その日の朝、名前に家族からの手紙が届いた。内容は名前がいなくなってから家が静かになった、とかペチュニアと一緒に探検ごっことした、とかリチャード兄さんの仕事がさらに忙しくなったなど様々なことが書かれていた。
でも、二人が元気のようで名前は少し安心した。手紙を大切そうにしまうとケビンがひょっこり顔を覗き込んできた。
「なあなあ、またダニエル、スリザリンで食事取ってるよ・・・」
「ははは・・・それはもう、仕方がないんじゃないか?ダニエルの家、どうやらちょっと面倒なことがあるらしいぞ」
「面倒なことってなんだよ」
「純血の家柄なんだろうな、そして、マルフォイとなんらかしら繋がりがあるんだろうよ。そうでもなければスリザリンの席でなんか食事しないだろ?」
「それもそうだけど・・・俺、純血の家とかよくわからねーからなぁ・・・名前は両親ともに純血なのか?ま、血がどうのこうのなんて関係ないと思うんだけどね、俺は。それこそ、昔のしがらみにとらわれていると、進歩できないと思うんだけどさ」
「そうだろうね・・・。まぁ、おれは両親のこととか家のこととか深く考えたことなかったし、別に家がどうのこうのなんて関係ないだろうし。」
「さっすが親友、わかってる~」
「あはは、ありがとう」
ケビンは本当にいいやつだ。名前は改めてそう感じた。あって間もないのに、この自分を親友と呼んでくれた。それがとてもうれしかったのだ。今まで親友と呼べるような友はいなかったから。
今日は休日なので、朝早くから朝食をとっている生徒はちらほらしかいなかった。たいていの生徒はゆっくり眠り、遅い朝食を迎えるのだ。だが、名前やケビンなどといった生活リズムの整った生徒たちはいつもと変わらぬ時間に朝食をとっていた。
グリフィンドールの席を見て、彼らが見つからなかったことに、二人はああ、やっぱりと心の中でつぶやく。
休日と言えば、ごろごろとしたり、自習したり、話に花を咲かせたりと各自有意義な日々を送るものだ。
名前は今、図書室でおできを消す魔法薬の復習をしていた。これはマリーの頼まれごとでもあったので、絶対に完璧に煎じれるようにならなくてはならなかった。
女の子とは不思議で、自分の外見をよりよくしようとする。別に今のままでも十分だと思うのだが、名前にはそれが理解できなかった。一度女の子になればその気持ちがわかるのかもしれない。
「あら、名前、あなたも勉強?」
リリーが重たそうな本を抱えて隣の席についた。リリーの後ろにいたセブルスが名前を見るなり嫌な顔をしたが、リリーがそこに座ったのでリリーの正面に腰をかけた。
「まぁね・・・おできを治す薬をマリーに頼まれてるんだ。だから、それの復習」
「そうだったのね。きっとマリーも喜ぶわ」
「最近マリーにボーイフレンドができたらしいんだ。マリーは社交的だからな・・・たくさん友達ができて毎日がうれしいってさ」
「ふふふ」
「あと、ペチュニアとこの間街を探検したそうなんだ、二人の秘密基地を作っているらしいんだ」
「あの二人は仲良しなのね・・・二人が元気そうでよかったわ」
ペチュニアの名を出すと、一瞬顔を曇らせたがすぐに明るい表情へ戻った。そうか、まだ二人は仲直りしていなかったんだっけな・・・
名前は早く二人が元のように仲いい姉妹にもどりますように、と願った。
「お兄さんは相変わらずなの?」
「うん、そうみたい。忙しすぎて猫の手も借りたいほどだって」
「体には気をつけてくださいって伝えておいてね」
「あぁ」
しばらく他愛のない話をしていると、ここの番人ともいえるマダムにぎろりと睨まれてしまったので名前は静かに勉強に戻ることにした。
あっという間に時間は過ぎていき、復習が終わった頃にはすでに日が傾いていた。疲れたといわんばかりに大きく伸びをするとリリーに笑われてしまった。
「お疲れ様。そうだ、魔法薬学ならあなたの友人、ケビン・チャールストンが得意なんだから、彼に聞けばよかったんじゃないかしら?」
「ケビンは今日、別の用事だよ。それに、ケビン、おれには勉強全然教えてくれないんだよ、ライバルに教えるかって怒られちゃったよ」
「あら、いいライバルじゃないの。でも少しぐらい教えてくれたっていいのにね。そうだわ、セブ、あなたも魔法薬学が得意よね?名前に何か助言してあげたらどう?」
不意に振られてセブルスは視線を名前に向けると、すぐさまリリーに戻した。
おれ、そこまで嫌われるようなこと、したかな・・・。
「・・・まぁ、リリーが言うなら、教えてやらないこともないが・・・」
「サンキュ、セブルス」
「まだ教えてやるとは一言も言ってないぞ」
「セブルスはいいやつだから、絶対におれに魔法薬学を教えてくれる、おれはそう信じてる」
「・・・ふん、勝手に言ってろ」
三人は図書室を出ると、中庭で日が落ちてゆくのをまったりと見つめる。夕焼けを見ていると、自分の家を思い出す。これはホームシックというやつなのかな?名前は心の中で苦笑する。
「あのさ、セブルス・・・聞きたいことがあるんだけど・・・」
「・・・魔法薬学のことか?」
「今はその話じゃない・・・ダニエルのことなんだ。ダニエル、なんで毎日スリザリンの席で食事をしているんだ?」
するとセブルスは小さく唸り、ため息を吐いた。
「それ、私も気になっていたの。いつもスリザリン席で目立ってるから・・・彼、名前と同じハッフルパフよね?」
「うん」
少しの沈黙の後、セブルスがぽつりぽつりと話し始める。ダニエルの家の事情を・・・
「あいつの家は旧家で、マルフォイ先輩の従弟だ。それに、代々あいつの家はスリザリンに入っていた。あいつは長男で、期待もされていた。ここまで言えばわかるな?」
ああ、やっぱりそんな事情か。魔法使いの家のことなどよく知らなかったが、あの時名前に純血なのか、と聞いてきた理由がなんとなくわかった。
「だから、あのときおれに純血かって聞いてきたんだな・・・」
「あいつはお前にそれを聞いたのか?」
「うん。それからちょくちょくおれとは話をしてくれるようになったんだけど、ケビンのことが苦手だとか、そんなことを言ってた」
「ふん、あいつは・・・マグル出だからな。旧家の長男な上に、友人がマグルだとしたらあいつにとって、かなり不名誉なことだろうな。」
「純血純血って・・・一体なんなのかしら、そんなの、関係ないわ」
「おれもそう思うよ。純血思想の人たちの気持ちはおれにはわからない。でも、わからないからこそつべこべ言える立場じゃないんだよな・・」
ハッフルパフはできそこないが行く寮だと噂したのは一体誰なのだろうか。噂を広めた奴を片っ端から殴り倒してやりたい。
どの寮にも、いいやつはいて、悪いやつはいる。勉強が苦手なやつだって、できるやつだっている。血なんか関係なく、できるやつはできるのだ。親友であるケビンがいい例である。
流石におしゃべりの声が大きすぎたのか、その後マダムに図書室を追い出されてしまった。追い出された三人はどこへ行くわけでもなく、ぶらりと休日のホグワーツを歩いた。セブルスは少し後ろのほうで距離をとりながら歩いていたが。
「この間の魔法史のレポート、聞いたわよ~100点満点中120点貰ったそうじゃない!」
「え、誰からその話聞いたの?」
「ポッター達が言ってたのを聞いただけよ。」
そういえば先週、魔法史の先生に呼び出されてレポートを絶賛されたっけ・・・。魔法史はただ暗記すればいいだけなので簡単だ。物覚えの悪さは絶望的だったが一夜漬けならばどうにかならないこともない。実践するのはどうも苦手で、魔法薬学や薬草学がいい例だ。来年になったらもっと内容が難しくなるんだろうな、そう思うと憂鬱になってくる。
「一夜漬けは得意なんだよ。・・・でも、応用しなくちゃならない薬学とかは苦手だな・・・」
「そうね、魔法を知らなかった私たちには少し難しいわよね・・・」
リリーも名前もつい最近魔法を知ったばかりなのだ。自分の両親や姉が魔法使いだったという事実も最近の出来事だ。
「あのさ、話は変わるんだけどハンナ・レパードって知ってる?」
「え?」
やっぱり、知ってる筈ないよな。おれだって姉さんの記憶と言えばあまりないのだから。
「おれの死んだ姉さんなんだけど、昔ここに通ってたらしいんだ。この間魔法薬学の授業の後に先生が気になることを言ってさ・・・」
「気になること?」
「姉さんのことはかわいそうだったって・・・姉さん、病気で死んだからそのことを言ってるのかなって思ってたんだけど、それだけじゃないような気がするんだ」
「まぁ・・・そうだったの・・・」
少し後ろを歩いているセブルスもこれには聞き耳を立てる。
「リチャード兄さんの言い方だと、まるでここに来たせいで姉さんが死んだみたいな言い方だったからさ・・・」
「・・・少し、気になるわね。お兄さんに直接聞いてみたらどう?」
「・・・ホグワーツの話題、兄さんあまり喜ばないんだ」
手紙ではホグワーツのことはちらっとしか触れられていなかったし、他は仕事が忙しいことやそんな日常しか書いてない。少し前、家にダンブルドアが来た時だって妙な空気が流れていたし。掘り返せば謎がもっと出てきそうだ。でも、兄さんが話さないのだから知らなくてもいいことなのかもしれない。
「お前の兄は、ここに通っていなかったのか」
まさかセブルスが話しかけてきてくれるとは思わず、一瞬驚いてしまった。
兄さんがホグワーツに通ったなんて話、一度も聞いたことがない。学校が始まる前、確かスクイブだから通えないとか言っていたのを思い出した。
「リチャード兄さんは家の仕事が忙しくてそれどころじゃなかったみたいだし・・・自分はスクイブだから通えなかったとか言ってた。」
「ふうん、スクイブ・・・か。だからホグワーツの話題をしようとしないんじゃないか」
「そういうものなのか?スクイブってそんなに悪いのか?」
「・・・いずれわかる」
会話はそれ以上続くことはなかった。夕食の時間が来たので広間でリリーに別れを告げ(セブルスは広間に入る頃には先に席についていた)ケビンの隣に腰を下ろす。この先なんともなく、平和に過ごせる。今の名前はそう信じていた。