05 愛憎ロマンス/賢者の石

1年ぶりのクィリナスは、どこか様子がおかしかった。首の周りには猛烈な匂いの元凶であるにんにくが連なるようぶら下げてられており、びくびくと行動もどこか挙動不審だ。これには、流石の名前も彼を純粋に心配した。

「大丈夫かい、クィリナス」
「あ、あ、あぁ、ひ、ひさし、ぶり、だね、名前ッ」
「予定よりも1時間も遅れてしまって、申し訳なかった」
「い、いや、い、いいんだよ、でも、ちょっと、迎えに、来ない、のだと、ちょっとばかり、その、いや、気にしない、で、くれ」

やはり、どうもおかしい。クィリナスは、ターバンなんか巻いていただろうか。とりあえず、食事をするべく席につくと、早速旅の土産話を聞くことにした。クィリナス曰く、こうなってしまった原因は道中アルバニアの森に立ち寄った際に、末恐ろしいヴァンパイアと遭遇してしまい、殺される寸前だったという。何か月も逃亡劇を繰り返していくうちに、このように挙動不審になってしまったと語るクィリナスに、名前は深く同情した。おまけにヴァンパイア恐怖症になってしまい、首元ににんにくがないと不安で息もできないという。幸いにも大事には至らなかったよ、とクィリナスは言うが、これはどうみても大事に至っている気がする。

「聖マンゴで、精神治療をしたら、どうだい」
「い、いや、そ、そんな、じ、時間は、なないよ名前、もうすぐ、で、生徒、たちが、やって、くるから、ね」
「……そうだね、まぁ、あまり無理はしないように」
「あ、あ、ありが、とう」

名前は知る由もなかった。クィリナスの覚悟を。その、ありがとうに込められた意味を。
あの話を切りだそうとした。そのつもりで、クィリナスを迎えに来た。だが、クィリナスは一切その話をしなかった。一昨年までのクィレルなら、今頃キスの一つや二つしてきただろうに。別に寂しい訳ではない、ただ、クィリナスの中で何かが心変わりしたのだと悟ったのであえてあの話を切り出さなかった。これでいい、これが一番、クィリナスが幸せに生きるための方法。彼は己の力で、過ちに気が付いたのだろう。と、この時名前はそう信じていた。
クィリナスの土産話はどれもすさまじいもので、生きていたのが奇跡なほどだ。ヴァンパイアと単身で戦うなど、いかに勇敢な魔法使いでも危険すぎるため行わないだろう。ヴァンパイアは魔法族が嫌いだ。アルバス曰く、彼らにとって魔法族の血はとても不味いので、仕方なく食事をしなければならない時以外は基本襲わないのだという。どうしてこんな事に詳しいのか、は、流石はアルバスですべて片付く。

「部屋は以前と同じ、そのままの状態になっているから安心して」
「あ、あ、あぁありがとう」
「それと、後でアルバスから聞くと思うけれども、今年は生き残った男の子が入学するから、警備は抜かりなく、ね」
「あ、…あぁ、そう、だね、ハリー・ポッターが、入学する年なんだね」

やけに暗い声で呟いたので、名前は眉間にしわを寄せる。

「わ、わたしも、はやく、会ってみたい、な、ハリー・ポッターに」
「どんな子に育っているんだろうね、まぁ…あまり、あの子だけと特別視しないようにしなくちゃならないって分ってはいるけれども、ね」
「そ、そうですね、なにしろ、え、英雄とやら、ですからね」
「なんだ、クィリナスはハリーが嫌いなのか?」
「い、いえ、そんな、ことは、いえ、とても、恐れ多くて…そんな…ことをしでかした…彼が…」

まだ11歳の子供が、恐ろしいというのだろうか。クィリナスは。口には出さなかったが。
ホグワーツに戻ってからも、クィリナスは以前の落ち着いた様からは程遠い、何に関してもびくびくしたなんとも珍妙な光景を繰り広げていた。特に、セブルスは彼に何か疑いの念でもあるのか、頻繁にクィレルをにらみつけている。まるでクィレルの行動を見張っているかのようで。彼は苦手だが、無意味な行動はしない男だ。セブルスのそれを見ていると、なんだか自分まで不安に陥る。確かにクィレルは帰ってきてから別人なのではないかという変わり様で、あまりにもびくびくしているのでミネルバにまでため息を吐かれていた。
久方ぶりの教室に立つ仕事だ。マグル学の元教授として、最新のマグル情勢は掴んでいる。その為の新聞や雑誌だ。名前は部屋に積み重なるあらゆる国の、あらゆるニュースが記された新聞と雑誌を見つめながら、ふぅと息を吐く。そろそろここも整理しなくては。完璧に調節され、磨き上げられたその杖を一振りすると、散らばっていた雑誌などがまだ木の匂いが残る新品の棚へと収められていく。もう一度杖を振ると、あちらこちらに飛んでいる新聞記事があっという間に折りたたまれ、専用の引き出しへと収められた。

「ん~…いや、こっちかな」

引き出しに収まり切れなかったものは隣の部屋まで運び、予備の引き出しへとしまう。散らばった服も杖一振りでタンスに入れ、ついでに窓際にぶら下げてある魔法植物に水を与え、床の埃などをすべてかき集め、ゴミ箱へと捨てる。作業の細かい書類の整理などは魔法で行うが、マグル生活が染みついているのもあり、名前は主な掃除をすべてマグル式で行っていた。掃除機なるものが大変便利で、電気の代わりに魔法で動かす事の出来るマグル好きな魔法使いが発明した道具だ。他にも、名前の部屋の中にはいかにもマグル好きですと主張しているマグル世界の道具や電子機器などが棚に飾られている。来年からはこれらの道具を使い、マグル世界についてを教えてあげなくては。と、名前はまだ誰もいないマグル学の教室に向かい、授業に使うものを次から次へと教室の棚に並べていく。純血主義者がこの教室に入ったら、アレルギーでも起きるのではないかというほどこの教室は常にマグルの道具であふれていた。歴代のマグル学の教授の中で、名前ほどのマグル好きは他にはいないだろう。
道具の埃を払っているとき、ふと、同じく超がつくほどのマグル好きであるアーサー・ウィーズリーの事を思い出した。彼は純血ではあるが、重度のマグル好きでそれが功を成して魔法省ではマグル関連の部に就いており、毎年彼には世話になっていたのもあり、クリスマスプレゼントにはマグル界でその時最も流行っているとされる玩具をプレゼントしている。

「アーサー、そういえば電池が欲しいと言っていたっけ…」

それを思い出し、名前はカラフルな乾電池を引き出しから取り出し、丁寧にマグル式でそれを包み、封筒の中へしまう。軽くメモのような手紙もついでに括り付け、フクロウに向かわせた。

「あら、ちょうどよかったわ名前、ちょっと手伝ってくださらないかしら」
「ミネルバ、一体何があったんだい」

フクロウ小屋から戻ると、どっさりと書類を抱えたミネルバがいた。勿論、書類は魔法で持ち上げられているのでミネルバが腕で抱えている訳ではない。ちなみにミネルバは名前がかつてここでマグル学を教えていた時の教え子の1人でもある。

「ルビウスに、7月31日はポッターを必ず迎えに行くこととよーく伝えておいてくださるかしら」
「お安い御用」
「それと、マグルをあまり驚かせないように、ともお願いしておいてくださいな、ルビウスの事だから、あのバイクで向かうつもりでいるでしょうからね」
「はは、あのバイクは…確かに、ちょっと趣味が悪いですからね、マフラーを切ってるようですし」
「そういう意味ではありません!」
「はい、わかりました、しっかりと、この名前・ナイトリーが責任をもってお伝え致します」

ルビウスも、一応教え子という事になる。が、悲しい事に色々と事情があり2年生で退学処分となってしまったので、名前の授業をほかの生徒と共に教室で受けたことが無い。ルビウスがホグワーツを退学となってもホグワーツに留まれるようアルバスが計らってくれたお蔭で、個人授業としてルビウスに教えてあげる事が出来たのだ。ただ、ルビウスはうっかり癖と忘れ癖があったので、あの時教えたものが身の為になったのかは定かではない。
フクロウの羽が髪に挟まっているのも気にせず、名前は階段を駆け下り早速ルビウスの元へ向かった。ミネルバは副校長なので、忙しさはほかの教師とくらべものにならない。

「ルビウス、やぁ」
「おぉ、名前!丁度ロックケーキを焼いたところなんだ、食っていかんか」
「いいね、ちょうど小腹も空いてきたし」

彼は、半巨人。名前と同様、人ならざる者。巨人族の母と、魔法使いの父を持つ男で幼い頃母が失踪した後、父親の手一つで育てられるが、悲しい事にルビウスが2年生の時、あの事件が起きてしばらくした頃、彼の父は病死してしまった。ホグワーツは退学だし、迎えてくれる家族もどこにもいない。あまりにも可哀相なルビウスを不憫に思ったアルバスの計らいで、彼はその日からホグワーツの森番として禁じられた森の手前にある小屋で、犬のファングと共に暮らしている。
あの悲惨な事件は、すべて仕組まれたこと。アラゴグが、犯人ではないのに。だが、それを証明するものは何もない。人ならざる者が発言したところで、なんの意味も持たないのだ。あの時代はそういう時代だった。今はそういった生物に対しても、いくらかは偏見の目が無くなったとは思う。
あの事件で、すべてが狂わされた。私の人生も、ルビウスの人生も。あの日から、ルビウスと私はその話をしないようにしている。忘れたい過去も、これだけ生きていれば一つや二つぐらいあるからね。

「名前!どうだ出来栄えは!中々だろ!」
「ああそうだね、いつもよりうまく焼けたんじゃないか?」
「おおそりゃよかった!やっぱ窯を変えただけあるな、うん」

そう言い、ごつごつとしたその名の通りロックケーキに噛みつくルビウスを横目に、名前はゆっくりとそれを噛みながら紅茶を口に含む。ルビウスは巨人の血が混ざっているので噛む力は人の何倍以上もあるが、生憎人外と言えども噛む力は人並みである名前は、口に水分を含みつつ出なければそれを噛むことができないのだ。

「それにしても、相変わらず凄まじい硬さだね」
「だろ、俺にゃ、ちょうどいい歯ごたえだ、んにゃ……」
「ん、どうしたんだ?」
「そういや、マクゴナガル教授に呼ばれてたっけな…」
「あぁ、ちゃんと覚えていたんだね」
「ん、もしかして教授から託されてるんか?」
「そうだよ、流石はミネルバ、ルビウスの事をよく知っているね」

相変わらずのうっかり癖だなぁ、と名前は内心苦笑する。その言葉を理解していないのか、ルビウスはもじゃもじゃの髭に手を当て、首をかしげた。

「ん、どういう意味だ?」
「ううん、なんでもない、えーっと、ハリーを迎えに行くときは静かにね、だってさ」
「あぁ、勿論!」
「それと、日付は7月31日だから、間違えないようにね」
「わかっちょるわい、ほれ、忘れんように、こうして手のひらにメモしておいたんだ!」
「…そうだね、でも、随分とかすれてしまっているね」

ルビウスが自信満々に手のひらを見せてくるが、そこには文字というより記号のようなものしか確認できなかった。

「ハリーを迎えに行く当日の朝、私が小屋を訪ねるよ」
「んな心配しなくとも、大丈夫だっちゅうに」
「まぁまぁ、私にとって、君はいつまでも可愛い教え子だからね、心配なのさ、教え子の事が」

と、名前は微笑む。するとルビウスもつられて笑う。

「んにゃ…なんか照れくさいな、でもなんだか不思議な感じだ、もう、こんなに長く、名前と一緒にいるなんてなぁ…」
「そりゃあ、そうだろうね、ルビウス同様、私も見た目が変わっていないし……なにしろ、変身術続行中だからね」
「別に変身術なんか使わなくとも、普通にしてりゃあええのに」
「ははは、あんまりヨボヨボだと生徒に舐められてしまうからね」
「そんなこたぁねえと思うんだが…」

ルビウスには、自身が人ならざる者であることを伝えていない。それは、ルビウスを巻き込まない為とおしゃべりなルビウスの性格を考慮したためだ。これはアルバスとの共同作戦でもあるが、ここだけの話、長年付き添う教え子に真実を伝えられない事に関してとても後ろめたさを感じている。いつかは、伝えなくてはならないのだけれども。
ちなみに、巨人族の寿命は人よりも遥かに長く、混血であるルビウスはどれほどかは不明だが、間違いなく長生きするだろう。それにこの性格だ。彼は、強く、そしてやさしい心を持っている。

「ずっと思ってたんだけどよ、クィレル教授はどうしちまったんだ?」
「……あぁ、彼ね、話を聞いていないのかい?」
「あー…聞いたかもしれねぇし、聞いてないかもしれねぇ」

相変わらずだな、と再び苦笑する。ルビウスにも理解できるよう、シンプル、かつ噛み砕いて概要を説明するとルビウスはようやく理解したようで、大変だったんだなぁ、とクィリナスに同情した。

「そういや、クィレル教授は名前と仲がよかっただろ、どうして急に他所他所しくなったんだ?」

流石は天然、ルビウス・ハグリッド。彼に説明したところで分からないだろうし、おしゃべりな彼には絶対に話すことができない。ルビウスには申し訳ないけれども。

「きっとヴァンパイアと同様、赤い飲み物(ワイン)が大好きな私が、恐ろしくなったのだろう」

笑いながら言うと、ルビウスは思いっきり吹き出した。