09 愛憎ロマンス/賢者の石

賢者の石を守るための仕掛けは、中々うまくいったと思う。あとは、石を待つだけ。大仕事を終えた名前は、ルビウスの帰りを城の入口で待っていた。

「…ルビウス、ハリーは元気そうだったかい」
「あぁ、そりゃぁ酷いもんさ、ハリーが可哀相でならねぇ、出来る事なら、匿ってやりてぇところだったが…」

到着したルビウスからは、ハリーが預けられている家で、彼がどんな仕打ちを受けてきたのかを語られた。ミネルバから大筋聞いてはいたが、そこまで酷いマグルたちだとは。いくらなんでも、ハリーが不憫すぎる。赤ん坊の頃、親の愛情が最も必要な時期にそれを手放さなければならなくなってしまったハリーに対してそれとは。ルビウスが怒るのも、ご尤もな話だ。

「校長室で、アルバスが待っているよ」
「あぁ、そうだったな、じゃぁ、ちょっくら言ってくる」
「落としたりしないでよね」
「ああ、大丈夫だ!」

ルビウスの手には、賢者の石が入った包みが握られている。これを落としたらどうなるか、彼は分かっているはずだ。ルビウスは大丈夫だ、というが結局心配で名前は校長室までついてきた。

「名前、俺はそんな信用ならねぇか…?」
「ほっほ、違うんじゃよルビウス、名前は君が大切だから、もしもの事態に備えてついてきてくれたのじゃよ」

別に言う必要はなかったのに。すべてお見通しだ、と言わんばかりのアルバスに名前は苦笑する。そして、なんだか少し恥ずかしかった。

「あ…その、すまんかった…名前」
「なんだか恥ずかしいなぁ、そうだよ、アルバスの言う通りさ、たとえホグワーツでも何があるか分からない、いくら安全なホグワーツでも、ね」
「そのための仕掛けを先生方にかけてもらっておる、ルビウス、大仕事、ひとまずお疲れ様、今日はゆっくりと休むとよい」
「えぇ、そうさせていただきます、時に、ハリーの事ですが…」
「ハリーの事は、わかっておるよルビウス、だが、あの子はあの家が必要なのじゃ、まだ」

ルビウスはハリーのそれを目の当たりにしてきたので、アルバスの答えに納得していないという表情だ。ルビウスを見送ると、名前は校長室に残りソファの上で寛ぐ。

「名前も、ひとまずお疲れ様といったところかのう」
「面白い仕掛けをしました」
「ほう、マグル好きの君ならではの、かね」
「はい、最新のマグル文化を知らなければ、まず突破は不可能でしょう」
「ほっほっほ、それは頼もしい」

本当に、あの子が再びやってくるのだろうか。賢者の、石を奪いに。アルバスはそう見ているが、名前としては出来る事なら二度と出会いたくない相手だ。名前の人生を狂わせたと言っても過言ではない、あの子に。
石がホグワーツにやってきて直後、魔法省から緊迫した知らせがやってきた。丁度、名前が校長室で紅茶を飲みながらアルバスと談笑をしているときだ。珍しく息を荒げている様子のセブルスが一通の手紙をアルバスに手渡す。すると、アルバスの表情はみるみるうちに暗くなっていった。マダム・ホーキンの長靴について談笑していたあのアルバスはどこへやら。

「やはり、動きおったか」
「…一体、何があったので?」
「ナイトリー、貴方がゆったりと紅茶を楽しんでいるときに、グリンゴッツではあるものが入っていた金庫が荒らされるという大事件が起きていたのですぞ」

相変わらずの皮肉交じりの会話に名前は苦笑する。彼は、私のことが大嫌いなのだろう。もう少し時間が遅ければ、石は確実に盗まれていた。まさに、間一髪といったところだ。

「あの子が、復活を企もうとしているのでしょうか」

名前があの子、と呼ぶとセブルスはピクリと眉間を動かす。

「うむ、あれを奪おうと、ましてやあのグリンゴッツに侵入してみせたとなれば…闇の魔術を使っている事は間違いない」

未だかつて、グリンゴッツが破られた事はなかったというのに。魔法省から急ぎで送られてきた手紙を机に置くと、アルバスは早急に石をあの部屋まで運んだ。一体、どのしもべが動いているのやら。
その夜、名前は悪夢に魘されていた。あの子の夢を見るのは、正直かなり久しぶりだ。名前は夢の中で必死に逃げていたが、呪文を放たれ囚われてしまう。ああ、これは、不死鳥の騎士団で動いていた時の記憶だ。あの時、私は我を失い飛び出してしまったのだった。

「―――名前・ナイトリー」
「……随分と、変わってしまったね、君も」
「お蔭様で、ね…さて、ついてきてもらおうか」

あの頃の面影など、一切残っていない。あの頃よりも、一層不気味さを増した赤い瞳に、そぎ落とされたかのような鼻、血が通っているとは到底思えない青白い肌。この子は、昔とてもハンサムだったのをよく覚えてる。闇の魔術に溺れていくうちに、こんな姿へと成り果ててしまったのだろう。

「君は、敵だ」
「…だが、私にとっては違う」

同じ、闇の気配を宿した、仲間ではないかと嘲笑う。

「いいや…違う、私は、ちがう…!」
「何処が違うと?アラクネ…命を与える魔女に、別の生き物として作り変えられた、お前が…普通とでも?」
「アラクネは、もう、死んだ」
「だが、その呪いがまだ生きている、故にお前は」
「やめてくれ」
「孤独の生を、定められた哀れな男…よかったではないか、望み通り、生き残る事が出来ているのだから」
「やめてくれ…こんなことを…望んだ、わけではない…!」
「私ならば、お前と共にいられる、私の元へ来るんだ」

やめてくれ、とうめく名前にその手が差し伸べられる。
真夜中、名前は目が覚めた。悪夢のお蔭でせっかく買ったばかりのパジャマは汗でぐっしょり。名前は不快なそのパジャマを脱ぎ捨て、仕方なくシャツに着替えた。おそらく、今日はこのまま眠ることができないだろうから。夢の続きが恐ろしいから。