16 愛憎ロマンス/賢者の石

それから月日はあっという間に流れ、クリスマス当日。ほとんどの生徒たちはクリスマス休暇を自宅で過ごしているが、一部ホグワーツに居残り城でクリスマスを迎える生徒もいる。今年は全学年あわせて10人程居残っているようだ。それの殆どがグリフィンドール生だったので、今年のクリスマスはとても賑やかそうだ、と名前はリストを眺めながら微笑む。ホグワーツで出されるクリスマスの食事はとても豪華で、大広間の飾りつけも美しく、出来る事なら一度だけでもいいので、是非ともホグワーツのクリスマスを楽しんでもらいたい。

「ナイトリー先生!」
「…やぁハリー、君の隣にいるのはウィーズリー家の子かな」

階段を降りようとしていた時、後ろから声をかけられる。寒いため、マフラーを巻いているハリーと、赤毛の少年、彼は間違いなくウィーズリー家の子だろう。名前の言葉に少し気恥ずかしそうに答えるロンに名前は微笑む。

「君のお兄さんたちには、色々と手を焼いているからね…君らも、あまりやんちゃしすぎないようにね」

じゃないと、セブルスに減点されてしまうよ、とおちゃらけて言うと二人はどっと噴き出す。

「あの、先生は…スネイプ先生と、仲が悪いのですか?」
「いいや、私はそんなつもりはないよ、まぁ、誰しも全員と気が合うとは限らないからね…クリスマスのホグワーツはとても楽しいけれども、あまり夜更かししすぎないようにね」
「はい、あの、ところでナイトリー先生はこれからどこへ行くんですか?」

ハリーはマグルの装いをしている名前を見上げながら言う。ベージュのトレンチコートに、タータンチェックのハンチングを被り、足元からは上品な色合いのステップイン。何処からどう見てもマグルの男性にしか見えない。

「ちょっと、友人達の墓参りにね」

今日は12月24日。親友たちが、戦場で命を散らした日。そして、我が子も同然だったあの子が死んだ日。

「…先生の友達は、その、そんなに若くして亡くなったんですか?」
「おや、ハーマイオニーから聞いていないのかい、私はこう見えても戦前生まれだよ」
「え!?戦前!?」
「え、ちょっと待って、え、どういう意味?」

ウィーズリー家のロンには分からなかったようでハリーが手短に説明をする。ハリーはマグルの学校で歴史の授業を学んでいたのだろう。事細かには知らないようだったが、大まかにどんな戦争があったのかは理解していた。

「へぇ…全然、そう見えないや…」
「魔法で若作りしてるだけだからね」
「そうだったんですか…」

では、もう列車の時間だから、と二人に別れを告げると、1階にある入口からホグワーツを出て、不思議な生き物が運ぶ馬車に乗り込む。死を見た者にしかその姿を確認する事が出来ない、不思議な生き物、セストラル。悲しい事に、これだけ生きていると名前は嫌でもこの生き物が見えてしまう。この生き物に、何の罪はないけれども。セストラルは馬車に乗り込んだ名前の匂いをくん、くんと嗅ぐ。

「…ああわかってるよ、ちゃんと持ってきたから」

黒いトランクから生肉の入っている袋を取り出すと、袋の中から肉を取り出し彼らに与える。彼らは鋭い生き物だから、私が何であるのかを知っているのだろう。肉を食べた後も、意味深な視線で此方を時折振り返ってきた。
ホグワーツの敷地から一歩外に出ると、名前は姿くらましである場所へ向かう。暖炉を使って漏れ鍋を経由する方法では、会いたくない人物と遭遇する可能性があるからだ。
ここからは、魔法を使わずにその場所へ向かう。今までずっとそうしてきた。あえて時間をかけてそこまで向かうのには、口では伝えられない、心情的なものからくるあれそれがあるからだ。都心から離れていくと乗客の数も次第に減っていき、気が付けば同じ車両に3人程しか乗っていなかった。流れゆく風景を見つめながら、名前はついうたた寝をしてしまう。ごとん、ごとん、という揺れが心地よい。

ごとん、ごとんと揺られながら、名前は親友の待つ実家へと向かっていた。戦火を恐れ、親友たちの家族は元住んでいた田舎に帰ってしまったためである。朝起きてから、もう何も食べていないし、何も飲んでいない。喉がカラカラで度々喉がひっつきそうになる。マグルの世界で生きる事を選んだ名前は、ホグワーツを出てからずっと魔法を使わずにいた。それが、当時の名前の覚悟だったのだ。

「―――ついた、」

駅のホームに着くなり、バートの母が名前を迎えにやってきてくれた。彼女と会うのは1年ぶりで、見ないうちに随分とやせ細ってしまったなと感じる。バートの母は名前を見つけるなりぎゅっと抱きしめ、名前は震える彼女の手をそっと握った。

「お久しぶりです、こんなに寒い中、手袋もせずに…」
「…おや、手袋を忘れてしまっていたようだね…あぁ、そうだ、手袋は、あの子らが、寒そうだから、つけてやったんだったわ…」

おろ、おろと泣き崩れるバートの母を抱きしめ、名前は彼女に自分の手袋をつけてやる。

「いいんだよ名前」
「平気です、列車の中でずっと温まっていましたから」
「…そうかい、なんだか、すまないね…」

バートの母には、今まで何度も面倒になっていた。それは名前だけではない。幼い頃、両親を亡くしたトムも、実はバートの家で世話になっていたのだ。その彼らが、今日、家に帰ってきた。寒い雪道を進みながら、名前はずっとバートの母の肩を支えていた。
家の周りには彼らの知り合いが何人も来ていて、思い出話に花を咲かせている。悲しいお別れだと、彼らはもっと悲しむだろうからとここの親父さんが言ったからだ。名前は震えそうになる手をぎゅっと握り、玄関を進む。足や肩に雪が付いていることも忘れ、居間に置かれた2つの棺を前に、名前は力なく膝をつく。棺の中には、きれいに整えられた軍服を身に纏った親友たちの姿。その胸に飾られた徽章が空しく光る。
2人の手は固く、冷たくなっており閉ざされたその瞳は2度と開く事はない。心臓を撃ち抜かれた二人の腹にはその鉛弾がまだ残っているらしく、その鉛弾ごと二人は埋葬されるそうだ。軍医も、状況が状況なのでその弾を取り除いてやる時間が無かったらしい。

「……トム、バート…君ら、家族はどうするんだよ……」

バートの母が気を利かせて、3人だけにしてくれたようだ。暖炉から聞こえる、パチ、パチという音が空しくこだまする。

「家族を持つ喜び…私に、教えてくれるんじゃ、なかったのかい…!」

ざざっ、と、屋根から雪が落ちてくる音が聞こえてきた。

「…ちゃんと、飲みに行くから、お見合いパーティーだったとしても、次からはちゃんと付き合うから」

戦争が終わったら、3人でうまい酒をぱーっと飲もう!そう意気込んでいた二人の声が鮮明によみがえり、目頭がカーッと熱くなる。二人の動かない心臓に耳を当て、聞こえないはずの心音を探す。いくら待っても、その音が聞こえる事はなく。頬に触れても、瞼に触れても、まるで人形のようだった。体のあちこちには乱雑に手当された跡があり、そこはきれいに包帯で隠されている。
生まれて初めての、大切な人の死。名前の胸は悲しみで張り裂けそうになる。呼吸の仕方も思い出せない。

「―――…」

涙が流れない、まるで出てこない。目頭はこんなにも熱いというのに。