12 anemone/学生時代

「この部屋にももう一年間か・・・」

「何言ってるんだ、7年間いるんだぞ?」

「そりゃそうだけどさ・・・家なんて久しぶりだ、早く家族に会いたいな~」

リチャード兄さんやマリーはどんな顔で出迎えてくれるだろうか。名前の頬が自然と緩む。家に帰るのが楽しみであるはずなのに、ダニエルだけはどこか厳しい表情を浮かべていた。それは手元にある成績表が原因なんだろうけれども。おれよりも成績のいいダニエルが暗い表情を浮かべているのはおかしいんじゃないかと思ったが、何事も自分基準で考えてはいけないんだよな。ちなみにダニエルは1年生全体で6番目の成績だ。リリーは5番目、おれは・・・・・・・35番目だ。これでも結構頑張ったほうなんだよ、これでも、ね。おそらく薬草学と魔法薬学が足を引っ張ったに違いない。魔法史だけはトップを取れた。もちろん得意の一夜漬けのおかげだ。

「はぁ、おれマリーに怒られちまうよ」

「35番目って驚きだよな・・・お前、絶対上位10位に入っていると思ってたから」

「残念だったな、おれは魔法薬学と薬草学が絶望的に苦手なだけだ」

「あっそう・・・」

寮を出て、ケビンはすぐさまジェームズたちの元へ行った。どうやら休みの間家に遊びに行くそうだ。取り残されたケビンと名前は重たい荷物を片手に廊下を進む。他の寮の友人たちに別れを告げ、二人は列車に乗り込む。

「なぁダニエル、休みの間手紙を出しても大丈夫か?」

「え?いいよ・・・君からなら大歓迎だよ」

「サンキュ。ダニエルもいつでも手紙だしていいんだからな」

「うん・・・ありがとう、そうさせてもらうね」

入学当初が懐かしい。あの頃は妙な距離感があってこんなに柔らかい空気で話し合うこともなかった。ダニエルの家は何度も言うようだが純血を重んじる家で、マグル出の者とは距離を置くようにしている。名前の場合は両親が魔法使いであることを知っているため、こうして接してくれるのだが、ケビンだけは相変わらずの関係。正直この間に挟まれた状態が今後6年も続くのかと思うとため息がこぼれそうになる。

「そういや・・・クリスマスにあったブラック家のパーティ、ダニエルも出たんだろ?」

「うん、そうだよ・・・来年はマルフォイ家らしいけどね」

そんなにしょっちゅうパーティしてるのか。流石だな、お金持ちは。ということは、シリウスも強制参加何だろうか。

「パーティにシリウスいたか?」

「あたりまえだよ・・・君のことを聞かれたよ、友達なんだろうって聞かれたよ」

「へぇ、シリウス不機嫌だったか?」

「彼のことはよく知らないけれども・・・ぶっきらぼうな感じだったよ」

「はは、そりゃ機嫌悪い証拠だ。」

駅に着くと、ケビンと別れを告げホームをあとにする。ケビンの両親をちらっとだけ見たが、いかにもお金持ちそうな感じでマグルと溶け込めていない感じがなんとも。魔法使いは彼らを見ただけで、彼らが魔法使いの家であることがわかるだろう。名前はロンドンにあるとあるレストランに向かっていた。

「・・・あら、名前じゃない」

「リリー、それにリリーの母さん・・・どうも」

「あら、元気そうでなによりだわ。娘から聞いてるわ、魔法使いなんですって?」

「えぇ・・・おれもそのことには驚きました。」

リリーの父親は仕事で家を空けているらしく、母親だけが迎えに来ていた。そういやペチュニアはどうしたんだろう。

「リリー・・・ペチュニアは?」

「あの子なら・・・マリーと遊んでいるらしいわ」

「そっか。元気そうでなにより・・・じゃ、おれここに用があるからこれで」

「えぇ、またね。今度一緒に宿題やりましょうね!」

「あぁ!」

リリーたちと別れを告げ、名前はギドニーレストランに足を運ぶ。席には数十分前からリチャードが待っていたのか、名前が現れるなり両手を広げ迎え入れてくれた。

「久しぶりだな・・・元気にしてたか、名前?」

「うん、おれは元気だよ。マリーはペチュニアと遊んでいるんだろ?」

「あの二人、親友だからな・・・・毎日のように遊んでるよ。」

「そっか」

仕事が忙しいためか、リチャードは少々やつれた表情をしていた。席に座るなり食事を頼み、それらを胃に流し込むようにがっついた。

これはチャンスだと思い、名前は思い切って姉のことを聞くことにした。この機会を逃したら、二度とやってこないだろうから。

「なぁリチャード兄さん・・・ハンナ姉さんのことなんだけれども・・・」

「・・・言うと思ったよ。いつかは話さないといけないと思ってたからな。名前は父さんと母さんが魔法使いだってことは知ってるよな?」

「うん」

「母さんの家系は・・・有名な家柄でね。父さんの家系は・・・まぁ普通の家らしいんだけれども・・・・父さんと母さんは事実上駆け落ちして結婚したんだ。母さんの家は旧家だから、そんな名の知れない家に嫁入りすることが許されるはずがない・・・母さんはホグワーツを出て、実家と絶縁したんだ。」

両親が駆け落ちして結婚したなんて、今初めて聞いた話だ。ロマンチックだなと思いつつ、そのことがいかに重要か耳を傾ける。

「父さんと母さんが結婚して・・・ハンナ姉さんが生まれた。ハンナ姉さんが生まれてすぐ、俺が生まれた訳なんだが・・・俺はスクイブで・・・スクイブの意味はわかるよな?」

名前は一年間だが魔法使いの常識はある程度吸収したので、小さく頷く。

「スクイブは魔法界ではマグルと並ぶくらい、忌み嫌われている存在で・・・父さんの家系は、そのスクイブが多いのが特徴なんだ。父さんの父親、おじいちゃんがそうであったように、俺もスクイブだ。それで・・・姉さんに魔力があることを知った母さんの実家の人たちは姉さんに重圧をかけたんだ。俺たちの中には、その血が流れているんだ。だけれども、スクイブにはどうしようもできない。だから、姉さんはその重圧に一人立ち向かっていったんだ。けれども、姉さんは最終的にはノイローゼになって・・・。姉さんが苦しんだのはスクイブである俺のせいでもあるんだが・・」

母さんの実家がそんな恐ろしい人たちだったとは。そのために、ハンナ姉さんは苦しんだというのか。なぜ、その血が一部流れているからと言って重圧をかけるのだろうか。母さんとは絶縁したんじゃなかったのか。名前の頭にさまざまな考えが錯誤する。

「リチャード兄さんは何も悪くないじゃないか」

「・・・この話にはまだ続きがあるんだ。ハンナ姉さんが4年生になった時、名前が生まれた。母さんたちは一応、名前に魔力があるかどうか調べてもらったんだ・・・ダンブルドアに頼んで」

そうか、だからリチャード兄さんはダンブルドアを知っていたんだ。今、ようやく話がつながった。

「その結果、名前に魔力があることが分かったんだ。ハンナ姉さんは名前が自分と同じような苦しみを味あわせないようにとそれから必死になった。もちろん、名前は何にも悪くない、だから聞いてくれ」

ハンナ姉さんは自分のためを思って、頑張ってくれていたのか。自然と腕が震えてくる。

「名前が生まれた翌年、マリーが生まれた。マリーは幸いなことにスクイブだった。けれども結果的にハンナ姉さんへの重圧がさらに強くなったんだ。マリーが生まれてすぐ、父さんと母さんは流行り病で亡くなった・・・・そのショックが積み重なって、ハンナ姉さんの精神はぼろぼろになってしまった・・・俺が、もっとしっかりしていれば、俺に魔法力があれば・・・家族を救えたのに・・・・!」

がつん、とテーブルをたたくリチャード。唇は悔しそうにかみしめられている。

そんな兄を見ているのがつらく、名前は目線をフォークに落とす。

「父さんと母さんは不安を抱えて亡くなったんだ・・・姉さんの最後は・・・もう、自分が誰なのかも、わかっていなかったよ」

その様子を最後まで見ていた兄さんが一番つらかっただろうに。おれは・・・本当に何も知らなかったんだな。のうのうと、ホグワーツに通って・・・。

「ハンナ姉さんの一件以来、子供たちのことを世間から隠すようになったんだ。だからあの家の人たちは名前のこともマリーのことも知らないはずなんだ・・・」

あの家、とは母さんの実家のことだろうか。

「その・・・はずって・・・・?」

「あぁ・・・ホグワーツから手紙が届く少し前だよ。どこから嗅ぎつけたのかあの家から手紙が届いたんだ・・・・名前が、ホグワーツに通うことに、あの家の人たちは気がついてしまった」

ということは、ハンナ姉さんと同じ重圧をかけられるということか。でも、一年生の間は特に変わったこともなく平和に過ごせていた。一体兄さんは何を不安に思っているんだろうか。

「去年は特に何もなかったよ・・・?」

「あぁ、去年はな・・・今年は何があるかわからない。ハンナ姉さんのことはすべて教えた・・・名前、お前にばかり苦労をかけさせて本当に申し訳ないと思っている・・・けれどもこれだけは言える。何があったらすぐ、俺やマリーに相談すること。決して一人で悩んだりしないこと。あと、何もかもを打ち明けられる親友を作っておくこと。ハンナ姉さんは・・・人間恐怖症に半ばかかっていたから・・・そういう人がいなかったんだ」

「わかった・・・なんでも相談するよ。大丈夫だよ、おれは親友と呼べる人はいるし、そんなに深く考え込むようなタイプじゃないし。」

「・・・ごめんな」

「兄さん、せっかくレストランに来たんだ、おいしく食べようよ」

「・・・そうだな」

結局、あの家がどんな家であることはわからなかった。今度セブルスにも相談してみようかな。

アパートに帰ってくると早速マリーが出迎えてきてくれた。家にはペチュニアもいて、二人して人形の髪をいじって遊んでいた。

そろそろ夕方で、ペチュニアも帰らなくてはならないだろう。

「おかえり名前!」

ただいま、と額にキスを落とす。それをうらやましそうに見つめるペチュニアを見つけ、名前はペチュニアの額に小さくキスを落とした。

「ペチュニア、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「・・・っまぁ」

「ははは、そうか。」

「ねぇ・・・・どうやったら魔法が使えるようになるの・・・!」

小さなアパートにペチュニアの声が響き渡る。その声はどこか震えていた。

「・・・う~ん・・・おれの場合はまぐれだったからなぁ・・・。」

「いいじゃないチュニー、わたしもリチャード兄さんも魔法使いの血が混じっているのに魔法が使えないもの」

「・・・だって、ずるいじゃない・・・リリーだけ・・・・ずるいわ・・・パパとママも今日はリリーにつきっきりよ・・・ホグワーツの話ばかりで・・・数日前からそうよ、もう嫌なの・・・・」

ペチュニアがどうしてそんなことを聞いたのか、なんとなくわかる。そうか、ペチュニアは両親の視線を向けられているリリーに嫉妬しているんだ。自分も魔法を使えることによって、両親たちの目線を自分に持ってこさせられる、そう考えているんだろう。

「魔法は使えないだろうけれども・・・・そうだなぁ、魔法界のことは教えてあげられるよ。魔法薬学とか・・・」

とはいうものの、魔法薬学は名前が最も苦手とする分野なので人様に教えることのできる身ではない。

「いやよ!魔法が使えなくっちゃ意味がないのよ!」

そう叫び、ペチュニアはアパートを飛び出していった。マリーもあわててペチュニアを追っていく。自分も行こうとしたが、リチャードに止められてしまう。リチャードはただ首を横に振るだけだ。こればかりはどうしようもないことだ、と目で語りかけてくるリチャード。確かにこればかりはどうしようもならない。できることならばペチュニアに魔力を分けてやりたいくらいだ。

「・・・暗くならないうちには帰ってくるだろう。今日の夕飯は俺が作ったから、味の保証はできないぞ」

「兄さんの手料理も久しぶりだな~」

「だろうな。さて、準備を手伝ってもらってもいいかい?」

「もちろん」

どうにか、あの姉妹の関係が今後改善されればいいのだけれども。家に帰って早々暗い気持ちになるなんてなぁ。名前は小さく苦笑する。ともかく、ハンナ姉さんがなぜホグワーツで苦しんでいたのかがわかっただけ良しとしよう。あの家のことの詳細は置いておいて。