02 こんにちはそれぞれの世界 Type:N

うちはイタチがたった1年でアカデミーを卒業して、下忍になったという知らせを、興奮気味のイズミちゃんが伝えにきてくれた。たった1年でアカデミーを卒業なんて、とても珍しいことだ。とてもめずらしいと言うのは、やはり忍者にも個人差があるので、極稀に優秀な忍者が生まれる事がある。戦時中は10歳前後でアカデミーを卒業するらしいが、今のところ、他里とは争っていないので12歳ぐらいで大体のアカデミー生が卒業するんだとか。そんな中、イタチの卒業と下忍になった知らせは、一部の人たちに衝撃を走らせるには十分過ぎた。きっと、すぐにでも大人たちの噂話が耳に入ってくるだろう。

 

「イズミちゃん、ほうじ茶ラテでよかった?」

「うん!ありがとう!」

 

とりあえず一服、休憩してもらうべく、冷たくて美味しいほうじ茶ラテを作って席まで運んだ。これは、彼女のお気に入りの飲み物で、ここに来るたび注文してくれる商品だ。この年でほうじ茶ラテの魅力に気がつくなんて、なかなか大人な舌をお持ちのようで。

 

「下忍って言えば、うちの店で働いていたレンくんも確か下忍になったって言ってたような」

「レンくん?ああ、土日にしかいないあのアカデミー生のこと?」

「そうそう、今はお店の仕事をやめて、下忍の稼ぎで暮らしてるらしいんだけど」

 

らしい、というのはここに来てから、レンという少年に積極的に関わっていなかったからだ。私より年上の、愛想の悪い少年だが、悪いやつではない、多分。

 

「よ!」

 

イズミちゃんにほうじ茶ラテを出して、話の続きを聞こうとしていたら、店に新しくお客さんが1人やってきた。

 

「シスイくんかぁ、久しぶりだねえ、長期任務だったのかな?おつかれ」

「久しぶり!そうそう、長期任務。ありがとうなー!持ち帰りでいつものを頼む」

 

にぎやかな声が聞こえてきた。

彼の名前はうちはシスイ。うちは一族の者で、イタチくんの友達だ。3歳年上の少年で、うちは一族で期待されている忍者のうちの1人。基本的に忙しい彼は、滅多にこの店を訪れることはなかったが、任務が終わって遊びに来てくれたようだ。

 

「うちは一族って甘党多いね……多分だけど、写輪眼って糖分を多く消費するのかもね」

「そうなのか?ん、きみは、イタチの言ってたイズミちゃんか?」

 

シスイくん用に茶を用意している間、彼は早速イズミちゃんに声をかけた。服にはおなじマークがついているので、すぐにうちは一族だと気がついたのだろう。

 

「えーっと、あなたは?」

「おれはうちはシスイ……イタチの友達だ、あいつは今日いないのか?」

「今日はいないの、イタチくんの友達なら、教えてあげなくちゃ、今日、イタチくん、アカデミーを卒業したのよ!」

「ええ!?あいつも1年しかいなかったのか!?」

「え、あいつ“も”!?」

 

さすがイズミちゃん。シスイくんの言葉を聞き流さなかったようだ。

 

「シスイくんも1年で卒業したの?すごいねえ~」

「おれは偶然だよ」

「でも、イタチくんから聞いてるよ~当時の下忍ナンバーワンだって」

 

だから、イタチくんも今の下忍ナンバーワンなのかも。2人がよく修行しているのは話して聞いていたが、やはり才能ある者同士はお互い惹かれ合う運命なのだろう。持ち帰り用の団子を袋に詰めていると、顔をぽかんとさせているイズミちゃんが目に入った。まあ、驚くよね……おたくの一族、ほんと、怪物だらけですね。

 

イタチくんよりも年上のシスイくんは、頼れる兄貴分って感じで、いつも周りの人から頼られ、尊敬されているんだとか。

私の知っている世界はとても狭いので、イタチくんやシスイくんがどんなふうに周りから思われているのか詳しくは知らないが、若くして素晴らしい才能を持つ忍であることはなんとなくわかっているつもりだ。だからきっと、苦労しているに違いない。才能があるからと、努力をしていないわけではない。イタチくんだって、シスイくんだって、裏では誰よりも修行をしているのだから。

 

イズミちゃんとシスイくんが帰った頃、あたりは夕暮れが広がっていた。ここは里の中でも端っこの方なので、この時間帯になると人通りがほとんどなくなる。木の葉の里の入り口が閉まってしまえば、中に入ることも外に出ることも出来なくなってしまうからだ。

 

「あれ、お店もう閉じちゃうよ」

 

閉店間際だというのに、1人の少年が店を訪れた。おそらく背格好からして12歳ぐらい……独特の雰囲気がある少年だった。

 

「あの、お土産に持って帰ってもいい?」

「はーい、これメニュー。ここでお待ち下さいね~」

 

とりあえず店の前に立っているのも申し訳ないので、片付け途中の店内に案内することにした。ちょうどダンゴさんがすぐ近くの倉庫へ物を戻しに行ったところだったので、出せそうな食べ物は限られてしまう。

 

「おだんごと柏餅ならお持ち帰りできるよ」

「じゃあ、柏餅を3個」

 

柏餅を手渡し、代金を頂戴する。

それにしても変な装備だなぁ。きっと、彼も忍ってやつなのだろう。彼が身につけている顔の周りにある不思議な装備品をじっと見ていると、少年から少し困ったような声が漏れた。

 

「な、なに?」

「ああごめんね、君も孤児かなって思っただけ」

「……わかるの?」

「うん、空気感っていうのかな?もし違ってたらごめんね」

「……あたり、だけど」

「やっぱり……ま、だから何かあるってわけじゃ無いんだけど、折角教えてくれたからサービスしてあげるね」

 

今どき、孤児なんて珍しくはない。なんとなく纏う空気が、イタチくんやシスイくんたちのように親の居る子供と異なっている感じはしていたが、やはり孤児だったようだ。

袋の中にまんじゅうを一つ追加してあげると、彼は小さく、ありがとう、と答えた。

 

「私、孤児なんだけどさ、試験して、忍者の適性が無いってわかってから、一般人として生きてるんだけど、他の孤児の子たちが同じ時期にどこかの施設に連れて行かれてから、一度も会ってないんだ……なにか知ってる?」

「……」

 

小さく息を飲む音が聞こえた。やはり、“なにか”を知っていそうだ。

基本的に彼は無表情だったのでよくわからないが、彼が少し驚いたような、そんな反応を示しているような気がする。そして、どう答えるべきか、悩んでいるようだ。柏餅の入った袋がかさりと音をたてる。

 

「ボクはなにも知らないけれども、また会えるといいね、孤児仲間たちに」

「うん、会えるといいな、生きてるかなーって時々思うときがあるんだけど、君ならもしかしてなにか知ってそうかもって思っただけなの、変なこと聞いてごめんね」

 

気まずい空気が流れる。早くダンゴさん帰ってこないかな。

 

「君は、ここの家の里子になったの?」

「ううん、私の戸籍は村の孤児のままだよ、ここには仕事に来てるだけなんだ、でも、とってもいい人たちだよ」

「それはよかったね」

 

連れて行かれた先に、どんな未来が待ち受けていたのか。そして、その分かれ道に自分自身も立っていたという事実が、彼らのことを気にしている理由でもある。身寄りのない孤児に、人権なんてものは、無いのかもしれない。ここに来てからずっと思っていたことだ。もし、仮に何かが起きて、自分もやはり連れて行かれるなんてことになったらどうやって身を守るべきか。それは今何が起きているのかを、きちんと把握しておくこと。知っているのと知らないのでは、対応もだいぶ違う。だから、名前は知っておきたかった。今自分が、どんな状況で、他の孤児たちがどうなってしまったのかを。場合によってはもっと安全な場所を目指してここを出ていく必要も出てくるだろう。折角助かった命なのだから、この生命をどうするかは自分自身が決める事。

 

「私は名前、よかったら、またお店に遊びにきてね、あまり人目につきたくなかったら、この時間帯に来ればいいよ」

「なんか気を使わせちゃってごめん、ありがとう……ボクは、キノエ」

 

無表情だった少年が、少し笑顔になったような気がした。

そして、あっという間にキノエはその場から姿を消してしまった。あまりにも突然いなくなってしまったので、呆然と突っ立っていると、ダンゴさんから声をかけられてはっとする。

 

「どうした?ぼーっとして」

「あ、ダンゴさん……柏餅売り切れました」

「おお、お客さんが来ていたのかい、接客してくれてありがとうな」

「すごーく変わったお客さんだったけどね」

「ま、ここのお客さんは癖が何かと強い方が多いからね!」

 

ガハハ、と笑うダンゴさん。確かに常連さんたちはなかなかの個性派揃いかもしれない。

また、遊びに来てくれたらいいな。夕日を見つめながら思う。

 

それから幸いなことに、平和な日々が続き、白い雪が降り積もる季節になった。寒空の下、白い息を吐きながら道を進む。アンミツさんにお使いを頼まれ、今さっき終わったばかりだ。ダンゴさんが体調を崩しているので、今日はそのために薬を買いに出かけていた。

せっかくの年末だというのに、このままでは寝正月になってしまうぞ、ダンゴさん。年末といえばアンミツさんお手製のおせち料理を楽しめるので、一年のうちで一番楽しみな時期でもあった。おせち料理のお重をわざわざ私のために作ってくれるので、本当にありがたい。元旦はダンゴさんの実家でおせちを囲み、2日以降はアンミツさんからもらったおせち料理を食べてのんびりと過ごす予定だ。

近道で利用している狭い小道を歩いていると、見覚えのある姿が目に入る。そういえば最近見てなかったな。

 

「久しぶりだねキノエ」

「覚えてたの?」

 

目の前を歩いていたのは、あの日出あったキノエという少年だった。真冬だというのにあの時と変わらない服装で、見ているこっちが寒くなってくるほどだ。

 

「うん、そりゃあ、突然いなくなれば印象も強いし…」

「あのときはごめんね、急いでたから」

「別に気にしてないから大丈夫、その格好さむくない?これあげるよ」

 

彼の格好がずいぶんと寒そうだったので、私はかごにいれていたマフラーを彼に手渡す。手編みのマフラーで、失敗作第8号だ。あと3割というところで途中から細くなってしまったブツで、折角ここまで編んだのにもったいないからとりあえず今使っているマフラーが破けたときの予備として持っていたものだった。

 

「失敗作だけど、無いよりはマシだと思うからあげるよ」

「……あ、ありがとう」

 

くるりと巻けば、暖かさを感じる。さっきまで持っていたというのもあり、マフラーからはほんのりとあんこを煮詰めたような甘いにおいがした。

 

「そうだ、お正月、うちに遊びにくる?」

「え?」

「お世話になってる家の人が、いつもおせちのお重を作ってくれるんだ、いつもそれは1人で食べていたんだけど、本当に美味しいから食べにおいでよ」

 

うちに遊びに来る?と言っても正しくは私の家ではない。正確に言えば里から孤児用に貸し出された、店の上にある名前の部屋、だろうか。

 

「……いいの?」

「うん、元旦だけは色々お手伝いしなくちゃいけないから店にいないんだけど、2日ならいるから遊びに来てよ」

「……楽しみにしてる」

 

任務以外で、誰かとお正月を過ごすなんて初めての体験だ。キノエ……彼は里の忍の中でも、特別なところに所属していた。志村ダンゾウをリーダーとする、根という組織に。この葉の里の闇と言っても過言ではない、あまり表に出てくることのない暗躍組織だ。ここだけの話、そこで何が行われているのか、すべてを知る者はいない。ただ存在する根という組織の中で、キノエは特別な少年だった。だから、今まで友達という友達を作ったことがなかった。

いつもは何気なく過ぎていくお正月だったが、この年のお正月はとても楽しかった。顔は無表情気味だったが。

そんなキノエと会えるのは、極稀ではあったが、会うたびに彼が無事で何よりだと感じる程には、私の中では友達という認識だった。彼も、友達と思ってくれていたらいいな、なんて思っていたり。