03 anemone/学生時代

影が伸びてゆく、陰が近づいてくる

ああまたあいつがやってきた

前髪を鬱陶しそうにかきわけると、目の前に立っている少年を睨んだ

「―――またお前か」

「…今日はたまたま来ただけだよ、兄さんに頼まれてたおつかいにね。そしたらまたセブルスを見つけたよ」

ここ1週間いつもこんな感じだ。ふらりと足をのばすとここの公園に来ている。

最近、ようやく気がついたことがあった。セブルスの視線の先のことだ―――――

「セブルスはおれのこと嫌い?」

「大嫌いだ」

「…そっか」

やっぱり、セブルスはリリーのことを気にかけている。

おれは引っ越してきたばかりだから、セブルスがどれだけリリーのことを思っているかわからない

最近ずっと一緒にリリーと遊んでいるおれのことをセブルスがどう思っているかなんて明白だ。

「友達って認めてくれそうにないねこりゃ…」

まぁそもそもおれが勝手に友達って決めつけたことだからね

でもこうも否定されると胸が痛くなるのは何故だろうか。否定されることに慣れていないからだろうか

「―――あっち行け、僕にかかわるな…!」

「おれはセブルスと友達になりたい!!」

「まだ言うか、僕はお前のようなマグル――――かかわりたくもない」

どんっと地面に転げ落ちた。またセブルスに突き放されてしまった。もう何度目だろうか

友達を作るってこんなにも難しいことだったのか・・・

名前は公園を出てゆくセブルスの背中を苦い表情で見送った

公園にはまた一人だけ。リリーも家に帰っているし、他の子供も家に帰っている時間。

アパートに早く帰ればいいのに、最近こうして日が沈むまで公園にいることが多くなっていた。沈む夕日を見ていると忘れていた何かを思い出しそうになるからだ。でも一体何を忘れているんだ――――?

大切な、とっても大切な何か。でも思い出してしまえば、他の大切な何かが崩れていくような気がして・・・

そうして思い出そうとするが、何かに恐れを感じて忘れたままにしようとする。ここの街に引っ越してきてからずっとそうだ

7月に入って、リリーやセブルスに出会って、マグルという単語を聞いて、不思議な夢を見て――――

リリーが使っていたあの力、なんとなく懐かしく感じたのは何故だろうか。

…もう帰ろう、思い出してはいけないんだ、このことは

名前はブランコから飛び降り、公園を後にした。

あたりはもう真っ暗で、部屋のドアを開けたらマリーに叱られてしまった。今まで何してたのよ、と

「―――ごめん、ちょっと考え事してて」

「最近名前おかしいわよ…どうしたの?何か悩んでいるの?」

「ううん、何でもない、たぶんどうでもいいことだよ」

「無理には話を聞かないわ、話したくなったら言ってね」

本当に彼女は妹なのだろうか、と思うときがある。

自分よりも強くて、大きくて、しっかりしていて――――

マリーと自分を比較すると、自分がどれだけ小さい人間なのかを思い知らされる。

いつもより遅く帰ってきた兄さんはいつもの何倍やつれた顔をして帰ってきた。

「―――おかえり、兄さんどうしたの?」

「ああマリー…ちょっと厄介な人たちと会ってね、なあに、心配ないさ。それよりも今日頼んでたあれだけど・・・」

「兄さんの部屋に置いておいたよ」

「ありがとう」

名前の頭に乗っている手がなんだかよわよわしい。相当疲れたんだな・・・

兄妹はあえて何も聞かずにそのまま食事へと移った。

「名前―――近いうちにフクロウが手紙を持ってくるかもしれないから、もしその手紙が来たらまず開けずに僕に連絡してね」

「フクロウ…?わかった」

フクロウが手紙を持ってくるなんて、伝書鳩じゃないんだから、と笑ったがリチャードの顔が真剣だったのですぐさま笑いを引っ込めた。

一体そんなに深刻なことなんだろうか・・・マリーと名前は顔を見合わせた

1週間後、リリーとペチュニアとマリーと名前で水族館へ行く日がやってきた。マリーは女の子らしくおめかしをしていて、癖っ毛の髪をストレートにしていた。名前はいつもと変わりなく、癖っ毛はそのままでジーンズにティーシャツといったラフなスタイルだ。

9時にロンドンの駅で待ち合わせだったので、その待ち合わせ時間まであと1時間は余裕があった。ロンドンまでここからバスで行けばいいので家でゆったりしてからバス停へ向かった。

バス停へ向かうと数人人がバスを待っていた。名前たちはその列に加わり、個人個人時間を過ごした

「…名前、その小説面白い?」

「うん…父さん、この本相当読み古してるのか本の隙間にたくさん文字が書かれてるんだ。」

名前が持っているのは父が愛読していた本で、タイトルは『クイディッチ今昔話』だ。どうやら空想の話で、魔法使いたちが乗るような箒を使用した競技の話だった。

大会が数年に一度行われるらしく、魔法使いは全員クイディッチが大好きだそうだ

「―――ふうん、今度わたしも読みたいなぁ」

「いいよ、もう少しで読み終わるから」

そうこうしている間にバスはやってきた。目指すはロンドン駅

ロンドン駅は活気あふれていた。早速合流した4人は地下鉄へ向かっていった

行き行く人たちが急がしそうに流れてゆく。もっとゆっくりしてもいいのに

以前住んでいた家が農村にあったのも理由かもしれないが、名前やマリーは都会のこういった光景にはまだ慣れていないのだ

都会は便利だが、やっぱりのどかな時を過ごせる田舎の方がいい。昔は都会にあこがれていた名前たちならではこその考えだった。

水族館にたどり着いたが、あまりの人の多さに圧倒される。それもそうだ、今は夏休みなのだから・・・

「迷子になりそうだからチュニー、手をつなごうよ!」

「うん!」

子供という名の神秘によってあっという間に仲良しとなったマリーとペチュニアは二人仲良く手を結んで水族館へ入って行った。おひるになったら館内にあるレストランで待ち合わせね、とそういったきりでリリーと名前は取り残されてしまった。

まったく、彼らは妹という立場を理解していない

「…行っちゃった」

「―――はぁ、マリーの奴。あいつ友達ができるといつもこうだったな」

「仕方がないわ、わたしたちで回りましょう」

「そうだね」

リリーと二人で回ることになった名前は、係員からパンフレットを受け取り、館内を回り始めた

「ねぇこの魚なんていうのかしら―――」

「エンゼルフィッシュだよ」

「詳しいのね!」

「だってここに書いてあるよ」

「…本当だわ」

そんな会話をしながら二人で気ままに歩いていた。途中人通りが一層多い箇所に来たとき、ふと手に何か温かいものが触れた

「名前、ごめんなさい、ちょっと迷子になっちゃいそうで―――いいかしら」

「うん、別にかまわないよ。」

リリーの手は細くて、女の子らしい手だった。いつもマリーの手を引いていたのでエスコートはお手の物だったが、やっぱりマリーの手とは違うな、と感じた。

深海魚のコーナーにたどり着いたとき、名前は水槽に釘付けになった。彼らのあのグロテスクな見た目は通り過ぎようと思っても通り過ごせない何かがある。生き物の神秘だ・・・・

「―――すごいな」

「ほんとね…なんか、でも少し怖いわ」

すべてを回り終わったリリーと名前は一足早くレストランの入り口で待つことにした。そこでようやくずっと手を握っていたことに気がついて、すぐさま離した

「ごめん、すっかり忘れてたよ」

「本当ね…いいの、気にしないで。いつもマリーの手を握ってるからその癖でしょう?」

何でわかったの?ああそうか、リリーにも妹がいるからだもんな

名前は自己納得した。

「うん。マリーはさ、昔からおれの手が好きだったみたいでさ、でも一番好きなのは父さんの手らしいんだけど、おれの手は父さんの手に似てて安心するんだってさ」

「まぁ……でも、さっき握ってて確かにわたしもそう感じたわ、なんだか頼れるお兄ちゃんって感じがしたわ」

「何だよそれ?」

お互い笑いあった。それからしばらくしてマリーとペチュニアと合流した。二人とも水族館を満喫できたようで、満面の笑みを浮かべていた

「ねぇ、名前…スネイプってどんな子?」

席に着いたとき、突然マリーに話をふられた。何故突然セブルスの話をするのだろうか・・・

ああそうか、ペチュニアはセブルスのことが嫌いだったな。

「―――セブルスは前髪が鬱陶しそうだよな…それと、冷たいように見えて以外に不器用なのかもしれない、これはおれの憶測」

「まぁ、ファーストネームで呼び合う仲なの?」

ペチュニアがいかにも嫌な顔をしたのでリリーがすかさず叱った。

「不思議な奴だとは思うよ、まぁ人間いろいろいるし」

「…なんだか名前って大人なのね」

「そうかな?」

大人と言えばおとなかもしれないし、たんぱくと言えば淡泊だ。名前の性格をよく知っているマリーはくすりと笑った。

関係ないけどこのミートソース、味が濃いな

「今日は楽しかったわ、また遊びましょうね」

「じゃあねチュニー、リリー!」

「バイバイ!」

夕焼けの中、名前とマリーは手をつなぎながら帰った。どうして夕陽を見るとこうも苦しくなるのだろう

まるでこれじゃ青春ドラマに出てくる主人公で、恋愛に胸を痛めている青年の気持ちだ…

何でこうも不安になるんだろうか、何でこうももどかしくなるのだろうか

取り戻してはいけなかった何かが、自分の中ではじけ飛ぶ。

マグルという単語、あの不思議な夢、兄さんが言っていた手紙の話

すべてがひとつにつながったとき、どうしたらいいのだろうか。

「名前…どうしたの?」

「…なんでもないよ」

本当に、なんでもなければいいのにな

家に帰ると、珍しく兄が先に帰宅していた。片手には一通の手紙

その手紙を複雑そうな表情でリチャードは握りしめていた。そして名前たちと目が合うといつものやさしい兄の眼に戻るのだ

一体あの手紙は兄さんにどれほどの影響を及ぼしたのだろうか―――

なんとなく、嫌な予感がした。

「―――お前たちにいろいろと説明しなくちゃいけなかったんだけど…その説明の前に本人がここの家を見つけてしまったようだ。」

「…兄さん?」

「ごめん、もっと上手にやればよかったと思ってる。ごめんね、二人とも」

リチャードは二人をぎゅっと抱きしめた。腕がカタカタと震えていて、ただ事ではないことがうかがえる。

「兄さん…どうしたんだよ、おれたちなら大丈夫だよ……何があってもおれたち兄弟妹で乗り切れるって」

「…そうだといいんだけど、そうしていたかったんだけど…あの人たち、都合のいい時だけぼくらを―――」

「…兄さん」

結局兄さんはそれが何なのかを教えてくれなかった。まだ、おれたちには早い話なのかもしれない…

けれど、それをただ一人で抱えなくてはならない兄さんを思うと、心が痛くなった。