08 anemone/学生時代

最初の授業は魔法薬学だ。ここでも、友人と自分との差を見せつけられたような気がする。

ケビンは休みの期間中、教科書を丸暗記したようで教授の質問に完璧に答えてみせた。ダニエルはかというと、セブルスの隣に座っていた。きっとマルフォイに何か言われたに違いない。

そんな友に同情しつつ、今度は自分の番だ、と目の前の材料を教科書の通りに切り始める。他人の心配をするよりもまずは自分の心配をするべきだろうか。自分の手先に不器用さに少し苦笑した。

「おい、それは横に切るんじゃなくて縦に切るんだって」

「あぁ・・・そうだった、ありがとう」

「まったく、お前見かけによらず不器用だな~」

「不器用で悪かったね・・・」

すでに材料を完璧に切りそろえたケビンを恨めしげに見つめる。

「お前と俺とじゃ、頭の出来が違うんだよ」

「そうだろうね。おれ、結構物覚え悪いからね」

それは結構前から自覚していた。よく物事を忘れるのは名前の専売特許といっても過言ではないだろう。

現にマリーから頼まれていたものをすっかり忘れているのだから。

「うむ、素晴らしい薬だ!君の名はなんというのかね」

「・・・セブルス・スネイプです、教授」

「ふむ、みんな、セブルスの完成させた薬を見て御覧なさい、こんな完璧に煎じた生徒は一年生だと数年ぶりくらいだ!スリザリンに20点!」

スリザリン生がうれしそうに笑っている。しかし、名前の隣でケビンはどこか悔しそうな顔をしている。

きっと、先を越されたとでも思っているに違いない。出会って間もないが、彼が相当負けず嫌いであることを名前は知っていたので、彼の心境くらいは察することができた。

それにしても、セブルスは魔法薬学が得意だったんだな。なんとなくぼーっとしていると、手元にある鍋がぼっと煙を立てたのがわかった。あーあ、早速やってしまった・・・。

結局、名前の魔法薬は失敗し、教室に異臭をもたらしてしまった罰として最後まで教室に残り鍋の掃除を教授に言いつけられてしまった。

ケビンは自業自得だ、と言わんばかりに見てくる。

スリザリン生たちはやはりできそこないのハッフルパフだ、と名前を指さしはやし立てていた。

「がんばれよ、レパード」

「ありがとう」

やはりハッフルパフのみんなは優しい人ばかりだ。こうして鍋を掃除していても、数人の生徒が助けてくれる。

ケビンもなんだかんだ言って手伝ってくれたのだから、彼もやはり心やさしい人間なのだ。

「みんな、手伝ってくれてありがとう」

「一人のミスはみんなのミスさ、次の授業に遅れないようにしなくちゃね」

同じ寮のマーカスはあどけていう。

「君たちは本当にいいチームワークだ。ハッフルパフに5点与えよう」

「ありがとうございます」

「さて、レパード、君は母君の血をそこまで分けてもらえなかったようだね」

突然教授が母のことを話し始めたので、名前は少しばかり動揺してしまった。

「じゃあ先にいってるからな」

「うん、ありがとう」

友人らを見送ると、教室には教授と名前だけになった。

「次は変身術だったね、ミネルバにはわたしから伝えておこう。さて、君に少し話があるのでわたしの私室へ来なさい」

まさかここで個人面談になるとは・・・

何を言われるのだろうか、やはり、先ほどのミスをくどくどといわれるのだろうか。それにしても、教授は母を知っていた、ということは、母を教えていたということだろうか。

教授の私室までやってくると、ソファへ座るように勧められた。

「さて、紅茶でいいかな。」

「いえ、お気遣いなく・・・」

「まぁそんな謙遜するもんじゃない。君は父君に似たようだね、彼はとても控えめな印象を受けたよ。とても繊細で、細かいことによく気が付いていた。だが、少し物覚えが悪くてね、おまけに手先も不器用なのだよ」

まるで自分は父親の生き写しのようだ、といわれているようだ。いや、実際そうなのかもしれない。

自分が知らなかった両親の一面を知れて、名前は少しうれしかったのも事実。

そうか、父さんはおれと同じで、不器用で、物覚えが悪かったのか。うれしいやら何やらで少し複雑な心境だ。

「君の母君はとても賢い魔女だった。それに、由緒正しい家柄だったしね。別に私は家柄をどうのこうの気にする人間ではないが、彼女はその家柄にあった人だったといえるだろう。君も偉大な母君の血を引いているのだから、少しは真面目に授業を受けたらどうだね」

ぐさぐさと言葉の杭が刺さる。名前は天国の母に申し訳なく思った。

「君は見たところ、やればできる子だと思うのだがね・・・」

「はい・・・以後、気をつけます」

「そうそう、ハンナのことはとても不幸に思うよ、彼女は優秀で、とてもよい子だった・・・・」

突然姉の話に切り替わり、名前はびくりと肩を揺らした。

ここで姉の話を聞くのは初めてだ。そもそも、姉さんが死んだのも、ここが関係しているのだと兄さんは言っていた。一体何が姉さんをそこまで追い込んでしまったというのだろうか。

「あの、ハンナ姉さんは―――」

「おっといかんいかん、初めの授業でこんなにも遅れをとってしまったら君の今後にかかわる。さぁ、いいね、早く教室へ向かうんだ。引きとめてすまなかったね」

教授はまるで姉の話をこれ以上続けまいとおれを私室から追い出した。姉さんのことを色々聞こうと思ったのに、と名前は唇をかんだ。

教室ではすでに教授が教科書を読みあげているところだった。

「レパードですね、話は聞いています。はやく席にお着きなさい」

あいている席を探したが、一番後ろの席しかあいていなかったのでそこに座ることにした。隣にはダニエルが座っている。

「さて、皆さんにはこれから簡単な変身術を行ってもらいます。このマッチを針に変えなさい」

各自一本ずつマッチ棒を渡され、先ほど教授が説明したとおりにみんなが呪文を唱え始めた。ケビンは結構手間取っているらしく、教授から助言を受けていた。

ダニエルはかというと、何やら浮かない表情をしていた。

「・・・ダニエル、平気か?」

「あ・・・うん、ちょっと色々あってね。それより君、魔法薬学は不得意なのかい?」

「そうみたい。母さんはとても優秀だったって言われて少しへこんだよ。おれはどうやら父さんと瓜二つみたいだ」

「・・・・・君の家は、純血、なのかい?」

彼のその言葉に含まれた意味を名前は深く考えずに、うん、と短く答えた。

なぜかその答えに安堵したのか、先ほどよりもダニエルの表情は明るくなったようなが気する。

「・・・君を避けててごめんよ、ちょっと、家庭の事情があってね・・・」

「・・・広場で見たよ。マルフォイ先輩と一緒にいたからなんとなく察したよ」

「うん、そう、まったくもってそうなんだ・・・・」

「そこの二人はおしゃべりをする余裕があるほど、自信があるようですね、さぁ、まずレパード、見せて御覧なさい」

二人でおしゃべりをしていたのを気づかれてしまったらしく、教授は名前に呪文を披露しろという。これは何かの罰ゲームだろうか。まだ一度も唱えてもない魔法を、今ここでやれという。

ケビンですら手こずっていた呪文だ・・・きっと、自分にはできないに違いない。

「さぁ、早く」

生徒たちの視線が一斉に名前に降りかかる。

もういい、この際やけくそだ、何になろうが関係ない。減点されても仕方がない、そう開き直り名前は呪文を唱え、杖を振る。

奇跡というものは起きるものなのだ、名前は生まれて初めて奇跡というものと遭遇したような気がした。

杖を振ると、マッチ棒は銀色に輝く針へと変わった。マクゴナガルは何やら腑に落ちないといった顔で名前に加点した。

再び生徒たちの呪文を唱える声がなりはじめると、ふと、前のほうに座っているケビンと目があった。ぷいと目をそらされてしまった・・・ああ、彼はそうだった、負けず嫌いだったな。名前は小さく苦笑した。

「僕・・・その、チャールストンのこと、苦手なんだ」

ダニエルが小声でつぶやいた。名前はその言葉に目を見開く。

「まぁ・・・人によって合う、合わないがあるからな・・・でも、あいつはいい奴だよ、勉強熱心だし、夢はあるし、ただちょっと負けず嫌いが強すぎるだけなんだよ」

「うん・・・それは、さっきの授業でよくわかったよ、彼が教科書を丸暗記していたことも、きっとそこからくるんだろうね。でも、それ以上に彼は・・・・・・・」

ダニエルがつぶやいた言葉は小さすぎて名前は聞き取れなかった。もう一度聞きなおそうとしたが、なんとなく聞かないでおいた。