夕陽が閑散としたアパートの窓ガラスを照らすとき、妹は帰ってきた。
今日の夕食の材料を片手に、汗をぽたりと垂らしながら
「おかえり、掃除はやっといたよ」
「お疲れ様、今日はボルシチにしようかなあと思ってるんだけど、名前はどう思う?」
自慢ではないが妹が作る料理は天下逸品だと思う。
どうしたらあんなに美味しく作り上げてしまうのだろうか
おれには到底作れないし、そもそも料理事態が苦手だった。
だから親のいないこの家でおれがやれることは力仕事と掃除くらいなものだ。
「兄さんは?」
「兄さんなら今日遅くなるって…最近仕事忙しいみたい」
おれらには兄さんがひとりいて、父さんが営んでいた葬儀屋を継いで社長をやっている。
会社はそこまでは大きくはないが、ある程度稼げているほうだ。そして両親の代わりにおれたちを育ててくれているのだ。
「料理してるから名前はブラウンさんちに行ってジャム取りに行ってきてよ」
そうだ、忘れていた。ブラウンさんはここに引っ越してきてからずっとよくしてもらっている。ジャム作りが趣味なのもあってよくジャムをわけてもらうのだ
買ったものとは味が断然にちがう。兄のリチャードもブラウンさんのジャムが大好きだった
アパートを出ると、夕陽がまぶしかった。外で遊んだりはするが引っ越してきたばかりなので友達がまだいなかった。夏が終われば新しい学校に通える…それまでの辛抱だ
公園を見るとブランコに乗っている少女が二人だけ残っていた。たぶん彼女らとは同い年くらいかもしれない
名前はジャムを取りに行くのを忘れ、公園に入った。あの少女たちと友達になろう
そう思い、声をかけてみた。
「おれ…ここらに引っ越して来たばかりなんだ、だからまだ友達がいないんだ」
「あら、そうなの?わたしはリリーエバンズよ、この子はわたしの妹のペチュニア」
二人は姉妹らしく赤毛がおそろいだった。顔は違うともどこかしら雰囲気が似ていた
ペチュニアは妹のマリーと同い年か。そう思うと妙な親近感を感じた。
「おれは名前・レパード、おれにもひとつしたの妹がいるんだ」
「そうなの?だったらペチュニアと同い年ね!ほかにも兄弟はいるの?」
死んだ姉のことを言い渋っていると、突然リリーがぶらんこから名前プした。一瞬目を疑ったが、確かにリリーはしばらくのあいだ空中を浮いていた。
「……やめてよ!ママがそんなことしちゃいけないって言ってたわ!」
ペチュニアは恐る恐るリリーに近づく。そして続けた
「リリー、あなたがそんなことをするのは許さないって、ママが言ったわ!」
「だいじょうぶ、ほら、見たでしょ?」
リリーは花びらを開かせたり閉じたりさせた。
それに似たかんじを両親が生きていた頃感じたことがある。詳しくは語ってはくれなかったが、病気みたいなものだと教えてくれた。だからこのこも病気なのかもしれない
「他にもいろいろできるのよ」
多分…それは病気だよ、なんて初対面の、ましてや初めての友達にそんなこと言えず、名前はただ黙って感心するふりをした。
「どうやってやるの…?」
「……わかりきったことじゃないか?」
突然声がして驚いた。よくみると木の影には同い年くらいの少年がいるではないか
ペチュニアは驚き、名前の背後に隠れた。
「わかりきったことって?」
リリーが言い返すと少年はリリーに対して君は魔女だと言った。この少年は頭がおかしいのだろうか
魔法使いなんてもう何世紀も前の話だ。名前も眉間にしわを寄せ、そっとペチュニアの手を握った。
「そんなこと、他人に言うのは失礼よ!」
リリーは少年に背を向け、つんと上を向いて鼻息も荒くこちらのほうへ歩いてきた。
少年は必死に弁解しようとするが、ペチュニアとリリーは名前の手を掴んでブランコのほうへ引っ張った。
「…魔法使いって本当にいるのか?」
名前がそう言うと少年はその言葉を無視してリリーに再び弁解した。
「きみはほんとうに、そうなんだ!君は魔女なんだ、僕はしばらくきみのことを見ていた。でも、何も悪いことじゃない。僕のママも魔女で、僕は魔法使いだ」
「魔法使い!私はあなたが誰だか知ってるわ、スネイプって子でしょう!この人たち、川の近くのスピナーズ・エンドに住んでるのよ」
負けん気が強いのか、ペチュニアは冷水のような笑いを浴びせた。
スピナーズ・エンドがどういったところなのかは知らないが、あまりよろしくないところだということはペチュニアの声色から予想できた。
「どうして、私たちのことをスパイしてたの?」
「スパイなんかしてない…どっちにしろ、おまえなんかスパイしてない」
スネイプという少年はペチュニアを指さしながら、おまえはマグルだ、と意地悪に付け加えた。そもそもマグルという単語を幼い頃聞いたことがあるような気がするのは何故だろうか。
名前は三人の会話を横目に、過去に振り返ってどういった場面でそのような言葉が出てきたのかを必死に思い出していたが、結局のところ思い出すことはできなかった。
「リリー、行きましょう、帰るのよ!」
ペチュニアが甲高い声で言うと、リリーはそれに従い、去り際にスネイプを睨みつけた。
「じゃあね名前、また遊びましょう!」
「じゃあね!」
姉妹は名前にそう挨拶すると、公園の門をくぐって夕陽の中へ消えていった。
公園に残るのは名前とスネイプだけ。なんだか悔しそうにこちらを睨んでくるので、名前は首をかしげた。とりあえず挨拶は必要だろう、近所っぽいし
「おれ、名前・レパード。引っ越してきたばかりなんだ、よろしくな」
「―――マグルとなんか、仲好くしてたまるか」
スネイプは名前に冷たい眼を向けると木の下に置いていた本の土を払い、公園を出て行ってしまった。一体おれが何をしたというのだろうか…
しかし聞き覚えのある単語がなかなか思い出せないもどかしさが心に残っている。今度あの少年に会った時に意味を聞いてみよう・・・・答えてはくれなさそうだが
空にはすでに夕陽は無く、紺色に染まっていた。
「ジャムはどうしたのよ」
「あ…」
すっかりジャムのことを忘れていた。名前はマリーに謝りつつ、ブラウン家に謝罪の連絡をした。ブラウンさんはとても優しくて、またおいでと優しい声が返ってきたときには頭が上がらない気持ちになっていた。
夜10時を過ぎたころに兄リチャードが帰ってきた。汗をほんのりとにじませながら、どさりとソファに身を放り投げた。もちろん背広も着たままだ
「リチャード兄さんお帰りなさい!名前が今日ジャムを取りに行くはずだったんだけど…」
「ああブラウンさんの所にだね?大丈夫、さっきブラウンさんと会っていたんだ、はい、これ」
マリーはリチャードの手から渡された小瓶を大事そうに冷蔵庫にしまうと、リチャードのための食事を用意し始めた。
その間、名前はリチャードのパジャマなどを持ってきた。両親と姉が死んでからこの6年間、こうしてこの兄弟妹たちはお互いを支えあいながら生きてきたのだ。
「兄さん…今日、友達ができたんだ」
「へぇ、良かったな!なんていう子なんだい?」
「リリーとペチュニアだよ。二人とも姉妹で、ペチュニアがマリーと同い年なんだ」
「そうなのか、なら今度遊ぶときマリーも連れて行ってあげなよ」
「うん」
兄さんにマグルのことを聞こうと思ったんだけど、その時はつい聞きそびれてしまった。結局自分の頭の中でそのことはどうでもよくなって、翌日を迎えるのだった。
翌朝、マリーを連れて公園まで散歩に出た。もしかしたらリリーたちに会えるかもしれない
そう思ったが、やはりこんな時間からいるはずもなかった。ただ、スネイプという子だけは公園のベンチで本を読んでいた。
声をかけるか悩んだが、前のように無視されそうだったのでそのまま家に帰ることにした。
「名前、リリーとペチュニアって子に会わなかったわね」
「ああ…また午後行ってみようか」
「ううん、ダメよ、今日はハンナ姉さんの誕生日よ?家族の誕生日には家族だけでしか過ごさないって決めたじゃない」
そうだった…今日は死んだハンナ姉さんの誕生日だった。名前とマリーは早速ハンナのすきだったひまわりを買いに花屋へ向かった。
ハンナ姉さんが生きていた頃には、よく家の庭でひまわりを育てていたものだ。ハンナ姉さんの笑顔は、まるでひまわりのようでとってもまぶしかったのを覚えている。
「わたし、ハンナ姉さんの好きだったピーチパイの材料とか見ていきたいから、名前は紅茶の葉を買ってきて?」
「分かった。ハンナ姉さんが好きだったあの葉があるかはわからないけど探してみる」
そう言って兄妹はひとまず別れた。
ここら辺でお勧めの茶葉屋は確かブラウンさんに教えてもらったはずだ。道順を間違えていなければ確かこっちだ・・・
曲がろうとしたとたんに、誰かとぶつかってしまった。
「ごめんなさい・・・あ、あら名前じゃない…?」
「ごめっ…て、え?リリー?」
よく見ると両手にはたくさんの買い物の荷物をかかえていた。名前は黙ってもう片方の荷物を持つことにした
「あ、いいのよ名前、お買物の途中でしょう?」
「いいよ、おれの買い物は後ででも平気だし、どうせ妹のほうが時間かかるだろうし」
「妹さんも買い物に来ているの?」
「あぁ、マリーって言うんだ」
「マリー?素敵な名前ね、ペチュニアと同い年だったわよね?」
「あぁ」
話は次から次へとやってくる。昨日リリーがパイを焼いたらしく、今度持ってきてくれるそうだ。きっとマリーが大喜びするだろう
「名前にはほかに兄弟はいるの?」
「いるよ、姉さんと兄さんが一人ずつ。」
「4人兄妹なのね?素敵!わたしの家にはわたしとペチュニアだけなの。今度家に遊びに行ってもいい?」
「いいよ、だけど父さんと母さんとハンナ姉さんはもう死んじゃっててきちんとしたおもてなしができないかもしれないけれども…それでよければ」
そう言うとリリーはなんだか申し訳ないことを言ってしまったと思ったのか、伏し目がちに名前を見た。
「気にしなくていいよ、もう6年も経ったからなれたよ。それに兄弟妹3人だけで生活するのも結構楽しいよ」
笑って返すとリリーもようやく笑い返してくれた。リリーを家まで送り、名前は再び来た道を戻り紅茶店へ向かった。その姿を土気色の顔をした少年が見ているとは知らず…
目的の紅茶を手に入れた名前は妹を待つついでに本屋へ寄った。随分と古臭い本屋で怪しそうな本がずらりと並んでいる
「…なんか怖い本ばっかりだな、出よう」
その本屋に名前の興味をひくものは結局なく、何をして時間を潰そうかと悩んでいた時にあの少年が通りかかった。確かスネイプとかいう子だ
今度こそ話しかけてみよう。肩をぽんと叩くとこちらをめんどくさそうに振り向いた
「―――君はあの時いたスネイプって子だよね?おれのこと覚えてる?」
「…またお前か、僕は忙しいんだ。」
「まぁそう言わずにさ…おれ、友達少ないって言ったじゃないか」
「だからなんなんだ」
「友達になってください」
「断る」
「即答!?」
あまりにも早い答えに名前は負けじと友達になってくれと言い続けた。
「はぁ…しつこいなお前」
「仕方無いだろう、おれ引っ越してきたばかりで友達がほしいんだ」
「僕は必要ない」
「おれは必要なんだよね」
両者とも引かず、話は一向に進まない。こうしている間にもマリーが買い物を終えて帰ってきてしまいそうだ
「ファーストネームはなんていうんだ?」
「お前に教える義理はない」
まぁはじめからすぐ友達にはなれなさそうな気はしていたけどね・・・
あまりにもしつこく言うのでようやく向こう側が折れてくれた。
「…セブルスだ。もう僕にかかわってくるな」
「セブルスか、よろしく」
「おい、お前僕の話聞いていたか?」
「セブルスはスピナーズ・エンドに住んでるんだよな、今度遊びに行ってもいいか」
「…僕を馬鹿にしてるのか!」
突然セブルスに押されてしまったので名前は危うく紅茶の筒を落とすところだった。
「いたた・・・」
気がつけばセブルスはいなくなっていて、遠くからおばあさんが心配そうにこちらを見ていた。
おれって何か悪いことを言ってしまったのだろうか…