族によるアクロマンチュラの乱獲によるものが殆ど。アクロマンチュラの毒はとても強力であり、とても貴重な魔法薬の材料でもある。魔法生物管理部の取引禁止目Aクラスに指定されており、取引自体が禁じられているのだが、ルビウスは偶然アラゴグの卵が裏取引されているのを見つけ、彼と出会ったそうだ。ルビウスが出会わなければ、アラゴグの卵は間違いなく魔法薬の材料として使われ、どういう最後を遂げていたかなど、容易に想像がつく。

「アラクネの子、お前は相変わらずのようだな」
「あはは、そうだね、相変わらず生徒に手を焼いているよ」
「ハグリッドから聞いたぞ、最近体調を崩したそうだな」
「…あはは、ルビウスってば…そんなことも言ってたのか…でも、まぁ、大丈夫、心配には及ばないよ、元気だから」

まったく、ルビウスは。と苦笑を漏らす。人の心配より、自分の心配をしなくてはならないというのに。あのルビウスの事だ、仲の良いハリーたちに余計な事を話していなければいいのだが。今更ながら、不安に思う。

「時に、最近、この森で傷だらけのユニコーンを見つけなかったかい?」
「…あぁ、それならば、先ほどわしの子らが亡骸を見つけた」
「―――既に、殺されている…!?」

アラゴグの言葉に、ぎょっとする。

「わしらはあの生き物に干渉しない、だが、あの生き物の血を飲むということは…」
「…ありがとう、教えてくれて、そのユニコーンは、どこへ?」
「あぁ、丁度この先をまがったところにいる、あれの始末は頼んだ、わしらはあの生き物の血の匂いが苦手だから」
「わかった、任せてくれ」

アラゴグも、名前もユニコーンの血は苦手だ。苦手というより、本能でユニコーンを避けているといった方が正しい。ユニコーンは魔法界でも純粋な生き物で、その血には命を長らえさせる力があるが、その血を口にした者は一生呪われるという。アラゴグも、名前も、元を辿れば同じ種族なので、ユニコーンの血の匂いで酔っぱらってしまうのだ。ただ、人間の血のお蔭で名前はアラゴグ程は酷く酔っぱらう事はない。
案内されたそこには、美しい毛並みのユニコーンが冷たくなり、地面に横たわっていた。なんてかわいそうな事を。名前はユニコーンの血の匂いで酔っぱらわないよう、防臭呪文を唱え、亡骸を魔法で浮かせ、ユニコーンの亡骸を地面に埋める。ユニコーンが殺されていた事をアルバスも予感していたようで、その事実を名前の口から聞くなり、やはり、と落胆した表情を浮かべた。

「やはり、そうなってしもうたか…可哀相なことをしてしまった」

もっと早く、行動していれば。と悲しげに言うアルバスの背中を、名前はただ黙って見つめていた。彼は、昔からもっと早く行動をしていれば、と後悔することが多い。聡明な彼は、常に未来を見つめていたが、それ故にそういった後悔が多いのだろう。それに、年を重ねるとそういった後悔の毎日。アルバスの苦悩の全てを理解できるわけではないが、同じく年を重ねた者として彼の苦悩をほんの少しは理解できているつもりでいる。

「なんだか、今日はどっと疲れがやってきてしまったようだ、一足早く、床に就こうかな」
「あぁ、そうするとよいじゃろう、何しろ、ユニコーンの血肉は君らにとっては脅威だからのう」
「ははは、そうですね、人間の血があるお蔭でなんとかいつものように振舞えていますが…年かな」
「ほほほ、わしよりも若い君がそんな弱音を吐くとは」
「老いると、弱くなるものです、例え、見た目が変わらなかったとしても」
「そうじゃのう、それはわしにも言えた事じゃ」

肉体的に変わらなかったとしても、心は確実に老いているだろう。見た目と、心の年齢に名前は時々自分の事が良く分からなくなることがある。これだけは、慣れ、という言葉で片付けられない。
その晩、名前は夕食も食べず眠りについた。そのせいもあり、朝から気怠さを感じている名前は自室のテーブルに置いてあった朝食を殆ど残してしまい、マダムポンフリーの薬で一日をやり過ごした。

「…あの者が、ユニコーンの血を飲んでいたのは間違いない、ハリーはフィレンツェ達に助けられたが、これから先、あの者がハリーに手をかけない、とは言い切れぬ」
「校長、私はクィレルが怪しいとみておりますが」
「セブルス、彼の変貌ぶりを見てそう言っておるんじゃろう、仮に、彼がそうだとしても…」

なんとタイミングの悪い事か。名前は昨夜の事件についてアルバスと二人で話をするつもりで校長室に来たのだが、先客がいたようだ。セブルスは名前の登場にあからさまに顔を顰める。

「丁度よいところに来た、名前」
「昨夜の事を話しに来たのですかな、君がのうのうと、眠りこけている間に起こった出来事を」
「これセブルス、あまり名前を苛めるでない」
「苛めてなど…」

彼は、死んでも自分の事を恨み続けるのだろう。何となく、そう感じた。名前はアルバスが出してくれた紅茶を飲みながら、昨夜の出来事を語る。