10 愛憎ロマンス/賢者の石

原因不明の胸やけに悩まされながら、あっという間に新学期が訪れた。生徒たちは見慣れぬ教師が席についている事にすぐさま気付いたようで、そわそわとこちらを伺っている。この姿でこんなに視線を浴びるのは久しぶりだったので、名前は思わずこの場から逃げたくなった。そんな名前の心情を察してか、ミネルバは、しっかりなさい、と名前にお小言を漏らす。

「いよいよですね、入学式」
「えぇそうですね、今年はどんな子供たちが来るのかしら」

そう語るのは飛行術を教える、フーチ教授だ。彼女は元クィディッチの選手でかつては選手として名を馳せていた。箒の腕前も劣ることなく、ホグワーツに通う子供たちに飛行術の大切さと危険さを教えている。魔法使いと魔女にとって箒は必要不可欠な存在なので、この学問は1年生から受ける必須科目となっている。
なんだか、胸が苦しい。ちらりとクィリナスに視線を向けると、彼は新入生がやってくるであろう入口をにらみつけるかのように、じっと見つめている。病み上がりだから、緊張でもしているのだろうか。
さぁ、待ちに待った組み分けの儀式が始まる。毎年、組み分け帽子は変わった歌を歌うのだが、今年の歌は少し長いようにも感じられた。それだけ、ハリーの組み分けが気になっているということだ。

「アボット、ハンナ!」

ミネルバの声で、組み分けが始まった。ミネルバに呼ばれた生徒たちは広間中央前の椅子に座り、組み分け帽子をかぶる。生徒によってかかる時間は其々だが、大体は1人30秒以内で寮が決められる。名前も編入生ではあったが、こうして組み分け帽子をかぶった事があり、レイブンクローに組み分けをされた。

「グレンジャー、ハーマイオニー!」

ハリーのほかにも、組み分けで気になっている子がいた。名前が入学案内へ向かったグレンジャー家の少女だ。あの子の事だから、なんとなくレイブンクローかグリフィンドールではないか、と考えていると組み分け帽子は高々に獅子の名を叫ぶ。グリフィンドール席へ向かうハーマイオニーと目が合ったので、軽くウィンクすると彼女ははにかんだように笑い返してくれた。あの先生と知り合いなの、と同じ寮の女子生徒たちからハーマイオニーがはやしたてられている事に気付くことも無く、名前は組み分けの儀式を見守る。

「マルフォイ、ドラコ!」

その名に、思わずぴくりと頬が引き攣りそうになる。あの子は別に悪くはない、これではあの子に申し訳ない。と、名前は平素を装うが内心、ルシウス・マルフォイとノクターン横丁で出くわしてしまった事を思い出し動揺していた。あの子が、父と同じ道を歩まない事を祈るばかりだ。ちなみに、ドラコは従来のマルフォイ家らしくスリザリンに組み分けをされ、スリザリン席で歓迎を受けていた。

「ポッター、ハリー!」

その名が叫ばれると、広間は静寂に包まれる。この魔法界で、その名を知らない者はいない。不幸にも、有名になってしまった、生き残った男の子。それがハリーだ。前髪で隠れてはいるが、その額にはあの子が与えた傷がつけられている。ジェームズとよく似たハリーの組み分けを、息をのんで見守った。

「グリフィンドール!」

組み分け帽子が高らかに叫ぶと、グリフィンドールから大歓声が沸き起こる。ウィーズリーの双子がポッターはグリフィンドールがもらった、と叫ぶ声が耳に入り名前は苦笑する。ちらりとアルバスを見ると、どこかほっとしたような表情でハリーに微笑んでいた。セブルスは相変わらず眉間にしわを寄せてハリーを見ていたが、クィリナスの表情はセブルスに隠れていた為よく見れなかった。すべての子の組み分けが終わると、アルバスのおかしな掛け声で賑やかな晩餐が始まる。

「それにしても、随分と時間がかかっていましたね、あの子は」
「えぇそうですね、組み分け帽子にしては珍しく時間がかかっていたと思いますよ」

ミネルバの呟きに名前が答える。名前がローストビーフにソースをつけていると、アルバスが口を開いた。

「それだけ、難しい組み分けだったのじゃろう」
「ですが、アルバス、貴方もほっとしたのでしょう」
「ほっほっほ、どの寮に入っても変わらんよ、どういう生き方をするかは、それぞれが選ぶ事じゃ…寮は、きっかけに過ぎん」

ミネルバの言葉にそう答えるアルバスではあるが、内心ほっとしているに違いない。アルバスは考えていたはずだ。もし、ハリーがスリザリンに組み分けをされたら。スリザリンには、当時純血思想を掲げていた例のあの人に賛同していた者たちの子孫が多く存在する。仮にハリーがスリザリンに組み分けをされたとしたら、彼としては生活しづらい環境だろうから。

「時に、胸やけは収まりましたか?」
「あ…どうしてお気づきに?」

流石はここの校医、マダム・ポンフリーだ。

「そりゃあ、あんなに水を飲んで胸を押さえていれば、嫌でもわかりますよ」
「多分、緊張しているからだと思いますよ」

ははは、と笑いながら誤魔化すが、結局名前は校医であるマダム・ポンフリーに胃薬を渡されそれを飲むこととなる。この胃薬は、正直味があまり得意ではなかったので胸やけが酷い時にしか飲まないようにしていたのだが、校医が折角用意してくれたものだ、とそれを受け取り飲み干す。この時、横からアルバスが意味深な視線を向けていた事に名前は気が付かなかった。

「全員よく食べ、よく飲んだことじゃろう、また二言三言新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある、まずは去年までマグル学を教えて下さったチャリティ・バーベッジ先生がご退職なさり、今年から名前・ナイトリー先生がマグル学をご担当することになった」

アルバスの声で名前は席から立ち上がり、軽く会釈する。ああ、ものすごく緊張する。何十年も昔、この席にいたというのに。名前が立ち上がると、一部の女子生徒がきゃあきゃあとはしゃぐのが耳に入った。

「そして、闇の魔術の防衛術をクィリナス・クィレル先生がご担当することになった」

クィリナスは相変わらず挙動不審で、席から立ち上がったかと思えばすぐさま腰を下ろしてしまった。今年からの新任教師の紹介が終わると、次にアルバスは生徒たちに対して毎年恒例となっている入ってはいけない場所の説明と、授業の合間に魔法を使わないという注意を促す。クィディッチの予選の時期を知らせると、一部の生徒が湧きたつが校長の話が続けられたのですぐさま静かになった。

「最後ですが、とても痛い死に方をしたくない者は、今年いっぱい4階の右側の廊下に入ってはいけません」

その言葉に数名の生徒は笑ったが、教師たちはいたって真剣だ。名前も、勿論真剣な面持ちでアルバスの言葉を待つ。何しろ、そこの先には賢者の石へとつながる道があるからだ。教師たちが仕掛けた罠をすべて解かなければ、石にたどり着けない仕組みとなっているので石は安全だろう。今の、ところは。だから、アルバスは生徒たちに注意しているのだ。別にジョークで言っている訳ではない。

「では眠る前に校歌を歌おう!みんな自分の好きなメロディーで、さん、し、はい!」

ああ、この歌もここで歌うのは久方ぶりだ。歌が始まると、教師陣の表情が少し緩んだような気がした。

「音楽とはなににも勝る魔法だ、さて諸君、就寝時間、駆け足!」

ウィーズリーの双子が誰よりも遅く歌っていたお蔭で随分と長い歌となった。アルバスのその掛け声で生徒たちは眠るため、寮にある部屋へ各自戻っていく。すべての1年生が監督生の指示の元、寮へ戻っていくのを確認すると、名前はアルバスと共に校長室へ向かう。今日は名前が城を見回る当番なので、その為の準備をするためだ。新学期初日から就寝時間を過ぎての城内徘徊をする生徒はごく一部ではあるが、見つけられた場合その寮に減点、さらには該当の生徒に罰が与えられることになっている。ちなみに、セブルスの罰は噂によるとかなり厳しいようだ。

「ともあれ、無事、初日が終わりましたね」
「うむ、翌朝の準備で忙しいだろうが、よろしく頼んだよ名前」
「えぇ、特に双子のウィーズリーには…」

名前のその言葉に、無邪気そうに笑うアルバス。彼らは、教師たちにとってジェームズ・ポッターたちの再来ともいえる。就寝時間に寮を抜け出したり、用務員のアーガス・フィルチに対して悪戯を行ったり、勿論、悪戯は大人たちだけではなく同じ生徒たちにも行われていた。彼らは、累計何百点減点されのだろうか、今となってはすべて懐かしい思い出だ。

「二人は、確か今年から君の授業を選択しておるようじゃ」
「…中々忙しそうですね」

2年生の終わり頃に選択する科目を決める日があるのだが、マグル学は元々人気の無い科目でもあったので、4つの寮で合同となっている。その分、週に行われる授業の回数が多いので、出される課題が多い、というのも不人気の理由の一つだ。
その夜、城内の見回りで双子のウィーズリーを発見し、やはり期待を裏切らないな、と苦笑をする名前であった。