02 anemone/学生時代

ハンナ姉さんはひまわりの花が大好きで、とても美味しいピーチパイをよく焼いていた。

父さんと母さんはいつもそれを食べて紅茶を飲んでいた。おれとマリーは・・・

「リチャード兄さん、わたしね、この間こんなに荷物を抱えたおばあさんがいたから荷物を持ってあげたんだけど―――」

ハンナ姉さんのいない誕生日はいつもこうして何気ない会話をしつつ、ピーチパイと紅茶で過ごしている。リチャード兄さんも今日は特別な日なので仕事を休んでいた

7月3日はハンナ姉さんの誕生日、もし生きていたら今頃27歳だ。結婚していてもおかしくはない年齢だった。

「あははは、中にはたくさんの猫がいたのか、それで、猫はどうなったんだい?」

「そりゃぁもう、町中に散らばっちゃって、探すの大変だったの」

「おれも手伝わされたんだよ…あの時は筋肉痛で大変だったよ」

「でもちゃんと全匹見つけてあげるところがお前たちらしいね」

リチャードは弟たちの頭をぽんとなでた。

「そうだ、おれ、また友達ができたんだ。セブルスって子」

「ほう、名前は友達がすぐできるんだな。」

「わたしもスーザンって子ができたわ!」

「ははは…よかったよ、お前たちがこの街で楽しく過ごせているようで・・・」

リチャードも慣れ親しんだ家を出るのは心苦しかったし、何よりも両親や姉との思い出が詰まったあの家を出るのは、なんだか大切なものが失われていくような、そんな錯覚まで感じた。

でもあの家がなくなってもこの子たちの心の中に大切なものがちゃんと残っていると思うととてもうれしく思った。だからこそ、この子らを守ろう、父や母や姉たちの代わりに、とリチャードは再び胸に誓った。

夜も更け、弟たちが寝静まった頃リチャードは一人リビングにいた。

姉ハンナの写真を片手に

「…姉さん、弟たちは元気に過ごしているよ。この間驚いたことに、マリーが姉さんと同じパイの作り方をしていたんだ…やっぱり、姉妹なんだなぁと思ったよ」

「それでね、名前にはリリーとペチュニアとセブルス、マリーにはスーザンとエリーっていう友達ができたそうなんだ。あの子たちは優しいからすぐに友達が出来ると思ってたんだけど、ここまで早く友達を作っちゃうなんて…さすが子供だなぁって思ったよ」

写真の中のハンナはただこちらに向かって笑顔を向けているだけ。きっと天国でこの報告を聞いて喜んでいるに違いない。リチャードは再びその写真を元の棚に戻し、リビングの明かりを消した。

空には美しい星がちりばめられていて、まるで母カナリアのように優しい光を放っていた。

夜中、名前は不思議な夢を見た。

大きな城があって、そこに両親がいるのだ。自分はおそらく眠っているようで父さんに抱きかかえられていた。

母さんはマリーらしき赤ん坊を抱き抱え、老人と何やら話をしていた

「―――この子は・・・なんでしょうか」

「・・・ふーむ、女の子のほうは・・・じゃよ」

「よかった・・・この子は平和に過ごせるのね・・・・」

「この子は・・・どうなんでしょうか先生・・・・」

次は自分の番がやってきた。白いひげを蓄えた老人が赤ん坊の名前をのぞきこんだ。額に触れた瞬間、老人ははっとしたように名前を見つめ、小さく息を吐いた

「・・・先生、この子は――――名前は―――――」

「・・・・まだ微弱じゃが、かすかに感じられた・・・・この子は・・・・・・」

「―――そんな、そんな、かわいそうだわ、リチャードとマリーは平和に過ごせるかもしれないのに、何故この子だけ!」

「落ち着くんだカナリア」

「レノックス!でも!この子は!」

「仕方無いだろう――――僕らの血を引いているんだ…でも大丈夫だ、あの家とは縁を切っているはずだ、この家は、リチャードのような子を産む者を好まない、だからだいじょうぶだ。我々は彼らとはまったくもってつながりのない、赤の他人ということになっているのだから」

「でも―――もし、この子が学校へ通うようになったら…?この子は、ハンナのように辛い思いをするはずだわ。」

「―――そうとは決まってないだろう、この子はそれに男の子だ。手紙が来たら断ればいい話だろう」

「まぁまぁ落ち着きなさい二人とも・・・そうじゃの、力を眠らせる魔法をかけておくことにしよう。ただし、この子が本当に力を目覚めさせたいと感じたとき、わしの魔法は解けてしまう・・・それでもよければ、じゃが」

すると夫婦はすがるように老人に頼みこんだ。どうかお願いします、と

「…本当ならば、兄妹全員通わせてあげたいんじゃがの・・・」

「いいえ、いいんです。本当のことを知らないことこそがこの子たちの幸せなんです」

母親の、懇願するようなその顔を最後に名前は夢から現実に戻された。

ベッドから身を起したら先ほどまでの内容をすっかりわすれてしまった。最後のあの母親の顔以外――――

「おはよう名前、はやいね」

「…兄さんおはよう。なんだか妙な夢を見て――――母さんと父さんの夢を見た。あと…ん~…よく思い出せないけど白いひげを蓄えた老人が出てきた」

「そうかい。父さんと母さんが…あ、名前、今日はここにお使いしに行ってもらってもいいかな?」

「いいよ」

そう言って兄から手渡されたのは一本のビンだった。

「この中にナッツオイルをMs.ホワイトのところに行ってつめてもらってもいいかな?たくさん作ってしまったらしくてね、僕らに分けてくださるそうだ」

「わかった。何時頃?」

「昼過ぎぐらいかな、じゃあお願いするよ。僕は仕事に出るからね」

兄の背中を見送るとキッチンにいるマリーの元へ行った。

「マリー、マグルってどういう意味か知ってる?」

「なあに?マグル?知らないわ、新しくできたスーパーのこと?」

「…いや、知らないならいいんだ」

突然セブルスが言っていたマグルという単語のことを思い出した。今日見た夢と何か関係があるのだろうか

名前はジョギングがてらに再び公園へ向かった。

最近の日課になってきているような気がする。

「―――おい、セブルス!」

「…またお前か」

「毎朝何で公園にいるんだ?」

「…それはこっちのセリフだ」

「おれはジョギングしてるんだ。」

「それは良かったな。話が終わったならさっさと僕の前から消えてくれ」

相変わらずセブルスは突き放したような言い方をする。

でも本心はそこまで冷たい人間じゃなさそうなんだけどな…

名前はこれ以上セブルスの機嫌が悪くなるのを気にし、言われたとおり去ろうとした。が、重要なことを思い出した

「――――なぁセブルス、マグルってなんだ?」

「・・・ふん、お前のような人間をマグルと呼ぶんだ、わかったか」

「そうなのか、わかった。ありがとう、謎がようやく解けたよ」

「―――変わった奴だな、何故そこまでして僕とかかわろうとする」

セブルスは眉間にしわを寄せ、名前を見た。今までに出会ったことがないタイプだ、セブルスは胸の中でつぶやいた。

リリーが家に遊びに来た、が、ペチュニアは習い事のピアノのためかこれなくなったそうだ

「あなたがマリーね?わたしはリリー・エバンズ、リリーって呼んでね」

「よろしくリリー、わたしはマリー・レパート。」

二人とも気が合うらしく、女の子の話題に花を咲かせている。その間名前は紅茶を用意することにした。

マリーにも本来ならば姉さんがいるんだ、やはり男だけの家では話せない話もあるはずだ。名前は楽しそうに話すマリーの顔を見て小さく笑った

「名前、この紅茶ってもしかして―――」

「そうだよ、今マリーが思っている通りだよ。父さんがよく作っていたブレンド紅茶だよ」

「おいしいわ―――!こんなにおいしい紅茶飲んだことがないわ!」

「リリーに喜んでもらえてよかったよ。これ、父さんが生きていた時にブレンドの仕方を見てたから・・・見よう見まねで作ってみたんだけど・・・成功したみたいだな」

マリーも笑顔だし、リリーも笑顔だし、今日は最高の一日だ。

名前はリリーが持ってきてくれたチェリーパイを一口口に運んだ。うん、美味い

それは頬が落ちてしまいそうになる程おいしかった

「お父さんは何をやっていたの?」

「…父さんは兄さんがいまやってる葬儀屋を起業したんだ。今は兄さんが継いでるけどね。母さんは時々それを手伝っていた」

こうして自分の家のことを人に話すなんて随分珍しいことをしているな、と名前は思った。多分これは友達だから、リリーだからこそ話せるんだと思う

「そうだったの…お兄さんはお仕事忙しいの?」

「うん、いそがしいわよ、だって帰ってくるの時々10時すぎるときがあるもん」

「時々朝に帰ってくるよな」

リリーは兄妹の話を聞きながら、紅茶をすすった。自分から聞きすぎてはフェアではないなと思ったのだろう。リリーは自分の家の話をしはじめた。

家には妹のペチュニアがいて、優しい両親がいて、4人で暮らしていて――――など

不思議な力が使えることも教えてくれた。それをセブルスは魔法だと言い張り譲らないんだとか。そのせいもあって最近ペチュニアがいい目をしないんだとか

「きっとペチュニアもリリーのように不思議な力を使いたいんだろうな」

「うん…きっとそう。あの子、私のやることすぐにまねしたがるから・・・」

「わたし、名前が魔法使いだったら扱き使ってやるわ!」

「おい、悪い冗談はよせよマリー…」

「あははははっ」

確かにマリーならばやりかねない。背中に流れる冷や汗を隠しながら再びパイを手にする

「ねぇ、名前は何が好きなの?」

「…おれ?おれは、そうだな…何だろう」

「名前は動物が大好きよね」

以前住んでいた家で、3匹の猫を飼っていたのだが引っ越す際に近所の人に里親になってもらっているのだ。あの猫たちがいまどうなっているのかが時々気になるが、月に一度は里親の家から猫たちの様子などが綴られた手紙が届くので心配はない。

だけれどもこうして今までじゃれあったりしていたあの子たちは今やよその家の子…マリーは特にさびしがってるだろうな

古い棚の上には家族が3匹の猫を抱えている写真がいくつもある。その一枚一枚に思い出がたくさん詰まってて、時々懐かしさのあまり泣きそうになることもある。

でも、もう過去の出来事だ…あの人たちは帰ってこないのだから

「―――名前?」

「ああ、ごめん。そうそう、この間ブラウンさんに水族館のチケット貰ったんだけれども…」

一緒に行かないか?

そう言うとリリーは手を叩いて喜んだ。喜んでくれてよかった

マリーもきっと女の子の友達と過ごせて大いに楽しめるだろうし。

名前は引き出しにしまってあったチケットを二枚差し出した

「ペチュニアの分も?ありがとう!嬉しいわ!」

「マリーもペチュニアと会ってみたいだろうしね。」

「あら、名前とリリーの二人だけで行ってくればいいじゃない、デートしてきなって!」

この年頃の女の子はそういう方向に敏感だ。リリーとデートなんて考えたこともなかったし、ましてや仲良くなったばかりの友達だ。

名前はマリーの頭をこつんと小突いた

リリーなんてびっくりして顔を真っ赤にしている。

「馬鹿なこと言ってないで、お前も行くんだよ。マリーの好きなイルカがたくさんいるかもね」

「―――イルカ!」

簡単だなぁ…

「ねぇ、名前は将来何かを目指していたりする?」

突然の質問に手が止まった

将来・・・か、リリーはまじめだなぁ。

「おれは将来、世界を回っていろんな生き物を見たいなと思ってる…思ってるだけかな」

現実はそう甘くないものだ。兄さんが一人でやっている葬儀屋をいずれは手伝うことになるだろうし、マリーだっていつまでもこの家にいるはずはない。女の子だもんな…

夢を語るのはタダだ。それがけして実現しなかったとしても